『わかったさん』作者が亡くなって18年。挿絵画家・永井郁子が一人で新刊発売に至るまで
人生100年時代。年齢や常識に縛られず、チャレンジを続ける先輩女性たちの姿から、自分らしく働き続ける秘訣を学ぼう

クリーニング屋さんのワゴンに乗って、不思議なお菓子の世界へと迷い込んでいく──。
今も昔も多くの子どもたちを夢中にさせる『わかったさん』。
作者の寺村輝夫さんが亡くなって18年たった今年、10巻で完結していた『わかったさん』に、待望の新シリーズが発売される。

今回物語を担当するのは、寺村さんの世界観を誰よりも理解している、挿絵担当の永井郁子さん。
「寺村輝夫先生の『わかったさん』を、自分のもののようにして物語を作っちゃっていいのだろうか。そんな葛藤がありましたね。
寺村先生は天国で怒ってるかも……なんてね」
さらには「文章を書くのは苦手」と話す永井さん。そんな彼女はなぜ、このタイミングで新刊執筆にチャレンジしたのか。
ここに至るまでの軌跡をたどると、悩んで、迷って、葛藤し続けた18年があった。

永井郁子さん
1955年、広島県三原市生まれ。多摩美術大学油画科卒業。寺村輝夫とコンビを組んだ作品は「かいぞくポケットシリーズ」(全20巻・あかね書房)など50冊をこえる。レシピをまとめたスピンオフ企画「わかったさんとおかしをつくろう!」(全3巻・あかね書房)の『わかったさんのこんがりおやつ』が料理レシピ本大賞2018にて絵本賞を受賞。茶道の心得を紹介する「おしゃれさんの茶道はじめて物語シリーズ」(淡交社)、『サミーとサルルのはじめてのおまっちゃ』(くすはら順子 絵・淡交社)、「きせつのえほんシリーズ」(ビーゲンセン 作・絵本塾出版)などを手がける。■HP
私は寺村先生の七光り
私は長らく、寺村先生の作品の挿絵だけをやってきました。
だから、寺村先生が病気になられて書けなくなってからは、パタリと仕事がなくなって。
そんな時、私と同じように「王さまシリーズ」で寺村先生の挿絵を担当していた和歌山静子さんにこう言われました。
「オリジナルをやらないとダメよ。絵だけ描いててもダメ。あなたなら文章も書ける。これだけ寺村先生のそばにいて、先生の文章も体の中にしみ込んでるんだから。絵は私が描いてあげるから」って。
その構想は実現しませんでしたが、和歌山さんにエールをもらって、決めました。文章を書いてみようと。
でも童話なんて書いたことないから、一行も書けないんですよ。
これはちゃんと勉強しなきゃと思って、童話作家の山下明生さんに習いに行くことにしたんです。
童話の歴史からファンタジーの構造なんかも、山下先生にみっちり教わりましたね。

そうして初めて作絵で出版したのが、『ブォォーン!クジラじま(ドラゴンまるのぼうけんシリーズ)』という絵本。寺村先生の作品をお手本にしながら必死になって書き上げました。
でも売れないんですよ。一冊でも多く子どもたちに届けなきゃと思って、いろいろなところに絵本の読み語りに出かけました。『ブォォーン!クジラじま』のビデオを作って、人形を持ちながら踊って……。本当に必死でした。
頑張って4巻まで出したけど、いずれも初版止まり。今思えば、よく4巻も刊行してくれましたよね。
「永井さんなら!」と期待していただいた出版の機会だったけれど、結局私は寺村さんの七光りでしかなかったんですよね。
『わかったさん』の物語を、挿絵担当が作ることへの葛藤
その後も文章を書く仕事は続けてきたけれど、やっぱりうまく結果につながらない──。
そんな中、私が今回いちから物語を書いて新刊を出すきっかけになったのは、『わかったさん』のグッズ化でした。
販売に伴ってサイン会を開いた時に、すごい数のお客さまが来てくれたんです。中には「仕事でつらい時も『わかったさん』を読めば頑張れる」と涙を流しながら伝えてくれる方もいました。
今もこんなに愛してくれている人たちがいるのなら、『わかったさん』を復活させる価値はあるのではないか。

