安定より情熱重視の働き方が私らしい。25歳で未経験の音楽業界に飛び込んだ元銀行員の決断
生き方も、働き方も、多様な選択肢が広がる時代。何でも自由に選べるって素敵だけど、自分らしい選択はどうすればできるもの? 働く女性たちが「私らしい未来」を見つけるまでのストーリーをお届けします
「自分らしく働きたい」そう口では言いながらも、「自分らしい仕事」が一体何なのかは全く分かっていなかったーー。
学生時代の自分の就活を振り返り、そう感じる人は多いかもしれない。
世界最大級の音楽レーベル、ユニバーサル ミュージックでA&R(※)として働く宮田沙織さんもそんな一人だった。
宮田さんはCrystal Kayを含む歌手やロックバンド、ラッパーなど複数のアーティストを担当。音楽活動のサポートを行っている。
しかし、意外なことに彼女が新卒で就職したのは銀行。金融業界の仕事に興味はなかったそうだが、「新卒入社するなら、まずは大手で安定した会社に入った方がいいと思った」と打ち明ける。
そんな彼女に転機が訪れたのは、入行してから3年目の25歳の時。
「欲望に素直に、やりたいことを仕事にしよう」と音楽業界への転職を目指すことを決めた。
未経験の業界、未経験の職種……25歳で初めてだらけの世界に飛び込んだ宮田さんは、どのように“私らしい未来”をつかみとったのだろうか。
新卒3年目で見つめ直した「本当にやりたい仕事」
ユニバーサル ミュージックに転職する前は、銀行の窓口係として投資信託や保険の販売を担当していました。
銀行員は商品を販売するための資格取得から始まり、経済の動向を追って勉強したりと忙しい毎日でしたね。ただその分成果が数字として表れる仕事でしたし、お客さまの人生に寄り添ったご提案を考えることにもやりがいを感じていました。
しかし、お客さまにとって「良い商品」と考え提案したものでも、経済状況の変化によってマイナスが出てしまう可能性がある。投資はリスクを伴うものですが、私にとっては「お客さまを悲しませてしまうこと」に少しずつフラストレーションがたまっていったのも事実でした。
「このまま、ここで働き続けていいのかな……」
「もっと人を幸せにできる仕事がしたいな……」
そんな気持ちが募っていき、入行して3年が過ぎた頃にようやく自分のキャリアについて見つめ直すようになりました。
そこで自分が本当にやりたいことは何だろう、自分は何のために働きたいんだろう……そう考えたとき、大学で心理学を専攻していた経験から「人の心に寄り添う仕事がしたい」と思いました。
そして同時に、自分の心にずっと寄り添ってくれたものは何だろうと考えてみると、「音楽」だと気付いて。私、昔から音楽がすごく好きだったんですよ。
だって、音楽って聴いて不幸になる人っていないというか。私は人生の多くの場面を音楽に支えられてきたんです。
転職活動中によく聴いていたのは、Crystal Kayの『何度でも』という曲。
不安定な自分を見つめたときに 「立ち止まっていても大丈夫」「挑戦してみよう」と思えるような勇気の出る歌詞と、気分が高揚する歌声を聴くと、前向きに頑張ろうと思えました。当時の自分を支えてくれたアーティストを、A&Rとして担当できることがとても嬉しいです。
新曲『Love me』という楽曲も「自分自身の声、思いを大切にして欲しい」というメッセージが込められているので、自分を見つめ直す時にぴったりの楽曲だと思います。
私がそもそも新卒で銀行に入ったのは、「誰もが知っている大手の会社」という安心感と、親の勧めがあったからでした。
「新卒でならチャレンジしやすいだろう」と思って、やりたい仕事よりも「安定」を重視して就職先を決めました。
音楽はずっと好きでしたけど、「趣味で楽しめればいいか」と、当時は割り切って考えていたんです。
でも、銀行員として働く中で「人を幸せにする仕事がしたい」「自分が心から良いと思えるものを届ける仕事がしたい」という気持ちが大きくなり、やっぱり「音楽の仕事をやってみたい」という気持ちが固まった。
そこからは、音楽業界で働く知人に話を聞いたり、自分が音楽業界に入ってやりたいことをノートに書き出してみたり。知人経由で紹介してもらった音楽業界の人にお会いした後には、緊張して伝えきれなかった思いを手紙に書いて送るなど、情報収集と情報発信の両方を行うようになりました。
そうした活動を続けて……念願かなってユニバーサル ミュージックの選考を受けるチャンスを頂けることになり、未経験ですがWeb宣伝担当などを経てA&Rとして入社させていただけることになりました。
ようやく、自分で選んだ「やりたいこと」を仕事にするチャンスを得たのです。
