出産後、キャリアに悩む女性には“ある想像力”が必要だ「ワーママこそ自分のやりたいことに目を向けて」
結婚しても出産しても、女性が働き続けることは当たり前の世の中になった。待機児童の問題をはじめ、まだまだ課題は多いものの、出産後に職場復帰できる環境はだいぶ整いつつある。そんな中で今、ワーキングマザーに新たな悩みが浮上している。
「出産後に復帰して、そこからどうキャリアを築けばいいのか。『思うように仕事ができない』『産育休前とは違う部署に配属された』など、仕事のやりがいに関する悩みが増えています」
こう話すのは、『育キャリカレッジ』代表の池原真佐子さん。「育児と“豊かなキャリア”の両立」を目指し、仕事や将来の悩みを相談できるメンターのサービスを働く女性に提供している。

株式会社MANABICIA代表
池原 真佐子さん
福岡出身、早稲田大学・大学院で成人教育を専攻。政府系団体やNPO/NGO等でのインターンを経て、PR会社へ。その後、国際教育関係のNPO、コンサルティング会社を経て、2014年に組織開発とエグゼクティブコーチングを軸とする株式会社MANABICIAを起業。INSEADのコーチングと組織開発のパートタイム修士コース(EMCCC)に入学し、仕事を続けながらシンガポールまで飛行機で国際通学しながら修士を取得。その後妊娠し、産後1年半の時に『育キャリカレッジ』を立ち上げる。英ユニリーバDOVEの欧州プロモーションCMに、日本を代表する新しい女性として出演。日テレNews等のメディア出演も多数
「私自身も2年以上前に出産しましたが、夫が臨月で海外単身赴任へ行ってしまって。初めての出産、育児に加えて、ワンオペ育児のスタートでした。だから余計に、出産前後の環境の変化には驚いて。生活も人間関係も仕事への価値観も、全てが変わるんですよね。子どもはすごくかわいい。けれど、仕事を諦める気はないし、でも新たな生活は大変で。そんな時に先輩女性からアドバイスをもらって、ふっと気持ちが楽になったんです。キラキラして見える人にも葛藤があることが分かったし、なんだか救われた気がしました」
ところが周りを見渡してみると、相談できるメンターがいる女性はあまりいない。そんな状況に気付いたことが育キャリカレッジを立ち上げるきっかけとなった。
「2018年1月にサービスを開始してから、ワーキングマザーを中心に相談が寄せられています。生き方を含めたキャリアの悩みは会社の人には話しづらいし、言えないことだってある。それに、子育てなどのライフイベントと絡んだキャリア形成は、男性上司には分かってもらいにくい。そんな悩みを社外の女性メンターに相談してもらえればと思っています」
育キャリカレッジに寄せられるワーキングマザーの悩みは大きく2つに分けられるという。解決策や考えるべきことと一緒に見ていこう。
●悩み1. 会社の上司や評価、制度が不満
<相談事例>
「育休から復帰したら上司に『そんなに頑張らなくていいよ』と言われてしまいました。頑張りたいけれど上司が理解してくれないし、時短勤務だからか、正当に評価してもらえていない気がします」
<池原さんからの回答>
「中長期的な視点で今の状況を捉えることがまずは必要です。自分のキャリアにとって今はどういう時期で、どんな働き方がしたいのか。その上で、どんな仕事をどこまでできるのか、上司に自分から提案をすること。
その際に一番重要なのは、上司や管理職、経営層など、相手の立場を知ることです。一方的に『私はこうしたい!何で叶えてくれないの?』と言っているだけでは、双方向的なコミュニケーションにはなりません。上司にはどういう役割があって、どんな数字のミッションが課せられているのかを理解する。また、上司に子どもがいるかどうかでも伝え方は変わるはずです。単純に子どもがいないからイメージがつきにくいだけかもしれません
組織の中で悩んでいる時は、会社に改善点があるのか、それとも自分の伝え方に改善点があるのか、冷静に判断できないこともあります。自分にとっては常識とされていることが実は他者からみると異なっていることもあります。一方で、明らかに会社から不当な扱いを受けているのに、自分を責めてしまっている人もいます。渦中にいると冷静に判断するのはなかなか難しいので、『おかしいかも』と思ったら人に話してみることがとても大切です」
●悩み2. 自分の望みが分からない
<相談事例>
「育児と仕事が忙し過ぎて、自分の未来ややりたいことが考えられません。とにかく余裕がなくて、自分が何をしたいのかが分からなくなってモヤモヤしています」
