黒木華が振り返る、がむしゃらに走り続けた20代「肩の力を抜いてみたら、30代が豊かになった」
もうすぐ30歳──「素敵な大人」になるために、28歳の今からやっておきたいことって何? サイトオープン13周年を迎えたWoman typeが、「なりたい自分」になるための“28歳のこれから”を一緒に考えます
働く女性にとって「結婚」は人生を左右する大きなライフイベント。「仕事との両立は?」「子どもはどうする?」など、時代が変わってもなお、女性にかかる負荷は大きい。
映画『アイミタガイ』で黒木華さんが演じた梓もまた、結婚や仕事に悩む女性の一人。両親の離婚を経験したことから、恋人との結婚に踏み切れないが、ウェディングプランナーという職業柄、「結婚していること」を求められることも多い。
さらに、ネガティブになりがちな梓をいつも励ましてくれた親友を突然失い、大きな喪失感の中で前に進めずにいる。

仕事、結婚、友情。働く女性が目の当たりにするさまざまな要素が詰まったこの作品で、黒木さん自身も、友達との関係性や、年齢の重ね方を改めて考えたという。
しっかりと意志を持ち、自分の足で立っている印象の強い黒木さんだが、Woman type読者世代の“28歳”のときはどう過ごしていたのだろう。
友達は心の支え。いてくれるだけで元気になれる

これまで数多くの賞を獲得し、世代屈指の演技派として信頼を集める黒木華さん。主演映画『アイミタガイ』で演じるのは、ウェディングプランナーの梓(あずさ)。
結婚に関わる職に就きながらも、自身は結婚に対してあまり前向きな気持ちになれず。家庭を持つことを夢見る恋人・澄人(中村蒼)とも将来設計が重ならないまま、お互いあと一歩相手に踏み込めないような毎日を送っていた。
梓が直面している悩みって、きっと同じ世代の方ならすごく共感しやすいものだと思うんですね。
監督から事前にいただいたキャラクターノートに梓の生い立ちも書かれていたので、結婚に前向きになれない気持ちはよく分かりましたし、仕事を頑張りたいという思いは私も同じ。だから、梓の心の揺れに関しては違和感なく寄り添うことができました。

親友を失った梓を支えようと、不器用ながらも優しく寄り添う恋人・澄人(中村蒼) © 2024「アイミタガイ」製作委員会
黒木さんが演じると、どんな人物もそこで本当に生きているような実在感と生活感が生まれる。自然なたたずまいと、みずみずしい感情表現。本作でも、クライマックスでこぼれる梓の涙に作為めいたものがまるでなく、つい感情移入してしまう。
お芝居をするときは、「自分の中だけで決めていかない」ということを大切にしています。やっぱり感情って、お芝居をする相手とのやりとりの中で生まれていくものだと思うので。
今回も、目の前にいらっしゃる西田(尚美)さんと(田口)トモロヲさんの気持ちを受け取ることで、自然と涙が出てきました。
本作の縦糸となるのが、親友・叶海(藤間爽子)との絆だ。「かけがえのない友情」を描いた物語に触れて、黒木さん自身も「友達は心の支え」だと改めて感じたという。
悲しいことがあったり、落ち込んだりしたときは、友達と電話したりご飯をしたりして、よく話を聞いてもらっています。
この間も、「ちょっと疲れたな」と思うタイミングで、たまたま葉月(俳優の清水葉月さん)から電話が来て、「ご飯食べに来なよ」って誘ったら来てくれたんです。で、そのまま晩ご飯を食べて、いろいろ話して、解散するみたいな。
悩みを話すこともあれば、話さなくても分かってもらえることもあって。いてくれるだけで元気になれるのが、友達の良さですよね。

ネガティブになりがちな梓を常に応援してくれる親友・叶海(藤間爽子) © 2024「アイミタガイ」製作委員会
映画では、「人と人とのつながり」が丁寧に描かれ、その不思議な縁が梓の背中を押す。黒木さんもまた、「人と関わることで助けられたことは多い」と語る。
自分だけでは解決できないことってあると思うんです。だからこそ、私も人と人とのつながりは大切にしたい。
気軽に会える友達だけに限らず、あまり連絡はとっていなくても、ずっとつながっている友達の存在に救われることだってありますし。
映画の中では、思いがけない不思議なつながりが誰かの心を軽くする瞬間が描かれています。梓を演じたことで改めて、「人と人が関わるのはすてきなことだな」と実感しました。
大人の友情はお互いを尊敬できることが大事

