01
NOV/2011

美容代は、働く女の固定費だ! ――「たまらないオンナ」の話

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money お金
朱美との食事から帰ってきた菜緒は、玄関でブランド物のハイヒールを脱ぎ捨てながら部屋に入ってきた。脱いだ拍子に左のハイヒールが転がったような気がしたが、戻ってきちんと並べるだけの気力が無かった。菜緒は、靴とお揃いのブランドのバッグを放り出すと、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、グラスに注いで飲み干した。

一息ついた菜緒は、リビングのテレビを付けた。ちょうどやっていたのは、節約生活でお金を貯める情報番組だった。

――待機電力は、家庭の消費電力全体のうちの6%。年間の待機電力の電気代は、1世帯あたり約6,000円にもなるんです。こまめにコンセントを抜くことで、なんと、6,000円が節約できちゃいます。

――わあ、すっごーい! 6,000円も減っちゃうんだぁ~。

若いタレントが、大げさに驚いていた。けれど、家じゅうのコンセントを抜いて、使うたびにコンセントを入れるという不便を強いられた結果が、年間6,000円だ。1か月にしたら、たったの500円。うっかりカフェに入ったら、すぐに消えてしまう額に過ぎない。

確かに節約って心がけなければならないことだけど、節約だけでお金を貯めるのは、ちょっと無理そうな気がする……。

そう考えた菜緒は、とりあえず自分の生活費を見直してみようと、通帳を広げてみた。ここ数か月間は記帳をするのを忘れていたが、それ以前のデータをもとにすれば、大体の目安が分かるはずだ。

生活費って、意外に安い?

メモと計算機を手に奮闘していた菜緒は、しばらくして1か月の生活費の明細を完成させた。

家賃           76,000円
電気・水道・ガス    10,000円
携帯電話         8,000円
固定電話         2,000円
ネット接続料      6,000円
食費           55,000円
生活雑貨・消耗品費  5,000円
―――――――――――――――
合計          162,000円

……あれ、案外かかってないじゃん。

菜緒は意外に思った。年収400万円の菜緒は、手取り年収が約334万円。毎月の手取りの収入は約21万円で、ボーナスは夏冬合わせて年間に約80万円だ。つまり、手取りの月収から生活費を引くと、48,000円が毎月余る計算になる。

菜緒は、改めて通帳に目を落とした。家賃や光熱費などの引き落としに混じって目立つのは、良くわからないクレジットカードの引き落としだ。

これって、何に使ったんだっけ?

通帳の額面をじっと眺めていても、何も思いだせない。そもそも、毎月送られてくるクレジットカードの明細書を見ても、何に使ったか思い出せないことがある菜緒だ。数か月前に買ったものなんて、忘却の彼方に消え失せている。

たぶん、カードを使ったのは、化粧品とか洋服とか雑貨とか、そんなところに違いない。あるいは、うっかり終電を逃して乗らざるを得なかったタクシー代とか、音楽好きだった元彼の誕生日に一緒に行ったジャズライブのチケット代とか、そんなところだろう。

菜緒は、数か月前に別れたばかりの彼のことを、ちらっと思いだした。

大丈夫。もう、そんなに悲しくはない。

とにかく、月収の10%といったら20,000円だ。20,000円なら、なんとか貯金できそうな気がする。

そう考えた菜緒は、もう一度生活費を見直してみた。家賃は仕方がないとして、意外にかかっているのが食費だ。

取りあえず、食費を削ってみよう。ランチはなるべく外出しないで、コンビニ弁当か社食で済まそう。あとは光熱費。週末はあまり家にいないようにして、外出してしまえば浮くはずだ。

そう考えた菜緒は、早速姉にメールをした。3歳になる甥っ子がかわいくて、菜緒は暇さえあれば姉家族のもとに遊びに行っている。毒舌の義兄に、新しい彼はできないのかと詮索されるのがうっとうしいけど、遊びに行ってちょっと姉の家事でも手伝えば、昼ごはんはもちろん、上手くいけば夕飯もご馳走になれるかもしれない。

今週末の予定が立った菜緒は、大きく手足を伸ばしながら背をそらせた。

週末まで、あと2日。それまで仕事を頑張らなくては……。

食費削減は、身体も心も不健康になる

良く晴れた土曜日の朝、菜緒は「垣谷」というプレートが下がっている一軒家の前に立っていた。姉の菜実と、その夫の幸宏、息子の隼人が暮らしている家だ。けれど、何度もインターホンを押しているのに、人が出てくる気配がない。

