【回答例付き】スピーチのプロに学ぶ、職場でカドを立てずに「相手の行動を変える」意見の伝え方/千葉佳織

仕事をより良くするためには、上司や部下、同僚の行動の変化を促すために、ちゃんと意見を伝えなければならない場面と遭遇することは避けられない。
しかし、言いたいことをハッキリ言うと「その後の人間関係に影響があるのではないか」「上司からの評価に響くかもしれない」「部下がふてくされてしまうかもしれない」といった懸念から、グッと飲み込んでしまう……。そんな経験をしたことがある人も多いのではないだろうか。
実際女性の方が、コミュニケーションにおいて「相手との人間関係をつくり上げながら伝え合う」ことを重視している傾向があるという調査結果もある。
では、カドを立てずに、「相手の行動を変える」伝え方をするには、どうしたらいいのか。
弁論全国大会で3回の優勝を果たし、内閣総理大臣賞も受賞する“話し方のプロ”であるスピーチライターの千葉佳織さんに、シチュエーション別の対処法を聞いた。

株式会社カエカ代表/スピーチライター
千葉佳織さん
15歳から日本語のスピーチ競技である「弁論」を始め、2011年から14年までに内閣総理大臣賞椎尾弁匡記念杯全国高等学校弁論大会など3度の優勝経験を持つ。慶應義塾大学卒業後、新卒でDeNAに入社。人事部にてスピーチライティング・トレーニング業務を立ち上げ、代表取締役のスピーチ執筆や登壇者の育成に携わる。
2019年、株式会社カエカを設立。AIによる話し方の課題分析とトレーナーによる指導を組み合わせた話し方トレーニングサービス「kaeka」の運営を行う。経営者や政治家、ビジネスパーソンを対象としてこれまで5,000名以上にトレーニングを提供している。23年、週刊東洋経済「すごいベンチャー100」、Forbes「2024年注目の日本発スタートアップ100選」選出。著書に『話し方の戦略』(プレジデント社)■X
「ただ丁寧な伝え方」と「丁寧だし、人を動かす伝え方」の違い
── 「ただ丁寧にカドを立てずに伝えること」と、「丁寧で、尚且つ人を動かせる伝え方」には、どのような違いがあるのでしょうか?
「目的を持って話をしているかどうか」という部分が大きな違いだと思います。
意見を伝える際に、「相手にどう思ってほしいか、どう行動してほしいか」といった目的意識を持つことができれば、人を動かせる伝え方になる可能性が高くなります。
当たり前のことに思えるかもしれませんが、実は多くの方が忘れがちなことなんですよね。
── たしかに、「これを伝えなきゃ」までは意識するけれど、相手にどうなってほしいのかまで明確にできていないまま話してしまうことは多い気がします。
目的意識がふんわりとした状態で話を始めてしまうと、話を聞く側も、どのように動けばいいのかがイマイチ分からないといった状態に陥りやすいです。
人を動かしたいと思って話をするときには、「話す目的」を明確にすることが重要です。
── 目的意識を持った上で「相手を動かす伝え方」を実践するためのコツを教えてください!
誰に向けて話しているのか、「対象者」を分析することが大切です。
相手にどのくらい知識があるのか、今はどんな気持ちで話を聞いているのかなどによって、どんな情報を伝えるべきかは変わってきます。
コミュニケーションに、状況に左右されない「絶対的な正解」は存在しません。常に話している相手の状況を見極め、内容を選定しましょう。
「コミュニケーションは相手ありき」で考えることが重要です。
── 相手ありき?
相手ありきというのは、「自分がうまく伝えられているだろう」というおごりや過信を持つことなく、相手の立場に立って話し方を磨くということ。
逆の言葉は「独りよがり」。自分はこれが言いたいんだ!と相手のことを考えずに言葉を発してしまう現象のことです。
相手の心に響いて動いてもらうために、どんな情報が必要なのかを見極め、戦略を立てて「相手ありき」で話をすることが「人を動かせる伝え方」の鍵になります。
「こういうときはどう伝えればいい?」対上司・対部下のケース別で解説!
上司に楯突いた印象を与えて嫌われると、仕事がやりづらくなったり、評価に影響があったりという実害がありそうで言い出せない。
より良い未来の話をした上で、その未来に近づくために必要であることを伝えて自分の意見を話すと良いでしょう。
自分がやりたいからという意見ではなく、会社やサービス、上司が目指しているものが良くなるための意見であるという前提を伝えて話すと良いのではないでしょうか。
\例えばこんな時、千葉さんならどうする?/
28歳/営業職
営業成績を上げるために「チーム内で新規開拓件数を競おう」と上司が提案し、実践することになりました。
ただ、新規開拓よりも既存顧客と関係を築いてリピート受注をもらう方が得意なメンバーたちの持ち味を生かせなくなってしまうのでは……と思っています。
上司に意見を伝えたいのですが、「部下から自分のやり方を否定されている」「やりたくないだけだろう」と思われてしまったら、今後自分に向けられる目が厳しくなりそうで言い出せません。
\千葉さんならこう伝える!/
新規開拓件数を競うご提案、部の挑戦として新しく、とてもすてきなアイデアだと感じました。
ただ、新しい取り組みだからこそご相談したいこともありまして……。例えば、既存顧客との関係を深めることでリピート受注を増やすのが得意なメンバーが、持ち味を出せなくなってしまう可能性もあると思っているんです。
全員が前向きに新規開拓件数を競えるようにするためにも、新規開拓が苦手な方に向けた教育担当を設けることや、既存顧客のリピート受注に関しても評価制度を加えて持ち味が評価される仕組みをつくることなどを、ぜひご検討いただけないでしょうか。
