差別を助長する?「女の子の方が優秀説」「おっさん叩き」に潜む危険性【日本おっさんサミット】
世の中が決めた”〇〇らしさ”という呪縛に、窮屈な思いをしている人は少なくない。「女の子なんだから」「女性らしく」「女とはかくあるべき」。きっとほとんどの女性が、これまでにこんな言葉を投げ掛けられたことがあるはずだ。一方の男性にもまた、「男は稼いでなんぼ」「なよなよして男らしくない」など、男らしさという偏見は確実にある。
どうしたら、私たちは既存の”女らしさ・男らしさ”から自由になれるのか。2018年8月14日に本屋B&B主催の元開催された、評論家・千葉商科大学専任講師の常見陽平さん、教育ジャーナリストのおおたとしまささん、コラムニストの河崎環さん、社会学者の田中俊之さん、フリーライターの赤木智弘さんによるトークイベント、『日本おっさんサミット「中年はどう生きるか?」』の一部を紹介しよう。
時代は変わっているのに、イメージとしての「おっさん」は変わっていない

常見:今日は全員40代で、「おっさん」とか中年と言われる世代です。今日は「おっさん」をテーマに話をしていきたいと思います。
田中:皆が叩いている「おっさん」のイメージって、大企業に勤めていたり、部長などの役職者だったりするんですよね。でも日本の99.7%が中小企業で約7割はそこで雇用されていて、50歳になっても約7割の人は平社員。つまり「おっさん」像は平均よりやや上に設定されている。高度経済成長期に作られた「平均よりやや上」の「おっさん」像は、「頑張ればこういう風になれるぞ」という、かつては煽りの効果もあったと思うんです。社会が回る上での起動力になっていた。
ただ今の20代が親より良い暮らしができるかって言うと厳しいですよね。時代は変わっているにもかかわらず、イメージとしての「おっさん」は変わってない。それに一言で「おっさん」と言っても、独身、子どもがいない人、離婚する人も増えていて、実態は多様です。それなのに、なぜ「おっさん」像だけが一つの像に集約していくのか。
おおた:批判されている「おっさん」はそれぞれの人たちの上司や夫であって、平均的な「おっさん」ではない。
常見:あくまでイメージとしての「おっさん」なんですよね。
河崎:女性にとって、既存の男性像や「おっさん」像はさまざまな不満を投げつけるのにちょうどいいサンドバッグではあったんですよね。女性は肉体的にも社会的にも比較弱者ですから、比較強者を叩くのはメディア的にはすわりが良かったし、認められていた。むしろ推奨されていたようなところもありました。
常見:「おっさん」ってギリギリの蔑称なんですよね。NewsPicksの「さよなら、おっさん。」という広告が「さよなら、じじい。」だったら大炎上するけど、「おっさん」なら許される。
田中: 「おっさん」を叩きやすい理由として、「堂々としていること=男らしさ」とされているから、「おっさん」本人が反論しにくいんですよ。例えば男性の頭髪が心もとない時に「隠す方が恥ずかしい」と言う人がいますが、ふくよかな女性に「ゆったりした服を着ている方が恥ずかしい」なんて言うわけがないですよね。それが成り立ってしまうのは、「おっさん」が「そんなの気にしないよ」って振る舞いをしなきゃいけないから。そういう意味では、「おっさん」を叩いて、それを「おっさん」が受けて立つっていう構図自体が、現状の男らしさの再生産になってしまっているんです。
育児のための年収減。社会的な成功から外れる男性を世間は受け入れられる?
常見:僕はいわゆるイクメンの究極の姿は主夫だと思っていて、でもそうなると後ろ指を刺されてしまう。
赤木:「稼ぎのない夫を妻が養っているからかわいそう」という話がTwitterであって。主夫に対して偏見があるし、ジェンダーロールから離れているからこそ、こんなふうに言われてしまう。
あと、2週間でいいから育休を取れっていう会社もあるけれど、そんな短い期間でどうしろというんだろうと思うんですよね。もちろん産まれた直後は生活を見直すこともたくさんあるし意味がないとは言わないけれど、それは育休というよりかは臨時休暇ですよ。育児を応援している会社を装う偽善です。
田中:真剣に育児をしたら、それまでと同じように仕事はできないじゃないですか。僕は子どもが産まれてから執筆の時間が取れなくて、一冊も本を出せていないんですね。その分の収入は減るわけですが、男性が年収を下げて仕事を緩めることを世間が許容できるのかという問題があります。かつて言われていた社会的な成功から外れていくことに対して、受け入れる土壌がどれだけあるのか。
常見:イクメンやイクボスという言葉が僕は大嫌いで、これを褒め称えたところで労働強化でしかない。ワーク・ライフ・バランスって言うけれど、ライフだってワークなんですよ。子どもと向き合っている時間は真剣勝負で、なんなら仕事をしている方が楽。仕事の量や質を見直さないままでイクメンとかイクボスって言われちゃうと、いよいよ息つく暇がなくなっちゃう。

田中:平日の昼間に子どもと一緒に行動しているとさまざまな場面で、「お父さん今日はどうしたんですか?」って聞かれるんです。学校卒業以降、定年退職以前の男の人が平日の昼間に地域で活動することに対して、皆が強い違和感を持っている。児童館だってお母さんしかいません。そんな状況なのに、土壌が整っていないところに種だけ植えさせて、「制度があるのに勝手に枯れたのはお前のせいだろう」というのは机上の空論です。女性活躍も同じことで、女性が気持ちよく働けるだけの環境がないところに女性を放り込んで、「うまくいかないのはお前が悪い」というのはあり得ないですよ。
「男は下駄を履かされている」は全員に当てはまるわけではない
常見:「男は下駄を履かされている」という話があるけれど、僕としてはモヤモヤするんですよ。本当に男性は「下駄」を履かされているんですかね?
