【アジア人女性初の宇宙飛行士・向井千秋】「女性初」にプレッシャーを感じたことも、感じる必要もない
国際女性デー記念特集「先駆けの女性たち」では、各分野で「初」を成し遂げた女性たちにインタビュー。前例や常識に縛られず、新たな道を開拓してきた先駆者たちのチャレンジマインドを紹介していきます!
1994年、アジア人女性初の宇宙飛行士がスペースシャトル・コロンビア号に搭乗し、宇宙へと旅立ったーー。
心臓外科医でNASDA(現JAXA)搭乗科学技術者・宇宙飛行士だった向井千秋さん。

東京理科大学 特任副学長
向井千秋さん
宇宙飛行士、医師・医学博士。1952年、群馬県生まれ。77年、慶應義塾大学医学部卒業。同大卒の女性として初の心臓外科医に。 85年、アジア人女性初の宇宙飛行士に選出。94年、98年と2度の宇宙飛行を行い、微小重力下でのライフサイエンスおよび宇宙医学分野の実験を実施。 2004年~07年にかけて国際宇宙大学の教授として、国際宇宙ステーションでの宇宙医学研究ならびに健康管理への貢献を目指した教育を行う。07年~15年、 JAXA 宇宙医学研究室長、宇宙医学センター長として宇宙医学研究を推進。 15年、東京理科大学副学長に就任し、16年4月より現職
初の宇宙飛行から4年後、彼女はスペースシャトル・ディスカバリー号に乗って再び宇宙へと向かう。二度の宇宙飛行は、日本人初(98年当時)だった。

1998年に向井さんが搭乗した、ディスカバリー号が旅立つ様子(JAXA/NASA)
向井さんのミッションは、国際宇宙ステーションにおける宇宙飛行士の健康を支え、宇宙医学研究の推進に取り組むこと。
地上に戻ってからも、宇宙医学研究の成果とアメリカで学んだ技術を生かして日本医学界の発展に貢献。現在は、東京理科大学特任副学長として、研究・教育活動に尽力している。
「『女性初』というタイトルがつくことにプレッシャーを感じたこともないし、感じる必要もない」とはっきり言い切る向井さん。
好奇心に突き動かされるがまま、軽やかに新たな道を切り開いてきた彼女のチャレンジマインドとはーー。
宇宙飛行士も、女が女を隠すことなく働ける世界へ

98年撮影(JAXA/NASA)
私が宇宙に行ってから約30年。ずいぶん時間がたちました。「あれは夢だったのかな」と思うくらい、本当に良い経験をさせていただいたと思います。
宇宙飛行士になろうと思ったきっかけは、30代の時に新聞に載っていた「宇宙飛行士募集」という小さな広告を見つけたこと。
日本人が宇宙飛行士になれるんだ! って興奮して、迷わず応募しました。
「人の役に立つ仕事がしたい」というのが私の原動力。心臓外科医になれば人の命を救って役に立てると思ったから、その道を選びました。
それと同様に、宇宙飛行士になって医学の発展に関わる研究に携わることができたら、もっと広い範囲で人の役に立てるかもしれない。そう思ったら、いてもたってもいられなくなったのです。

IML-2クルー(JAXA/NASA)
結果として、私は日本の宇宙飛行士グループの1期生に選ばれました。
当時はヨーロッパやアメリカではすでに女性の宇宙飛行士たちがいて、性別や人種の多様性が広がり始めていた時期でした。
ただ、70年代に宇宙飛行士に選ばれた女性たちは、「男たちと同じようにやらなきゃ」っていう気持ちが強かった。
話すと普通にかわいらしいんだけど、あえて行儀悪くふるまってみたり、男性っぽい服を着たり、態度を大きくしたりして、男社会の中で「男になって」戦おうとしていたんだと思います。
でも、80年代後半になってスペースシャトルのコマンダー(シャトルの操縦を担当する宇宙飛行士)まで女性がやるようになるとだいぶ雰囲気は変わって、自然体で仕事ができるようになりました。
私たちは結婚もするし、子育てもするし、きれいなドレスだって着るーー。女性が女性であることを隠すことなく働ける。そういう雰囲気が宇宙飛行士の世界の中にもできてきたんです。

94年7月撮影、地球を背後にして無重力状態で浮かぶ向井さん(JAXA/NASA)
こういう変化って、どんな業界でも起きることだと思うんですよね。
女性がいない世界に最初に飛び込んでいく女性たちって、どうしても「郷に来たら郷に従え」になってしまうけれど、分かり合える仲間が増えるごとに、もっと自分らしく働けるようになっていく。
私はもともとガサツな性格だったから、男社会に飛び込むことに抵抗もなければ、入ってからもあまり悩むことはなかったんですけどね。
むしろ周りの男性宇宙飛行士たちの方が気を使って、私の前ではお行儀良くしてくれていたくらいです(笑)

