
【吉田羊】結婚出産か、夢を追うか…ブレークまでの17年、岐路に立つ度に「やりたいこと」を貫いたワケ
女性が働き続けることが一般的となった今でも、女性が夢や目標に挑み続けるハードルは、決して低くはない。
「もう夢みたいなことを言ってられない年齢だし……」
「子どももいるし、自分のことばっかり考えられない……」
そう自分に言い聞かせては諦めてしまう人もきっと少なくないだろう。しかしそれは、年齢や自分を取り巻く環境を、やりたいことを諦めるための「いいわけ」にしてしまっているだけかもしれない。
そんな人にお届けしたいのが、俳優・吉田羊さんのストーリーだ。
俳優の夢を追い、10年あまりの期間、アルバイトをしながら小劇場の舞台に立ち続けた吉田さん。30代で映像の世界に足を踏み入れてからも、ブレークするまでにさらに7年の下積み期間を経ている。
結婚や出産など人生の分岐点に立ち、このまま夢を追うのか悩んだ経験もあれば、「役者として世間から求められていないからもう辞めよう」と思ったこともあります。
でもあの時、芝居を続けることを選んで良かった。今、心からそう思っています。
彼女はなぜ、年齢を重ねても、ライフステージの岐路に立っても、「夢を追い続ける」ことを貫けたのだろうか。

吉田羊さん
2月3日生まれ、福岡県出身。1997年、舞台役者としてデビュー。01年に劇団「東京スウィカ」を旗揚げ。07年にドラマ『愛の迷宮』(東海テレビ)に出演し、以降本格的に映像作品へ進出。14年のドラマ『HERO』(フジテレビ・第2シリーズ)で注目を集める。主なドラマ出演作に『コウノドリ』シリーズ(2015・2017年/TBS)、『真田丸』(2016年/NHK)、『中学聖日記』(2018年/TBS)、『凪のお暇』(2019年/TBS)、『恋する母たち』(2020年/TBS)、『不適切にもほどがある!』(2024年/TBS)など。主な映画出演作に『ビリギャル』(2015年)、『嫌な女』(2016年)、『記憶にございません!』(2019年)、『イチケイのカラス』(2023年)、『ハピネス』(2024年)など。第39回日本アカデミー賞助演女優賞、第24回読売演劇大賞優秀女優賞など受賞歴多数■X
「明確な人物像」が分からない役への迷い
吉田さんが挑んだ最新作の映画『遠い山なみの光』の舞台は、原爆投下後の長崎。
まだ女性が自由に自分の人生を生きることが難しい時代に、傷つきながらも懸命に立ち上がり、光を求めて生きる女性たちの姿が描かれている。
吉田さんが演じた悦子は、長崎で原爆を経験した後イギリスに移住し、30年の時を経た女性だ。心に深い闇を抱えながら生きるが、その人物像は明確には描かれていない。答えのない人物をどう演じるのか。吉田さんにとって大きな挑戦だった。
私はこれまでお芝居では「明確な答え」を求めてきたんです。だからこそ、悦子のような捉えどころのない役柄をどう表現すればよいのか、とても迷いました。
そこで吉田さんが取ったアプローチは、「具体を積み重ねる」というものだった。
悦子の若き日を演じる広瀬すずさんの仕草や、悦子がイギリスで暮らす家に置いてあるものなど、数少ない「明確であるもの」から悦子の「今」を組み立て、想像していくことからスタートした。
例えば、悦子は主婦なので、台所に立つことが多いんです。台所にはどんなこだわりがあるのか。何を置いていて、日本から何を持ってきているのか。そんな明確な事実から、人物像をかたちにしていきました。
戦後の長崎の明るさに満ちた空気感とは対照的に、イギリスの悦子の家はどこか沈んだ雰囲気が漂っていて。その空間が悦子の心象風景そのもののようで、役を捉える大きな手掛かりになりましたね。

すぐに芽が出ないのは、タイミングが今じゃないだけ
作品の中で描かれる女性たちは、女性が生きづらい世の中であっても、そんな中で子どもを育てていても、「それを自分の人生を諦めるいいわけにしてはいけない」と、必死に立ち上がり続ける。
そんな女性たちの姿に、自身を重ね合わせることもあったと、吉田さんは話す。
結婚や出産といった人生の大きな出来事に直面した時に、女性だとどちらかを選ばなければならないように感じることってありますよね。
私自身もそんな経験があったんですが、あの時お芝居をする道を選んでよかったなと今心から思っています。
私は「なりたい自分」が明確だったのと、「自分はいつか何者かになれる」と根拠なく信じていたところがあって。その信念に突き動かされ、背中を押されてきました。
そういった意味では、映画の中で女性たちが葛藤したり苦しんだりしながらも、希望を捨てずに生きた姿と自分を重ね合わせられるところがあります。

