
元アパレル店長の漫画家ぼのこに聞く、接客経験を武器に変えるキャリア術【イベントレポ】
接客・販売業は、お客さまの笑顔を間近で見られるやりがいの大きい仕事。一方で、「いつまでこの仕事を続けていけるのだろう?」と漠然とした不安が頭をよぎる瞬間はないだろうか。
体力的な負担、キャリアアップの道筋、将来のライフイベントとの両立……。多くの女性たちが、販売職ならではの「キャリアの壁」に直面している。
そこでWoman typeでは、人気連載『マイカのアパレル日記』の著者で、元アパレル店長の漫画家・ぼのこさんをゲストに迎えたオンラインセミナーを2025年7月25日に開催。
アパレル店員から人気クリエーターへとキャリアチェンジを遂げたぼのこさんの経験から、接客・販売の経験を活かして自分らしく長く働き続けていくためのヒントを伺った。

【ゲストプロフィール】
ぼのこ
アパレルショップで約7年勤務し、店長職を経験。その後フリーランスのクリエイターとしてブログやInstagramで漫画を執筆中。自身の経験をもとにした漫画『ぼのこと女社会』シリーズが人気を呼び、読者は月間10万人に上る。著書『女社会の歩き方』(KADOKAWA出版)
ブログ:ぼのぐらし。
Instagram:bono_gura
X:@bono_gura
アパレル店長から漫画家へ。ぼのこさんのキャリアの軌跡
漫画家になる前はアパレル店員として働いていたぼのこさん。
店長になってからは、人を引っ張るリーダーというよりも「誰かを支える仕事」が自分に合っていると感じられ、すごく面白みがありましたね。
順調にキャリアを重ね、仕事のやりがいも感じていた。しかし、仕事に全力で打ち込むあまり、30歳を目前にして「体力の限界」という大きな壁に直面する。
退職した一番の理由は、体力的に持たなくなってしまったことです。当時の私は何でも全力でやりたがる性格で、知らず知らずのうちにキャパオーバーになってしまって。そのほかにもさまざまな原因が重なり、仕事に限界を感じてしまったんです。
全力で仕事に打ち込んできたからこその、心と身体の悲鳴。やむなく退職の道を選んだが、その経験が新たなキャリアへの扉を開くことになる。
店長時代、会社全体の勉強会を主催させてもらう機会などもあり、改めて「人に何かを伝えることが好きだな」と強く思うようになっていました。
会社という枠を超えて、もっと多くの人に発信できたら楽しいだろうな、と。そんな時にSNSを通じた個人での発信に可能性を感じたんです。
発信の手段として選んだのは、意外にも「漫画」だった。それまで漫画をほとんど読んだことも、描いたこともなかったという。
Instagramを見ていた時に、『インスタ漫画』というジャンルがあることを初めて知りました。ある方のエッセイ漫画を読んで、「絵だとすごく伝わってくる!」と感じたんです。
文字だけの情報よりも、情景やキャラクターの表情、セリフのトーンまで多層的に伝わってくる。これだ!と思って、自分もやってみようと思い始めてみました。
アパレル時代に培った観察眼が、漫画制作に活かされる。多くのお客さまやスタッフと接する中で、多様なキャラクターへの解像度が高まり、それがリアルな心理描写につながっているのだ。
この性格の人は、こういう思考の癖があるだろうな、だからこんな悩みを抱えているんじゃないかな、と。接客業を通してたくさんの人に出会ってきた経験が、キャラクター設計や心理描写にすごく活かされています。
アパレル・販売経験を次のキャリアに活かす方法

ぼのこさんのように、一見全く異なる分野でも、アパレル・販売の経験は強力な武器になる。では、販売職として働く多くの女性たちは、その価値ある経験を、これからどうキャリアに繋げていけばいいのだろうか。
イベントのメインとなるこのテーマについて、ぼのこさんは自身の経験を交えながら、その可能性は業界の内外に大きく広がっていると語った。
【業界内でキャリアアップする場合】
例えば業界内でキャリアアップしたいと思ったら、販売職からリーダー、店長へという道だけでなく、そこからさらにエリアマネージャーやスーパーバイザーといったマネジメント職に進む方もいます。
また、現場経験があるからこそ、バイヤーや商品企画、VMD(ビジュアルマーチャンダイジング)、SNS運用などを担当する広報・プレスといった本社部門で活躍する道も多彩です。
そのとき重要なのは、「自分は何に特化した販売員なのか」を理解することだという。
同じ販売員でも、おもてなしが得意な人、プレゼンが上手な人、人を巻き込むのが得意な人など、得意分野はさまざま。アパレル企業には多様な部署があるので、自分の得意に合った場所が必ずどこかにあるはずです。
では、その「自分の強み」はどうすれば見つけられるのか。
一番は、周りの人に聞いてみることだと思います。自分では気付いていなくても、周りの方が客観的に見てくれていることはすごく多い。
私自身も、同僚や上司から「人を巻き込んで何かをやりたがる人だね」とよく言われて、「そうか、私は巻き込むのが得意で好きなんだ」と気付かせてもらいました。
そしてもう一つ、「自分に対する固定観念を持たないこと」も大切だと付け加えた。
「私はこういう人間だ」と決めつけず、周りの声に素直に耳を傾けてみる。柔軟でいることで、新たな自分の可能性に気付けるかもしれません。
【業界外でキャリアチェンジする場合】
ぼのこさんのように、業界の外に活躍の場を求める人もいる。彼女の周りにも、販売スキルを武器に新たなキャリアを築いた元同僚がいるそうだ。
数字を追うのが得意だった元同僚は、歩合制の営業職に転職しました。販売員時代に培った提案力やお客さまのニーズを察する洞察力を活かして、年収を大幅にアップさせていましたね。
また、顧客づくりが非常に上手だった先輩は、退職後に小さな雑貨屋さんを開業し、アパレル時代のお客さまが今も通ってくださっているそうです。
販売、営業、起業……。接客・販売で培ったコミュニケーション能力や課題発見力、提案力は、あらゆるビジネスシーンで通用するポータブルスキルなのだ。
私自身も、アパレルを経て、全く想像もしていなかった漫画家という仕事をしています。自分の強みと「どうなりたいか」次第で、可能性は無限に広がっていくんだと実感しています。
長く働き続けるためには「心と体」を守ること