私も今回、はじめての取り組みで緊張しているのですが、チームが大きくなるためにすごく良い機会だと思っているので、できる限り努力したいと思っています。
上司の方が知識も経験もあるため、自分の意見に自信が持てず言い出せない。
知識や経験がある人の意見だけが重宝されるわけではありません。まずは、自分の立場でしか見えてこない意見には価値があると思いましょう。
また、伝える時は、自分の立場からだとどのように見えるかを丁寧に話し、あくまで一意見であることを誠意を持って伝えてみましょう。
\こんな時、千葉さんならどうする?/
25歳/クリエーティブ職
私はデザイン系の仕事に就いています。
チームでディスカッションをしながらアイデアを膨らませることがあり、上司が提案したアイデアに対して、「もっとこうした方がいいのでは」と思うことが多いのですが、上司の方が自分よりも何年も経験を積んでいるのと、以前異なる案を出した時に、経験不足だと一蹴されてしまったこともあり、言い出す勇気が持てません。
\千葉さんならこう伝える!/
すてきなアイデアですね!
経験が浅い私個人の意見で恐縮なのですが、このアイデアの良い点を活かすために、〇〇の部分はもっと〇〇にしていく方向もご検討いただけると感じました。
そうすることで、〇〇さんがこのアイデアに込められた思いがより表現されると感じたからです。
もちろん、ご変更いただくことによって他の部分の調整が必要になってくると思いますので、ご無理のない範囲でご検討ください。
部下・後輩に注意したいことがあるけれど、ズバッと言うと反発したりふてくされたり、あるいは必要以上に傷ついたりしてしまいそうで、逆効果になることを考えると言い出せない。
その方の性格にもよりますが、傷つきやすい方の場合は、ネガティブフィードバックに加えて、前向きな捉え方ができるような話ができると良いです。
具体的には、注意したい行為を部下が続けたときにどんな未来が待っているかを想像し伝えることで「このままではいけなかった」と危機感を持ってもらうこと、注意内容を変えられた先にどんなことができるようになるのかというポジティブな未来の提示などが当てはまります。
\こんな時、千葉さんならどうする?/
32歳/事務職
いつも提出物の納期を守らないメンバーがいます。
注意すると素直に謝りますし、毎回落ち込んでいる様子のため、全く響いていないわけではなさそうなのですが、どうしても時間を守ることができません。
繊細なタイプのため、きつく言うと傷つきすぎてしまいそうで、うまい伝え方が分かりません。
\千葉さんならこう伝える!/
提出物の納期について、少しお話しさせてください。きっとご自身でも「もっとこうしたい」と思っている部分があるかと思います。
今のまま納期を守ることが難しい状況が続いてしまうと、周りからの信頼が得にくくなったり、本来の素晴らしい成果が十分に評価されない可能性も出てきてしまいます。
〇〇さんには普段からたくさんのご活躍をいただいているからこそ、すごくもったいないと感じます。
〇〇さんなら、少しの工夫で、納期を守ることができると思います。ぜひ、どうやったら納期が守りやすくなるか一緒に考えてみませんか。
部下・後輩に注意したいことがあるけれど、嫌われたくないという気持ちが邪魔をして言い出せない。
部下がどんな気持ちで注意したい行為をやってしまっているのか、まずは聞いてみましょう。
相手の立場や状況を一緒に理解した上でどのように行動できるといいのかを一緒に考えてみよう、と声掛けをする方法もあります。
\こんな時、千葉さんならどうする?/
29歳/サービス・販売職
ミスの多い後輩がいます。
注意しなければならないと分かってはいるのですが、私自身、ミスをした時に上司からきつく叱られるのが嫌だった経験もあり、嫌われたくないという気持ちが先に立ってしまい、「次から気を付けてね」と流してしまいます。
彼女のためには、根本的な原因を指摘してあげなきゃいけないと分かっているのですが、ついつい表面的な対応をしてしまいます。
\千葉さんならこう伝える!/
どうしてこうなってしまったのか、何か思い当たる理由はありますか?
(話を聞いた上で)教えてくださりありがとうございます。できれば一緒に「どうしてミスしてしまうのか」の原因を考えて、その上で、次から本当に〇〇さんがミスをなくせたらいいなと思っています。
自分ひとりで抱え込んでしまうと、原因や具体的な改善策が出てきづらいこともあると思うので、適切に私を頼ってほしいです。今日お話をお聞きして、〇〇に根本的な原因がありそうだと感じたので、次からはまず、その〇〇な部分から改善してみましょうか!
どの回答を見ても、相手を否定せず、一度受け止めてから、未来をよくするための前向きな提案として意見を伝えていることが分かる。
また、上司や部下など、相手との関係性を踏まえて「一番心に響く」伝え方をしていることも大切だ。
「なぜ伝えるのか」「誰に伝えるのか」の2点を意識した上で、相手の心に寄り添いながら言うべきことは言うことが、「カドを立てずに相手の行動を変える」コミュニケーションを取るための必須条件と言えそうだ。
書籍情報
『話し方の戦略 「結果を出せる人」が身につけている一生ものの思考と技術』(プレジデント社)

話し方の要素を分解、徹底的に体系化。
だから、“伝わり方”が全然違う。
本書では、感覚・才能で語られがちな「話し方」について、その構成要素を分解し、一つひとつを徹底解説。
①「誰に何を伝えたいか」を明確に定めるための考え方(戦略の立て方)と、
②それを実現するためのさまざまなメソッド・トレーニング法を提示します。
ビジネスにおける取引先との商談やプレゼン、上司・部下との〝報連相〟、会議、就職や転職の面接、結婚式の祝辞まで、「話して伝える」場面のすべてにおいて役立つ、話し方本の決定版です。
編集/光谷麻里(編集部)