自分を嫌いなままでいい。『夫のちんぽが入らない』作者こだまの“暗い人の、暗い生き方”
人生100年時代。長い長い人生は、楽しいことばかりではない。時には「もう無理」と嘆きたくなるような、つらい時期もあるかもしれない。でも、私たちは必ず、立ち直ることができる――。それを証明してくれる、女性たちの姿を紹介しよう
夫のちんぽが入らない。思わず二度見してしまうタイトルに、衝撃的な告白から始まる私小説は、瞬く間にベストセラーとなった。
“いきなりだが、夫のちんぽが入らない。本気で言っている。交際期間も含めて二十年、この「ちんぽが入らない」問題は、私たちをじわじわと苦しめてきた。周囲の人間に話したことはない。こんなこと軽々しく言えやしない”(『夫のちんぽが入らない』より引用)
母親との関係、容姿へのコンプレックス、担任した小学校のクラスの学級崩壊、持病。夫婦の“入らない問題”を軸に据え、さまざまな世の中の「ふつう」に苦しめられながら、夫婦のあり方を模索していく過程が同書では描かれている。
今や人気作家となったこだまさんだが、「自分の書いたものを面白いとは思えないし、今でも自分のことは嫌いなままなんです」と、自身の本をペラペラとめくりながら静かに話す。「自分を好きになろう」「ポジティブ思考が大切」。分かっちゃいるけど、そうはなれない。そんな「ふつう」ができない人に、こだまさんからのメッセージを送る。

こだまさん
主婦。2017年1月、実話をもとにした私小説『夫のちんぽが入らない』(扶桑社)でデビュー。たちまちベストセラーとなり、『Yahoo! 検索大賞』を二年連続で受賞。同作は漫画化(ヤンマガKCより発売中)され、連続ドラマ化(2019年Netflix・FODで配信予定)も決定し話題に。二作目のエッセイ『ここは、おしまいの地』(太田出版)で第34回講談社エッセイ賞受賞。漫画版『夫のちんぽが入らない(2)』(講談社)は、2019年2月6日発売開始
“入らない問題”は自分たちだけの体験じゃなかった
2017年に『夫のちんぽが入らない』の単行本が出て、昨年には文庫版が出て、さらには漫画や映像にもなって、生活はガラッと変わりました。元々ブログを書いていたし、本が出る前から連載のお仕事をいただいてはいたんですけど、本の反響は本当に大きくて、少し戸惑っています。私は作家を目指していたわけではなく、山奥の自宅でブログを書いているだけの人間だったので、今の状況は想定外なんです。
読者の方は中学生から70代まで、年齢も性別もさまざま。性的少数者の方から共感の声をいただくこともあります。勝手に同世代の女性が読むだろうと思い込んでいたので、こんなに幅広く、たくさんの方が読んでくれるだなんて、全く予想していなかった。

家族に秘密で作家活動を行なっているため、インタビューには仮面を着用して登場したこだまさん。この日は特別に2つの仮面を披露してくれた
20~30代の女性からの感想は、特に多くいただいています。子どもに関する悩みを抱えている方からの反響が大きいですね。子どもを持つ・持たないで悩んでいる人、子どもを持たないと決めた人。「子どもがおらず、性的なつながりもないのに別れずにいる夫婦もいるんだ」と、希望を持ってくださった人もいるみたいです。
セックスを含めた夫婦関係がうまくいかないなど、ご自身のコンプレックスを打ち明けてくださる人もいます。“入らない問題”はずっと自分たち夫婦だけの体験だと思っていたけれど、そうではなかったことが初めて分かりました。誰も公表しなかっただけで、他にも同じような人がたくさんいることはすごく意外で。文章にして良かったんだって思いましたね。
正しいと思い込んでいる道から外れた先には、
きっと面白いものが待っている
今だから思うことですが、問題に直面している当時は、周りが見えていなかったと思います。自分だけがつらいと思っていたし、こんな夫婦関係ではやっていけないと思っていた。周りの人が良いことを言ってくれても、いろいろな解決方法が周りに散らばっていても、意固地になって聞く耳を持てませんでした。

