「女子力を磨くより、稼ぐ力を身に付けなさい!」上野千鶴子さんが描く、働く女の未来予想図
男女雇用機会均等法の成立から、もうすぐ30年。企業や社会の中で活躍する女性は増えたように思えるが、実際には女性管理職の比率が低かったり、出産後の女性がキャリアダウンを余儀なくされたりと、まだまだ厳しい現状が続いている。果たして、働く女性たちの未来はどうなるのか。ジェンダー研究の第一人者である上野千鶴子さんに、女性たちがこれからの時代を生き抜くための術を提言していただいた。
安倍政権の女性活用は「使い倒すか、使い捨てるか」
活用の仕方が完全に間違っている

上野千鶴子さん
1948年生まれ。東京大学名誉教授。立命館大学特別招聘教授。NPO法人WAN理事長。女性学、ジェンダー研究、介護研究のパイオニア。『女たちのサバイバル作戦』(文春新書)など著書多数
男女雇用機会均等法が成立したのが1985年。女性の雇用・労働問題に取り組む女性ユニオン東京の伊藤みどりさんは、この年を「女の分断元年」と呼んでいます。これ以降、働く女性は「正規雇用か、非正規雇用か」という大きな分断線で2つに分けられてしまったからです。
現在、働く女性のうち58%は非正規雇用です。均等法成立から30年足らずで、あっという間に半数を超えてしまった。新卒採用でも女性内定者の6割が非正規雇用です。しかも、いったん非正規になったら、そこから抜け出すのは難しい。何しろ、国がそういう政策を進めているんですから。
安倍政権は労働者派遣法を改正して、「3年ごとに人を入れ替えさえすれば、どんな仕事もずっと派遣社員にやらせることができる」という案を盛り込もうとしています。そうなれば、非正規社員は3年単位で使い回され、どの職場へ行ってもボトムの仕事しか任されず、歳だけ取っていくことになる。キャリアアップなんて永遠に望めなくなりますよ。
安倍政権は成長戦略の一貫として女性活用の推進を掲げています。安倍さんが「女性を活用したい」と言っているのは、決して口先だけのタテマエではなく、本気なのでしょう。これだけ少子高齢化が進めば、女性は日本において最後の資源だから、寝た子を叩き起こしてでも活用したいというのが政治家や財界人たちのホンネです。ただ、その活用の仕方が完全に間違っている。彼らが考えている女性の活用の仕方は2通りです。正規の総合職として男並みに働かせて使い倒すか、非正規の労働力として使い捨てるか。働きたいと思ったがこんな働き方ではなかった、と立ちすくんでいるのが女性の現実でしょう。
そして前者を選択した女性の未来には、結婚や出産をせずに頑張り続けるか、出産を機にやむを得ず離職するか、という選択肢が待ち受けています。出産後もバリキャリとして働き続ける女性がいても、子どもの面倒を見てくれる“祖母力”があるなどの条件をクリアしたレアケースに過ぎません。それ以外に「育児を外注する」というオプションがあるはずですが、北欧のように国や社会が責任を持って保育所などのインフラを整備する「公共化オプション」も、アメリカのように移民労働力を格安の賃金で雇って育児を任せるという「市場化オプション」も、日本では極めて限られている。だから日本の女たちは追いつめられているのです。
出産後の「マミートラック」で
塩漬けにされる女たち