強い信念で役者として夢を追うことを決めた吉田さんだが、30代になってもブレークの兆しは見えなかった。
小劇場の舞台に立ち続ける中で、「世間から役者として求められていないのなら、次の作品でもう辞めよう」とひそかに決意したこともあった。
「この作品をやってみて楽しくなかったらもう辞めよう」と決めて臨んだのですが、残念ながらすごく楽しくて(笑)
世間から必要とされていなくても、やっぱり私は芝居が好きだからやりたいんだなと実感したんですよね。
これまでも、岐路に立った時は自分の心がワクワクする方向を信じて進んできたと話す吉田さん。
ニーズがあるかどうかではなく、自分の心に素直に従う。とてもシンプルな判断軸だが、言葉で言うほど簡単なことではない。
求められない日々を積み重ねることに苦しさを感じたり、順調に人生の階段を上がっていく周囲の人たちを見てあせったりすることもあっただろう。
そんな時も諦めるためのいいわけを探すことなく、吉田さんがワクワクする方へと歩み続けられたのは、成功体験と失敗体験を繰り返す中で「いつかタイミングが巡ってくる」という確信があったからだった。
チャンスが巡ってくるタイミングは、人それぞれだと思っていて。
今成功している人は、それがその人にとってのタイミングだっただけ。そのチャンスが一生自分に回ってこないわけではないと思うんです。
いつか自分にも巡って来ると信じて努力を重ねていれば、必ず自分の順番も来る。
タイミングは人によって違うのに、その順番が回ってくる前に諦めてしまうのはもったいないなって思います。
ブレークを信じて小劇場で経験を積んでいた時も、成功体験と失敗体験の連続だったので、「次こそは!」という希望を持ち続けられたんですよね。
満足できるパフォーマンスができない自分への悔しさがモチベーションになって、私を前へと導いてくれていたような気がします。

「今がダメだから、ずっとダメ」ではない
10年にわたり舞台に立ち続けた吉田さんは、2007年に映像の世界へと足を踏み入れる。
そしてさらに7年後、転機が訪れた。2014年に放送されたドラマ『HERO』第2シリーズでブレークし、爆発的に認知度を高めることになる。
吉田さんのキャリアについて、世間では遅咲きと言う人もいるが、「私にとってはこれがベストなタイミングだった」と笑顔を見せる吉田さん。
歳を重ねていたからこそ、得られたご縁もあると思うので、私にとっていいタイミングで巡ってきたチャンスだったのだと思います。
今回の悦子役も、今の私の年齢だったからこそいただけたご縁です。これが10年前だったら、きっとこの作品には参加させていただけていなかったなと。
そう考えると、「今がダメだから、ずっとダメ」なんていうことはないんですよね。

努力さえし続ければ、いつか何者かになれる。なかなか日の目を見られないのであれば、それは今がタイミングではないだけ。
そう自分のことを信じながら、「ワクワク」する気持ちに忠実に従ってきたからこそ、彼女は自分にいいわけをせずに、夢をつかむまで走り続けることができたのだろう。
働く女性たちが、自分を取り巻く環境をいいわけにせずに、自分の可能性を信じ続ける秘訣として、「感謝の心を忘れない」ことが大切だと、吉田さんは続ける。
これまで私がいただいてきたご縁を思い返してみると、本当に一つ一つ奇跡の連続でした。決して当たり前ではないことばかりで、全てにおいて感謝の気持ちでいっぱいです。
幸運は、感謝できる人のところにしか来ないと思っていますし、常に感謝の心を忘れないことは、運を手繰り寄せる上でとても大切だなと感じます。
人生は自分でコントロールしているようで、実はコントロールさせてもらっている一面もあると思うんですよね。
自分が選択したと思っていても、選ばせていただいているんだという謙虚な気持ちを持ち合わせていれば、きっとチャンスをいただける器でいられると思います。
映画『遠い山なみの光』で、全編英語の演技にチャレンジした吉田さんは、今もコツコツと英語学習を続けているという。彼女が見据える先にあるのは、世界を舞台にした挑戦だ。
いつかまた海外作品に、そしてその先で三大映画祭にもまたご縁ができたらうれしいです。
女性がやりたいことに素直に挑み続けることがこんなにも難しい社会の中で、年齢や環境にとらわれずに、自分の心に従い続け夢をつかんだ彼女のマインドセットは、現代を生きる女性たちにとって、希望の光となるに違いない。

取材・文/光谷麻里(編集部) 撮影/洞澤 佐智子(CROSSOVER)
作品情報
映画『遠い山なみの光』2025年9月5日(金)TOHOシネマズ日比谷他 全国ロードショー

日本人の母とイギリス人の父を持ち、大学を中退して作家を目指すニキ。彼女は、戦後長崎から渡英してきた母悦子の半生を作品にしたいと考える。娘に乞われ、口を閉ざしてきた過の記憶を語り始める悦子。それは、戦後復興期の活気溢れる長崎で出会った、佐知子という女性とその幼い娘と過ごしたひと夏の思い出だった。初めて聞く母の話に心揺さぶられるニキ。だが、何かがおかしい。彼女は悦子の語る物語に秘められた<嘘>に気付き始め、やがて思いがけない真実にたどり着く──。
●キャスト:
広瀬すず、二階堂ふみ、吉田 羊
カミラ アイコ、柴田理恵、渡辺大知、鈴木碧桜
松下洸平、三浦友和
●監督・脚本・編集:石川 慶
●原作:カズオ・イシグロ/小野寺健訳「遠い山なみの光」(ハヤカワ文庫)
●製作総指揮:堤 天心
●製作幹事:U-NEXT
●制作プロダクション:分福/ザフール
●共同制作:Number 9 Films, Lava Films
●配給:ギャガ
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