世界が驚く“日本の避妊・中絶”の現状「人口が少ないから産みましょう、はヤバい」/なんでないのプロジェクト・福田和子さん
日本の避妊は、ないものだらけ。
そんな課題をスウェーデン留学中に抱き、2018年に『#なんでないのプロジェクト』を立ち上げた福田和子さん。
現在は他に『#緊急避妊薬を薬局で プロジェクト』の共同代表を務めるなど、日本でのSRHR実現を目指して活動している。
SRHRとは、「セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ」の略称。日本語では「性と生殖に関する健康と権利」と訳され、自分の性や体に関するあらゆることを自分で決め、守ることができる権利を指す。

なんでないの プロジェクト代表
福田和子さん
大学在学中のスウェーデン留学をきっかけに、日本でのSRHR(性と生殖に関する健康と権利)実現を目指す『#なんでないの プロジェクト』を開始。主に包括的性教育や現代的避妊法へのアクセス改善を求め政策提言、執筆、講演等を行う。2021年にスウェーデン・ヨーテボリ大学公衆衛生学修士号取得後、国連人口基金ルワンダ事務所にプログラム・アナリストとして勤務し、難民キャンプにおけるSRHR推進に取り組んだ。現在は東京を拠点にユースフレンドリーなSRHRケア等を広げるため活動中。他に『#緊急避妊薬を薬局で プロジェクト』共同代表、政治分野のジェンダー平等を目指すFIFTYS PROJECT副代表、G7にジェンダー平等を求めるオフィシャル・エンゲージメント・グループWomen7 Japan共同代表等を務める X/Webサイト
このSRHR(性と生殖に関する健康と権利)を獲得するために、世界でさまざまな女性たちが立ち上がってきた。
例えばアメリカでは、人工妊娠中絶が違法だった1960年代後半から70年代頭にかけ、さまざまな事情から産む選択ができない人を助けるべく、一般女性たちが「ジェーン」という団体を結成。推定1万2000人の中絶を手助けしたと言われている。
結果として1973年、アメリカ連邦最高裁は「女性の人工妊娠中絶の権利は合法である」と判決をくだし、女性たちが自らの権利を勝ち取るに至った。
そんな実話を映画化したのが、2024年3月22日公開の『コール・ジェーン ー女性たちの秘密の電話ー』だ。

©2022 Vintage Park, Inc. All rights reserved.
「権利は勝ち取れるものなのだと励まされた」と映画の感想を話す福田さんに、日本のSRHRの現状と課題、そして起きつつある変化について聞く。
避妊や中絶の自由は、最低限の権利の話
映画『コール・ジェーン ー女性たちの秘密の電話ー』(以下、コール・ジェーン)は、人工妊娠中絶が違法だった時代のアメリカで、中絶の権利を勝ち得るために立ち上がった女性たちの話です。
福田さんが代表を務める『#なんでないの』『#緊急避妊薬を薬局で』などのプロジェクトと重なる部分も多そうですね。
とても励まされました。
映画の時代を生きてきた当事者に話を聞いたところ、性や体に関する権利の主張はわがまま扱いされたこともあったそうです。
それでも「これは大事な権利なんだ」と彼女たちが動き続けたから今がある。本当にすごいことだと思います。

