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APR/2019

エッセイ「ライク・ア・ガール」【山内マリコ新作『あたしたちよくやってる』より転載】

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3月15日に発売となった山内マリコさんの新刊『あたしたちよくやってる』。”女性はこうあるべき”という呪いのような社会の決めつけが社会に溢れる中で、「本当の自分はこうじゃない」ともがいている女性たちに、優しく寄り添うような一冊だ。

短編とエッセイで構成される本書の中から、エッセイ「ライク・ア・ガール」 を公開する。

>>Short story. 自分らしく生きることを決めた女の目に涙

※以下、山内マリコさん新刊『あたしたちよくやってる』より転載。

ライク・ア・ガール

『女の子らしく(#LikeAGirl)』と題された実験ムービーがある。

アメリカの生理用品ブランド「Always」が、二〇一四年に公開した三分ほどのプロモーション動画だ。YouTubeでの再生回数は六千万回を超える。

スタジオに呼ばれた大人の女性、男性、それから少年たちが、ディレクターから「女の子らしく走ってみて」と指示を出される。すると全員が不自然な内股で、手足をばたつかせ、おかしな走り方を披露する。全員なんとなく半笑いだ。「あ〜ん髪が乱れちゃうぅ〜」みたいな仕草を加える人もいる。彼らは頼まれてもいないのに、「女の子らしい」動作の根底にある女子特有の〝媚び〟を強調してみせる。

「女の子らしくボールを投げて」「女の子らしくケンカして」の指示にも同様の反応。ボールを投げるフォームは肘から下しか動かない、いわゆる「女の子投げ」ってやつ。ケンカで繰り出されるのはへろへろの猫パンチ。わざとらしくくねくねして、人の目ばかり気にしてる。とにかくみんな「女の子らしく」と言われると、めちゃくちゃバカにした感じになるのだ。

ところが、本物の女の子に「女の子らしく走ってみて」と言うと、まったく違う動きが返ってくる。十歳くらいの少女たちは、女の子らしく、誇り高く全力で、その場で走ってみせる。スタジオを駆け抜けちゃってる子もいる。「女の子らしく走るってどんな意味?」と質問され、一人の女の子が真剣なまなざしでこう答える。

「できるだけ速く走るって意味」

わたしはこの動画が大好きだ。何度も何度も見てしまう。そして毎回、少女たちの躍動感いっぱいの動きに胸を打たれ、ちょっと泣いてしまう。

本物の女の子が信じる「女の子らしさ」と、それ以外の人たちが、いわばフェイクとして認識してしまっているイメージとしての「女の子らしさ」。

このズレって、なんなんだろう。

「女の子らしい」という言葉が表すのは、優しいとか可愛いとか控えめとか従順とかおとなしいとか親切とか思いやりがあるとかとか色白とか清潔とかいい匂いがするとか、そういう感じだろうか。「女らしい」だとそこに、料理がうまくて家庭的とか、子供好きとか世話好きとか、男を立てるとかちょっぴり色っぽいとか……なんかそういう「モテそうな女子」もしくは「結婚したい女」の条件みたいなものが、闇鍋みたいにぶち込まれてくる。

十歳くらいまでは、男の子も女の子も、それ以外のセクシャリティを持っているかもしれない子たちも、げに「子供」だ。でも思春期になり、「もっと女の子らしくしなさい」と言われるようになると、少女たちはそれまでの、ハチャメチャで自由奔放だった自分を恥じて、縮こまってしまう。だって「女の子らしい」は、全体的になんとなく、弱いから。誰かに守ってもらわなくちゃいけない存在だから。年頃の少女たちはみるみる、自信をなくし、力をセーブしてしまう。そして、女の子らしくない女の子だったときの気持ちを忘れてしまう。

忘れるだけじゃなくて、「女の子らしさ」をうようになる。『女の子らしく(#LikeAGirl)』の動画の中で、誰よりもノリノリで「女の子らしく」をバカにして演じているのは、他でもない大人の女の人たちだった。

動画には続きがあって、そのことに気づいた女性たちは、大きなショックを受ける。そして、「女の子らしさ」について考え直す。「女の子らしさ」にまとわりついていた偏見や、内なる差別を自覚する。この動画の狙いはまさにそこだったのだ。

「女の子らしく/女らしく」という便利な言葉を、否定的なものにめるネガティブキャンペーンは日常茶飯事だ。親が、祖父母が、学校の先生が、同級生の男の子が、無意識にまきちらしていることもあるだろう。それからメディアも。たとえば、女性向けの商品を扱う会社が作ったCMが頻繁にネットで炎上したことがあった。それらに共通している問題は、「女らしさ」をあおっている根っこの部分。女らしい服を着ろ、女らしく二十五歳になったら「もう若くはない」と思え、女らしく男が喜ぶようにビールをいやらしく飲め、女らしくワンオペ育児に奮闘しろ、そこに生きがいを感じろ─。一見するとどれもよくできたキャッチーなCMだ。しかし制作者が無意識に抱いている「女らしさ」の定義が、透けて見える。

企業が商品をあの手この手で宣伝するのは当然である。でも、商品を売ろうとするときに、「女らしく」を便利に使って、危機感をあおったり焦らせて買わせようとするのは、汚い手だと思う。そしてこの手のCMは商品以上に、「女らしく」のイメージの方を宣伝してしまっている。そういう押し付けは、百害あって一利なしなのだ。

あたしたちよくやってる

『女の子らしく(#LikeAGirl)』の素晴らしい動画は、作ったのが生理用品メーカーということもあって、初潮を迎える年頃の女の子が直面する問題をテーマにしている。しかし女子と年齢という問題は、まだまだその先にもヤバい落とし穴がぼこぼこ空いているのだった。

めちゃくちゃ若かったとき、わたしは自分が無敵に思えた。そして、「あたしもう二十八歳だから、二十八歳らしい格好をしなくちゃ」みたいに考えるタイプの女性を、完全にバカにしていた。世間体を気にしたことはなかったし、結婚なんて考えたこともなかったし、ただひたすら自由に生きたいと思っていた。若いまま、永遠に生きる気がしていた。

けど、着々と時が流れ、わたしは、若くなくなりはじめた。そしたら突然、ものすごく弱くなった。年相応じゃない格好をしている自分を恥じて、薄汚いジーンズを捨て、センタープレスのきいたクロップド丈の上品なパンツとかをはいた。「パンツスタイルのときは足首を出して女らしく」というファッション誌の教えに従った。そうして、自分じゃないものになろうとした。

とりわけ結婚を意識するようになると、なにか大きなものにおもねろうとしてしまうのだ。男の人に気に入られようと、自分の個性を自分で潰してしまう。わたしも自分らしさに蓋をして、「女らしく」あろうとした。無敵の若さを誇ったあのころの自分がバカにしていたタイプの女性に、気づいたらなっていた。『女の子らしく(#LikeAGirl)』の実験動画で、ありったけの蔑みの気持ちを込めて「女の子らしく」走ってみせた、女性たちのように。

「女の子らしく」は女の子を縛る。それを広める勢力へのレジスタンスとして、深い反省と次の世代への希望を込めて、「自分らしく」の肩をどんどん持っていきたい。「女の子らしく」の呪いを解くことができるのは、「自分らしく」しかないのだから。

>>【山内マリコさんインタビュー】あたしたちよくやってる。小説家・山内マリコが“若さという檻”に閉じ込められている20代女性へ送るメッセージ


あたしたちよくやってる
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