“男性だらけ”の靴磨き職人の世界に飛び込んだ元事務職女性の覚悟「全部平均点より、何か一つ飛び抜けていたい」【河村愛菜】

連載:「私の未来」の見つけ方

生き方も、働き方も、多様な選択肢が広がる時代。何でも自由に選べるってすてきだけど、自分らしい選択はどうすればできるもの? 働く女性たちが「私らしい未来」を見つけるまでのストーリーをお届けします

東京を拠点に全国で活躍する靴磨き職人の女性がいる。河村真菜さんだ。

新卒入社した会社で受付事務として働いていた河村さんは、24歳の時にある本と出会ったことをきっかけに、未知の靴磨き職人の世界へ飛び込んだ。

河村さん

靴磨きの世界は、職人も顧客も、男性がメイン。実は、師匠に弟子入りを申し込んだ時には3度も断られているという。

彼女を突き動かしたものは一体何だったのだろうか。靴磨きの世界で“私らしい未来”を手にした河村さんにこれまでの軌跡を聞いた。

一冊の本との出会いをきっかけに、受付事務から靴磨き職人への道へ

私は高校や大学時代も、自分が本当にやりたいことが何なのか分からないタイプで、夢と言えるようなものも全くなかったんです。

新卒で入った会社では受付の仕事をしていましたが、時間の経過とともに業務にも慣れて、漠然と「この仕事は自分じゃなくてもいいんじゃないか」って思うようになったんです。

そして24歳の時に「このままでいいのかな?」と思っていた時、友人から薦められたのが『イタリア人の働き方』(光文社)という本でした。

その本では、女性の靴磨き職人ロザリーナ・ダッラーゴさんの話が写真とともに紹介されていたのですが、たくさんの男性の革靴に囲まれているロザリーナさんの写真がとても印象的で。

ロザリーナさんは、女性靴磨き職人のパイオニアの一人で、さらには子育てもしながら20年間一人でお店を切り盛りしていることを知りました。

不可能と思えることをやってのける彼女の行動力やパワフルさに、雷に打たれたような衝撃を受けましたね。

河村さん

靴磨きの修行中、イタリアの靴磨き用品のメーカー経由でロザリーナさんの連絡先を教えてもらい、イタリアまで駆け付けたそう。

話を読み進めていくうちに、私は彼女の生き方のとりこになってしまったんです。

正直、受付事務として働く当時の私にとっては、「職人」という職業は掛け離れたものでした。

でも、確固たるポリシーを持って生きる彼女のストーリーを読んで、何か一つのものを極める仕事に憧れを抱くようになったんです。

「私もロザリーナさんのようにかっこいい女性になりたい」と思いつつ、次第に「日本でこういう仕事ができたら面白いんじゃないか」と考えるように。

そうやって少しずつ靴磨き職人になるために情報収集していくうちに、地元の名古屋で靴磨き専門店の『GAKUPLUS』を見つけました。

早速店に行ってオーナーの佐藤我久さんと会い、「ここで修行させてください」と弟子入りを申し込んだのですが、断られてしまって。

その後も何度も店に通って頼み込んだのですが、3回も断られました(笑)

あとで聞いたところによると、「すぐに辞めそうだったから」とのことでしたが、「靴磨き職人は肉体労働なので、20代の女性はすぐに体を壊してしまうだろう」という、佐藤なりの優しさだったんだと思います。

ただ、私はそれでも諦めませんでした。

もちろん靴磨き職人は全国にたくさんいます。佐藤にも「東京にはいろいろなお店があるから、俺じゃなくてそこで修行すればいい」とアドバイスをもらったこともありました。

でも、実際に東京に見に行ったお店はどこもオペレーションが完成されていて。そうではなく私は、ゼロから仕組みをつくりたいと思っていたので、どうしても佐藤に弟子入りしたかったんです。

もういっそ会社を辞めれば、私の本気が伝わるだろう思って。思い切って退職したんです。

そうやって直談判すること4回目、ようやくOKしてくれました。私のねばり強さに佐藤が根負けしたんだと思います(笑)

そうして、受付事務から靴磨き職人の見習いになり、「修行」をスタートさせました。

河村さん

その時、「安定」を手放すことに不安は感じていませんでした。というのも、当時は20代前半で、失うことを恐れるより「挑戦したい」という前向きな気持ちを大切にしたかったから。

私はもともと目標を立てるのが苦手なタイプで、これから先のキャリアプランはおろか1年後どうなっているかも分からないくらいなんです(笑)

退職を決意した時も「遠い先に未来を案ずるより今の気持ちに正直になろう」と思ったからでした。

もちろん、それで失敗することもたくさんあるでしょうけど、その瞬間に感じた価値観やセンス、興味があるものに目をつぶらず、しっかり向き合いたかった。それが人生をより面白くすると思うんですよね。

