結局、女性は職場できれいでいなくちゃダメ? 『ブスなんて言わないで』作者と考える、働く女性とルッキズム/とあるアラ子さん

ルッキズム(外見に基づく差別や偏見)という概念が広まって久しい。
就職試験にあたって履歴書の顔写真を不要とする企業も増えはじめ、容姿によって雇用差別や機会の不均等が生じてはならないと体面上ではうたっている。
一方で職場環境の実態を探れば、女性たちは今も化粧をすることが当たり前。ちょっと怠ると、「今日はどうしたの?」とけげんな目を向けられるのが現状だ。
結局、働く女性たちはきれいでなければいけないのだろうか。
ルッキズムに正面から切り込み、『このマンガがすごい!2023』オンナ編にランクインするなど、大きな話題を呼んでいる漫画『ブスなんて言わないで』の作者・とあるアラ子さんに、働く女性とルッキズムについて聞いた。

漫画家
とあるアラ子さん
1983年8月12日生まれ。東京都出身。2003年ごろから漫画やイラストの仕事を始める。16年、『美人が婚活してみたら』を連載開始。18年、映画化される。21年より『ブスなんて言わないで』を「&Sofa」(講談社)にて連載開始。宝島社の発表する『このマンガがすごい!2023』オンナ編第7位にランクインする。 ■X
ルッキズムの根本にある「女性の地位の低さ」
昨今の日本では「他人を見た目でジャッジしてはいけない」という空気が徐々に浸透しつつあります。
一方で、働く女性の化粧はマナーとされるなど、きれいであることを求められているようにも感じていて。
このギャップとどう折り合いをつければいいと思いますか?

難しいのが、ある日突然「女の人はきれいにしなくてもいいですよ」という法律ができたとしても、女性の大多数はきれいであることを手放せないと思うんですよね。
なぜかというと、「きれいでいなければ恥ずかしい」という気持ちが女性たちにあるから。
分かります……。
この恥じらいの正体を探っていくと、世の中が厳然たる男性社会であることに原因がある気がします。
男性優位の社会で、「弱い方の性別」である女性は見た目で差別を受けてしまうことがある。
その価値観を内面化してしまっているがために、女性たちはどうにかきれいになろうと思ってしまうわけじゃないですか。

自己防衛のために美しくあらなければならないと。
ルッキズムの問題は、もちろん男性が被害を受けるケースもあるけれど、総数で見ると女性の方が大変な部分が大きくて。
これを解決するには、社会の構造そのものを変えていかないといけない。
つまりルッキズムは見た目だけの話ではなくて、「女性の地位を向上させていくために何をすればいいのか」をみんなで考えていくべきテーマなんだと私は捉えています。
きれいでいなければならない風潮に対して、「いち抜けた」と個人が表明したところで、あまり得はないのが現状ですもんね。
例えば「化粧をやめよう」という動きが生まれたとしても、根本的な美の基準が変わらない以上、結局はすっぴんできれいな人が有利になるだけです。
私は「自分がきれいでいたいと思ったときにきれいでいられること」が大事だと思っていて。
実際に男女平等が進んでいる国では、会社や学校に行くときはすっぴんで、パーティーに行くときだけばっちりメイクをするのが一般的です。他の国と比べても、日本は日常的に化粧をする国だなと感じます。
今は少し減ったように思いますが、一時期はワーキングマザー特集にも「働きながら子どもを育てているのに、いつもきれいでえらい」といったメッセージがあふれていました。
きれいにしていない女性がズボラや怠慢と見なされる風潮が日本にはある気がします。
子育てだけで大変なんだから、どんな見た目でも許してくれよって話ですよね。
電車の中で化粧をする女性についても定期的に議論されますが、そこまでしてきれいにならなきゃいけないと思っている女性がいる時点で、男女平等とは程遠いなと思います。
となると、やはりこの男性社会をどう変えていくかという話になるわけですね。


