「仕事に全力を注げるのは、人生の15%だけ」働き方改革の第一人者・小室淑恵が提言する“いつ産むか”よりも大切なこと
自分のキャリアは大切にしたい、でもいつかは子どもも欲しい。出産のタイムリミットとキャリア形成の狭間で、いつ、何を選べば後悔しないのか。自分らしい仕事人生を送るための“産みどき”のヒントを、さまざまな角度から考えていきます。
「これからの時代、女性たちは産みたい時に産んでもキャリアを犠牲にする心配はなくなる」
そう話すのは、2006年に「株式会社ワーク・ライフバランス」を立ち上げ、およそ3600社の働き方改革を支援してきた小室淑恵さん。
小室さん自身、31歳で第一子を出産した3週間後に起業。働き盛りのタイミングで仕事と子育ての両立に奮闘しながら、女性がキャリアも出産も諦めずに生きる道を踏み固めてきた。
20年にわたり、働き方改革の最前線を見てきた小室さんに、労働市場の動向を踏まえた“産みどき”の考え方を聞いた。
株式会社ワーク・ライフバランス代表取締役社長
小室淑恵(こむろ・よしえ)さん
1999年資生堂に入社、社内で育児休業者の復帰支援事業を立ち上げる。2006年に株式会社ワーク・ライフバランスを設立し、約3600社の働き方改革を支援。政府審議会委員なども歴任。2児の母として、子育てと経営を両立している
起業のために会社を辞めた翌日に、妊娠判明
私が資生堂に入社したのは1999年。
当時は、妊娠すれば退職するのが当たり前の時代でした。団塊世代の大量退職を前に日本全体での労働力不足が深刻化することを知った私は、女性が働き続けられる仕組みづくりは急務だと感じ、入社2年目の時に育児休業者の復帰支援事業を立ち上げたのです。
しかし、当時の資生堂は業績悪化の真っ只中にあり、新規事業を続けていく余裕がありませんでした。
この社会課題を解決するためには、自分で起業して、企業の働き方改革を後押しした方がいい。資生堂は愛着のある大好きな会社でしたが、2005年に泣く泣く辞表を提出しました。
ところが、次の日からなんだか気持ちが優れない。吐き気がする……。うそでしょ?ってタイミングで、妊娠が判明したんです。辞表はもう受理されていて、取り消すことはできません。
その時はさすがに、「起業は無理だ、諦めよう」って思いましたね。もう資生堂には戻れないので、転職するしかないって。
当時、一緒に起業しようと声を掛けていた大塚万紀子さんに、泣きながら電話して謝ったことを覚えています。
「本当に申し訳ない。私から起業しようとあなたを誘ったのに、妊娠してしまったの。本当に計画性のないことでごめん。いま起業はできないから、あなたは会社を辞めない方がいい」って。
すると彼女から、目が覚めるような言葉をもらったんです。
「あなたはこれから、何の会社を起業するの? ワークライフバランスのコンサルティングを行う会社ですよね。起業する本人の生き方として、どんな経験をした方がいいと思いますか?」って。
私は、「やっぱり出産を経験し、仕事との両立の苦労も知って、その実感をもとに提案する方がいいと思う」と答えました。そしたら彼女、「そうですよね。じゃあ、頑張りましょうか」って。
その言葉で、私は自分が実践できてもいないワークライフバランスの会社を立ち上げようとしていたことに気が付いたんです。
万紀子さんは以後20年ずっと変わらず、心強いパートナーとして私や会社を支えてくれています。
時間が限られるから、モチベーションが上がる
そうは言っても当時はバタバタでした。最初に興味を持ってくださった企業へのプレゼンの日が、なんと出産の3週間後になってしまったんです。
まだタプタプしているお腹の皮を、ふわっとした服で隠してプレゼンしたのを覚えています。
その後は育児と仕事の両立生活が始まったわけですが、そうこうしているうちに二人目不妊に悩み、幼な子を抱えながらの不妊治療、途中からは介護まで重なってしまって。
3年半の不妊治療の末にようやく次男を出産したかと思ったら、すぐに長男の大病が発覚。もう、1日3時間くらいしか働けない時期が長く続いたんです。
小室さんのワークとライフを示した年表
起業してすぐのころは、私だけが時間制約があったので、ものすごく仕事ができる万紀子さんに、何もかもカバーしてもらうことが多く「申し訳ない」って気持ちに陥ってしまうんですよね。
