染谷将太が「やりたい仕事」を続けるために守ってきた二つの心掛け
この連載では、各界のプロとして活躍する著名人にフォーカス。 多くの人の心をつかみ、時代を動かす“一流の仕事”は、どんなこだわりによって生まれているのかに迫ります
7歳で子役を始め、9歳の時に『STACY』で映画初出演。今では映画界の巨匠たちから厚い信頼を寄せられ、同世代の俳優からも一目置かれる存在となった俳優・染谷将太さん。

取材中は、一つ一つの質問に対して適切な言葉を探しながら回答し、穏やかな空気をまとう姿が印象的だ。
そんな染谷さんにプロとして働く上で心掛けていることを聞くと、「自分の役割を客観的にとらえること」と「不安や緊張をコントロールすること」という答えが返ってきた。染谷さんがその二つを大切にしてきた理由とはーー?
自分の仕事に、自分の心が救われた
染谷さんが出演する新作映画『BAUS 映画から船出した映画館』は、多くの観客と作り手に愛された映画館「吉祥寺バウスシアター」と、時流に翻弄されながらもその場所を守り続けた家族をめぐる物語。
幼い頃から映画好きで、ジャッキー・チェンに憧れた少年時代を過ごした染谷さんが青春時代に足しげく通った映画館の一つが、映画の舞台になっている「吉祥寺バウスシアター」だった。

バウスシアターは個人的にも思い入れがある場所なので、最初は「客観的な表現ができないかもしれない」という不安を抱いていました。
でも、甫⽊元(空)監督やプロデューサーの樋⼝(泰人)さんに声を掛けてもらい、この作品に参加できなかったら絶対に後悔すると思ったので、不安を喜びに変えて撮影に臨みました。
本作で染谷さんが演じるサネオは活動写真(※明治・大正期における映画の呼称)に魅了され、兄のハジメと共に青森から上京。
その後二人は、吉祥寺初の映画館「井の頭会館」で働き始め、ハジメは活弁士(※活動写真上映中に、傍らでその内容を解説する専任の解説者)として、サネオは社長として奮闘する。

脚本を見た時に、サネオは人としての受け皿が大きくて、たくさんのことを引き受けられる器がある人だなと解釈しました。
それと同時に、本音が読めないというか、つかみどころがないキャラクターでもあると感じましたね。
劇場のさらなる発展を目標に掲げた頃、サネオたちは戦争という荒波に巻き込まれていく。

やりたいことを見つけてやっとそれを仕事にできたのに、環境のせいでできなくなったサネオたちの気持ちを思うと、本当に辛いことだなと思います。
僕ももし、何らかの社会情勢を理由に「やりたいこと」としてやっている役者の仕事ができなくなったとしたら……殺されたも同然という気持ちです。
演じたサネオに共感したのは「やりたいことがあってもできない」、「自分の気持ちだけではどうしようもない」状況に苦しんだこと。
染谷さん自身も、コロナ禍の時期には抗えない世情によって仕事ができなくなった期間を過ごしている。
コロナ禍という緊急事態において、エンターテインメントは「不要不急」の声もあり、いくつか撮影がストップしてしまったものもあったんです。
ですが、僕はその時ちょうど大河ドラマ『麒麟がくる』の撮影中だったので、いつかまた現場に戻れると信じていました。その希望をたよりに日々を過ごしていましたね。
歯がゆい思いをした経験があったからこそ、「エンタメは人の心を救う」ということも実感したと話す染谷さん。
思うように働けない時期を過ごしたことが、自分の仕事の尊さを再確認させてくれた。
仕事が一旦ストップした自粛期間中は、映画やドラマをたくさん見て過ごしました。その時に、自分がしている仕事で僕自身の心が救われたんです。
エンタメがなければもっと落ち込んでいただろうし、前向きに未来を考えることなんてできなかったかもしれない。
改めてそのことを実感したので、また世の中が動き出す未来が来た時に「自分ももっと、この仕事を頑張ろう」という気持ちになりました。
周りの意見も取り入れて、自分の役割を正しく把握する

役者業をこよなく愛する染谷さん。32歳を迎えた今、キャリアはもう20年以上になった。
そんな中で「やりたい仕事」「好きな仕事」を長く続けるために意識してきたことは、自分の可能性を自分自身で狭めないようにすることだ。
「何で僕に?」と思うような大役だったり、意外なオファーをいただいて驚くこともよくあるんです。
ただ、そういう時も「自分に可能性を見いだしてくれているんだ」「きっとこれは、自分にとって新しい挑戦になる」と前向きにとらえるようにしています。
もしかしたら、その先にまだ知らない自分がいるかもしれないし、自分が持っている可能性に気づいていないだけかもしれませんから。
それに、自分じゃない誰かの方が、僕の良い部分や得意なことを見抜いてくれていることってよくありますしね。

