40代で早大入学。女優・いとうまい子の人生を変えた“流れのままに”学ぶスタンス

長く働き続けるために、「学び直し」の必要性が言われるようなって久しい。しかし、実際どのぐらいキャリアにプラスなのかイメージできず、いざ何か勉強しようと思っても、重い腰が上がらない……という人もいるのでは?
そんな迷いを抱えている人に、「女優・タレント」に加え、今や「研究者」や「ロボット開発者」の顔を併せ持ついとうまい子さんの物語を届けたい。

80年代に芸能界デビューし、現在もタレント活動を続けているいとうさんは、44歳で早稲田大学に進学。修士課程でのロボット工学研究を経て、現在は博士課程で予防医学の研究をしている。さらには、AIを利活用したサービスを提供するエクサウィザーズのフェローとしてロボット開発にも取り組んでいる真っ最中だ。
芸能界でのキャリアを順調に積んでいたように見えるいとうさんは、なぜ今までのキャリアと全く異なる領域で「学び直し」へと踏み出したのか? その選択は、いとうさんの人生にどのような影響をもたらしたのか?
「今も人生の満足度は上がりっぱなしです」と生き生きと語るいとうさんに、これからの時代に長く幸せに働き続けていくためのヒントを聞いた。
自分を見失った20代は、「つらくて、光の見えない毎日だった」
「右も左も分からないまま、気付けばアイドルになっていた」というのが、私のキャリアのスタート。高校を卒業してすぐにデビューしてからというもの、若いころはさまざまなことに悩みました。
実は私、デビュー前はアイドルよりも役者になりたかったんです。ですが当時の芸能界は、女性の場合まずはアイドルとしてデビューするのが一般的な時代。歌のお仕事もたくさんいただきましたが、なかなかうまくいかなくて……。
レコーディングスタジオの近くに東京タワーがあったんですが、側を車で通るたびにお腹が痛くなっていたことが懐かしいです(笑)

役者のお仕事をいただけるようになってからも、うまくいくことばかりではありませんでした。監督が思い描く役のイメージに合わないことが多かったようで、次のお仕事につながらない、なんてことが20代後半はよくあったんです。
つらかったですね。当時は、「認められないのは、自分のこの童顔のせいだ。どうすれば他人から認められる年相応の顔になれるのか」とばかり思っていました。
役者として求められたい、役に見合うようになりたいという一心で、パーマをあてたり濃い化粧をしたり、ダークな服を着たりして、気付けば自分らしさを失っていく……。そんな20代を過ごしました。
転機が訪れたのは、30歳の時。兄の飼っていたゴールデンレトリバーを預かったことがきっかけです。
その子は犬ですからね、お世辞も言わなければ、高価な洋服も着ていない。ありのままの姿で存在していました。私はその佇まいを見て、唐突に思い知らされたんです。「生きるってこういうことなんだ」って。

大人っぽくなりたい一心でやってきたことは、間違いだらけだった。そう気付いてからは、しがみつくのをやめました。ありのままの自分を表現して気に入ってもらえないのだとしたら、そこは私の居場所じゃない。そのときは違う場所にいけばいい。そんな覚悟すらできました。
それからしばらくして、ドラマ『中学生日記』の先生役を務めていた時のこと。ディレクターさんが「あなたは話が面白いから、コメンテーターの仕事もやってみたら?」って言ってくださって。いざ挑戦してみると、それ以降も自然と話すお仕事をいただけるようになっていきました。
デビューしたての頃だったら、「こんな仕事が向いてるよ」と言われても、「私はそんなタイプじゃない」って突っぱねていたかもしれません。でもこの時に感じた、流れに身を任せて運ばれていく感覚は、決して悪いものではありませんでした。
意地を張るのではなく、人の評価を素直に受け取ってみてもいいのかもしれない。次第に、そう考えるようになっていったんです。
二十歳の同級生の助言に導かれ、40代でロボット工学の道へ
これから先の人生では、周りの評価をフラットに受け入れよう。もし何か提案されたら、素直にその道を歩もう。そう意思決定の基準を切り替えたのは、40代になってからでした。

44歳の時、早稲田大学の通信課程(e-school)に入学し、学び直しへの第一歩を踏み出しました。きっかけは「ずっと芸能界でお仕事をさせてもらってきたことへの恩返しがしたい」という気持ちです。
今も、「まい子さんの活動から元気をもらえました」と言ってくださる方がたくさんいます。昔からのファンの方はもちろん、中には最近私を知った方も。
そんな声を聞くと、私の方が元気をもらっちゃうんですよね(笑)。結局もらってばかりで、その繰り返し。ありがたいからお返しがしたいのに、感謝してもし足りないんです。
恩返しのためにも、人の役に立つことがしたい。そう思って大学へ入学した時に、心に強く決めました。これまで失敗してきたことは、もうしない。昔は意地を張ってばかりだったけど、これからは周囲の提案を受け入れていこう、って。