STS-95クルー(JAXA/NASA)
「男性宇宙飛行士として何がしたい」って聞きますか?
私は「アジア人女性初の宇宙飛行士」ですけど、きっと今後もいろいろな分野で「女性初」が生まれていくと思います。
いまは東京理科大学で特任副学長をしているので10代の子たちと話す機会も多いのですが、良い意味で驚かされますよ。
みんな「男だから」「女だから」という境界線を引かず、「自分が好きなことをやる」「自分なりの良いバランスで、自分の人生を生きていく」っていう気持ちがすごく強いんです。

私たちの頃とは明らかに価値観が違う。型にはめない、境界線を引かない、多様な人がいて当たり前ーー。そういう考えの若者たちが増えてきて、世の中は良いふうに変わってきているなって常々思います。
それに、民間企業もこれだけ「女性管理職比率」を気にするようになってきているから、社内で初の女性マネジャーになったり、取締役に挑戦したりする人も多いでしょう。
でも、そういうチャンスが来たら変にプレッシャーを感じないでほしい。「女性だから」なんて気にするだけもったいないですよ。
例えばね、私が宇宙に行った当時は「紅一点」って報じられることが多かったんです。日本人宇宙飛行士の第一期生3人(毛利衛さん、土井隆雄さん)のうちの1人ってことでね。

左から、土井隆雄さん、向井千秋さん、毛利 衛さん。訓練中の様子(JAXA/NASA)
当時は彼らと一緒に記者会見に応じることも多くて、そこで記者はよく「宇宙に行くことで期待することは?」って毛利さん、土井さんに聞いていました。
でも私には「日本人女性初の宇宙飛行士として、宇宙で何をやりたいですか?」って聞いてくるの。それで、「同じ質問を男性にもしてください」って言ったこともあった。「男性宇宙飛行士として何がやりたいのか」って。
日本初の宇宙飛行士としてっていう観点からだと、医学・学術分野への貢献とかそういうことも言えるけど、「女性として」って言われると、「群馬県民として」「館林市民として」みたいな話と一緒だし、きりがないじゃないですか(笑)
だからもうね、「女性で初めて」ということにプレッシャーは全然感じなかったですね。感じる必要すらないと思います。
「男のくせに」は自分を卑下する言動だと気づいた
ただ、今はこんなふうに言っている私にも「女だから」「男だから」という考えにとらわれていた時期もあったんですよ。

私はもともとやんちゃな性格で、医学部にいた頃なんかは男子相手にスキーで勝負して平気で勝っちゃうような感じだったんです。
それに加えてお酒も強かったから、飲めない男子がいると「男のくせに私より飲めないじゃない!」なんて言ってからかうことがあって。
逆に、私は甘いものがそんなに得意じゃないんですけど、ある時に男子から羊羹を一本渡されて「お前、女なんだから甘いもの好きだろ? 4分の1も食えないのかよ」って言い返されたことがあったんですよ。
それで、ふと考えたんです。「男のくせに」って彼らを馬鹿にしている自分は、根本的には男の人の方が自分より勝っていると思っているから「劣っている女の私より飲めないなんて格好悪い」って言ってたんだよな……って。
そういう考え方に気づいてからは、「男のくせに」って言うのも考えるのもきっぱり辞めました。
そうじゃないと、これから何をやっても「女だからできなかったんだ」とか「男だからできたんでしょ」とかそういう考えで生きていくことになりそうだったから。

医者になった時もそう。患者さんが「女が主治医だったから手術がうまくいかなかった」っていうふうに思ったり、「女が主治医だから」と不安に思わせてしまったりしたら、治る病気も治らなくなってしまう。
「提供できる医学は男も女も同じです」っていう考えを貫いてやってきたからか、宇宙飛行士になるときも「女だから無理かもしれない」とは思いませんでした。
余談ですけど、当時は診察室にやってきたお母さんたちが、小さい男の子が注射されて泣くと「男の子なんだから泣くんじゃありません」とか言って怒るんだよね(笑)
それで私が「お母さん、男でも注射されたら痛いよ」「痛かったら泣いていいよ」って言うと、その子もぴたっと泣き止んだりして。
自分にも他人にも、「●●なんだから」っていう呪いをかけちゃいけませんね。
ハイブリッドな「雑種チーム」こそ最強
今はよく、多様性やダイバーシティーが大事だって言うでしょう?
多様性とは性別のことだけではないけれど、「まずは性別の多様性を」ということで、皆さんが働いている会社でも女性管理職や女性の取締役を増やそうとしているところは多いはずです。
ただ、女性管理職比率など数字目標にだけとらわれて、「なぜ多様性が大事なのか」という部分に腹落ちしていない人もいるかもしれません。時には「女性が下駄をはかされている」なんて揶揄する人もいます。
でもね、私から言わせれば、多様性は最強ですよ。