年齢を重ねるごとに、友達との付き合い方は変化していく。
女性の場合は特に、結婚や出産、あるいは仕事。選ぶ道筋によって会話の中身も変わり、いつの間にか話が合わなくなったり、話題選びに気疲れしてしまったりすることも……。
だが、黒木さん自身はそんな悩みとは無縁のようだ。
どうしてなんでしょうね。前提として、友達が少ないというのがあるかも(笑)気の合う相手としか友達にならないので、そういう苦労は感じたことがないかもです。
友達は、多いからいいというわけではない。心を預けられる友達に必要なものは、会う頻度でもライフスタイルの一致でもない、もっと別のことだ。
私は、お互いを尊敬できることが大事なんじゃないかと思います。親しき仲にも礼儀あり。ちゃんと相手に気を遣えるって、当たり前のことだけど、信頼を育んでいく上では忘れちゃいけないですよね。
気の合う友達とは考え方も近いから、あまりトラブルにもならないんだと思います。
人間関係において「自分を犠牲にしてまで一緒にいることはない」と黒木さんは言う。価値観の合わない人と無理して関わらない。本当に大切にしたい人がそばにいてくれれば、それ以上望むものはないのだ。
基本的に私は友達だからといって頻繁に連絡をとるタイプではないですし、普段から連絡をしないから友達ではないという考え方でもない。
同じ考えの人が集まっているから、特にストレスもなく、平和にやっていけているのかもしれません。
依存せず、執着せず。心のよどむような会話もしない。互いに敬意と適度な距離感をもった、さっぱりとした付き合いは、まさに大人の友情だ。年齢を重ね分別を身につけた今だからこそ、自立した友情が悩める女性たちの休憩地点となる。
20代に悩みもがいた経験は決して無駄にはならない

順調に俳優としてのキャリアを築いてきた黒木さんだが、20代の頃には不安もあったという。特に、Woman type読者世代と同じ「28歳」の頃には、漠然とした将来への不安を感じていた。
結果を残さなければいけないと思いながらも、何をしたらいいか分からないというか。
働いているけれども、はたしてちゃんとできているのか、この先どうしていけばいいのか、漠然とした不安に追われていて、なかなか余裕を持てませんでした。
日本の俳優として、史上4人目となるベルリン国際映画祭最優秀女優賞(銀熊賞)を受賞したのは23歳のとき。
その後も、史上2人目となる2年連続の日本アカデミー賞最優秀助演女優賞受賞など輝かしい足跡を残しながらも、熱狂の中心にいた黒木さん本人は「今いち手応えがなかった」と模索の中にいた。
忙しくさせていただいているからこそ、忙しいことに流されてお芝居をしていないだろうかと悩んでしまった時期だった気がします。

トンネルを抜けるきっかけになったのは、歳月の積み重ねだった。
特に30代を迎えてからですね。年をとって、経験を積んで、力の抜きどころが分かるようになった。おかげで20代の頃よりずっと楽になれました。
そばにいる人たちの心まで和ませるような笑顔で、必死にもがいていた過去の自分を振り返る黒木さん。28歳でやっておいて良かったことについて聞くと、こんな答えが返ってきた。
苦労はして良かったなと思います。友達に当たってしまったこともあるけど、あのとき悩んだことは決して無駄ではなかったなと。どんな経験も必ず身になると、時が過ぎて改めて実感しています。
まあ、友達に当たる必要はなかったかもしれませんけど(笑)
「悩んでいること」にそんなに悩まないで

その反面、やらなくて良かったこともある。
がむしゃらになりすぎなくても良かったのかなとは思います。当時は、休んだらもう仕事がなくなるんだと勝手に思って、「休んだらダメだ」と自分に言い聞かせていたところがあって。
けど、今は休んで何か違うことをすることも大事。やっぱりアウトプットばかりではすっからかんになってしまいますから。
行ったことのない場所に行ったり、見たことのない景色を見たり、自分自身で経験することが大事だなと。芝居から離れることによって得たものが、のちのち芝居につながっていく。
休むことで、自分が豊かになるんです。
28歳は、ちょうど仕事でも少しずつ自分の力が認められはじめる頃。ようやくつかんだポジションを手放すことが怖くて、つい無理をしてしまう。けれど、ちょっと休んでみることで、分かることがある。
役者は、いつ仕事がなくなるか分からない職業。今でも休むことが怖いという気持ちが完全になくなったわけではありません。
ただ、「3週間ぐらい休んだところでどうにかなるわけではない」ということは分かるようになりました。それに気付けただけで、以前よりずっと肩の力が抜けた気がします。