お写真提供:いとうまい子さん
それを実践できるようになったと感じたのは、学部3年生になる前のゼミ選択でした。
入学時から授業を取り続けていた予防医学のゼミに進むつもりだったのですが、担当の先生が退官することになってしまい、途方に暮れて二十歳の同級生に相談したんです。そしたら、「ロボット工学のゼミがおすすめです」って言うんですよ。
それまでプログラミングの授業は取ってこなかったし、ロボットに関する知識も全然ない。そんな私に、ロボット工学を提案するの? って驚きました(笑)
でもその子は、何となく私に合うだろうな、と思って勧めてくれたはず。そう思って、提案を受け入れることにしたんです。
素直に、導かれるままに。気付けば「夢」へ近づいていた
実際にロボット工学のゼミに入ってから分かったのですが、ロボット工学と予防医学は大変相性のいい学問でした。
地方の高齢者の多くが悩まされている「ロコモティブシンドローム」(運動器の障害により要介護になるリスクの高い状態になること)の予防にロボットの研究が役立つと気付き、正しいスクワットができる「ロコモ予防装置」を開発。
それを国際ロボット展の早稲田大学のブースで展示していると、たまたま通りがかった企業の方が、「もし大学院でも研究を続けるなら、一緒に何かやりたいね」と声を掛けてくださったんです。

お写真提供:いとうまい子さん
当時は大学院へ行くつもりなんて全くありませんでした。でも、その一言をきっかけに進学を検討し、「まだまだ恩返しできるほどの学びはできていない」と考えて修士課程に入学。卒業後は博士課程に進学しました。
私が現在研究しているのは「基礎老化学」。共同研究をしている東京大学で細胞培養をしながら、博士号の取得を目指す日々を送っています。
ロボット工学の教授が博士課程を持っていなかったのですが、どうしても博士課程に進みたく、大学へ交渉し修士課程で講義を取り続けたバイオの世界に進ませてもらいました。でも今では、老化学を研究する道に進んで良かったと思っているんですよ。
なぜなら、ロボット工学では筋肉が衰えない仕組みを考えてきましたが、老化学では体の内側から老化を止める仕組みを考えていける。つまり、老化の「予防」という目標に対して、骨格と細胞の両方からアプローチしていけるからです。

また幸運なことに、ロボット開発も大学の外で継続できることになりました。修士課程の在籍中に開発した介護予防ロボット『ロコピョン』をエクサウィザーズ会長の春田さんが目に留めてくださったのがきっかけで、現在は同社のフェローとして、高齢者の健康維持に貢献するロボットの共同開発に取り組んでいます。
不思議ですよね。大学に入る前は、まさか自分が老化学の研究をしながらロボット開発をするなんて、夢にも思っていませんでしたから。でもそれが、「恩返し」の夢へと近づく道だったんです。手を差し伸べてくださる方が示す方向へ素直に進んできたからこそ、今の私があるんだと思います。
学び直しは「軽やかな一歩」から。自分の“好きなこと”を深めてみる
日本人には学び直しをする人が少ないと聞きますが、その理由の一つは、学生時代の学びがつらかったからだと思うんです。勉強は「やらなければいけないこと」だと思っていた人も多いのでは?
自主性がない学びって、楽しくないですもんね。学びたいな、と思っても、「またあの日々がやってくるのか……」と考えて、つい二の足を踏んでしまうのではないでしょうか。
でも、自分のやりたいことを学び始めると、想像とは全く違う世界が広がっています。もし少しでも学び直しに興味があるのなら、ぜひやってみることをお勧めします。

学ぶ内容は、自分の好きなことならなんだっていいんです。必ずしも学校に通う必要もないし、働きながらやれることからやってみるといいと思います。「学び直しは大きな目標がある人だけができること」ではないのです。
もしやってみて合わないようであれば、やめたって大丈夫。私も大学に入る前はそう思っていました。大切なのは「軽やかな一歩」。嫌だったら「軽やかに後退」すればいいんです。学びは義務でも何でもありませんから。
そして、何かを学んでみたいけど、学びたい「何か」が見つからないという人におすすめしたいのは、信頼できる人の提案をまずは素直に受け入れてみること。それをきっかけに思ってもみなかったトビラが開くこともあるし、想像もしなかったような人たちとつながることもある。皆さんの予想を超える未来が待っているかもしれません。
20代、30代、40代、50代と、私の人生の満足度は上がり続けています。「人生こんなに楽しくなるんだ!」っていうくらい、今は毎日が充実しているんですよ。
皆さんも、好きなことをやりましょう。もう、「こうしなければいけない」という暗黙の了解に縛られなくていい時代がやってきたのではないでしょうか?
自分らしく生きられるように、自分が心から楽しめることを見つけていってほしいなと心から思います。
<プロフィール>
いとうまい子さん
1964年、愛知県出身。82年、『第1回ミスマガジン』でグランプリを獲得し、翌年アイドルデビュー。その後多くのドラマ・映画に出演。2010年に早稲田大学のeスクールに入学して以降、14年に早稲田大学大学院人間科学研究科修士課程、16年に博士課程へと進学。現在は早稲田大学大学院博士課程で、東京大学と共同で老化学の研究に取り組んでいる。19年、AIベンチャーであるエクサウィザーズのフェローに就任した
取材・文/一本麻衣 撮影/小野田 尚武
『私と仕事のいい関係』の過去記事一覧はこちら
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