また、チームで作品づくりをする上で染谷さんがプロとしてこだわるのは、「自分に期待されている役割をとらえ、求められることに全力で応える」ことだ。
いただいた仕事の中でどういうことを求められていて、その思いや期待に対してできることは何なのか、自分なりに考えて現場に向かうようにしています。
そこから監督やスタッフさんたちと話し合って役作りに取り組むようにしているのですが、そうするとお互いに認識のずれがなくなってスムーズに作品づくりに入っていける気がするんですよね。
独りよがりに仕事を進めるのではなく、周りの人の意見も取り入れながら自分の役割を客観的にとらえていきたいと思っています。
その上で、染谷さんが自分の役割を正しく理解するために惜しまずやるのは、チームが目指すゴール、自分に期待することを周囲の人に確認することだ。
この作品はどういうものを目指しているのか、そこで自分に何が求められているのかを、まずはしっかりと確認します。
自分で想像もするけど、監督がやりたいことやスタッフの皆さんの意図もちゃんと聞く。そうやって集めた情報を、自分の演技やチームで協業していくための手がかりにしています。
「いい仕事」のためのメンタルコントロール

プロとして仕事をする上で、染谷さんがもう一つ大事にしているのは、自分のメンタルをコントロールすること。
19歳で映画『ヒミズ』でヴェネツィア国際映画祭・最優秀新人賞を受賞するなど、10代の頃から海外でも高い評価を受けてきた。
主演や大役をオファーされる機会も多く、今の自分の力量を超えるような仕事を任され、プレッシャーに押しつぶされそうになったこともあった。
染谷さんがメンタルをコントロールすることの大切さに気付いたのは、20代後半の頃。
もっと若い時は、自分のことだけに集中できたけど、ある程度キャリアを重ねてくると、前よりももっと周りのことまで見えるようになったんです。
今まで気づかなかったことにも気づき出してしまうと、自分に対して勝手に負荷をかけたり、自ら緊張しに行ってしまったり――。
広い範囲に目を配るほど考えなければいけないことが増えて、自分のメンタルが乱れてしまうことに気づきました。
現場で冷静さを保つことの大切さを特に痛感したのは、主演を務めた映画『空海―KU-KAI― 美しき王妃の謎』(2018年)の撮影時のこと。
ある日の撮影現場で、演者の中に日本人は染谷さん一人。約600人のグローバルなスタッフに囲まれた撮影の中で、ふと緊張と不安感を覚えてしまい、集中力を欠く瞬間があった。

これまでの撮影とは全く違う環境に身を置き、大勢のスタッフさんたちの視線を感じながらお芝居をしなければいけないという状況でした。
すると、急に不安や緊張にとらわれてしまって、冷静でいられなくなってしまったんです。
そこで「どうしたら自分が自分でいられるか」という方法をいろいろ試してみたんです。
例えば、この時に試してみたのは一度自分をリセットする方法。あえてカメラの前で瞑想したり、わざとあくびをしてみたり。
自分の心を一旦ゼロにして、リフレッシュできるようなことは今でもやっています。
ただ、現場が変わると環境も雰囲気も人数もがらりと変わるので、常に自分が柔軟でいること、自分のやり方を貫こうとしないことを心掛けています。
各現場で自分の状態を把握し、対処することをその都度繰り返す。それが染谷さんが実践してきた「いい仕事」をするための現場でのあり方だ。
俳優としてのキャリアを順調に積み、さらにこの先も長く仕事を続けていく上で染谷さんが大切にしている思いを尋ねると、「やっぱり、自分に与えてもらった役割をしっかりまっとうすることですね」ときっぱり言い切る。
オファーをくださった方の期待に応えるだけじゃなく、それ以上の仕事をしなければいけないと思っています。
それに、作品を見ていただく方々に面白がってもらえる存在でいたいということは、昔から変わらずに思っていることです。
自分で自分をうまくコントロールしながら、自分自身が面白がって仕事に取り組む気持ちを、これからも持ち続けていたいなと思います。

染谷将太(そめたに・しょうた)
1992年9⽉3⽇⽣まれ、東京都出⾝。⼦役としてキャリアをスタートし『パンドラの匣 』(09)で映画初主演。2011年に主演をつとめた『ヒミズ』では、第68回ヴェネチア国際 映画祭で⽇本⼈初となるマルチェロ・マストロヤンニ賞を受賞。近年の主な出演映画に『 怪物の⽊こり』、『陰陽師0』、『違国⽇記』、『劇場版ドクターX FINAL』、『はたらく 細胞』、『聖☆おにいさんTHE MOVIE〜ホーリーメンVS 悪魔軍団〜』などがある
作品情報
『BAUS 映画から船出した映画館』2025年3月21日(金)全国ロードショー
監督:甫木元空
脚本:青山真治、甫木元空 音楽:大友良英
出演:染谷将太、峯田和伸、夏帆、光石研ら
配給:コピアポア・フィルム、boid
©本⽥プロモーションBAUS/boid
bausmovie.com
取材・文/根津香菜子 撮影/竹井俊晴 編集/栗原千明(編集部)スタイリスト/林 道雄 ヘアメイク/光野ひとみ
『プロフェッショナルのTheory』の過去記事一覧はこちら
>> http://woman-type.jp/wt/feature/category/rolemodel/professional/をクリック