©2022 Vintage Park, Inc. All rights reserved.
映画もそうですが、海外のさまざまなデモの様子を見ていると、ベースには「自分たちで変えられる」という意識があるように感じます。
一方、日本で暮らす私たちにそういう感覚はあまりない気がして。『コール・ジェーン』のようなことは日本でも起こり得るのだろうか、と疑問に思うところもありました。
私も日本で生まれ育ったので、よく分かります。だからスウェーデンに留学した時、日本との違いに驚いたんですよ。
例えば、コロナ禍で授業がオンラインになったとき。授業の理解がオンラインでは難しく困っていたら、「先生に言ってみたら? 希望者を対象に、せめて週1回でも対面授業をしてもらうように頼むとか」と大家さんから言われて。
そもそもスウェーデンの私が通った大学院ではクラスの代表者がいて、毎学期の終わりにクラスの代表者と先生で対等に話し合う場があるんです。意見を出して、理にかなっていればできる範囲で対応もしてくれる。
そうやって声をあげるルートがあるから、「まずは伝えよう」っていうマインドセットも培われているように思います。
日本だと「仕方ない」「決まりごとには従うしかない」という感覚が強いように感じますが、そういう教育の違いも影響しているのですね。
あとは日本の場合、頑張って声を上げても意思決定の場の多くが高齢男性に占められていたり、声を受け止める土壌が乏しかったりもしますよね。
最近は高校生たちが声をあげて校則が見直されるなど変化もあり、素晴らしいです。とはいえ、理由が不明確なまま「こういうものだから」で終わってしまうこともまだまだ多い。
そういう環境なので、「仕方がない」と諦めてしまうのも無理ない状況だなとは思います。
素朴な疑問ですが、そんな状況で福田さんはなぜ活動を続けられているんですか?
避妊や中絶は、特別なことではなく、最低限の医療と権利の話でしかないと、スウェーデンで心底感じられたからだと思います。
恥やスティグマ(差別・偏見)から「遊んでいるから避妊や中絶が必要なのでは」といった懲罰的な視線があったり、避妊や中絶に関する選択肢があることはプラスアルファの話のように思わされたりしているけど、それは違います。
だって、避妊や中絶の権利がなければ、極端な話、男性が好きなように女性を妊娠させられるわけですよね。状況によっては、女性を子どもで一生縛れてしまう。
それってとんでもないことじゃないですか?
そう考えると恐ろしいですね……。
「日本マジ?」世界からドン引きされる現状
スウェーデンのSRHR(性と生殖に関する健康と権利)をめぐる現状が10だとしたら、日本はどのくらいだと思いますか?
2くらいでしょうか……。
想像以上に低い……!
というのも、他国の人に日本の話をすると本当にびっくりされるんですよ。
西欧諸国だけの話ではなく、アジア、アフリカなどの日本より低所得の国出身の皆さんも、「日本マジ?」みたいなリアクションで。
何に対して驚いているのでしょう?
避妊法が限られている、緊急避妊薬が1万円もして、しかも薬局で購入できない。
経口中絶薬は承認されたばかりで取り扱いはほとんどなく、価格も10〜20万円と高額で、配偶者の同意も必要。
結果的に、中絶費を出せない女性などがどこにも助けを求められず、孤立出産に追い詰められることもある。
こういった話をするとものすごくびっくりされます。
ネパールの助産師さんからは「私が日本で避妊について説明しようか?」と言われましたし、ケニアのアクティビストは本気で一緒に怒ってくれました。
当たり前のように受け止めていましたが、世界ではそんなリアクションをされるような状況なんですね……。
もちろんどの国にも課題はありますが、日本ではそもそも課題が認識されていない。その分、しんどい思いをする人も多いように思います。

一度すると3カ月保つ注射、3年保つインプラント、1週間貼り続けられるシールなど、 世界には確実な避妊法がたくさんあり、無料で提供される国もある。片や日本には現代的避妊法の多くが存在しない上、手にできるものも高額なのが課題となっている(引用)
日本は経済的に発展した「先進国」であるけれど、ジェンダー不平等には大きな課題がありますよね。
議員に女性が1〜2割しかいないと海外で話したら、「うそでしょ!?」ってめちゃくちゃ驚かれて。
2023年の日本のジェンダーギャップ指数は146カ国中125位。過去最低の結果となりましたが、中でも壊滅的だったのが「政治参加」でしたね……。