仕事は忙しいし、プレッシャーもある。でも、私らしい「情熱的な働き方」ができている
現在はA&Rとして、Crystal Kayを含む歌手やロックバンド、ラッパーなど複数のアーティストを担当しています。
夢見た業界にいざ転職できた時は、やっぱりうれしかったですね。
ただ、職種も未経験からのスタートだったので、入社当初は覚えなければいけないことだらけ。
担当アーティストのこれまでの楽曲や活動の歴史をできる限り全部把握して、彼らのことをしっかり知った上で人間関係を構築して……。
銀行とは環境もやることもまるで違ったので、A&Rとして立ち上がるまでも相当苦労しました。
また、銀行で働いていた頃は自分の営業成績が達成するかどうかにプレッシャーを感じていましたが、今はアーティストの人生を左右するような責任の大きな仕事を担当させてもらえていることに、これまでとは違ったプレッシャーを感じています。
今は複数のアーティストを担当しているので、新曲のリリース時期が重なると、すごく慌ただしくなるときもありますね。
あるアーティストのレコーディングが進行している中で、他のアーティストのレコーディングが入ってきたり、ミュージックビデオの制作を同時並行で進めたり……など。
ただ、どんなにプレッシャーがあっても忙しくても、この仕事を「辞めたい」と思ったことは一度もありません。
アーティストの皆さんが、楽曲を生み出すために、命を削って制作活動に取り組んでいる姿を間近で見ているからだと思います。
そして、「音楽で人を幸せにしたい」という私の気持ちも軸にあるからですね。
命を削って楽曲制作に励むアーティストたちと「世界を平和にするような音楽を一緒につくりたい」と思うし、誰かの人生の救いになるようなすてきな曲を作ってくれているからこそ、「その曲をしっかり届けたい」と思います。そういう熱量が、全てに勝っちゃうんですよね。
この感覚は、銀行員時代には得られなかったものだし、自分が「やりたい」と思ってつかみとった仕事だからこそ、得られる感覚なのかなと思います。
遠い未来の安定より、目先の情熱に素直になってみる
今、こうしてやりたいことを仕事にできるようになって思うのは、遠い未来の安定を案じすぎるよりも、今の自分の気持ちに素直になってキャリア選択をしたらいいんじゃないか? ということです。
金融業界も音楽業界どちらも変化の激しい世界ですが、2~3年くらいのスパンで自分のキャリアをイメージできていれば、それでいいような気がしています。
先々のライフプランを考えながら行動することも大切かもしれないけれど、40~50代になったときに「こんな仕事がしたいわけじゃない」とか、「なんでこの仕事をやっているんだろう」なんてことを考えながら過ごすのって、つらいじゃないですか。
だから、20代のうちに「やりたいこと」に素直になれるといいのかなと。
ただ、20代のうちの会社員はとくに「与えられた仕事」をやらなければいけないことも多いと思います。でも、そこで投げ出さない方がいい。
仕事を与えられる理由が絶対にあると思うので、上司を信じて全力でやってみる。
「本当はこんなことがやりたいわけじゃない」といって逃げるのは簡単だけど、与えられた仕事に前向きに取り組んだ上で、やりたいこともプラスアルファでやる分には、誰もとがめないと思うんですよ。
今の会社の中でやりたいことがある場合は声を上げてみればいいし、社外じゃないとできないことがあるなら思い切って外に出てやってみるのもあり。
「今の仕事をやりたくない理由」ばかり浮かんでしまう人は少なくないと思うのですが、私は「別の仕事をやりたい理由」をより多く探していった方がいいと思うんです。
私自身まだまだ半人前ですけど、そう考えて行動するように心掛けています。
そんな前向きな気持ちで仕事に向き合ってきたら、手にしたかった未来の一つにたどりついていた。
私の今までのキャリアに関して言えば、そんな感じでしたね。
A&Rとしての今の目標は、自分の担当アーティストの新曲で「大ヒット」と呼べるような音楽を世に送り出すこと。
誰もが知っていて、口ずさめるような曲ってあるじゃないですか。アーティストが生み出してくれる素敵な楽曲たちがあって、それをたくさんの人に届けるのが私の仕事なので。来年こそはかなえたいですね。
取材・文/モリエミサキ 撮影/柴田捺美(編集部) 編集/栗原千明(編集部)
『「私の未来」の見つけ方』の過去記事一覧はこちら
>> http://woman-type.jp/wt/feature/category/work/mirai/をクリック