キャリアを語る上で、ぼのこさんが何度も強調したのが「持続可能性」だ。自身の体調不良による退職経験から、長く働き続けるための秘訣を力強く語った。
一番大事なのは、持続可能的に働く、ということです。とにかく無理をしない。そして、完璧主義を捨てること。仕事に全てを注いでしまうと、いつかポキッと折れてしまう。それは私自身の大きな反省点でもあります。
そのために必要なのが、「仕事と自分を切り離して考える癖をつけること」だという。
「自分が頑張れば何とかなる」と思い込んでしまいがちですが、仕事はあくまで人生の一部です。仕事で折れてしまうと、プライベートまで折れてしまう。無理を続けないことが、自分自身を守る一番の方法だと実感しています。
心と体の健康があってこそ、前向きな挑戦もできる。このぼのこさんの言葉は、職種を問わず、働く全ての女性の心に響くメッセージだろう。
販売職のリアルな悩みに、ぼのこさんが本音で回答!
イベント後半では、参加者から寄せられたリアルな質問にぼのこさんが答えるQ&Aセッションが行われた。ここでは特に盛り上がった5つの質問と回答を紹介しよう。
Q1. 部署異動や働き方の希望を、「わがまま」と捉えられないように上司に伝えるにはどうすればいいでしょうか?
伝え方は大切ですよね。私なら「誤解しないでほしいのですが」といったクッション言葉を使いながら、「あくまで私の希望として受け取っていただきたいのですが、今後こういうふうに働けたら嬉しいです」というように、丁寧にお伺いを立てる形で伝えます。
下手に出るのではなく、丁重に。その上で、なぜそう思うのか、職場をより良くしたいという前向きな意図もセットで伝えられると、きっと分かってくれるはずです。
Q2. 店長をやっています。向上心が感じられないスタッフへの指導、どうすればいい?
まず大前提として、「仕事に対する熱量は人それぞれ違う」と理解することが大切だと思います。自分の100点を相手に求めないことですね。
その上で、私が注力していたのは、「本当は100出せるのに、40しか出せていない人を見過ごしていないか」という視点です。やりたくない人を無理やりやらせるのではなく、やりたい人が力を発揮できる環境を整えることを優先します。
生き生きと働くスタッフが増えれば、お店全体の空気が良くなり、その雰囲気に引っ張られるように、他のスタッフのモチベーションも上がっていくはずです。
Q3. 部下の販売力が高く、自分と比べてしまい、ネガティブになってしまいます…
私なら、むしろ「ラッキーだな」と思います。自分が休んでいる時でも、その人がお店の売り上げを立ててくれるわけですから。
プレイヤーとして競うのではなく、「その人をスーパー販売員に育てるにはどうしたらいいか」という育成者の視点に切り替えてみてください。自分の部下の数字を伸ばすことを自分の目標にしてみると、めちゃくちゃ楽しくなりますよ。
Q4. アパレルの仕事と子育ての両立に自信がありません。うまく両立するコツは?
私自身に経験はないのですが、育休明けのスタッフを見ていて感じたのは、「周りの100点と、その方自身の100点を一緒に考えない」ということです。
例えばプライベートの育児に50のエネルギーを使っていたら、仕事に使えるのは残りの50です。その中で40使えたら、もう万々歳。周りができているからと自分を追い込むのではなく、今の自分のキャパの中でベストを尽くせている自分を評価してあげることが大切だと思います。
Q5. 毎日、新鮮な気持ちで接客の仕事を楽しむためには?
売っている商品は毎日同じでも、いらっしゃるお客さまは一人一人全く違います。その方が「なぜそれを手に取ったのか」「それをどこに着ていくのか」。お客さま一人一人のストーリーに思いを馳せてみてはいかがでしょうか。
「この方はこれを買うことで、どんなお出かけをするんだろう?」と想像力を膨らませていくと、接客は本当に面白いです。私は毎日それをやっていて、すごく楽しかったですよ。
接客経験はかけがえのない「財産」

「アパレルでの経験は、今の私にとってかけがえのない財産です」。イベントの最後に、そう語ったぼのこさん。
今回のイベントを通して見えてきたのは、接客・販売という仕事が持つ可能性。それは、単にモノを売るスキルではない。人の心を動かし、多様な価値観を理解し、課題を解決へと導く、普遍的で強力なスキルとなるはずだ。
ぼのこさんが教えてくれたように、「接客販売経験」を武器に、自分の「好き」や「得意」を見つめ直すことから始めれば、きっと想像もしていなかった新しい道が見えてくるだろう。
文/大室倫子(編集部)