「若くてかわいい女の子」に過剰適応しなくていい
現実問題として、「若くてかわいい女の子」の役割を職場で求められることもあります。モヤモヤしつつも、求められる役割をこなした方がいいのかなと思ったり……。
分かります。私は18歳で就職したのですが、それまで女の子が多い学校にいたから、おじさんばかりの職場にすごくびっくりして。
「若い女の子がいると華があっていいよね」と言われるたびに、どうしていいかわからなくて、自分は華でいなくちゃいけないんだと、ニコニコしながらただ黙っていました。
当時の自分に、今なら何とアドバイスをしますか?
「その対応、合ってるか分からないからやめた方がいいよ」ですね。
今考えてみると、そんな黙っているだけの新入社員なんて、おじさんからしても面白くなかったと思うんですよ。
マンスプレイニング(主に男性が相手を無知だと決めつけて、見下すように知識をひけらかすこと)してくるおじさんに対して、「そうなんですか」と迎合するんじゃなくて、「もうその話何回も聞きましたよ」とツッコんであげた方が相手は喜んだかもしれない。
自分に置き換えて想像してみると、確かにただ迎合しているだけの後輩って面白くはないかも……。
結局、私自身がメディアから受けた「若くてかわいい女の子はこう振る舞うべき」というイメージにとらわれて、それが正解か分からないのに過剰適応していただけなんですよね。
でも、そんなことをしたってつらいだけで、いいことなんて何もない。今はそう思います。
男性が「女性を品評する」のは社会のせい
一方で、自分の「若さ」や「かわいさ」を最大限に活用して、うまく立ち回っている女性もいますよね。
若い女の子というだけで差別を受ける部分もあれば、恩恵を享受している部分もあるんですよね。実際、私もそういう女性を見て腹が立ったことはあります。
責めたいわけではないけれど、なんだか自分が損をしている気もして。この気持ちのやり場について悩んでしまいます。
私はもう「社会が悪い」と言い切ってしまっていいと思います。
社会が悪い?
モヤモヤさせられるのは、私たちのせいじゃなくて、社会の構造のせいです。
おじさんの前で「若くてかわいい女の子」を一生懸命演じたり、そういう女性を見てモヤモヤしたりしてしまうのも、結局は男性社会がそうさせているから。
男性側の「見る側の性」という刷り込みもまた、社会の構造によるものです。この間、男の人と話していて「え?」と思ったことがあったんですよ。
なんですか?
海外では、おばあちゃんたちも普通にビキニを着る。いつか日本もそういうふうになったらいいねという話をしていたら、その男性が「そんなの見たくないよ」と言ったんです。
どうしてそこで見る側の話になるんだろうと驚いてしまって。
他にも、私の女友達に会うとすぐに「きれいな子だね」と言ったりする男性もいて、そのたびに「どの立場から言ってるんだろう」と引っかかります。

その男性がそういうリアクションを取ってしまうのも、社会の構造のせいだということですね。
そう。そうやって「社会からそう思わされているんだ」と自覚して、折り合いをつけるだけで、気持ちは多少楽になると思うんですよね。
女性が総理大臣になったら、化粧をする女性は減ると思う
そうなると、やはり社会の構造が変わればルッキズムにも変化が生じる?
そう思います。ルッキズムは解決できない問題だと言われますが、私は「そんなことはありません」と答えるようにしていて。
トップが変われば、社会が変わる。だから私は、女性が総理大臣になったら、化粧をする女性は減るんじゃないかと思っています。
なるほど。
そのために私たち個人ができることは、フェミニズムを学ぶこと。そして、フェミニズムを学んでいる政治家に投票すること。
すぐに変えられるものではないからこそ、小さなところから行動を起こしていくしかないと思っています。
ただ、そう思う一方で、フェミニズムになかなか関心を持てない人の気持ちもよく分かるんです。
私自身、フェミニズムに何だか怖いイメージがありましたし、20代の頃なんて何も考えずに生きていました。
フェミニズムに興味を持つようになったきっかけは何だったんですか?
ここ数年、フェミニズムをテーマにした作品が増えてきて、自分もそういうものを描きたいと思ったことです。漫画家でなければ、今も興味はなかったかもしれません。
特にルッキズムに関しては、20代の女性はまさに渦中にいる立場。きれいでいなければならないという波に乗るのに必死だし、その恩恵を受けたい気持ちも否定されるものではありません。
ただ、自分が40歳になって思うのは、「若くてかわいい」に価値を求めすぎると、どんどん年をとるのが怖くなってしまうということ。
人生はおばさんになってからの方がずっと長いから、若いうちにルッキズムやフェミニズムに触れておいた方が生きやすいだろうなと思います。