靴磨き職人は「靴を磨く」だけではない。デビュー間もなく壁に直面

靴磨き職人としての修行がスタートしても、いきなりお客さまの靴を磨くことはできません。

まずは靴磨きの基本を習得するために、革靴の製法や構造について勉強したり、父親や佐藤の靴を借りてひたすら練習したりしましたね。

河村さん

約半年後、ようやく靴磨き職人としてお店に立つことができたのですが、実際に仕事をしてみるとギャップを感じました。

というのも、師匠である佐藤はバーカウンターでお客さまに目の前に座ってもらい、会話しながら1時間かけて靴磨きを完成させていくスタイル。

靴をきれいに磨き上げるだけでなく、お客さまを1時間楽しませ続ける、エンターテインメント的な要素もなければならないんです。

今まで私は、「ただ靴を完璧に磨ければいい」と思っていたので、私が抱いていたイメージとは掛け離れていて戸惑いましたね。

しかもお客さまの年齢層は20代~60代と幅広く、その多くは男性です。世代も性別も異なるお客さまを楽しませるためには、幅広い知識が必要。

そこで、男性向けのファッション誌や、車や時計の特集が組まれた雑誌を読んだりしてひたすら勉強していました。

また、今でも思い出すのが初めて担当したお客さまのこと。

雨用の革靴を磨かせていただいたんですが、最後に光沢をつくる工程があって、雨用の革靴はあえて光らないようにするんです。

でも、お客さまはご存じではなくて、「キラキラにしてください」と言われてしまって。

可能ではあるのですがかなり難しい技術が必要で、当時の私のスキルでは、想定時間より40分もオーバーしてしまいました。

時間内に終わらせられなかったことをすごく反省しているのですが、実はその時に必死で靴を磨いている私とお客さまの様子を、師匠である佐藤がこっそり写真に残してくれていて。「今まで頑張りましたね」とメッセージを書いて、私にプレゼントしてくれたんです。

新しいスタートを切ったんだなという実感と同時に、ほんの少しかもしれないけれど、師匠に認めてもらえたうれしさを今も鮮明に覚えています。

女性が少ない靴磨きの業界は「私が切り開く」

実は今、SNSやメディアで私の活動を知ってくれて、「靴磨き職人になりたい」と相談してくれる人も多いんです。

でも、やってみると体力的にきついとか、イメージと実際の仕事内容にギャップを感じてすぐに辞めていく人も少なくありません。

河村さん

それでも私がなぜ続けられたのかというと、二つ理由があります。

一つ目は、お客さまの存在があるから。

靴を磨きあげてどんどんきれいになっていくと、お客さまのテンションもアップして、表情がみるみる明るくなる。

そういう顔を見るのはうれしいですし、靴がきれいになっていく過程をお客さまと共有できるのは、靴職人の醍醐味の一つだと思います。この瞬間が、私にとっては代えがたいものなのです。

実は以前、「女性の靴磨き職人がいる」と新聞に取り上げられたことがあって。それを機に、全国から靴磨きの依頼が届くようになったんです。

当時はまだ職人としては経験が浅いにも関わらず、依頼してくれるお客さまの存在はとてもありがたかったですね。

二つ目は、女性の靴磨き職人として、業界全体を盛り上げていかなくてはという使命感があるから。

一般的に靴は消耗品だとイメージされがちですが、革靴に限って言えば、100年以上スタンダードなデザインが変わっていないですし、きちんと手入れしたり修理したりすることで長く履くことができる。

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それなのに、革靴をメンテナンスしながら長く履く女性は、男性と比べると圧倒的に少ないんですよ。

さらに女性用の革靴は種類も豊富ではなく、「興味はあるものの自分に合ったものを見つけるのが難しいから」という理由で履くのを諦めてしまう方も少なくない。

それってすごくもったいないことだと思うんです。

だから私が筆頭になって、男性だけでなく女性にも「一つのシューズを長く大切に履く」という文化を根付かせたい。

それが私の仕事のモチベーションになっているんです。

全部平均点より、何かに突出した働き方の方が私らしい

もし人生の選択に悩んでいた24歳の頃に、「安定」を選んで受付事務の仕事を続けていたら? 想像すると少し自分が怖くなりますね。数値化したら平均点みたいな人になっていたんじゃないかって。

もちろん生き方は千差万別なので、それがいいという価値観の人もいますし、否定するつもりはありません。ただ、私はたとえ「修行」として働いたとしても、自分が「面白い」と思える人生を歩みたい

河村さん

師匠である佐藤に3回も弟子入りを断られても、絶対に自分の信じた道を閉ざしたくなかった。会社員としての道を選択して、至極まっとうな人生を歩むのは「私らしくない」。

私は、ちょっと危なっかしい生き方が面白くて好きなんです。あまりおすすめはしないですけどね(笑)

もちろんパートナーや家族など、本当に手放してはいけないものがある人は手放さない方がいいと思います。ただ、自分の心と体が健康であれば、それ以外のことはどうにかなってしまうことも多いと思うんです。

私も、会社員としての安定の道を手放して挑戦した結果、ようやく「自分らしい働き方」を実現できたのかなと思います。

尊敬するロザリーナさんに会うためにイタリアに行った時、彼女から「私を目指すのではなく、あなたはあなたの思う職人になりなさい」と言われたのはずっと心に残っていて。

私は靴磨き職人になって6年たちましたが、彼女のように自分のポリシーをしっかりと持ったブレない職人になりたいなと思います。

いつか「日本のロザリーナ」と呼ばれる存在になれるよう、努力していきたいですね。

河村さん

<プロフィール>河村愛菜(かわむら・まな)さん

愛知県出身。24歳の時に友人から借りた本『イタリア人の働き方』に感銘を受け、企業OLから女性靴磨き職人へ転身。名古屋にある靴磨き・靴修理専門店「GAKUPLUS」にて3年間の修行を積み、2019年より、GAKUPLUS TOKYOのオーナーに。現在は、オンラインを中心に靴磨きを行うほか、靴磨きに関するイベントにも出演予定。■Instagram

取材・文/モリエミサキ 編集・撮影/柴田捺美(編集部)※写真は一部、河村さんご本人より提供