22 JAN/2016

卵子凍結は働く女性を救う? 仕事のせいで「子どもを持てない」を回避するために知っておきたいこと

「将来的には子どもがほしい」と思っていても、働く女性にとって出産のタイミングは悩ましいもの。年齢を重ねるほど不妊や出産リスクの確率が高まると分かってはいるけれど、キャリアを考えるとためらってしまう人も多いのではないだろうか。

そんな中、最近アメリカでは女性のキャリアの選択肢を増やすべく、「卵子凍結」を福利厚生として提供する企業が登場している。実際のところ、卵子凍結は働く女性の救世主になり得るのだろうか? 生殖工学博士として卵子凍結の研究に携わり、自らカウンセリングも行っている香川則子先生にその実態を聞いてみた。

そもそも卵子凍結って?

卵子凍結とは、その名の通り「自分の卵子を冷凍保存しておいてもらえる」サービス。

「がんなどの病気を患った未婚の患者が、将来子どもを持つことを諦めなくてもいいように、手術前に採取した卵子を保存しておくために行われたのが卵子凍結の始まりです」

もともとは治療の一環として実施されていた卵子凍結が「健康な女性が将来妊娠するため」のサービスとして、日本で一般女性が利用できるようになったのは2013年と最近のことだ。

以下が、卵子を採取し、凍結保存されるまでの流れとなる。 

卵子凍結の流れ

1~5の一連の流れでかかる期間は平均2~3カ月。1年間の卵子保管費用を含め、トータルで必要となる費用は平均85万円程度(翌年から1卵子1万円+税で保管更新)だ。一度に採取できる卵子の数には個人差があるため、数が少なければ一連の治療を複数行う必要もあり、その場合は期間も費用も増えることになる。

「1人くらい普通に生めるはず」という思い込みは捨てて

ただ、凍結保存した卵子で必ずしも妊娠できるわけではないことも念頭に入れておかなければいけない。

凍結した卵子を使って妊娠を希望する場合、卵子を解凍し、細い針で精子を卵子へ注入する顕微受精を行い、受精卵を母体に戻すという工程が必要となる。この際、卵子を採取した時の年齢によって、受精の成功率が大きく異なるのだ。

「ここ数年、卵子が老化することが一般にも知られるようになりましたが、やはり卵子が若いほど受精の可能性は高い。30歳前後で採取した卵子の場合、体外受精による一回あたりの妊娠率は全体の約3割で、そのうち出産まで至ったケースは約2割です。5回の体外受精のうち、1回は成功するという確率となります」(香川さん)

だが、自然妊娠の確率が35歳からぐっと下がるのと同様、体外受精による妊娠率も、卵子を採取した年齢が35歳を超えると急激に低下する。

「卵子の年齢が39歳になると、体外受精での妊娠率は約2割、出産率は1割まで低下します。年齢に応じてどんどん確率は下がっていき、43歳での出産率はたったの2%程度です」(香川さん)

卵子凍結

(※)「妊娠率/総治療」=「総治療周期数のうち妊娠した割合」、「妊娠率/総ET」=「ET(胚移植)周期数のうち妊娠した割合」、「生産率/総治療」=「総治療周期数のうち出産した割合」、「流産率/総妊娠」=「妊娠した人のうち流産した割合」

こうしたデータを踏まえ、日本生殖医学会では卵子凍結は「40歳以上に推奨しない」というガイドラインを出しているのだそう。

「年齢別の体外受精の成功率を見て分かる通り、基本的に卵子凍結は34歳以下の女性に向けたサービス。ですから、30代前半までの女性で『この先子どもがほしいけど、今は無理』という人にとっては、妊娠できる可能性が高い卵子を保存しておけるメリットがあるのです」(香川さん)

ケアを怠ると、体はどんどん“おじさん化”していく!?
20代から生み時を考えたキャリアを

卵子凍結は34歳までに行うのがベストとは分かっても、仕事で活躍できるようになり、キャリアもこれからという20代~30代前半に、将来の出産のことは考えられないという女性は多い。実際、香川先生のもとにカウンセリングに訪れる女性の平均年齢は37歳。卵子凍結が受けられるリミットの39歳に駆け込む女性も少なくないという。

「高齢であっても不妊治療をすれば何とかなると思っている女性は多いですが、不妊治療患者の平均年齢である39歳の場合、1回の治療で妊娠できることはまずありません。通院のために会社を休むことが増え、キャリアを中断せざるを得なくなり、しかも不妊治療がうまくいかない……。そんなつらい思いを抱いているベテラン女性の姿を、私はたくさん見てきました。出産について考えるタイミングが遅いことで、そんなつもりがなくても『仕事と引き換えに、子どもを持てない人生』を選ばざるをえなくなる可能性は高いのです」

卵子凍結

私たちは何の根拠もなく、「1人くらいは普通に産めるはず」と思い込んでいるが、日本における第一子の出生率は、最新の「母子保健の主なる統計(平成26年度刊行)」によると30~34歳で36%、35~39歳は8%、そして40歳以上になるとわずか4%。出産年齢が上がり、30代後半~40代で子どもを産む著名人をメディアで見る機会も増えたが、その影には何十万人もの「産めなかった」女性の姿があることを忘れてはならない。

「仕事に一生懸命な女性ほど『頑張れば何とかなる』と思いがちですが、子どもを産むことは、年齢を重ねるほどに当たり前ではなくなる。また、体のケアを怠ったまま仕事に没頭することで、体はどんどん“おじさん化”していきます。仕事を諦める必要はもちろんないですが、体をないがしろにすることで“女性としての機能”を犠牲にしていることを自覚すべきです」

「20代~30代前半の女性にこそ、仕事で得たいスキルやキャリア、役職や地位と同等に、ウミドキについてもよく考えてほしい」と、香川先生は働く女性たちにメッセージを送る。

「卵子凍結は『絶対に子どもができる』わけではなく、『妊娠する可能性の高い卵子を保存しておく』もの。将来産みたいと思ったときのための保険であり、残念ながら働く女性の救世主ではありません。現在、35歳以上の人の卵子を若返らせる治療技術も研究されていますが、この10年内に実用の可能性はない。女性の皆さんには、『必ず産める保証はない』という事実に向き合い、ギリギリのタイミングになって後悔しないためにも、自分の体や出産のことをきちんと考えてほしいと心から願っています」

香川則子さん

香川則子さん

順天堂大学産婦人科・協力研究員、明治大学大学院農学研究科・非常勤講師。京都大学で博士号を取得、世界最大の不妊治療専門施設の附属研究所で8年間の研究キャリアを積む。働き続けたい女性のための生殖補助医療技術を普及させるべく、2014年12月に独立。卵子凍結のカウンセリングや保管を行うプリンセスバンクの代表を務め、女性が自分らしく生きる選択ができるよう啓蒙活動を行う。著書に『私、いつまで産めますか?~卵子のプロと考えるウミドキと凍結保存~』(WAVE出版)

取材・文/上野真理子、天野夏海(編集部)

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