『わかったさんのスイートポテト』の原画。このページをよく見ると、寺村輝夫さんの姿が……?
そこで、まずは赤ちゃん向けの絵本にしてみたらどうだろうとあかね書房に持ち込んだけれど、社長と営業担当には首を横に振られました。『わかったさん』のよさは、ストーリーの楽しさにあると。
それならせめて、もう少し年齢が上の子どもたち向けの絵本にしてみようと、自分なりに書いてみたものを担当編集者のところに持っていったんです。
そしたら、編集者の方がすごく驚いたんですよね。
「これは寺村先生の『わかったさん』の世界です。寺村先生が書いた10巻の『わかったさん』に並ぶ童話にできます。もう少し長くして、読み物にしてみませんか」って言われて。
やってみたいと思ったものの、「寺村輝夫の世界に、本格的に私が足を踏み入れていいのだろうか」という葛藤もありました。
寺村先生の『わかったさん』なのに、私が新しい物語を出すことは、寺村先生のご家族に不快な思いをさせてしまうのではないか。読者もどう思うだろう。
不安でいっぱいだったんですけど、寺村先生のご家族に話したら、ものすごく喜んでくれたんです。
多くの人たちの期待の声に背中を押されて、私は筆を執ってみることに決めました。
私はとにかく何より「仕事」が好き
寺村先生の『わかったさん』にどこまで迫れるか、どのくらい新しくするかは、担当編集者と相談しながら決めていきました。
物語の展開やセリフまわしも、一つ一つ編集者と頭を悩ませながらじっくりと書き上げていきましたね。
相変わらず私は文章は得意ではないんだけど、今回発売する『わかったさんのスイートポテト』は、書くことが苦手だからこそ生み出せた作品だなと思っていて。
文章が得意だったらきっと編集者の声にこんなに素直に耳を傾けることはなかったから。これまでは自分の力で何とかしなきゃって必死だったけれど、苦手なら周りの力を借りながらやればいいんですよね。

「寺村先生の挿絵を担当していた時は全て手描きだったけれど、今はデジタルで描いて、最後に手描きで調整しています。色塗りはPhotoshop。デジタルを使うと、何度でも途中のやり直しがきくため時間がかかるけれど、そこから『これもいいじゃない!』と新しい案が生まれたりするのがいいですよね」と永井さん
私が物語を考えたり、文章を書いたりすることに苦手意識を持ちながらも、70歳を目前にしたこのタイミングで童話を書き上げることができたのは、「あきらめずに続けてきたから」に他ならないなと思っています。
私は昔から、才能とは「好きなことを続けること」だと思っていて。
私は活字は苦手。映画も「よーし、観るぞ」ってならないとなかなか観ません。絵を描くのも、子どもの頃から特別好きなわけではありませんでした。
でも、仕事が好きなんです。自分が作り上げたものが社会に流通して、認められて、たくさんの人たちに喜んでもらえるのが好き。そのために必要だから本も読むし、映画も観るし、絵も描きます。
だからこうやって今回、『わかったさん』の新刊発売を喜んでくれる人たちがたくさんいるのは、本当に夢のよう。
実は今、次作の『わかったさん』も執筆中で、来夏には発売予定です。
今後も『わかったさん』シリーズを引き続き書いていきたいし、全く別の構想としては、30年以上趣味で続けている茶道を軸にした時代ものの作品にもチャレンジしたいなって思っています。

永井さんの自宅には、本格的な茶器がズラリ。取材時には永井さん自ら略式でお茶を立てて、振る舞ってくださいました。「大好きな茶道とともに日常があります」と永井さん
絶対に実現したいから、今時代ものの映画を片っ端から見ては研究中。
仕事を通してかなえたいことが明確にあると、文章が苦手というコンプレックスとかも引っ込んじゃうんですよ。落ち込んでるひまがあったら、やるか!って。
今やってみたいことがあるけれど、踏み出すのは不安……という方は、好きなことならぜひやってみてください。
多少向いてなくても、苦手なことでも、走り続けられる目的があるならきっとできます。若い人たちはまだまだ時間もたっぷりありますしね。
私もこれからやりたいことは山ほどあります。夢がふくらみますね。

書籍情報

『わかったさんのスイートポテト』(あかね書房)
1987年の1巻発売後からたくさんの読者に読みつがれているロングセラーのわかったさん。
作家・寺村輝夫の発想を絵として形にしてきた永井郁子が、世界観ごと受けついで物語と絵を描き、新たに「わかったさんのあたらしいおかしシリーズ」として刊行をスタートします!
クリーニングの配達中にサツマイモほりを手伝ったわかったさん、気がつけばスイートポテトを食べたいというヤーぼっちゃんのために、あっちこっちへ走りまわることに…!?
取材・文・撮影・編集/光谷麻里(編集部)
『教えて、先輩!』の過去記事一覧はこちら
>> http://woman-type.jp/wt/feature/category/rolemodel/senpai/をクリック