湊かなえ「売れるものを書かなきゃ」のプレッシャーを跳ねのけた“他者評価より自己満足”の思考法

湊かなえ「売れるものを書かなきゃ」のプレッシャーを跳ねのけた“他者評価より自己満足”の思考法

累計380万部を突破する大ベストセラーとなった『告白』でデビューして以降、17年以上にわたってヒット作を連発し続ける小説家の湊かなえさん。

『夜行観覧車』『Nのために』『母性』など映像化された作品も多く、普段小説を読まない層からの支持も熱い。

新刊を出せばヒットが期待されるのが人気作家の宿命。けれど、第一線で成果を出し続けることがいかに大変かは、同じビジネスパーソンとして共感できる人も多いはず。

湊さんはそのプレッシャーをどのように跳ね除け、結果を残し続けたのか。

その姿勢から見えてきたのは、結果にとらわれない軽やかなマインドだった。

カメラに向かってポーズをとる、湊かなえさん

湊かなえ(みなと・かなえ)

1973年生まれ。広島県出身。2007年、『聖職者』で小説推理新人賞を受賞。08年、同作を収録した『告白』でデビュー。09年、『告白』で本屋大賞を受賞。12年、『望郷、海の星』で日本推理作家協会賞短編部門、16年、『ユートピア』で山本周五郎賞を受賞。18年『贖罪』がエドガー賞候補となる。23年に執筆した『人間標本』が、25年Prime Videoにてドラマ化。 近著に『C線上のアリア』『暁星』など。自身の小説を原作とした映画『未来』が2026年5月公開予定

プレッシャーを吹っ切るきっかけは、コアファンの生の声

湊さん

デビューしたての頃は、売れ行きや読者の反応にプレッシャーを感じたことがなかったんです。

デビュー作『告白』の大ヒットによって、ついた異名は“イヤミスの女王”。けれど、目の前に現れた“イヤミスの女王”は、むしろイヤミスとは正反対。愛らしい声で、にこやかに当時のことを懐かしむ。

湊さん

というのも、『告白』のおかげで5年先まで仕事がびっしり埋まってしまって……。

月3回、締切が来る生活。書かないと間に合わないから悩んでいる暇がなかった。

特に2作目の『少女』、3作目の『贖罪』は『告白』を出す前に書いていたものなので、自由にのびのびと書いていました。

インタビューに答える、湊かなえさん

ベストセラー作家の看板が重くのしかかりはじめたのは、2010年に刊行した4作目『Nのために』の頃から。はたして読者に喜んでもらえるだろうか、という不安に呑まれそうになることがあった。

それでも、立ち止まることなく突き進めたのには、理由が二つある。一つは、ネットを見なかったこと。

湊さん

もうあまりにも忙しくて、ネットを見る時間もなかったんです。だから、エゴサもしたことがなくて。必要以上にネットの声に振り回されなかったことは今思えば良かったのかもしれません。

そして、もう一つはリアルな声にふれてきたことだ。

湊さん

新刊を出すたびにサイン会をさせてもらって。そこで受け取る読者のみなさんの温かい声が励みになっていました。

一冊書けば、またサイン会でみなさんに会える。そう思ったら頑張れたし、みなさんの応援が自信にもなった。何を書いたら喜んでもらえるんだろうと考えるのではなく、自分が全力を出して書けば喜んでくれる人はいると思えたことで、迷いを吹っ切れた気がします。

仕事をしていれば、いろんなデータや評価にふれる機会は多い。もちろんそれらも有益な資料。でも、対面から得られるユーザーの生の声ほど貴重なものはない。

顔の見えない人たちではなく、自分を支えてくれるコアファンを信じて書き続けたことで、この時期の重圧を乗り越えた。

走り続けるためにも、時には立ち止まることは必要

だが、そんな中、湊さんは休業を決意する。2022年、これまで全力で走り続けた足を止め、1年間の休筆期間に入った。

湊さん

単純に書くことがちっとも楽しくなくなってしまったんです。

2008年の小説家デビューから14年。それは、これからも書き続けるための決断だった。

湊さん

それまでずっと42.195kmのフルマラソンを100m走のペースで走り続けてきました。あと1〜2年だったら、このペースでも走ることはできる。でも、それ以上はもう無理だなって。

次の10年も書き続けるために、一旦立ち止まってみたいと思いました。

インタビューに答える、湊かなえさん

休業中は、大好きなミュージカル観劇に勤しんだ。心躍る作品にふれるたび、「こんなに面白い作品が世の中にあるなら、もう私が一生懸命書く必要はないんじゃないか」と思い、引退も頭をよぎった。

けれど、次第に「私だったら、ここはこういうふうに書くな」と創作意欲が立ち上がってきた。小説家・湊かなえの再生の瞬間だった。

湊さん

そこで新たに書き上げたのが2023年に刊行した『人間標本』でした。

テーマは、“親の子殺し”。ずっといつか書きたいと温めていたテーマでしたが、私には子どもがいるので、子どもが小さいうちは書けないと思った。

今回、娘が成人したこともあり、挑戦してみることにしました。

自ら作家生活の中で「一番面白い作品が書けました」と胸を張る自信作が、『母性』で監督を務めた廣木隆一のメガホンで映像化。現在、Prime Videoにて世界独占配信されている。

湊さん

廣木監督には『母性』のときからどこで一時停止しても1枚の絵になるような映像を撮られる監督さんだなという印象がありました。

ですから、森の中に佇む人間標本を廣木監督が撮ってくださったら、どんな映像になるのだろうと、私自身も楽しみにしていました。

さらに、美術監修はアーティストの清川あさみが務めた。

湊さん

『人間標本』を映像化していただく上で一番懸念だったのは、標本がチープなものになってしまわないかどうか。もし標本がチャチな仕上がりになってしまったら、いくら父親の愛と謳っても観ている人は白けてしまう。

