子育て世代、二児の母は国家資格保持の“境界のプロ”「自分の技術を誇れる一生の仕事」【土地家屋調査士:岡林さん】
この連載では、圧倒的に男性が多い職場で活躍する女性たちにフォーカス。ジェンダーによる「らしさ」の壁を乗り越えて、自分らしく働くヒントをお伝えします
「自分の技術で一生食べていける、そんな仕事に子どものころから憧れていたんです」
そう語る岡林友紀さん(44歳)の職業は、土地家屋調査士。この職業名を聞いてピンとくる人は少ないだろう。
土地家屋調査士とは、土地の調査や測量を行う専門家。70年以上の歴史を持つ国家資格でもある。

土地家屋調査士 岡林友紀さん
高校卒業後、測量関連の専門学校に入学。地元の測量設計会社に就職した後、土地家屋調査士として活躍する父の事務所にて補助者として働く。2011年、土地家屋調査士の資格を取得し、翌年独立。現在、高知県土地家屋調査士会に所属し、常任理事を務める。二児の母
「手に職」と呼べる仕事は、他にもたくさんあるだろう。しかし、「土地家屋調査士として、生涯現役でいたい」という岡林さんの口ぶりからは、この仕事に対する情熱がうかがえる。
彼女がそこまで魅了される理由はどこにあるのだろうか。
父に憧れ土地家屋調査の資格を取得、独立へ。やりがいをかみしめた依頼者からの言葉
土地の売買や相続で土地を分割する際には、隣接地との境界を確認することが多い。そんなとき専用の機材を使って測量を行い、登記のための図面や書類を作成するのが土地家屋調査士の主な仕事だ。
岡林さんが土地家屋調査士を志した理由は、いたってシンプルなものだった。
「父も土地家屋調査士なので、幼いころから技術者として働く父の背中を見てきました。
なので、『手に職』を持つことに憧れがあって。さまざまな仕事を検討したものの、最終的には私も土地家屋調査士の道を選ぶことにしました。
外に出て測量をして、事務所に戻って図面を作成して……と、いろいろな作業に取り組める点も面白そうだなと思ったんです」
専門学校を卒業した岡林さんは、測量関係の会社に就職。その後、父の補助者として働きながら勉強に励んだ結果、2011年に土地家屋調査士の資格試験に合格し、翌年独立を果たした。
現在は、不動産会社や司法書士、税理士、弁護士事務所などからの依頼で、拠点とする高知県内各地の測量を行っている。
独立して、今年で10年。いまだに仕事の難しさを感じるシーンもあると岡林さんは明かす。
最も苦労するのは、意外にも「土地所有者とのコミュニケーション」なんだとか。

「測量時には、依頼者だけでなく隣接する土地の所有者の立会いや確認も必要です。
急に『土地の境界を測る』と言われて構えてしまう方もいますし、測量結果に納得していただけないケースも。
そんなときでも、きちんと理解してもらえるように図面を用いながら説明を重ねていきます。正確に測量した結果に間違いはないので、丁寧にお話しして信頼していただくことが大切です」
最近では「そもそも隣接地の所有者が分からない」というケースも増えているという。
「長い間空き地になっている土地ってありますよね。そういった土地にも、所有者はいます。
測量結果を登記するためには、隣接する土地所有者の同意が不可欠。近所の方に聞き込みをしたり役所に問い合わせたりして、所有者を探していきます」
岡林さん自身、隣接地の所有者が不明の案件を担当した経験を持つ。地道な捜索活動を経て、3週間後に所有者を明らかにすることができたと笑顔で言う。
「実は、どうしても所有者が分からないときには、法務局の筆界特定制度を使うことも可能なんです。ただその場合、時間とお金がさらにかかってしまうんですよ。
なので、依頼者の負担を少しでも減らしたい一心で、いろいろな人に問い合わせて探し回りました。
無事に所有者を見つけて測量を終えることができた時、依頼者から『本当にありがとう』『あなたにお願いして良かった』という言葉をいただけて。あの瞬間、全てが報われました」

さらに岡林さんは、土地家屋調査士とは「自分の名前が残せる仕事」だと目を輝かせながら語った。
「測量した土地が登記されると、図面が法務局に納められます。その図面には、土地家屋調査士として私の名前が記されている。なんだか誇らしい気持ちになりますね。
近年では、高知地方法務局が実施する地図作成作業や、高知市が実施する国土調査にも参加しています。地震や津波などの災害が起こった際に、復興・復旧の備えとするための調査です。責任が伴う仕事ですが、社会貢献ができている実感がありますよ」
女性比率わずか3%、それでも「ハンデはない」と感じる理由
現在、全国の土地家屋調査士は約1万6000人。そのうち女性は約500人と、全体の3%程度だ(出典)。だが、岡林さんは「女性が少ない現場で働くことに、抵抗はなかった」と言う。
「もちろん、最初から不安がなかったわけではありません。父の補助者として働いていた頃から、男性が多い世界だということは理解していましたから。
でも、やってみないと分からないじゃないですか。だから、深く考えずに飛び込んでみたんです」
土地家屋調査士として活動する今、「性別をハンデに感じたことはない」と岡林さんは言う。
「私には、土地家屋調査士という資格を取るために学んだ知識と、独立してから培ってきた経験があります。
この仕事は専門職なので、自分のスキルに自信を持つことが大切。スキルさえあれば、性別は関係ないんですよ。
仕事では司法書士や弁護士とやり取りをすることが多いので、正直最初は構えてしまうこともあったんです。でも、皆さん私のことを『岡林先生』と呼んでくださるんですよ。
士業に励む者同士、私のことを認めてくださっている証拠だと感じています」

時には、「女性の土地家屋調査士」であることがプラスに作用することも。
「土地の所有者には、高齢の方や配偶者から相続した女性も多いんです。中には、男性の方が一度に何人も訪問してくると『緊張する』と仰る方もいらっしゃって。
そんなとき、少しでも安心してお話ししていただけるように、私から働き掛けていけるといいなと思います」
70代で現役の女性土地家屋調査士も。一生続けられる「手に職」
実は岡林さんは、私生活では二人の子を持つ母でもある。父の補助者として活動していた際に、二度の出産を経験した。
「父の事務所も個人経営なので、妊娠中の仕事の調整がしやすくて助かりました。
今は私も個人事務所を構えていますが、育児との両立がしづらいと思ったことはありません。自分で仕事のスケジュールが組めるので、むしろ働きやすいと感じるくらい。
この先の人生でまた仕事を離れる期間ができたとしても、いずれは現場に戻るだろうし、戻れるだろうなと思います。一度身に付けた技術は、失われることはありませんから。
まだまだ女性は多くないですが、同性の仲間が増えたらいいなと思っています」
最後に今後の目標を尋ねると、岡林さんは「何歳になってもこの仕事を続けたい」と即答した。
「私の知り合いに、70代の土地家屋調査士がいるんです。まだまだ現役で活躍されていて、同じ女性としてとても尊敬しています。
私も同じように、生涯現役でいたい。さまざまな人と出会い、対等に向き合うことができるこの仕事が大好きです」

幼いころからあこがれていた「手に職」を得た岡林さん。
柔らかな笑顔を絶やすことなく活躍し続けられているのは、「性別に甘んじず、否定もせず、自分がすべきことをやる」というプロとしての姿勢があるからこそだろう。
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取材・文/上野真理子 撮影/中山敬一 編集/秋元祐香里(編集部)
『紅一点女子のシゴト流儀』の過去記事一覧はこちら
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