「会議で反対意見が言えない」人に捧ぐ『ミステリと言う勿れ』整くん流“言いたいことを言う”テクニック
「労働×女子」の分野でマンガ研究を行う大学教員・トミヤマユキコさんが、働きながら生きる上での悩みを“女子マンガ“で解決します!

「会議で自分の意見を主張する勇気が出ない」「自分だけ反対意見を持った時に、つい飲み込んでしまう」
こんなお悩みに対して、今回トミヤマユキコさんが処方する「女子マンガ」は、菅田将暉さん主演でテレビドラマ化、映画化もされた田村由美さんの大ヒット作『ミステリと言う勿れ』(小学館)だ。

©田村由美『ミステリと言う勿れ』(小学館)
「本作の主人公・久能整(くのう・ととのう)くんという大学生のしゃべり方は、『意見が言えない』働く女性にも参考になります」とトミヤマさん。
整くんのコミュニケーションは、悩める女性たちにどんなヒントを与えてくれるのだろうか。早速見ていこう。
【お悩み】会議で意見が言えない……
自分に自信がなく、会議で意見が言えません。
同僚の意見に対して「それは違うのでは……?」「こっちの方がいい気がする」といった意見があっても、他の人たちが同調していたら飲み込んでしまいます。このままだといけないと思いつつ、どうしたらいいのかが分かりません。
会議で意見が言えないとのご相談ですが、これって、よーく読むと、意見が言えないんじゃなくて「反対」意見が言えない、つまり「みんなと違う動きができない」というお悩みだと思うんですね。ついつい長いものに巻かれちゃうというか。
相談者のUさん自身が「それは違うのでは……?」「こっちの方がいい気がする」と書いていますが、これってつまり、反対意見を言ったら議論をひっかき回すことになるんじゃないかとか、一匹おおかみになるんじゃないかという不安から来ていると思うんですよ。
でも、みんなと違う意見を持っていること自体は責めていない。真の意味で自信がない人は、「こんな意見を持っているなんて、自分はおかしいんじゃないだろうか」レベルの過小評価をしますからね。
Uさんがそこまで自己否定的になっていなくて、本当に良かったなと思います。
というわけで、今回フォーカスすべきは、自ら話を切り出す勇気をどうやって持つかです。発言内容に自信があろうがなかろうが、ひとまず話を切り出すことさえできれば、Uさんの気持ちはだいぶラクになると思われます。
そこで処方したいのが、田村由美先生の『ミステリと言う勿れ』です。この物語には、久能整くんというたいへん個性的な大学生が登場します。
本作は、整くんが警察や依頼者による予期せぬ巻き添えを食らいながらも、持ち前の観察眼と推理力によってさまざまな事件を解決していく物語であり、整くんの頭のよさや独特な考え方が見どころではあるのですが、私は彼のしゃべり方もおもしろいなあと思っています。
というのも、整くんって、人の会話にヌルッと入っていくのがとてもうまいんですよ。いま「ヌルッと」と書いてしまいましたが、これは褒め言葉です!
初対面でも、ちょっと緊張するような場でも、自分の話ができているのは、すごいことだと思います。
そんな整くんの口グセに「それ僕も常々思ってるんですけど」というのがあります。彼は誰かのしゃべったことにちょいちょい触発されて、その続きをしゃべり出すんですよ。

©田村由美『ミステリと言う勿れ』(小学館)
「すみません!ちょっといいですか?」みたいな前置きナシにいきなりしゃべり出しているのもポイントだと思います。
これ、前置きしちゃうと、相手はこちらに注目し、身構えますよね。そうなると、こちらとしても何か意味のあることを言わねばと緊張してきます。
おそらくUさんも、会議の場では、ちゃんと前置きをしたり、意味のあることを言わねばならないという無意識のプレッシャーに縛られているのではないでしょうか。
しかし、整くんのように、とりあえずヌルッと話し出してみて、それに意味があるかどうかは相手に委ねるというやり方もあるのです。
整くんがしゃべり出すとき、聞き手は話がどう転ぶか分からずにいます。変なことを言うかもしれないし、事件解決につながるすごいことを言うかもしれない。どっちに転ぶか分からんが、とにかくいまは彼のターンだから、しゃべらせておくか……。そんな感じ。
Uさんも、まずはヌルッと話し出してみて、あとは流れに任せてみてはどうでしょう。整くんは、話を聞いてもらえたときも、スルーされたときも、ひとまず自分の考えを伝えられたことに満足しているようですよ。

