“自分らしく働く”って何? 60年仕事を続けてきたシスターが教える「生涯続けられる仕事」の見つけ方
“自分らしく働こう”こんなフレーズを目にしたことがある人、耳にしたことがある人は多いのではないだろうか。何となく幸せそうに感じるけれど、“自分らしく働く”って一体どういうことなのだろうか。オンとオフのメリハリをしっかりつけて、プライベートを充実させること? それとも、バリバリ仕事に打ちこんで世の中から認められる地位やスキルを身に付けること? ――どれも羨ましく見えるようで、どれも何だか自分にしっくりこない。そう感じている人も少なくないだろう。
「自分らしく働く。それを語る前に重要なのは、自己理解を深めること。自分のことを分かっていない人が自分らしくなんて、できるはずありません」
悩める働く女性たちに、そう優しくアドバイスしてくれるのが、元聖心女子大学教授であり、現在もシスター、そして文学博士として国内外で講演を行う鈴木秀子さんだ。
鈴木さんは、企業の研修や人材採用でも用いられる自己分析手法・エニアグラムを日本で初めて広めた第一人者。自己発見のエキスパートに、“自分らしく働く”とは何なのか、その答えを聞いてみた。
自分自身への深い理解が60年の仕事人生を支えた

鈴木 秀子さん
東京大学人文科学研究科博士課程修了。文学博士。シスター。フランス、イタリアに留学。ハワイ大学、スタンフォード大学で教鞭をとる。聖心女子大学教授(日本近代文学)を経て、国際コミュニオン学会名誉会長。聖心女子大学キリスト教文化研究所研究員・聖心会会員。日本にはじめてエニアグラムを紹介。全国および海外からの招聘、要望に応えて、「人生の意味」を聴衆とともに考える講演会、ワークショップで、さまざまな指導に当たっている。『あなたは、あなたのままでいてください』『「聖なるあきらめ」が人を成熟させる』(共にアスコム)など著書多数
私は昔から勉強するのが大好き。幼いころから本を読みふけり、新しいことを知るのがこの上なく好きでした。60年近く仕事を続けてきた今も、学ぶこと、自分が学んだことを人に伝えることが私にとって一番の幸せだと感じています。そういう性格だから、学生時代は大学院に通って文学の分野で研究もしてきましたし、神様からの教えを伝えるシスターとしての道も歩んできました。
大学を卒業するときに下級生から送られた言葉は「万年学生」。今も、周囲の方からは「鈴木先生は本当に勉強が好きですよね」と言われますし、私の“学び好き”は自他ともに認めるものなのです。
かつて私が就職したころには、“自分らしく働く”という価値観は女性にとっても男性にとっても一般的なものではありませんでした。今のように性別に関係なく仕事を選べる時代ではなかったですし、女性が社会で働きに出ること自体めずらしいことでしたから。男女ともに“こうあるべき”という進むべき道が決まって、選択肢が非常に少なかったとも言えます。
ですが、人生を最大限豊かに生きようと思ったとき、自分が幸せを感じることとより多く接点を持っていた方がいいことは明白。そしてそれは、私にとって学びであり、教えることでした。“自分らしく働きたい”なんて意識があったわけではないけれど、好きなことをとことん突き詰めていったら60年も続けられる仕事に出会えたのです。
自己理解ができていない人は組織に潰されてしまう

ただ、私のように好きなものが明確な人ばかりではないでしょう。常にやりたいことが変わってしまう人、自分が最も興味の持てることが何なのか分からなくなっている人……「自分のことが一番分からない」という人――。私の著書である『「聖なるあきらめ」が人を成熟させる』の中でも書いていますが、“世間体”のように本当は重要ではないものに執着してしまっている人もいる。
でも、それではダメ。自分自身のことを深く理解していなければ、組織の中で意に沿わない仕事をしながら心身を潰されてしまうこともあるでしょうし、楽しめるはずの仕事も楽しめなくなってしまいます。
また、自己理解ができていない人は、自分の人生に心から満足することもできません。あくまで世間が良しとする道を、自分を騙し騙し進んでいくことになります。
私はシスターとして多くの人の悩み相談に乗ってきましたが、自分の本心を欺いて世間の評価を尊重している人が幸せであった様子を見たことがありませんし、彼らの心はすり減ってしまっているように見えました。
私がエニアグラムという自己分析手法を日本で広めたのも、一人でも多くの人が自己理解を深めて人生を豊かにできるようにしたかったから。自分のことをよく理解している人は、単調な仕事やつまらなく思える仕事もどうしたら楽しくなるかを考えて行動します。そうすると、仕事の成果にも違いが出てくるでしょう。
考えているだけでは“自分らしさ”は見えてこない

では、自己理解を深めるためにはどうすればいいか。大事なのは、頭でただ考えるのではなく、自分の好きなものや幸せを感じる瞬間のことをひたすら書き出してみることです。騙されたと思って、自分が好きだと感じることやものについて100個書いてみてください。自分の傾向が見えてくるはずです。
また、自分が普段どんなものにお金と時間をかけているのかを書き出してみることも自己理解を深める手助けになります。あなたにとって価値のあることは何なのか。思いつくままに書き出してみると、その中にきっと自分の軸になるようなものが見つかるはずです。それが、あなたの本質、つまりあなたの心を満たし、人生を豊かにしてくれるものです。
こう聞くと、当たり前のことのように思うかもしれません。でも書き出してみないと、その当たり前のことにさえ意外と気付かないものなのです。だから、20代、30代の女性たちには、意識的にでも自分自身としっかり向き合う時間をつくってみてほしい。
またもう一つ、自分にとって価値のあることを見つけるためのコツがあります。それは「聖なるあきらめ」という考え方。執着を手放す「諦め」と、物事をはっきりとさせる「明らめ」の両方を行う、よい意味でのあきらめのことです。すると、目先のことや、見栄、お金、褒められることなど、部分的なことにとらわれないようになります。
ここで改めて、“自分らしく働く”とは何か。その答えは、自分の心が何によって満たされるか知り、それを仕事として周囲に役立てることと言えるでしょう。どんな仕事をしていようと、どんなワークスタイルであろうと、関係ありません。世間からの評価に左右される必要も一切ないのです。
これからの時代、女性たちのキャリアは結婚しようが出産しようが長く続いていくもの。専業主婦になる選択ができる人なんてそうそういません。ライフステージが変わって自分を取り巻く環境が変化する度に、「これからどうすればいいのだろう」と不安に襲われる女性も多いでしょう。ですが、自分の心が何によって満たされるのかを自分自身が分かっていれば大丈夫。どんな状況に置かれても、自分で自分を安心させ、楽しませることができますから。

【著書紹介】
『「聖なるあきらめ」が人を成熟させる』
著・鈴木秀子/出版:アスコム/価格:1,080円(税込)
「聖なるあきらめ」とは、前向きにあきらめること。物事に執着しない「諦め」、物事を明らかにする「明らめ」、この二つから成る、人生を賢く生きぬく知恵を学べる一冊
>>Amazon
取材・文/横川 良明、栗原 千明(編集部) 撮影/洞沢佐智子(CROSSOVER)