「磯野真穂さんの『ダイエット幻想』(ちくまプリマー新書)は、『ブスなんて言わないで』を書く上で参考にした一冊。私たちの若さや痩せに対する願望はどこから来るのか、自覚的になった方がいいのではと気づかせてくれる本です。あとは、上野千鶴子さんの『女ぎらい ニッポンのミソジニー』(朝日新聞出版)も参考にさせてもらいました」(とあるさん)
強い人たちが勝手に決めた正解に従わなくてもいい
最後に一つ聞いてみたいことがあります。「ブス」という言葉はいつかなくなると思いますか?
なくならないと思いますし、なくすべきだとも思わないです。
問題は「ブス」という言葉ではなく、美醜の価値が異常に高くなってしまっていること。「私、ブスですけど、だから何ですか?」となれるのが一番良いと思うんですよね。
「ブス」という言葉がなくなったところで、美醜の価値が高いままでは現状と変わらないですもんね。
『ブスなんて言わないで』を読んで、「人の見た目に触れちゃいけないんだなと思いました」という感想の声をよくいただきます。
実際、見た目に触れてほしくない人はたくさんいるし、その意見が正しいと納得する自分がいる反面、お世辞の「かわいいね」に救われてきた私がいるのもまた事実なんです。
だから、そういう会話を全部なくしてしまうのは危険だし、それによってつらい思いをする人もいる気がして。
分かります。
本当に苦しんでいるブスの人の声は、なかなか世間に届かないんですよね。
今、雑誌やwebでルッキズムに関する特集が頻繁に組まれていますが、それに答えているのは、大体が“強者女性”です。私もその一人だという自覚があります。

だから、これだけお話ししておいて恐縮ですが、どうかその人たちの話を疑ってください。
今まで男の人たちがつくってきたルールに、女性たちは長く苦しめられてきた。今は強者女性がルッキズムの新しいルールをつくろうとしています。
「これが正解なんだよ」と強い人が勝手に決めて世論を動かしていくのは、私はすごく嫌なんです。
『ブスなんて言わないで』という作品自体、「ブスなんていない」というメッセージへの反発から始まるわけですもんね。

『ブスなんて言わないで』を描くときも、「こうである」って言い切らないことに気をつけています。
だからこそ、何か考えるきっかけになったらうれしいなと思いますね。
自分が信じていたことは、もしかして間違っていたのかもしれない。心の中でうっすらと考えていたことは、もしかして人に言っていいことなのかもしれない。
この作品がそんな風に価値観が変わるきっかけになったらうれしいです。
作品情報
とあるアラ子『ブスなんて言わないで』(講談社)/単行本1~4巻発売中

ルッキズムは、彼女たちがぶっ潰す――!
『美人が婚活してみたら』の著者が描く、反ルッキズム×シスターフッドの物語!
「ブス」と言われ、学生時代にいじめられていた知子。大人になった彼女は、自分をいじめていた“美人”の同級生・梨花が美容家として成功していることを知り、怒りに震える。知子は、梨花への復讐を決意する――。
Web漫画サイト『&Sofa』にて連載中!
取材・文/横川良明 企画・編集/天野夏海