<池原さんからの回答>
「まずは時間をつくること。そのために、日々の生活の中で短縮できることがないか考えましょう。例えば子どもが熱を出した時のフローを事前にシミュレーションしておく。『AがダメだったらB』と用意しておけば、いちいち考えなくて済みますし、余分な工数もカットできます。買い物もネットスーパーや買い物代行サービスなど、最近は安くて便利なアプリもたくさんあります。情報収集をして準備をすれば、意外と省エネはできるものです。
そうして空き時間が作れたら、まずは何もしない時間をつくることをオススメします。疲れ切っているのなら、ぼーっとして回復する時間が必要です。余力があるのなら、日常のプロセスを見直して、自分への負荷を軽くすることを考えて。『いつもはバスだけど、こういう日はタクシーを使おう』と、自分に楽をさせるための見直しの時間にできるといいですね。
せっかく空いた時間は子どもに使わなくちゃと思う人もいるかもしれませんが、自分が機嫌良くいるために時間を使うことも同じぐらい大切です。「母とはこうあるべし」というイメージに振り回されてしまっている人もいますが、自分が元気で機嫌よくいることが、子どもや家族にとっても幸せなことだと思います。
あとは、母乳神話や3歳児神話などに振り回されないことだと思います。子どもにとって一緒にいる時間が長いことがいいと思う人も多いですが、例えば、一緒にいる時間よりも「子どもが発するサインに応える方が、一緒にいる時間の長さより大事」という説もあります。母親がハッピーに働いていることが子どもの成長にいいというデータもありますし、根拠のない噂やイメージではなく、何万人もの人を調査して出た結果を調べることで、自分なりのスタイルや軸が固まると思います」
子どもがいてもキャリアは挽回できる!
第一歩となるのは“何となく”からの脱却
出産後のキャリアに悩んでいる人には、「そもそも描きたいキャリアが想像できていない人が多い」と池原さん。

「考えるべきは『自分がどうしたいのか』です。出産前にシンガポールの大学院に通っていたのですが、日本と海外のワーキングマザーの決定的な違いは、起点の違いにあります。海外の人の多くは『私が何をしたいか』の次に役割があるけれど、日本人は母、妻、社会人といった役割が先にあって、その次に“私”がある。自分が本当はどのような人生を望んでいるのかが分からなくなってしまっている印象があります」
自分の気持ちを知る第一歩は、“なんとなく”からの脱却だ。「何となく不安」「何となく今の状況が嫌」の正体をはっきりさせること。「今から考えたってもう遅い」と思ってしまう人もいるかもしれないが、池原さんは「子どもがいてもキャリアは挽回できる」と断言する。
「子どもがいて身動きが取りにくい分、覚悟は絶対に必要です。でも覚悟さえ固まれば、いくらでも方向転換はできる。女性は自信がない人が多くて、『私にはできない』と諦めてしまいがちですが、自信を持つためにすべきは準備だと私は思っています。経験者から『これをやっておくといいよ』と教えてもらえれば、準備すべきことが分かるし、何が不安なのかも見えてくる。思い通りにいくことばかりではないけれど、『どうしたらできるか』に意識が向きやすくなるはずです」
女性活躍が叫ばれているけれど、現場の環境が追いついていない過渡期の今、ワーキングマザーの置かれている状況は楽なものではない。「私が何をしたいのか」は、くじけてしまいそうな時の心の支えにもなる。
「大前提として、幸せで豊かなキャリアを築くことも、育児と仕事の両立も、大変なことなんですよね。私も投げ出したくなることは何度もあるけれど、踏みとどまっていられるのは、『世界中の美しい景色や経験を体験し尽くす、未知の世界を切り拓く』という私なりの人生のビジョンがあるから。子育てという新しいステージに立ったからこそ見える景色を楽しみたいと思えるから、前に進めるのだと思います」
「『諦めない、焦らない、転んでもいつか起き上がる』ことが本当に大切」と池原さん。人生100年と言われ、働く年数も長くなり、女性が働き続けることが当たり前になったのなら、楽しく納得感を持って働きたいもの。想像力を働かせて、働く理由や「こんな人になりたい」という“ありたい姿”に目を向ける。そうして見つかった「私は何がしたいのか」の答えはきっと、自分自身を支える力となり、進むべき方向に導く指針となってくれるはずだ。
取材・文・撮影/天野夏海