07 JUN/2018

リリー・フランキー×是枝裕和インタビュー/結婚・出産後も仕事を続けるために大切なこと

家族って何だろう。一般的に家族と聞いて連想するのは、血を分けた両親や兄弟・姉妹、あるいは婚姻関係で結ばれた夫婦。

でも、家族のカタチって、本当はもっと多様なものなのでは……? そんな問いを突きつけるのが、是枝裕和監督の最新作『万引き家族』だ。

年金目当てで祖母(樹木希林)の家に転がり込み、足りない生活用品は万引きで賄う一家。

両親から虐待を受けていた少女(佐々木みゆ)を連れて帰り、自分たちの娘として育てようとする一方で、夫(リリー・フランキー)も妻(安藤サクラ)も失業したままプラプラと過ごし、息子(城絵吏)に万引きをさせても心を痛める素振りも見せない。傍から見れば、どうしようもない家族だ。

だけど、雑然とした居間で他愛のないやりとりを繰り広げる一家を見ていると、「血のつながり」ではないもっと別の強い何かを感じてしまう。

家族とは何か。本作が投げかける問いは、自分の家族を持つことがリアルに感じられる20代~30代の働く女性たちの心にも深く突き刺さるはずだ。

そこで今回は、是枝監督とリリーさんの対談をもとに、「家族」についてじっくり考えてみたい。

リリーフランキー 是枝裕和 万引き家族

リリー・フランキー
1963年11月4日生まれ。福岡県出身。武蔵野美術大学卒業。イラストレーター、文筆家、絵本作家、フォトグラファー、俳優、作詞・件曲家など、ジャンルを問わず幅広く活動。06年、『東京タワー―オカンとボクと、時々、オトン―』は著者初めての長篇で、本屋大賞を受賞。俳優としても評価が高く、映画『ぐるりのこと。』で第51回ブルーリボン賞 新人賞を最高齢で受賞。待機作に『SUNNY 強い気持ち・強い愛』『一茶』などがある
是枝 裕和(これえだ・ひろかず)
1962年6月6日生まれ。東京都出身。87年、大学卒業後、テレビマンユニオンに参加。主にドキュメンタリー番組の演出に携わる。95年、初監督映画『幻の光』が第52回ヴェネツィア国際映画祭で金のオゼッラ賞等を受賞。04年、『誰も知らない』がカンヌ国際映画祭にて映画祭史上最年少の最優秀男優賞(柳楽優弥)を受賞し、話題を呼ぶ。13年、『そして父になる』が第66回カンヌ国際映画祭コンペティション部門審査員賞受賞。18年、『三度目の殺人』が第41回日本アカデミー賞で最優秀作品賞、最優秀監督賞を筆頭に最多となる6つの最優秀賞を受賞。『万引き家族』では、第71回カンヌ国際映画祭では、日本映画では21年ぶりとなる最高賞・パルムドールを受賞

「この家族の姿は、そんなに珍しいものでもないのかもしれない」

――「犯罪でしかつながれなかった」というキャッチコピーから、本作の構想はスタートしたと聞いています。映画を撮り終えてみて、この家族のあり方をリリーさんはどう感じましたか。

リリーさん(以下、リリー):普通の家族ドラマだったら、家族を善の集合体として描くのが当たり前。でも、その裏でみんな何かしらあると思うんですよね。

お父さんが不倫しているとか、お母さんが何か危ないものにハマっているとか。そう考えると、確かに悪いことをしているんだけど、この家族の姿は実はそんなに珍しいものでもないのかもしれない。

完成した映画を観ると、むしろすごく幸せそうだしね。撮影している最中も、心から「こんな家族がほしい!」って思っていました(笑)。

――是枝監督は、この家族を通してどんなものが描きたいと思い、メガホンを取られたのでしょうか。

リリーフランキー 是枝裕和 万引き家族

是枝監督(以下、是枝):僕はいつも撮る前から、自分が何を描きたいかなんてことははっきり見えていなくて。むしろ見えないからこそ、たくさん撮るんだと思う。

今回もそう。撮って、編集して、ようやくこの映画がどういう映画なんだっていうことが自分の中で分かってきた。でも、その答えはね、映画を観てほしいから、ここでは言えないかな(笑)。