でも、時間が経てばその時の出来事を客観的に見られるようになる時期が必ず来ます。私は“入らない問題”を当時は誰にも言えなかったけれど、そこから何年も経ってからふと文章にしてみたら、あんなにつらかったはずなのに、ちょっと笑える部分も見えてきた。一旦問題から離れてみたら、自分が滑稽に思えたし、「入らないなら病院に行くっていう手もあったんだな」と、気付くことはいろいろありました。
時間の経過とともに解消されることもあって、例えば子どもを産む・産まないは、30代を過ぎ、病気をしたこともあって、諦めざるを得ない状況になりました。そうしたら、意外とすっぱりと問題を切り離すことができたんですよ。後悔したり悲しんだりするのかと思ったんですけど、きっぱり諦めるきっかけになって、別の道が見えてきた。私の場合は、選択肢がなくなることで楽になる面がありました。
今はようやく、皆ができていることが自分にはできなくても、別の生き方だってあることに気が付けました。正しいと思い込んでいる道以外の道はあるし、外れた方に突き進んでいっても、そこにはきっと面白いものが待っている。私の場合は、うまくいかない生活を文章にしていたら、作家という想像もしていなかった道が拓けました。つらい思いはしないに越したことはないけれど、当時の自分がいたから、今の自分が意外な場所に立てている。

それに文章が好きな人にとって、つらい体験は書く材料になるんです。昔から身近な人に自分をさらけ出せない性格で、しゃべるのはあまり好きじゃないし、学校でもクラスの人と仲良くなれなかった。でもネットになら何でも自由に書けて、本当に救われました。「悪いと思っていた出来事は、人とは違う体験だったんだ」と思えるようになった。もしもインターネットがなかったら、今でもずっと落ち込んでいたような気がします。
「お前は醜い」「お前はダメだ」と言われ続けた過去
“自分嫌い”は今も変わらない
何でも書けばいいんだって思えるようになってから、私はすごく楽になりました。自分の思うように書いたことを楽しく読んでくれる人がいることが少しづつ分かってきて、このまま進んでいけばいいんだって気持ちになってきています。

最初は「こんなものを読んでも誰も面白くないだろう」と思いながらブログを書いていたんですよ。今も「これでいいんだろうか」と常に迷いながら書いている。もっとうまく書きたいという気持ちが強すぎて納得できないことが多いけれど、周りの人が「面白かった」って言ってくれた時に、初めて「これでよかったんだ」と思える。人の反応でしか自分を評価できないんです。子どものころに「お前は醜い」「お前はダメだ」と言われ続けた影響から、まだ抜け出せていない。「自分が嫌い」なことは、今も変わりません。
過去には、無理して陽気になろうとしていた時期もあったし、明るくなければいけないと思い込んでいた時期もありました。教師をやっていた20代のころは、まさに自分が描いていた理想の教師像に縛られていて。今思えば静かな先生もいるし、私もそういう先生でよかったのに、“明るく元気で生徒を引っ張る先生”として振る舞った結果、5年で潰れてしまった。ずっとストレスだったんだって、あとから気付きました。
今も、はしゃいだことは私には書けません。『ここは、おしまいの地』を読んだ人の中には、「暗くて嫌だ」「なんでこんなネガティブな話ばかり書くんだ」って感想の人もいるんですよね。でも、ハッピーエンドばかりじゃなくていいし、ハッピーエンドを望んでいない人もいる。そういう人が私の文章を読んでくれたらいいなと思うから、開き直って、明るい話は書かないぞって決めました。どんよりした中にもおかしみが込められたらいいなとは思っています。

もちろん、自分で自分を認めて、自分のことを好きになれれば、気楽に生きられるような気はします。もっと前向きになるでしょうし、生活も豊かになるかもしれない。でも、そうなった自分に書きたいことはあるんだろうか、とも思うんです。文章を書かなくなってしまうんじゃないか。うまく話せないから、書いてきたので。
だからもう、無理して明るくならなくていいし、自分のことを好きにならなくてもいい。『夫のちんぽが入らない』にも書きましたが、私が今を幸せだと思えるのは、“ドン底”を持っているからこそです。暗いけれど、ちゃんと高いところを目指したい。自分が嫌いで、暗いままでいいと、今では思っています。

「仮面は読者の方からもらったり、編集の高石さんが用意してくれたり、自分でAmazonで買ったりしています」
取材・文・構成/天野夏海 撮影/竹井 俊晴 編集/栗原千明(編集部)

『夫のちんぽが入らない』 (講談社文庫)
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