是枝裕和監督×樹木希林さんスペシャル対談! 2人の偉才が語る“一流の仕事”とは
周囲の人がやっていることに流されず、自分のポリシーを貫く
――是枝監督の映画にはもはや樹木さんが欠かせない存在になっていますよね。是枝監督と何度もお仕事をされてみて、樹木さんは監督の仕事にどのような印象をお持ちですか?
樹木:人を殺すとか、何かに追われて逃げるとか、そういう役はわりかし楽なの。面倒なのは、是枝監督の映画みたいな、何でもない日常を描く作品! 何でもない人を何でもなく演じて、なおかつ魅力を少し出していくっていうのが、役者の仕事として一番難しいんじゃないかと思う。でも、だからこそ、是枝監督との仕事はやりがいがあるのよね。
是枝:そう言っていただけるとうれしいです(笑)。
樹木:それに、是枝監督は役者の“いい芝居”を絶対に見逃さないの。人間の持っている“可笑しみ”をちゃんと拾ってくれるから、この人に撮ってもらうのは女優冥利につきるのよ。「これが私のいい芝居よ」って言わないと分かってくれない監督も多いんですよ。さっきの麦茶の場面も、他の監督だったら気付かない。一流の仕事をする上で欠かせない、観察眼を持っているのよね。
――なるほど。俳優のさり気ない芝居を見逃さないために、是枝監督が気を付けていることはあるのでしょうか?
是枝:役者の芝居はできるだけ肉眼で見るようにするということですかね。カメラが回ると、役者に背中を向けてモニターでチェックする監督が結構いて、アシスタント時代からそれってどうなんだろうって違和感があったんですよ。僕の感覚から言うと、映画が作品になってスクリーンに映った時の芝居のトーンとバランスって、実はモニターよりも肉眼で確認していたものに近いんですよね。
――周囲の人がやっているからといって、それが絶対的に正しい方法というわけではないと。
是枝:そうですね。先輩とか上司が当たり前のようにやっていることでも、「それって本当に正しいのか?」という視点を常に向けておいた方がいい。自分が最初に感じた違和感に正直に従った方が、自分の仕事にオリジナリティーも出てくるはずです。
――美術や小道具の使い方にも、“是枝監督らしさ”があるように感じます。本作で特に印象的だったのは、母・淑子が愛用しているロボット型の防水ラジオでした。
是枝:自分の母親が一人暮らしを始めたとき、同じロボット型のラジオを聞いてたんですよ。どうもお風呂場に持って行けるものがほしかったらしくて。それを聞いて、『もしかしたらちょっと寂しいのかな』って考えちゃったんです。で、母親の一人暮らしを描くときに、そのラジオを自分の思い出の中から引っぱり出してきました。
――スクリーンの端にわずかに映るディテールで人となりを浮かび上がらせていくんですね。

樹木:こういう細やかな感受性こそが、是枝監督をプロたらしめる真髄でしょうね。防水ラジオを見て、「あ、お母さん、ちょっと寂しいのかな」って一歩踏み込んで想像力を働かせられるところ。それが、是枝監督のものづくりの原点。寂しいことを表現するために、母親にため息をつく芝居をさせるなんて野暮なことはしないのよ。風呂場に持って行けるラジオ一つで、一人暮らしの老人の寂しさを浮き立たせる。こういうことができるかできないかで、うんと登場人物の人間味が変わってくるんですよ。
――ちょっとした事でも、「それは何でなんだろう」と一歩踏み込んで考えてみること。それって、どんな仕事をしていても大切なことですよね。
樹木:そう。ちょっとした出来事とか、物とか、そういうものの背景にある人の気持ちに気付けるかどうかが大事ね。
世の中に「クリエーティブな仕事」とそうじゃない仕事があるわけではない
――「みんながなりたかった大人になれるわけじゃない」という言葉を、本作の脚本の1ページ目に是枝監督は書かれたそうですが、“こんなはずじゃなかった”今を生きるやり切れなさは、大なり小なり多くの人が抱えているものだと思います。是枝監督と樹木さんは、人生がうまくいかないと感じてしまったとき、どのように乗り越えていらっしゃるのでしょうか。

是枝:僕が心掛けているのは、どんなことでも自分から楽しもうとする気持ちを持つこと。かつて、僕が大学を卒業して制作会社に就職した時、上司から「君たちはクリエーティブな仕事に就いたと意気揚々としているけど、それは間違い。世の中にクリエーティブな仕事とそうじゃない仕事があるわけではない。仕事に対してクリエーティブに向き合う人間とそうじゃない人間がいるだけだ。今、君の周りにいる人間の9割は、そうじゃない人間だ。そのことにまず気付け」と言われました。その時はあんまり響かなかったけど、年を重ねるにつれて本当にそうだと思うようになった。映画だって一見華やかに見えるけど、地味な作業の連続で作られていく。どんな仕事も、面白がれるか面白がれないかは、仕事内容じゃなくてその人次第なんですよね。だから、人生も一緒。うまくいってる時もそうじゃない時も、ささやかなことに興味を持って「それ面白いね」と言いたいし、そういう価値観を持っている人たちと働きたいですね。
樹木:その気持ち、すごく分かる。私の場合は、仕事は休憩の場みたいなものだから、プライベートの時間の方が“やらなきゃいけない”と感じることが多いんだけど……。例えば、今朝も肉まんを蒸かしてたんだけど、なかなかうまくいかなくて。やりながら、自分で「ああ、段取りが悪いわねえ」なんて言って、笑っちゃうの。洗濯がうまくいって、汚れがきれいさっぱり落ちたときは「あら、あたしもやるわねえ」って自分を褒めてみたり。そうやって、自分のことを俯瞰的に見て面白がりながら、思うようにいかない毎日を生きてる。それが私なりの人生の愉しみ方ね。
「取るに足らないもの」と普通の人が切り捨ててしまうようなささやかな出来事を拾い上げる力。周囲の常識に問題意識を持ち、自分のポリシーを貫く姿勢。何気なく過ぎ去ってしまう日常を意識的に観察し、一歩踏み込んで考える想像力――。仕事も人生も、自らがクリエーティブになって面白がろうとする2人だからこそ、見るものの心を打つ“一流の仕事”が次々と紡ぎ出されていくのだろう。
原案・監督・脚本・編集:是枝裕和 (『海街diary』『そして父になる』)
出演:阿部寛、真木よう子、小林聡美、リリー・フランキー、池松壮亮、吉澤太陽、橋爪功 、樹木希林
配給:ギャガ
公式サイト:http://gaga.ne.jp/umiyorimo/
(c)2016 フジテレビジョン バンダイビジュアル AOI Pro. ギャガ
取材・文/横川良明 撮影/赤松洋太
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