メールをしておいたのに、出掛けてしまったのだろうか。

出直そうかどうか迷い始めたとき、ドアを開けて出てきたのは、ぼさぼさ頭の幸宏だった。

「ああ、菜緒ちゃん、いらっしゃい。菜実と隼人は買い物に行ったんだ。だから、うっかり二度寝しちゃってさ。もうすぐ帰ってくると思うから、上がりなよ」

それだけ言うと幸宏は、スーッと家に上がってしまった。

まあ、いいか。姉家族の家とはいえ、勝手は毎日遅くまで残業していてほとんど家にいない幸宏以上によく分かっている。

菜緒も幸宏に続いて玄関に上がり、散乱している垣谷家の靴を揃えながら、自分の靴を脱ぐ場所を確保した。

リビングに入ると、頭をかきながらキッチンで何かを探している幸宏の姿が見えた。

「あれ、何探してるの?」

菜緒の問いに、幸宏は腰をかがめながら答えた。

「お茶っ葉って、どこかなと思って……」

「ああ、日本茶なら、その棚の上だよ、上」

菜緒の言葉に照れた様子を見せながら、幸宏は、

「菜緒ちゃん、まあ座ってよ。今お茶入れるからさ。で、どうよ、最近。彼氏はできた?」

と、早速軽いジャブを放ってきた。

「できたら、こんなところに来てないって」

幸宏のニヤニヤ笑いを横目でにらんで応戦しながら、菜緒は小さくため息をついた。まったくこの義兄はいい人なんだけど、近所のおばちゃんと同じぐらい、人の噂話が大好きなところがやっかいだ。

やがてお茶を運んできた幸宏は、ダイニングテーブルをはさんで菜緒と向き合って座った。細い目がメガネの奥で人懐っこそうに笑っている。

ふと菜緒は、幸宏に朱美の話をしてみようと思った。こう見えて幸宏は、地方銀行の営業マンだ。仮にも金融機関に勤めているのだから、お金の話はきっと得意分野に違いない。

菜緒は、失業中の友人が2か月も余裕で暮らしていること、彼女はボーナス全額と月収の10%を貯金していたということを告げた。

「だからさ、私も頑張って貯金してみようかと思って。これまでデートとかでお金がかかってたから、彼氏がいない今は、貯金を始めるのにいいチャンスじゃない?」

菜緒の自虐的な発言に軽く笑った幸宏は、すぐに真顔で尋ねた。

「で、宵越しの金は持たない派の菜緒ちゃんが、どうやって貯金しようと思ってるわけ?」

菜緒は、この前生活費を計算し、食費が多くかかっていることに気付いたことを話した。

「だから、とりあえず食費を削ろうかなって思うんだ。ランチは営業先の近くのお店で外食することが多かったけど、なるべくコンビニ弁当とか社食とかを利用しようかと」

そう言うと菜緒は、幸宏が入れてくれた日本茶を味わった。苦味よりも甘みが勝る高級茶だ。

そんな菜緒の決断を、幸宏は鼻でせせら笑った。

「食費を無理に削ろうとするなんて、そんなケチケチした節約が続くわけがないよ。もちろんムダは省かなければならないけれど、食を削るなんて、身体にも心にも良くないよ」

大切なのは“予定外の出費”を無くすこと

money

不服そうに言った菜緒に向かって、幸宏は答えた。

「それを探るために、まず予算立てをするんだよ。予算立てというのは、予定外の出費を無くす作業のことなんだ。生活費と同じように毎月必ずかかるお金って、他にないかな?」

菜緒はちょっと考えると、おそるおそるといった風情で答えた。

「ヘアサロンとかネイルとか化粧品にお金がかかるんだけど……」

男性である幸宏のことだ。『美容代』と言った瞬間、頭ごなしに「ムダ!」と怒られるのではないかと思った菜緒は、幸宏が次に発した言葉に驚いた。

「それそれ。働く女性にとって、美容代は立派な必要経費だよ。そういうのは、すべて固定費として予算に組み込んでいくんだ。その調子で、菜緒ちゃんの予算を書き出してごらん」