「それは自分があの頃より成長できたから分かることなんですけどね」と、黒木さんは控えめに付け加える。
渦中でもがいている人は、目の前のことで精いっぱい。周りなんて見えないし、なかなか自分を省みる余裕も持てない。だからこそ、少し前をいく先輩の言葉が、闇夜を進む灯台になる。
いっぱい悩んだらいいと思います。人から見れば大したことのないように思えるものでも、自分にとってはものすごく大きい問題だったりすることはあるじゃないですか。悩みの深さは自分にしか分からない。
ドライに聞こえるかもしれないですけど、とことん悩めばいいと思う。悩むことは、悪いことじゃないよと伝えたいです。
黒木さん自身も、20代のときにたくさん悩んで考えたから、自分なりの心のあり方を見つけることができた。もがき苦しむ中でできた傷は全部、なりたい自分になるための成長痛だ。
悩みって、悩んでいるうちに解決方法が見つかったり、どうでもよくなったりすることもあると思うんです。時が解決するとはよく言いますが、あれは真実だなと。
だから、悩んでいることにそんなに悩まないで。「今、悩んでいるんだな」と客観性を持って自分を見つめることが、悩みとのうまい付き合い方だと思います。
黒木さんがこんなにも潔く、軽やかでいられるのは、友達とも、悩みとも、自分なりの適度な距離感や付き合い方を身に付けているからなのだろう。
20代は、無理のない私でいられるためのさなぎの季節。硬い繭を破ったとき、黒木さんのように、もっと私らしい私になれるはずだ。

黒木華(くろき・はる)さん
1990年3月14日生まれ。大阪府出身。2010年、NODA・MAP『ザ・キャラクター』で初舞台。同年、NODA・MAP番外公演『表に出ろいっ!』で応募者1155人の中からオーディションによってヒロインの座をつかみ取る。14年、映画『小さいおうち』で第64回ベルリン国際映画祭最優秀女優賞(銀熊賞)を受賞。同作と翌年の『母と暮せば』で2年連続の日本アカデミー賞最優秀助演女優賞受賞を果たす。近年の出演作に映画『ゴールド・ボーイ』、『青春18×2 君へと続く道』、『八犬伝』、ドラマ『下剋上球児』(TBS)、舞台『ふくすけ』など
取材・文/横川良明 編集/石本真樹(編集部) 撮影/洞澤佐智子
作品情報
『アイミタガイ』2024年11月1日(金)公開

© 2024「アイミタガイ」製作委員会
名古屋でウェディングプランナーとして働く梓(黒木華)と、大阪を拠点に活動するカメラマンの叶海(藤間爽子)は中学時代からの親友同士。帰省した叶海と会い、いつものように愚痴をこぼす梓。だが、その直後、撮影で海外に旅立った叶海は、事故で命を落としてしまう。
叶海の不在を受けとめきれない梓は、叶海のスマホに日々メッセージを送り続ける。今でも叶海が生きているかのように。
梓は両親が離婚した経験から結婚願望も持てず、恋人・澄人(中村蒼)ともなかなか前に進めずにいたが、悲しみから少しずつ再生するとともに、思いもよらない幸せな歯車が動き出す。
映画『アイミタガイ』予告【11月1日(金)公開】
出演:黒木華 中村蒼 藤間爽子安藤玉恵 近藤華 白鳥玉季 吉岡睦雄/松本利夫(EXILE) 升毅/西田尚美 田口トモロヲ/風吹ジュン/草笛光子
原作:中條てい『アイミタガイ』(幻冬舎文庫)
監督:草野翔吾
脚本:市井昌秀 佐々部清 草野翔吾
音楽:富貴晴美
2024年11月1日(金) TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー
公式サイト/X
配給:ショウゲート
© 2024「アイミタガイ」製作委員会