©田村由美『ミステリと言う勿れ』(小学館)

©田村由美『ミステリと言う勿れ』(小学館)

©田村由美『ミステリと言う勿れ』(小学館)
勇気が出なかったら、自分の中に他のキャラを降臨させればいい
作中では、池本という巡査が整くんをとても気に入っているのですが、付き合いが長くなるにつれ、脳内にエア整くんを召喚できるまでになります。
第14巻でトンネル事故に巻き込まれた池本は、そこに事件の臭いを嗅ぎ取り、助けを求めようとしますが、残念ながら外部との連絡手段はありません。そこでエア整くんの登場です。
僕 その名前変えてほしいと常々思ってて
「バイト」って言われると そうかなって思う人がいるので
でも実際は 犯罪の共犯の募集なわけで
「手先になってくれる共犯募集」
「お金は少しあげるけど バレたら当然警察に捕まります」
って言われたら尻込みしませんか
犯人はうまいこと言うでしょうけど 報道やメディアは
ネーミングを考えてほしいと 僕は思います
……てなことを、整くんなら言いそうだなと、池本巡査が考えている。すごい再現力です(笑)。
しかも池本は、エア整くんのおかげで、事件を解決に導きさえします。この「誰かを召喚することでうまくいく」というのも、いまのUさんに必要なテクニックかもしれません。

©田村由美『ミステリと言う勿れ』(小学館)
他ならぬ自分が、みんなの前で意見を言わないといけないと思うから、避けたくなるのかも。降霊術ではないですが、自分の中に他のキャラを降ろすと、うまくいくかもしれません。
私は手塚治虫文化賞の選考委員をしているのですが、ベテランの選考委員に囲まれながらも、言いたいことはビビらず言うようにしています。
それは自分に自信があるからではなくて、仮に諸先輩方の意見に従うとしても、一応こちらの意見を伝えておけば、「なるほどそういう考えもあるか」と、多数派の心構えに多少は変化が起こるだろうと思うからです。
あとは「ボツだとしても聞いてくれるだけでうれしい〜!」という気持ちもあります。Uさんや私のいるクリエーティブの現場において、反対意見を出すことは、相手を攻めたり批判したりすることではありません。
別の見方や考えがあるという選択肢を増やすこと、別の可能性を押し開くことなのです。
まあ、整くんのように「あの人ちょっと変わってるね」と思われる可能性はありますが、それと引き換えに言いたいことが言えるようになるのなら、悪くないと思いませんか?

東北芸術工科大学准教授/マンガ研究者/ライター
トミヤマユキコさん
1979年、秋田県生まれ。早稲田大学法学部を卒業後、同大大学院文学研究科に進みマンガ研究で博士(文学)を取得。2019年4月から東北芸術工科大学教員に。ライターとして日本の文学、マンガ、フードカルチャーなどについて書く一方、大学では現代文学・マンガについての講義や創作指導も担当。2021年より手塚治虫文化章賞選考委員。著書に『ネオ日本食』(リトルモア)、『労働系女子マンガ論!』(タバブックス)、『10代の悩みに効くマンガ、あります!』(岩波ジュニア新書)、『文庫版 大学1年生の歩き方』(集英社文庫)、『少女マンガのブサイク女子考』(左右社)、『40歳までにオシャレになりたい!』(扶桑社)、『パンケーキ・ノート』(リトルモア)などがある ■X/Instagram
『働く女の悩みは、女子マンガに聞け!』の過去記事一覧はこちら
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