田中:日本の男女の賃金格差はフルタイムでさえ、男性を100としたら女性は73。男性の月給が30万円だとしたら女性は21万円で、9万円も差があります。働くっていう指標で見たときに、男というだけで平均的には有利である。これは下駄と言えると思います。
ただし一番稼いでいる層は男性かもしれないけれど、一番稼いでいる女性は男性の平均賃金より上だし、平均より収入が低い男性だっている。つまり有利な可能性が高まるだけであって、その下駄がない人も当然いるんですよ。下駄という言葉は便利だけれど、いろいろなことをざっくりと括り過ぎていると思います。
常見:男性の「既得権」にしても、持っている人、そうじゃない人、行使している人、していない人がいるわけで。
田中:男はリードをする側で、女性はリードされる側という、男性性と女性性があります。資本主義の社会だから、基本的には競争に向いている性質を持っている人の方が有利というのはあるでしょう。問題はリードをするのが男らしさの特性だとして、その特性を男性全員が示すとは限らないことなんですよ。男の人の方が有利な社会システムがあるのは事実ですけど、競争が嫌いでリードができない男性だっている。
最近よく言われる「女の子の方が優秀」という話も同じことで、これを言ってしまうと勉強ができない女の子の立場がまずくなるんですよね。これは危険で、性別に対する固定的なイメージから外れる人が必ずいる以上、世間一般の偏見が高まるだけなんです。それなのに差別をなくす言説だと思って、平気で「女の子の方が優秀」と言ってしまっている。まさに「男はこうあるべき」「女はこういうものだ」という固定観念を再生産する仕組みになってしまっていて、軒並み足元をすくわれているんですよ。
おおた:僕は『ルポ東大女子』(幻冬舎)という本を書きましたが、東大の女性比率は未だに2割に届いていないんです。特に地方出身の女性の場合、女の子は近くに置いておきたいっていう親の意識が強い。さらに「東大なんて行ったら結婚できなくなる」という意識もあるんですよね。東大という学歴のトップブランドを手に入れてしまったら、リードしてくれる人がいなくなると刷り込まれている。そういう中で諦めさせられている女性が多いことが取材を通じて分かったんですよ。東大に受かる学力を持っていても、結局地元で進学するんです。
田中:女性の場合、例えば医療に携わりたいと言ったときに、「看護師でいいんじゃない?」と周りから言われてしまうんですよね。女性はリードされる側で、夫に養ってもらえばいい。そもそも競争よりも協調が女性らしさなんだから、ガツガツと医者を目指して医学部に入ろうなんて思わなくていい、という発想になる。セーブされてしまうんです。
こういう議論をするときに気を付けなければいけないのは、「女性・男性」と「女性性・男性性」は別物だということ。女性性・男性性、つまりイメージや性質について語っているはずが、いつの間にか実体化して「男はこうで、女はこう」という話に収束していくことが怖いんですよ。イメージに振り回されることから逃れて、目の前の厳しくて、面白くない現実を見なければいけない。今日は「おっさん」について話しましたが、「“おっさん”はこういうものだ」という結論にしないことに大きな意味があります。
常見:分からないことは分からないと認めればいいんですよね。事実を事実のまま捉えようっていうのが今日のメッセージだったのかなと思います。
【登壇者プロフィール】
常見陽平さん
評論家、千葉商科大学専任講師。一橋大学商学部卒業、同大学大学院社会学研究科修士課程修了(社会学修士)後、リクルート、バンダイ、ベンチャー企業、フリーランス活動を経て2015年より現職。専攻は労働社会学。大学生の就職活動、労使関係、労働問題を中心に、執筆・講演など幅広く活動中。『社畜上等!』(晶文社)など著書多数。
おおたとしまささん
教育ジャーナリスト。1973年東京生まれ。株式会社リクルートから独立後、数々の育児誌・教育誌の編集にかかわる。心理カウンセラーの資格、中高の教員免許を持ち、私立小学校での教員経験もある。著書は『ルポ東大女子 』(幻冬舎)など約50冊。
河崎環さん
コラムニスト。1973年京都生まれ。予備校・学習塾での指導経験等を経て、2000年より教育・子育て、政治経済、時事問題、女性活躍、カルチャー、デザインなど、多岐にわたる分野での記事・コラム執筆を続けている。著書に『女の生き様は顔に出る』(プレジデント社)。
田中俊之さん
社会学者、大正大学准教授。1975年生まれ。男性学を専門とし、男性ゆえの生きづらさと向き合う著書を発表。主な著書に『<40男>はなぜ嫌われるか』(イースト新書)、『男が働かない、いいじゃないか!』(講談社)など
赤木智弘さん
1975年生まれ。自身のウェブサイト「深夜のシマネコ」や週刊誌等で、フリーター・ニート政策を始めとする社会問題に関して積極的な発言を行っている。著書に『若者を見殺しにする国』 (朝日文庫)など