『源氏物語』は、男性勢力の中に生きる女性たちの物語。現代語訳サイトの作者がひも解く、働く女性に刺さる三つのメッセージ

源氏物語

2024年1月。紫式部を主人公に描いた大河ドラマ『光る君へ』の放送がスタートした。

各話の随所に『源氏物語』へのオマージュがちりばめられていることから、ドラマにハマる古典ファンが続出。現代的な解釈で分かりやすい大石静さん脚本も話題となっている。

大河ドラマをきっかけに『源氏物語』を読んでみたい、学び直してみたいと思った人も多いのでは?

今回、働く女性視点での『源氏物語』の読み解き方を教えてくれるのは、50代で『源氏物語』沼にハマり、20年以上かけて現代語訳をWebサイト「WAKOGENJIー和子/源氏物語」(以下「和子源氏」)に発信し続けるという偉業を成し遂げた、現在81歳の小川和子さん。

「『源氏物語』というと、恋愛物語のイメージが強いかもしれないですが、実は働く女性が参考にできるようなメッセージもたくさん込められてるんですよ」(和子さん)

『源氏物語』から読み取れる、働く女性が共感できるメッセージを三つご紹介しよう。

>>和子さんが「和子源氏」をつくり上げるまでのストーリーはこちら

源氏物語

Webサイト「和子源氏」の作者・小川和子さん(左)と娘の志津子さん(右)

【『源氏物語』ってざっくり言うとこんな話】
平安時代中期、紫式部によって紡がれた日本最古とも言われる長編小説。光り輝くように美しく「光の君」と呼ばれた皇子・光源氏の生涯と恋愛遍歴、その息子の夕霧や薫、匂宮の成長の約70年をつづった壮大な物語。当時の貴族たちの様子や登場人物たちの心情がリアリティーをもって描かれ、全54帖で構成されている。

大切なことは「自分の人生をどう生きるか」

『源氏物語』の中には、働く女性が共感できるようなメッセージがたくさんあると思います。

ぜひご自分でも見つけてほしいのですが、私が思う、女性たちそれぞれの考え方や、社会で生きていく上で大切なことが感じられるところを三つほど選んでみました。

【1】「相手のことを思い、寄り添って信じて待つ心」

人生で一番大切なこととして、『源氏物語』では全編にわたって、「人を思う心」「人に寄り添う心」について語りかけています。

例えば、内気な性格で不美人の末摘花。光源氏が須磨へ渡って、放っておかれた間もずっと、彼女はひとり、源氏の訪れを待つんです。父が亡くなり、屋敷が朽ち果てても……。結局最後には、復権した光源氏から六条院に迎えられ、幸せな人生を送ったと書かれています。(第6帖『末摘花』より)

一心に、誰かを思う。この章を読むと、そのことの大切さを改めて感じます。

光源氏と末摘花の間にはあるのは「愛情」ですが、相手のことを思ったり、寄り添ったりして部下や同僚を信じて待つ心は働く上でも大切ですよね。

年を経ると観点が変わって、心打たれる場面も変わってくるので、何度も読み返したくなります。1000年も色あせることなく読み継がれてきた理由がだんだんとわかってきました。

【2】「窮地に陥ったら、まずは離れて考える」

帝の后に内定していた朧月夜(おぼろづきよ)の姫君に手を出して、帝の怒りを買った光源氏。官位は剝奪され、死罪にされるとのうわさも立って、源氏は自分から、はるか遠い須磨へきっぱりと、身を引く決意をします。権勢やすべての人間関係から離れ、自分を見つめなおすことになります。(第12帖『須磨』より)

これはとても大切なことだと思います。窮地に追い込まれたら、まず離れる。距離を置く。すると今まで見えなかった全容が見えてきたりして、解決につながる……。

働きながら生きていくって、そういうことじゃないですか。心が壊れたら、働けないですから。心が壊れないように、自分を守るのは大事です。

【3】「大切なのは自分の平穏な心」

浮舟という姫君が、薫(かおる)と匂宮(におうのみや)という2人の男に振り回されて、川に身を投げてしまいます。

でも、川岸に通りかかった僧侶に助けられる。そのことが薫の耳に入り、浮舟の弟に手紙を託して連れ戻そうとするのですが、浮舟はきっぱりとそれを断り、愛弟さえ「人違いでしょう」と拒絶します。(第51帖『浮舟』〜第54帖『夢浮橋』より)