最近では、産休育休の法的整備が進んだため、出産後に職場へ復帰し、時短制度などを活用して仕事を続ける女性が増えました。「非婚」「出産離職」に続く第3の選択肢の登場です。ただし、これが女性にとって幸せな選択肢かというと、話はそれほど単純ではありません。
出産後の女性が時短制度の利用を許されたり、残業の少ない部署に配置換えされたりすることを、ジェンダー研究では「マミートラック」と呼びます。これは一見すると女性に配慮しているように見えて、実は「今後はあなたを二流の労働者として扱いますよ」という戦力外通告です。企業の人事担当者に「時短を使ったら、査定が下がりますか」と聞いたら、誰もがイエスと答えます。育休取得は正当な権利なのに、それを行使しただけで評価も賃金も下がってしまう。これが日本の現実です。
しかも日本企業の人事システムでは、いったんメインストリームを外れると、再チャレンジができない仕組みになっています。一度マミートラックにのって二流労働者になってしまうと、一流に戻れないまま、組織の中で塩漬けにされるのです。さらに恐ろしいのは、塩漬けになった女性のほうも、「評価は下がるけど、そこそこのお給料をもらえて、子どもとの時間を持てるなら、これはこれでいいわ」と納得してしまうこと。塩漬けになった女は、そのまま腐ってしまいがち。でも、それはあまりにももったいない。貴重な資源の無駄遣いです。どう考えても、今の「女性活用」の仕方は間違っているとしか思えません。
結局のところ、日本企業の多くはいまだに男社会のルールを変えず、「オレたちのルールに従えるなら、お前たちも仲間に入れてやってもいいぞ」と女性たちに言っているだけです。ただし、こうした差別型企業は、グローバルマーケットにおける企業間競争に負けるでしょう。多様性を持たない組織が、世界市場の多様なニーズに応えるだけの製品を生み出すことなどできないからです。日本企業がこのまま変革を望まなければ、日本経済はゆっくりと沈没していくしかありません。アベノミクスだって、5年先はどうなっているかわかりませんよ。私はアベノミクスを「日本の信用力を担保にした大博打」だと思っています。博打だから、大外れする可能性もある。この博打に大負けしたら、日本の男にも女にも未来はありません。
年収300万円の男性と結婚して
出産後も共働きを続けるのが“女の生きる道”

なんだか暗い話になっちゃったわね(笑)。でも、今の日本が成長社会ではなく、“成熟社会”に入っているのは明白な事実。人間の一生に例えれば、穏やかな老後に入りつつあります。だから、現在20代や30代の若い女性たちも、ゆっくりまったりと生きていけばいいじゃないですか。成熟期の社会では、皆が髪を振り乱して働き、他人を蹴落としてまで成長していかなくてもいいんですから。賃金が上がらないといっても、外食せずに家で鍋をつついて、100円レンタルのDVDを見て、ユニクロを着ていれば、十分に生きて行けるし、幸せでしょう? 東日本大震災の後、日常が何事もなく続くのが何よりの幸せだと多くの方々は痛感したはずです。
それに、「給料が安くて子どもが産めない」と言うけれど、年収300万円の男女が結婚すれば、世帯年収は600万円になります。今の平均世帯年収の400万円台を軽く超えますし、子どもに高等教育を受けさせるにも十分な額です。ですから、女性は年収300万円を確保しつつ、年収300万円の男性と結婚して、出産後も仕事を辞めずに働き続ければいい。「年収800万円の男をゲットして、仕事は辞めて専業主婦になろう」なんて考えないことです。望んでも実現できる確率は非常に低いですから。
今後は結婚だって誰もができるわけじゃない。今の30代男性は、3人に1人、女性は5人に1人が生涯結婚しない「非婚者」になると予測されています。女の分断の第1段階が「正規と非正規」だったとすれば、第2段階は「非婚と既婚」になるでしょう。少ない年収だって持ち寄れば倍になる。カップルとシングルの所得格差が拡大します。
ちなみにヨーロッパでは、男性が結婚相手を選ぶ際、稼得能力の高い女性を選ぶという傾向がはっきりと出ています。日本でも男性の平均所得は減少していますから、結婚相手に「キミは働かなくていいよ」なんて言わなくなるはずです。つまり、稼げない女は、結婚相手としても選ばれなくなる可能性が高い。
「女子力を磨くより、自分に投資をして稼ぐ力をつけなさい」
これが私から若い女性たちに送る、これからの時代を生き抜くためのアドバイスです。
取材・文/塚田有香 撮影/竹井俊晴