カバーしてくれること自体はすごくありがたかったんですが、だんだん自分は迷惑をかけてばかりだと感じて、苦しくなってしまって……。私の存在意義なんてないんだと、モチベーションもどんどん下がっていきました。
そこで気が付いたんです。女性たちが育児をしながら働いていくうえで必要なサポートは、「誰かに代わりに働いてもらうこと」ではないんだって。よかれと思って「時間外の分はみんなでサポートするね」と言われると、サポートされる側のモチベーションが下がってしまう。
そこで私たちの会社ではルールを変えました。全員で残業ゼロにして、時間内にどれだけ生産性を上げられたかを評価基準としたんです。有給休暇も全員すべて取得できるようにすれば、特別な事情がある人だけが引け目を感じる必要はありません。
私たちの会社は、このやり方で20年連続業績アップを続けています。時間が限られているからこそ、時間内の生産性やモチベーションが上がるのです。
このように、私は仕事が一番忙しい時期に子どもを2人出産しましたが、今振り返ると、その時期でよかったと思っています。
仕事と育児両方あったからこそ、どちらか一方を嫌いにならずに済んだなと思っていて。
残業三昧で仕事だけに時間を費やしすぎると、「やりたいことも我慢して、こんなに会社に尽くしてるんだから、もっと認められるべき」と不満が湧いてくる。
子育ても一緒で、「仕事もせず、子どものためだけに私の人生を使って、ここまでやっているのに、なんで言うことを聞かないの?お受験のこの問題が解けないの?」って、子どもにイライラしてしまう。
仕事も育児も嫌いにならずに長く続けていくためには、「もう少しやりたいな、中途半端だな」と思うくらいがちょうどいいんですよね。このちょっとした「飢餓感」が大切なんだと思います。
早く産んでも、遅く産んでも、苦労は「ほぼ同じ」
早く産んだ場合とキャリアを積んでから産んだ場合のメリット・デメリットについて考える人も多いですが、多くの企業の事例を見てきた私の実感としては、「どちらを選んでも、トータルの苦労はほとんど変わらない」ということです。
20代で産むと、実績を築く前の産休・育休になるため、戻る場所がなくなるとよく言われますよね。
しかし20代後半頃になると、同時期に入社した同僚も部署異動や転職など転機を迎えている人も多い。つまり、育休を取得した人に限らず、多くの人が違う部署や企業で専門性を築き直す年齢でもあるんです。そう考えると、実績がないまま復帰することのハンデはそこまで大きくないと言えると思います。
逆にプラスなことも多いのです。管理職の声がかかる30代後半頃には子どもは10歳前後。送り迎えをしなくても、自分で遊びに行ったり塾に行ったりできる年齢になっており、自分のキャリアに集中しやすくなっています。
一方、30代半ば以降で出産した場合は、ある程度キャリアを築いているケースが多いので、復帰の際にラブコールをもらえるなど「戻ってくる場所」があるのは、やはり大きなメリットです。一方で、管理職になる時期には子どもは3、4歳。最も手のかかる時期と重なります。
一長一短ですが、トータルで見たら、苦労はほぼ同じ。ですから、あまり難しく考えすぎなくていいと思います。
そして何より声を大にして言いたいのは、子どもを授かるのは奇跡というです。私自身、二人目不妊に苦しむとは思ってもみませんでした。
夫婦が子どもを持つことに前向きで、ともに健康であるなら、どうか考えすぎずに、ましてや職場の順番待ちなどせずに、産みたいと思った時に産んでいいと思います。
育児で休む人は、レアな存在ではなくなる
そうは言っても、まだまだ育児と仕事を両立する女性がマイノリティーな立場である会社も少なくありません。そういう環境にいる人であれば、思うように働けなくなることで、キャリア形成に影響が出るのでは…と不安になる方も多いでしょう。
しかし今後、育児や介護などにより100%仕事にコミットできない人は、むしろ“当たり前の存在”になっていきます。育児がキャリアの足枷になる時代は、確実に終わりへ向かっているのです。
今後、労働力人口は減少の一途をたどると予測されています。
中でも、親の介護で仕事との両立が難しくなることによる経済的損失は、約9兆円にのぼると言われています。これは育児を理由とする損失を大きく上回ります。