当時の女君は自分で自分の人生を選びとることはできません。弟とともに都へ帰れば、豪勢な生活が待っているのに、浮舟は出家という厳しい修行の道を選びます。

「女性も自分の人生を選びとって、自分自身をもっと大切にせよ」

そんな、紫式部からのメッセージが込められているのかもしれないなと、21世紀の読者は勝手に読み解くわけです。

男女のやりとりが描かれてはいるけれど、あくまで「人としてどうするか」が書かれた物語だと私は思います。恋愛ものではないんじゃないかなと、最後まで読むと気がつくんです。

男であれ、女であれ、自分の人生をどう生きるか。大切なのは結局、そこなんだと思います。

どのような立場に出世しても、人生は平等に終わる

源氏物語

和子さんがPhotoshopを習得して描いたイラスト(第40帖「御法」より)

――和子さんが思う『源氏物語』の魅力を教えてください。

男たちの政治、その影で泣く女性たちの悲しみ、数多ある女性の口説き方などなど、『源氏物語』の魅力はたくさんあります。

ただ、光源氏はプレーボーイだとする見方は間違っていると思います。さらに言うなら、『源氏物語』は官能小説ではまったくない。そんな要素は、原作にはひとつも出てきません。

男が出世のために女君に御子を産ませて、その御子を帝の血縁に入れて自身も権力を得る。当時は一夫多妻制ですから、これは男の政治です。『源氏物語』は人生についての物語であると、最後まで読み切った人は実感していると思います。

――光源氏の恋模様は「男の政治」という見方は面白いですね。「人生についての物語」とはどういうことでしょうか。

この物語には、「どのような立場にある人でも、人生は平等に必ず終わる」ということが語られています。

例えば、紫の上。幼い少女・若紫の頃から光源氏に愛され、その最期を描いた第40帖『御法(みのり)』までの長い物語の中には、あらゆる波乱万丈のドラマがあったのに、彼女は「私は萩の花についた儚い露のようだ……」という歌を詠んで亡くなります。

その死を受けて、栄華を誇っていた光源氏がすべてを放り出して、出家を決心する。「わが命はこれで尽きた」という歌を詠んで……。光源氏の物語は「幻」の帖で終わります。

ちなみに、次に続く『雲隠(くもがくれ)』は、平安時代の目録に巻名だけは残っていますが、光源氏の最期は描かれず、本文のない章が残されているんです。

紆余(うよ)曲折の果てに「何もない」に着地する。そこが胸に強く響きました。若い頃はこだわって苦しんでもがいていたことが、最後に「ストン」となくなる。その「ストン」を、いつか、誰もが、味わうことになるんだなと。

誰にもその日は来るという、平等なことを描いた物語だからこそ、多くの人が感動して読み継いでいくのではないかなと思います。

ーーこれから『源氏物語』を読んでみたいと思っている方へのメッセージをお願いします。

『源氏物語』は恋愛に生きている人が読むと、恋の駆け引きについての物語に見えるかもしれません。読む側が、何を大切にして生きているか。何を求めてその作品を手に取ったのか。それによって、受け取られ方が違うと思います。

私から見ると、『源氏物語』はやっぱり人生についての物語なんです。そして、どんな読み方も正解なのだと思います。ああいう読み方があればこういう読み方もある。どれも間違いじゃない。ぜひ手にとって、感性豊かな古典の世界を味わっていただきたいです。「和子源氏」がその一助になれたらうれしいです。

>>Xで話題となった和子さんのWebサイトはこちら。
「WAKOGENJIー和子/源氏物語」

取材・文・編集/石本真樹(編集部) 編集協力/小川志津子