だからこそ、完成した標本を観て、これは大成功だと思いました。これのためなら一線を越えてしまう人もいるかもしれない。観ている方の1万人に1人くらいはそう思ってしまうんじゃないかという美しい芸術品になっていて、感動しました。

『人間標本』場面写真

大切なのは、他者評価ではなく自己評価

『人間標本』で作家としてリスタートした湊さんは、その後も『C線上のアリア』『暁星』とコンスタントに作品を発表し続けている。

そこにはもう「書くことがちっとも楽しくなくなってしまった」というかつてのかげりはない。

湊さん

成果を出し続けなければならないプレッシャーと付き合いながら、長く仕事を続けていく上で一番大切なのは、自分が楽しむことです。

人の評価を求めてしまうと、思った通りの評価が返ってこなかったときに、自分を認められなくなってしまう。そうすると、仕事を楽しむのが難しくなってしまいます。

他者評価ではなく自己評価。自分が満足する仕事ができたら、それで十分だと思えるようになりました。

ベストセラー作家となれば、あらゆる出版社の編集者が列をなして新作を求める。でも、そんなプレッシャーからも、もうすっかり解放されているようだった。

湊さん

人間50歳を超えると、小さなことでクヨクヨしなくなるんです。

昔は、この作品が売れなかったらどうしようなんて悩んだこともありましたが、もうその時期を通過しました。

今は「売れるものを書いてくださいね」という期待をプレッシャーに感じるのではなく、「私はこれだけのものを書いたので、売ってくださいね」と逆に出版社の人にプレッシャーをかけたいくらい(笑)

カメラに向かってポーズをとる、湊かなえさん

そう少女のようにお茶目に笑う姿に、最前線で戦ってきた人の強さを見た。

仕事は、一人でするものではない。ヒットは、誰か一人の力で生まれるものではない。それぞれのセクションがそれぞれのパフォーマンスを最大限に発揮することで初めて思ってもみなかった相乗効果が生まれる。

だから、自分一人でプレッシャーを抱え込む必要はない。荷物を周囲の人たちと分け合える楽観さを持つことも、自分を磨耗させずにサステナブルに働く秘訣の一つだ。

湊さん

年齢を重ねると、そうやってどんどん気持ちもおおらかになっていく。だから、今成果を出し続けなければと悩んで追いつめられている人にも、「今の悩みは10年経てば悩みじゃなくなってるよ」と声を掛けてあげたいです。

湊さんが、長く走り続けるためにもう一つ大切にしているのが、「自分にラベリングをしない」ことだ。

湊さん

一つ成功体験ができると、自分の武器になる。でも、その得意ジャンルで結果が出せないと、自分には才能がないのかもしれないと挫折を覚え、自分を追いつめてしまう。

だから、長く働く上で大事なことは、ラベルを複数持つことだと思います。

そう言って、湊さんが振り返ったのは、『告白』を発表する前。まだ作家の卵だった頃の話だ。

湊さん

実は、私が書くことで初めて賞をいただいたのは、脚本の賞で。そのときに書いたのはラブストーリーだったんです。だから、てっきり自分はラブストーリーが得意なんだとばかり思っていました。でも、そこではなかなか結果が出せなくて。自分の好きなミステリーに挑戦してみようと思って書いたのが『告白』でした。

湊さん

自分で自分のことを「こういう人間なんだ」とラベリングしてしまうことで、実はもっと適しているものがあるのに見落としてしまうことがある。

だから、一つの成功体験に縛られず、どんどん新しいことにチャレンジして得意なものを増やすことが、自分の可能性を広げてくれるんじゃないかと思います。

カメラに向かってポーズをとる、湊かなえさん

得意のミステリーに加え、驚きのラストが感動を呼ぶ『花の鎖』。元陸上部の高校生が全国高校放送コンテストを目指す姿を描いた青春小説『ブロードキャスト』。湊さんもまた新境地を開き続けることで、ラベルを増やしてきた。

自分の得意を決めつけない。プレッシャーを一人で背負わない。他人の評価に価値を見いださない。

自分を追い詰める行為を手放した上で、「自分は今楽しいと感じているのか」に目をむける。最高の自己満足こそが、ヒットメーカーの原動力だ。

取材・文/横川良明 撮影/赤松洋太 ヘアメイク/Storm(LINX) 編集/光谷麻里(編集部)

作品情報

Prime Video『人間標本』2025年12月19日(金)より世界独占配信中

Prime Video『人間標本』メインビジュアル
<あらすじ>
盛夏の山中で発見された六人の美少年の遺体—自首したのは有名大学教授で蝶研究の権威・榊史朗だった。幼少期から蝶の標本作りを通し、「美を永遠に留める」執念に取り憑かれた男は、最愛の息子までも標本に変えてしまう。蝶に魅せられた史朗は、なぜ事件を起こしたのか。その狂気の犯行の真相は、複数の視点によって新たな真実へと姿を変えていく……。

話数:全5話 ※一挙配信
出演:西島秀俊 市川染五郎 
伊東蒼 
荒木飛羽 山中柔太朗 黒崎煌代 松本怜生 秋谷郁甫
宮沢りえ 
原作:湊かなえ 『人間標本』(角川文庫/KADOKAWA刊)
監督:廣木隆一
美術監修・アートディレクター:清川あさみ
主題歌:mono²「愛情」(ソニー・ミュージックレーベルズ)
製作:Amazon MGMスタジオ

公式サイト / 公式X

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