ただ一つ言えるとしたら、あらすじだけを見ると家族になりたい人たちが集まっている話だと思われるかもしれないんだけど、そうじゃないんだっていうこと。そのことを、撮り終えて、ようやく実感しました。

――リリーさん演じる治と、安藤サクラさん演じる信代の夫婦は、子どもたちを引き取ることで何か自分の中にある承認欲求のようなものを満たしているようにも見えました。

是枝:結果的に、そういう父性のようなものが芽生えてしまったわけであって。初めからそれが目的だったということはないと思います。それこそ最初は何も考えていなかったんじゃないですか、治さんは。

リリー:治は、常に“ごっこ”でいいんですよ。

是枝:家の外で凍えている女の子を見て可哀相とは思ったかもしれないけれど、だからって自分が助けなきゃっていう使命感があったとまでは思わない。

行き当たりばったりだからね、治さんは。あくまで彼にとっては家族ごっこだし、父親ごっこでしかない。

リリーフランキー

リリー:自分の家で飼えないって分かっているのに、捨て犬を拾ってくる人っているじゃない? 俺も昔はよくそういうことをしていて。親に「ダメ」って言われて、結局友達の家に引き取ってもらうってことがよくあったんですよ。

是枝:非常に無責任な優しさですよね。

リリー:きっと治にとったら、そういう感覚だったんじゃないですか、子どもを連れ帰って来るっていうのは。

是枝:信代が祖母の初枝の家に転がり込んだのも、おばあちゃんが寂しそうだったからっていうことではなく、単に「利用できる」と思ったから。

その辺はみんなそれぞれ思惑がある。そんなにシンプルでも純粋でもない気がしますね。

人生には、「孤独」か「煩わしさ」の2つしかない

――映画を観ながら、改めて家族とは何かということを考えました。「血のつながり」が必ずしも家族の証明ではないとしたとき、では家族とは何なのでしょうか。

リリーフランキー 是枝裕和 万引き家族

リリー:例えば俺は、父親とは3歳までしか一緒に住んでないんですよ。それでも親子だと思っているし、父親だとは思っている。

ただ、「家族」だと思ったことはないんです。家族ってやっぱり時間を共有する相手なんじゃないかな。運命共同体というか。

是枝監督の『そして父になる』っていう映画で、「子どもは時間だよ」みたいな台詞を俺が言うんだけど、それがすごく分かるんですよね。

俺が父親を「家族」だと思っていないのは、一緒にいる時間とか、その煩わしさを共有していないからかもしれない。

それこそ日本のお父さんなんて働き者だし、あんまり子どもと一緒にいられる時間は少ないかもしれないけれど、一つ屋根の下で一緒に時間を過ごすっていうことにすごく大きな意味があると思う。

――まさに、映画の中の家族の光景がそれを感じさせます。

リリー:中尾ミエさんが『5時に夢中!』で「人生は孤独か煩わしさしかない」って言っていたんですけど、まさにその通りだな、と。

孤独に耐えられない人は家族をつくって誰かと一緒に時を過ごす。でも、誰かと強いつながりを持つというのは、すごく煩わしさをともなうわけです。それが嫌な人はまた一人になって孤独を選ぶ。いい頃合いは、多分ないんでしょうね。

是枝:僕自身は家族の条件というものを考えたことはないんですよね。その人が、「それが家族だ」って思えば、何でもいいんじゃないの? というのが僕の答え。

家族の定義を固定的に捉えること自体がそんなに幸せなことだとは思わない。とは言え、そんなに簡単なものでもないのも事実ですよね。

今回の映画で言えば、血のつながりを明快に主題にはしていないけど、樹木希林さん演じる初枝と、松岡茉優さん演じる孫娘の亜紀あたりは、血のつながりや、世間一般に言われる“理想的な家族像”の呪縛からたぶん抜け出せてはいない。

リリーフランキー 是枝裕和 万引き家族

リリー:確かに、そうですね。

是枝:海で仲良く遊んでいる治と子どもたちを見て、信代が「血がつながっていない方がいいってこともあるじゃない?」と言う。

それを聞いた初枝は「余計な期待しないだけね」と返す。そういうやりとりがあるんですけど、この言葉はつまり初枝自身は何か血のつながりに対して期待をしていたという裏返しでもあるわけです。

初枝にはかつて夫がいた。でも夫は自分を捨てて他の女のもとへ行ってしまった。その夫の血が流れている亜紀に対する想いというのは、そう単純には語れない。

どれだけ「血のつながりなんて大きなことではない」と口では言っても、どうしたってこだわってしまうところがある。だから、必ずしも血じゃないよ、時間だよ、とは簡単に言い切れないところがやっぱり家族にはあるんでしょうね。

人生にルールはない。大事なのは、自分が何を選択するかだ

――仕事と家庭をうまく両立できるのか。自分に子育てができるのか。「家族を持つ」ということに、不安を感じる女性も多くいます。お二人は、「家族を持つ」とは一体どういうことだと思われますか?