そう言うと幸宏は、メモとペンを取ってきて菜緒に渡した。菜緒は、ちょっと考えては書き出すことを繰り返しながら、基本の生活費を含めた予算の表を作った。

家賃           76,000円
電気・水道・ガス    10,000円
携帯電話         8,000円
固定電話         2,000円
ネット接続料      6,000円
食費           55,000円
生活雑貨・消耗品費  5,000円
美容代          15,000円
スポーツジム       8,000円

メモを幸宏に手渡しながら、菜緒は「こんなもんかな」とつぶやいた。幸宏は菜緒のメモをざっと確認したのち、いちばん下にひとつ項目を足しながら説明を始めた。

「あとは『貯金 20,000円』。これを全部足していくと、205,000円になるよね。これを菜緒ちゃんの手取り額から引いた残りが5,000円。つまり菜緒ちゃんがひと月に使える遊興費は、5,000円ってことなんだよ」

家賃           76,000円
電気・水道・ガス    10,000円
携帯電話         8,000円
固定電話         2,000円
ネット接続料      6,000円
食費           55,000円
生活雑貨・消耗品費  5,000円
美容代          15,000円
スポーツジム       8,000円
貯金(手取りの10%) 20,000円
―――――――――――――――
合計          205,000円

月収20万円で、月の遊興費は5,000円!?

菜緒は耳を疑った。ひと月に自由に使えるお金は5,000円だけ? それじゃ、洋服も買えないじゃない!

「信じられない……」

菜緒は小さくつぶやいた。そして、表を上から下までじっくりと眺めた。

とりあえず、最近はほとんど使っていない固定電話を解約しようか? でも、それだって2,000円の違いだ。携帯電話の契約プランも見直すとして、それでも……。

菜緒は貯金の項目を指差しながら幸宏に食ってかかった。

「やっぱり、この手取り額の10%の貯金の意味が分からないよ。ボーナスを全額貯金すれば、それで十分なんじゃない? その上に、毎月こんなに貯金に回して、何の意味があるわけ?」

確かに朱美も、毎月手取りの10%を貯金していたと言っていた。でも、そのせいで自由に使えるお金が5,000円だけになってしまうなんて、いくらなんでも寂しすぎる。

そう思った菜緒だったが、もう一度じっくりと表を見ると、なんとかなりそうな気もしてきた。結局、食費の55,000円は外食や飲み代も含んだ予算だ。美容代も余裕を持って予算立てしているし、スポーツジムの代金も予算立てしている。あとは通信費周りを見直して少し圧縮できれば、毎月洋服を新調するわけじゃないし、なんとかなるんじゃないだろうか?

幸宏は、にっこりと笑いながら言った。

「だから予算立てが大切なんだよね。働く女性として必要な経費を全て予算立てしてしまえば、最後に残った遊興費が少なくても、別にそれほど困らないでしょ?」

確かにそうかもしれない。それでも、菜緒はやはり納得いかなかった。

なんでボーナスを全額貯金するのに加えて、毎月手取りの10%までを貯金しなければならないんだろう? もし急に結婚式に参加することになったら? ご祝儀はどこから出せばいいわけ?

菜緒は子どものように口をとがらせたまま、不満そうな顔をしていた。そんな菜緒の表情を、幸宏は面白そうに眺めていた。

イラスト/杉山 美奈子


【取材協力】
株式会社 T&T Budget Consulting
代表取締役 高山弥大氏

法政大学法学部卒業後、司法書士事務所、法律事務所、外資系金融機関にて法律・不動産・金融等の実務を経験した後、T&T Budget Consultingを設立。独立系ファイナンシャルプランナーとして、住宅ローン相談や不動産投資コンサルティングをはじめ、個人のライフプランに即したマネープランニングをトータルにサポート。きめ細かい対応と顧客重視の提案には定評があり、新聞やテレビ、雑誌などのメディア掲載歴も多数。DVD『高山式家計管理術』好評発売中。http://www.office-tandt.co.jp/

【著者紹介】
朝倉真弓

1994年、青山学院大学文学部日本文学科卒業。一般企業、出版社、編集プロダクションを経て、1999年よりフリーランスとなり、現在に至る。経営、金融、就職・転職、起業などをテーマに、書籍や雑誌、企業広報誌などで執筆やインタビューを手掛けている。近著『女子の幸福論』(ダイヤモンド社)が大好評発売中

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