【芳根京子】仕事を辞めるか本気で悩んだ過去も…「仕事の向き不向きは自分で決めるものじゃない」と断言する理由
働く上で、ふとした瞬間に頭をもたげるのが「この仕事は自分に向いていないんじゃないか」という悩み。
できないことや苦手なことにぶつかる度に、つい弱気になってしまう。
俳優の芳根京子さんも、かつて仕事の向き不向きに悩んだ一人。
一時期は、「仕事を辞めた方がいいのかもしれない」と真剣に考えたほど、追いつめられたこともあるという。
もがき苦しんだ時期を乗り越え、今は「演じる仕事が大好き」と笑顔を見せる芳根さん。
なぜ「向いていない」と思った仕事が、「大好き」だと言えるまでに変わったのだろうか。価値観の変化を生んだ過去の転機や、仕事の取り組み方について聞いた。
「向いてないかも」から始まった和太鼓練習
未曾有の疫病に立ち向かう人々の姿を描いた映画『雪の花 ―ともに在りて―』。本作で芳根さんは、疱瘡(天然痘)の猛威から民衆を救うため奔走する町医者・笠原良策(松坂桃李)の妻、千穂を演じている。
見せ場は、クライマックスを飾る和太鼓の演奏シーン。幼少の頃からピアノに親しみ、作品の中でその腕前を披露することもあった芳根さんだが、和太鼓は初挑戦。
フィルム撮影という容易にやり直しが効かないシチュエーションの中、和太鼓の音色に千穂の思いの全てを込めた。
和太鼓には触ったことすらなかったので、最初はバチの持ち方も、どこを叩けばいい音が出るのかも全く分からない状態。
稽古初日は正直何が何だかよく分からないまま終わってしまいました。
クランクインの3カ月前から稽古を始めて、練習は週に1〜2回。あとは先生がバチと練習用のクッションみたいなものをくださって。それを毎日家で叩いていました。
和太鼓は腕だけでなく、全身を使って音を鳴らす。慣れない演奏に、体が悲鳴を上げることも度々あった。
最初のうちは不慣れで、体に悪い叩き方をしていたんでしょうね。体に来るダメージが大きくて。手にも豆ができて、そのたびにテーピングを巻いていました。
きれいな音を出すのも大事ですが、お芝居なのでかっこ良く見えることも大事。稽古では先生が前に鏡を立ててくださって、腕の位置なんかも「こっちの方がカッコいいよ」とアドバイスをしてくださるんですね。
そんな先生の教えを聞きながら、自分なりにカッコいいフォームをひたすら追求する毎日でした。
「頭の中は和太鼓のことでいっぱいでした」と振り返るほど練習漬けの日々。初めての挑戦に心挫けそうになることもあった。
全然思うようにいかなくて、向いてないのかなって落ち込むこともありました。やっぱり大人になるとゼロから物事を吸収することって減るじゃないですか。
だから、心に余裕がなくて。とはいえ、もう撮影の日は決まっている。
内心は間に合わないですとメソメソしながらも(笑)、そんなことは言ってられないので、とにかくやるしかないという感じで、必死に自分を奮い立たせていましたね。
そんな弱音が信じられないほど、劇中では力強く爽快な演奏を見せている芳根さん。どのタイミングで壁を乗り越えることができたのだろうか。
それが、“ふっと”なんですよね。ひたすら練習を続けていたら、途中から急にいい音が鳴るようになって。
「急に舞い降りたよね」みたいな話を周りともしていたんですけど、ある時、今までやってきたことがパッと開花した瞬間があって。
それまではなかなか楽しいと思える余裕がなかったんですけど、そこから一気に上達していきました。
「この仕事、向いてないかも」22歳でぶつかった壁
どんな仕事にも、それぞれの壁がある。そして、ブレイクスルーのタイミングがある日突然やってくるのも仕事とキャリアの共通項だ。
2013年に女優デビュー。27歳にして10年以上のキャリアを築く芳根さんにも、未来に悩む時期があった。
自分のキャリアに悩んだのは朝ドラ(連続テレビ小説『べっぴんさん』)が終わった後。22歳くらいの時でした。
朝ドラのヒロインといえば、若手女優なら誰もが憧れる夢の舞台。キャリアアップに直結する大仕事だ。
その大役を成し遂げたにもかかわらず、なぜ芳根さんは自分の将来に迷いを覚えたのだろうか。
何か大きなきっかけがあったわけではないんですけど、小さな積み重ねで自信を失った瞬間があって、ここから先、自分はどうすればいいんだろうって、本当に分からなくなってしまったんですね。
ちょうど周りの同世代が就職するタイミングだったのも大きかったかもしれないです。
みんながそれぞれ新しい世界に飛び立っていくのを見ながら、私にも別の選択肢があるのかもしれないと思って。
この仕事は向いていない。辞めた方がいいんじゃないか、と思ったんです。
見えない壁の前でもがきながらも、自分を求めるオファーに精一杯応えるうちに、日々は過ぎていった。
芳根さんが“モヤモヤ期”を抜け出したのは、それから数年後。映画『Arc アーク』(石川慶監督)で主演を務めたことがきっかけだった。
『Arc アーク』では、永遠の命を得た女性の一生を演じさせてもらったのですが、本気で自分自身と向き合う機会になりました。
『Arc アーク』という作品がなかったら、自分が今どうしていたか分からない。その後のキャリアに悩んでいた私にとって、転機となる作品でした。
そう打ち明ける芳根さんの価値観に大きな影響を与えたのが、メガホンをとった石川慶監督の存在だ。
芳根さんはキャリアに揺れる心の内の全てを、石川監督にさらけ出した。