「人口が少ないから産んでください」という問題提起のヤバさ
こうしたジェンダー不平等の影響は、SRHR(性と生殖に関する健康と権利)にも大きな影響を及ぼしています。
例えば、賞賛されることが多い日本の国民皆保険制度。素晴らしいというのは、誰の視点からの話でしょうか。
どういうことですか?
20〜30代の女性から見れば、国のためになる妊娠・出産は、不妊治療治療含めかろうじてサポートされているけれど、病気ではないという理由で避妊、中絶へのサポートはほとんどありません。
女性の一生で見たら、生理も避妊も妊娠も中絶も出産も不妊治療も、全て自分の体に起こり得ることにもかかわらずです。
それなのに、避妊や中絶の選択は「遊んだのだから自己責任」とされ、片や国のために、異性愛「結婚」を「適齢期」にしたらとにかく出産を求められる。それが日本の現状だと思います。
女性の体に関することなのに、女性の意思がどこにもないですね……。
「子どもを産むか産まないか、いつ産むか、何人産むか」を決める自由を持つこと、それに必要なヘルスケア・サービスを利用できることは権利である。
そのように1994年の国際会議でSRHRが採択されたのに、30年後の今なお日本には前時代の価値観が根付いているように思います。
最近は「少子化」という言葉を毎日のように耳にしますが、「人口が少ないから産みましょう」という問題提起を国がすることだって、本当はおかしな話なんですよ。
え?
フランスでは大統領が「人口減が問題なので人口増強しなけれないけない」といった趣旨の発言をし、大ブーイングが起こりました。
大統領の表現にも問題はありましたが、それを差し引いても、国の都合で子どもを増やそうという問題提起自体が暴力的である。そう問題視され、批判の記事も出ています。
日本との違いがすごい……。
今は「子どもが少ないから産んでね」と言われているけど、もし子どもの数が多かったら「産まないでくれ」って言われるんですか? という話ですよね。
そういう矛盾に気付かせてもらえないまま、「女性も働きましょう。ただし、子どもは産んでください」と言われる日本社会が生きづらいのは当然だと思います。
性や体に関することは自分で決めていい。そう思うことが社会を変える
依然として課題だらけですが、変化についてはどうでしょう?
2018年に「#なんでないのプロジェクト」を立ち上げてからの5年間で、変わったなと感じることはありますか?
最初の頃は避妊の話をするだけで、「妊娠したくない時にセックスするなんて」といった誹謗中傷がたくさん届きました。
でも今では「避妊が大事なのは当然だよね」という声が増えています。MeToo運動や性暴力に関する刑法の改正などもありましたよね。

意思決定の場にいる人たちの意識が変わっていないだけで、社会は着実に変わってきているのだと思います。
産む・産まないの当事者である女性たちが「日本の現状は当たり前ではない」と知る。それがより大きな変化を生み出す原動力になりそうですね。
キャリアを考えても、産む・産まないはとても大事なこと。
だからこそ妊娠する・しないをコントロールする手段を知り、その手段にアクセスしたい時にちゃんとつながれて、「恥ずかしい」ではなく「ちゃんと考えている自分は偉い」とポジティブに選べる社会が理想だなと思います。
そんな理想をかなえる一歩が、まずは避妊や中絶の現状と選択肢を知り、自分で「どうしたいか」を決めることです。
『コール・ジェーン』のような作品を観るのも、「性や体に関することは自分で決めていいんだ」「それって私たちが勝ち取ってきた権利なんだ!」と思えるきっかけになるはずです。
そして、そう思う人が増え、それが周りに伝播することで、世の中も変わっていくのだと思います。
作品情報

©2022 Vintage Park, Inc. All rights reserved.
『コール・ジェーン ー女性たちの秘密の電話ー』
2024年3月22日(金)新宿ピカデリー他全国公開
【ストーリー】
1968年、アメリカのシカゴ。裕福な家の主婦として生きるジョイは何不自由ない暮らしを送っていたが、2人目の子供の妊娠によって心臓の病気が悪化してしまう。
唯一の治療は、妊娠をやめることだと担当医に言われ中絶を申し出るが、中絶が法律的に許されていない時代、地元の病院の責任者である男性全員から「中絶は反対だ」と、あっさり拒否されてしまう。
そんな中、街で偶然「妊娠? 助けが必要? ジェーンに電話を」という張り紙を見つけ、違法だが安全な中絶手術を提供するアンダーグラウンドな団体「ジェーン」にたどり着く。
その後、ジョイは「ジェーン」の一員となり、自分と同じ立場で中絶が必要な女性たちを救うために立ち上がる!
【作品情報】
監督・脚本:フィリス・ナジー
プロデューサー:ロビー・ブレナー
出演:エリザベス・バンクス、シガニー・ウィーバー
2022年/ アメリカ /原題:Call Jane
配給:プレシディオ
公式HP URL:https://www.call-jane.jp
X公式アカウント:@CallJane_jp
企画・取材・文・構成・撮影/天野夏海