是枝:不安を持つ気持ちはよく理解できますね。僕には確かに妻や子どもがいますから「家族がいる」ということになりますが、人にアドバイスできるような立派なことは何もで

きていない。

それに、家族を持った今も、そういう恐怖や不安は常に抱えながら生きている。それが普通なんじゃないでしょうか?

リリー:昔ね、『ぐるりのこと。』という映画に出たときも聞かれたんですよ。でもそんなの行き遅れの俺に聞くな、と(笑)。

リリーフランキー 是枝裕和 万引き家族

是枝:分からないですよね。テレビなんか観ていると、子どもを持った瞬間にまるでご意見番みたいに子育てや家族について語り出す人がいるけど、よく一人二人子どもを育てただけで専門家のように語れるなと思う(笑)。

だから、せめて僕はそういった抑圧的に働くようなことは言わないようにしています。未婚の人に対して「結婚はいいものだよ」とか「家族はいいものだよ」なんて言うのは余計なお世話。

でも、不安だからといって絶対に結婚しない方がいいとも思わないし、出産すべきでないなんてことも思わない。結局は、自分で選択するしかないんだから、どんな生き方でいくのかは自由ですよ。僕が言えるのは、それくらいかな。

リリー:家族を持つことについて「怖い」っていう感覚は持って然るべきだと俺も思いますよ。昔は結婚して親になることが当たり前で、全員が半ば強制的にそうしていたわけじゃない?

でも今は選択肢が増えて、「こうじゃないといけない」なんて決まりがなくなりつつある。自分で考えて選べるようになった分、そこに怖さが伴うのはごく自然だと思う。

――「抑圧」という言葉が監督からも出ましたが、今でも「女は結婚して子どもを産んで一人前」のように言われることも多く、多様な生き方を受け入れる世の中がまだまだできていないように感じます。

リリーフランキー 是枝裕和 万引き家族

是枝:きっと今は世の中が少しずつ変わりつつある過渡期。その中で、息苦しさを感じることは誰しもありますよね。

僕から言うのも何ですが、女性たち一人一人ができることは、自分に自信を持つことじゃないでしょうか。

映画の製作現場なんかを見ていても、同世代の中でみたら女性の方が男性に比べて圧倒的に仕事ができる人が多いですよ。他の人があれこれ言ってくるお節介なんてさらっと無視して、生きたいように生きればいいと思います。

リリー:息苦しいっていう話についてだけど、『男はつらいよ』で寅さんが甥の満男に「人は何で生きているの?」って聞かれたとき、「長いこと生きていると、人生で何度か生きていて良かったと思うときがある。

そのために生きているんじゃないか」って答えるんです。僕も同じ考えで、幸せとか快適さを永続的なものだと信じ込まないことが大事なんじゃないかな。いいんですよ、何度かで。

その何度かの幸せのために生きていけばいい。これは俺の考えだけど、ずっと心地良い人生なんてものは多分誰にもなくて。世の中なんて、大体満遍なく息苦しいもの。

その中で、たまに「あ、ここ、良い空気だな」って感じられる瞬間や場所がある。それだけで十分じゃないですか?

取材・文/横川良明 撮影/赤松洋太


リリーフランキー 是枝裕和 万引き家族

映画『万引き家族
2018年6月8日(金)、TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー
監督・脚本・編集:是枝裕和      
音楽:細野晴臣(ビクターエンタテインメント)
出演:リリー・フランキー 安藤サクラ/松岡茉優 池松壮亮 城桧吏 佐々木みゆ/緒形直人 森口瑤子 山田裕貴 片山萌美 ・ 柄本明/高良健吾 池脇千鶴 ・ 樹木希林
配給:ギャガ   
©2018フジテレビジョン ギャガ AOI Pro.      
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