石川監督が私の迷いも全部受け止めた上で、それでも私と一緒にやりたいと言ってくださって。
こんなにも自分の心の中を隠すことなく見せられたのは、お仕事では監督が初めてだったかもしれません。
石川監督は、私の喜怒哀楽を全部知っている人。喜や楽はマネージャーさんたちも知っていると思うんですけど、怒は家族にしか見せたことがありませんでした。
そんなネガティブな部分を見せられる人が仕事の世界でも見つけられたことで、自分が無意識のうちにまとっていた鎧を外せた気がしたんです。
取材現場に入った瞬間から光り輝くような笑顔でその場の空気を変えてくれた芳根さん。
ハードスケジュールを縫うようにして行われたインタビューでも、疲れた様子はまるで見せない。
きっと芳根さんは、どの現場でも、誰に対しても、こんなふうに明るく礼儀正しく接しているのだろう。だから、多くの人が「芳根京子と仕事をしたい」と願う。
一方、人間である以上、いつもポジティブではいられない。
責任感の強い芳根さんだからこそ、芸能人としての芳根京子ではない、“人間・芳根京子”を見せられる存在ができたことに救われたのかもしれない。
マイナスな部分も全部見せられる人ができたことで、逆に強くなれた気がしました。悩んでいても、答えなんて分からないことがほとんどなんです。
でも、分からない自分を受け入れられた瞬間に楽になれる。
石川監督と出会ったことで、改めてお芝居が好きだと思ったし、好きだという気持ちだけで進んでいっていいんだって、この仕事を続ける覚悟が決まりました。
自分にこの仕事は向いていないかもしれない。働く人ならば、そんな疑問にぶつかったことがある人は少なくないはず。
見えない壁を乗り越えた今、芳根さんは「仕事の向き不向きは自分で決めるものじゃない」と言い切る。
結局、仕事の向き不向きって自分が決めるものじゃなくて、周りの人が決めることなんじゃないかなって思うんです。
誰かが挑戦するチャンスをくれたり、必要としたりしてくれるから、そこに仕事が生まれる。誰かが私に役をプレゼントしてくださるから、お芝居ができる。
どんなお仕事だって、きっと最終的には、人に求められるかどうか、なんですよね。
今もまだ、自分がこの仕事に向いているかどうかは正直分かりません。
だけど、私はお芝居が好き。この10年やってきて、それははっきり言えるようになりました。
その上でこうして演じるチャンスをいただけているなら、そこに対して全力で頑張らないでどうするの! って思えるようになったんです。
だから、自分の感覚を信じるのも大切だけど、時には周りの声も聞くことも同じくらい大事。
そして、周りが「やってみたら?」と言ってくれるなら、その声を信じて頑張っていれば、その先にいつか向き不向きでは片付かないような、もっと別の何かが見つかるんじゃないかなと思っています。
いい仕事の秘訣は、楽しむ気持ちと全力を出すこと
『雪の花 ―ともに在りて―』で挑戦した和太鼓も、「私向いてないんだな」と落ち込むところからのスタートだった。
けれど、最後は無事に「向いていない」の壁を乗り越えた。
やったことがないことに挑むとき、できないことに立ち向かうとき、芳根さんが心に決めていることは一つだ。
とにかく楽しもうとすること。仕事柄、和太鼓に限らず、やったことのないことに挑戦する機会は結構多いんですね。
そんなときはいつも「楽しんだ者勝ちだ!」と考えるようにしていて。もともと好奇心旺盛というか、あまり食わず嫌いのない性格なんです。
だから、何でもやってみること自体は大好き。できないこともたくさんあるけど、その中にちょっとした楽しみを見つける工夫をする。
できないことを楽しめる、というのは大事なことのような気がします。
俳優がオファーを受けてカメラの前に立つように、多くの仕事が誰かに求められることでチャンスが生まれる。
だからこそ大事なのは、求められる人物であること、そして求められたときに最大のパフォーマンスができる自分であることだ。
いい仕事をする上で大事にしているのは、どんなときも全力を出すこと。私自身は決して器用なタイプではないので、できることを全力でやるしかないんです。
そのためにも、ちゃんと人に思いを伝えることは大事。喜びはもちろん、悲しみや時には怒りだって表に出してもいいと思うんです。
それを見て、カッコ悪いと思う人もいるかもしれない。だけど、私にとっての石川監督のように心を預け合える戦友のような仲間ができるかもしれない。
うわべだけを取り繕うんじゃなく、真摯に人と向き合える人でありたい。
そして、そんな姿を見た誰かから「一緒にお仕事したいな」「芳根京子に何かを任せてみたいな」と思ってもらえる、そういうお仕事をこれからもしていければと思います。
仕事における向き不向きなんて、結局は後付けみたいなものなのかもしれない。適性があろうがなかろうが、自分にできるベストを尽くす。
そうやって全力を出せる人に、また新たなチャンスが与えられるのだろう。
作品情報
『雪の花 ―ともに在りて―』 2025年1月24日(金)全国ロードショー
監督:小泉堯史
脚本:齋藤雄仁 小泉堯史
音楽:加古隆
原作:吉村昭「雪の花」(新潮文庫刊)
出演:松坂桃李 芳根京子 三浦貴大 宇野祥平 沖原一生 坂東龍汰 三木理紗子 新井美羽 串田和美 矢島健一 渡辺哲/益岡徹 山本學 吉岡秀隆/役所広司
配給:松竹
>>公式サイト
©2025映画「雪の花」製作委員会
取材・文/横川良明 撮影/洞澤 佐智子(CROSSOVER)編集/栗原千明(編集部)