さらに介護は、予測していないタイミングで突然始まることが少なくありません。転倒や心筋梗塞、脳出血などがある日突然起こり、そのまま介護状態に入る。そしてその期間は、平均して約10年続くとされています。
今後少子高齢化が進んでいくと、介護と両立しなければならない人の存在は一般的になっていきますし、こういった事情に対応できない職場は淘汰されていくでしょう。
もし今の会社が、ライフステージによる変化が足枷になりそうな環境であれば、これを機に「やり方を変えましょう」と提案してもいいし、それでも変わらないなら、変化に対応できる組織へ移ることも、自分の将来を守る行動だと思います。
また、これまで育児はキャリアの阻害要件だと思われがちでしたが、今はプラスの経験として評価され始めています。いま管理職に求められるものは、部下を背中で引っ張る力ではありません。部下の多様な背景に向き合い、聞く耳をもってやる気を引き出す力なのです。
これはまさに、育児経験が非常に活きるスキルです。育休期間もマネジメントに必要な要件を一つひとつ学んでいる時期なんだと、前向きにとらえることが鍵です。育児休業期間はスキルブランクではなくて、能力のブラッシュアップ期間なのです。
現在は、育児と仕事を両立するビジネスパーソンに特化した転職サービスも生まれており、育児経験者の市場価値は高まっています。
「スキルもないのに、子どももいたら転職先なんて見つからない……」という方もいますが、育児を通じて身に付けたマネジメントスキルは、十分社会で応用できます。ぜひ自信を持って欲しいなと思います。
夫婦で残業せず働けば、世帯の生涯収入は2億円増える
「産みどきは『産みたい』と思ったタイミングで。仕事は手放さないほうが育児もうまくいく」が私からのメッセージです。
子どもが生まれても仕事を辞めずに働き続けた場合と、出産を機に妻が仕事を辞めた、もしくはパートで再就職した場合の生涯賃金プラス年金額の差額は、一人の女性でなんと約2億円だと試算されています(東京都産業労働局作成資料「東京でのくらし方、働き方について」)。
つまり、妻が働き続けられれば、世帯の生涯収入は2億円プラスになる。一方で夫が残業すれば育児負担が偏り、妻が離職したり仕事の形態を変更し、2億円が失われる計算です。
パートナーにはあらかじめ、「妻が働き続けられることには、2億円の価値がある。だからそれを可能にする夫の働き方が重要」と共有しておくことが大切です。
株式会社ワーク・ライフバランス提供資料より
「夫が残業して収入を上げればいい」と考える人もいるかもしれません。しかし、その発想にはリスクがあります。
たとえば、一人当たりの労働力のキャパシティーを10としましょう。夫婦ともに残業をせずに定時で働き、力を「7」に抑えた場合、7+7で合計は14です。
しかし、夫が残業して10まで使い切ると、子どもが生まれたときに妻がワンオペで限界を迎え、離職して0になる可能性がある。そうなれば10+0で合計は10になってしまうんです。
株式会社ワーク・ライフバランス提供資料より
だからこそ、女性が働き盛りに出産してもキャリアを犠牲にしないために、夫と妻、7+7で合計14を取りに行こうというコンセンサスを、家庭内でとっておくといいでしょう。
冒頭に掲載した図にも説明しましたが、人生で自由に残業できる期間は、就労人生の中でも最初の15%だけなんです。
でもその時期に時間外を前提とした働き方を身に付けてしまうと、いざ十分に働けなくなったとき「自分は思うように働けていない、こんなの自分じゃない」と苦しい気持ちになり、どこか家族のせいで自分のキャリアが犠牲になっているようなトレードオフを強く感じてしまいます。
最初から時間内で仕事を終える習慣をつけ、その余力で新しいことを学んだり、重要な人脈をつくったり、仕事とは直結しない豊かな時間を過ごしてみてください。この時間で培ったものが、30代後半からきっと役に立つはずです。
「キャリアも子どもも諦めたくない」と、女性ばかりが産みどきに悩む必要はありません。それは夫婦二人にとって、経済的にも時間的にも豊かになれる新しいスタンダードなので、戦略的に人生をデザインしてみてください。
取材・文/宮﨑まきこ 編集/光谷麻里(編集部)
『私らしい“産みどき”』の過去記事一覧はこちら
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