短いスパンでみれば、同一性の高い人たちで仕事を進めるとスピーディーだし楽です。一方で、多少の面倒くささはあっても、ピンチに強いのは明らかに多様な人たちが集まっている雑種チーム。
雑種って、カッコよく言い換えればハイブリッド。雑種は生命力がものすごく強いんです。
植物でも動物でも純系(遺伝的に均一な個体の総称)の方が弱い。それに比べて、いろいろな遺伝子がかけ合わさってできた雑種っていうのは、自然界の変化に耐えて強く生き抜く生命力を持っている。
一般的に純系はシャープでピンとしているんだけど、苦手なものに遭遇したときに対応できないことが多くて、雑種は動きが鈍かったり遅かったりするかわりに、何に遭遇しても柔軟に受け止めて変化していけるタフネスがあります。
例えば、ハイブリッド車をイメージしてください。ガソリンと電気、両方使えるからどっちかがダメになっても走り続けられるでしょう?
今の世の中って何が起きるか分からないじゃないですか。政治や経済も毎日のように変わっていくから、会社だってどういうリスクに直面するか分からない。
日本には世代・性別・価値観が似た人たちが集まって意思決定をしている企業がまだ多いけれど、そこに女性や若者など今まで意思決定の場にいなかった人たちの目が入ることは、長期的な経済合理性を考えてもすごく大切なことです。
プレッシャーは追い風として使えばいい
組織やチームの中でマイノリティーとなる女性たちに伝えておきたいのは、その中で「自分にしかできないこと」を探すとものすごい強みになるということ。

マイノリティーっていうだけでマジョリティーの人とは違うわけだから、他のみんなができないことや対抗できないことで強みを発揮すると、自分らしく働ける上にチームの役に立つことができるんですよ。
職場の中でそういう強みを見つけられると、自信がつくし、仕事も楽しめるようになってくると思います。
さっき、初めて挑戦することにプレッシャーを感じる必要ないっていうお話しをしましたけど、どうしても感じるなら、それはもう「追い風」として使えばいいんです。
プレッシャーっていうのは、裏を返せばそれだけ「期待」をかけてくれている人がそれだけたくさんいるということ。
よくトップアスリートの人が「応援してくれるみんながいたから頑張れた」ってインタビューで言いますけど、あれは真実だと思います。
例えば、期待して見守ってくれている人たちがいなければ、大変な練習なんてさぼりたくなりますよね。でも、「みんなが自分に期待をかけてくれている」と思えば今日も練習を頑張れる。自分を高めるための良い緊張感につながったりするわけじゃないですか。
そうやって、プレッシャーっていうのはポジティブに使えばいいんですよ。帆船が風向きを自分の味方にして推進力を増強しているように、プレッシャーを「風」と考えてうまく乗ればいいのです。
どんな優秀な人だって一人で放置されていたら、能力なんて発揮できません。
周囲からいろいろな刺激を受けて追い風を巻き起こしていくことで、自分が持っている能力以上のものを引き出すことができるんだと思います。
一匹狼になったっていい。自分の人生を生きて

そして、女性たちには「自分の人生を生きる」こともぜひ大事にしてほしい。
自分が「選んでよかった」と思える道を進んで、人に迷惑をかけないことなら、やりたいことを全部やっちゃうのが一番いいですよ。
誰かの意見とか人の目を気にして生きているうちは、「他人の人生」を生きているようなもの。要するに、自分の人生を生きていないんですよね。
それって最後に後悔しませんか?
もし、今の仕事をずっと続けて後悔しそうなら、何歳からでもいいからワクワクする方に舵を切って挑戦してみたらいいと思います。
私だって、宇宙飛行士に応募したのは32歳、初めて宇宙に行ったのは42歳になってからでしたからね。新しいことを始めるのに遅いことなんてありません。

スペースハブへの移動トンネルの中の向井さん(JAXA/NASA)
そして、人間はもともと群れで生きる生き物だから、みんなと同じ群れの中で生きていこうと頑張るとは思うんだけど、その群れが嫌なら飛び出てしまって、一匹狼になったっていいんですよ。
それもその人の人生だから、誰がなんて言おうと、最後に自分が「あ~、良い人生だった!」って思えればいいんです。
もしもワクワクする仕事が見つからなくて悩んでいるなら、これまでの経験の中で「あの時、一生懸命になれたな」って少しでも思うことを思い出してみるといいかもしれません。
「これから一生続けられる仕事を見つけよう」なんて思うと身動きがとれなくなってしまうけど、「今の自分が面白い」と感じる仕事があれば、まずはそれができる方に行ってみる。
すごく遠くの目的地を目指すより、目の前にある楽しそうな方へ、ワクワクする方へと進んでいけばいいんです。そうやって小さな変化、行動を続けて、その場その場で小さな成功を重ねて自分に自信をつけていく。
そうしているうちに、気づけばすごく高い山に登っていて、最高の景色が広がっていたーー。そんなふうに生きていけば、いいんじゃないでしょうか。
大事なのは、自分の内側から湧き上がる好奇心と、それに従って素直に行動するフットワークの軽さ。そして、プレッシャーをも追い風にする前向きな気持ち。それがあればもう怖いものなしです。
「自分の人生を生きる」ができるようになるほど、仕事も人生も、今よりもっと楽しめるものになっていくはずですよ。

取材・文/栗原千明(編集部) インタビュー撮影/洞澤佐智子(CROSSOVER) 画像提供/JAXA/NASA
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