小林幸子「60年やっても慣れは怖い」進化し続けるラスボスが語る、変化を楽しむ仕事のスタンス

小林幸子さん
一流の仕事人には、譲れないこだわりがある!
プロフェッショナルのTheory

今をときめく彼・彼女たちの仕事は、 なぜこんなにも私たちの胸を打つんだろう――。この連載では、各界のプロとして活躍する著名人にフォーカス。 多くの人の心を掴み、時代を動かす“一流の仕事”は、どんなこだわりによって生まれているのかに迫ります。

歌手生活60周年を迎えてもなお、その歩みを止めることなく、私たちをユニークかつ壮大なパフォーマンスで驚かせ続ける小林幸子さん。

2025年4月27日に行われた『ニコニコ超会議2025』では、超会議の“ネ申”こと『サチネ申さま』として高さ6メートルもの巨大衣装で登場し、会場を圧巻した。

火の鳥 超会議2025Ver.

紅白でも着用した衣装「火の鳥」をリニューアルした「火の鳥 超会議2025Ver.」 ©ニコニコ超会議2025

ミリオンセラーアーティストでありながら、近年ではボカロを歌うVTuberになってみたり、『YouTuBBA』になってみたり。若い世代とのコラボや斬新な企画に挑戦し続ける姿は、まさに「ラスボス」の異名にふさわしい存在感を放っている。

なぜ彼女は、常に新しいことに挑戦し、進化し続けることができるのか。

大事なのは、まず自分が楽しむこと。嘘をついたら、すぐバレちゃうからね」と笑う幸子さんに、時代の変化を楽しむ仕事の流儀を聞いた。

“若いもの”には巻かれていこう

小林幸子さん

©ニコニコ超会議2025

若い世代を中心に、ネットカルチャーの熱気が渦巻く『ニコニコ超会議』。そこに臆することなく飛び込み、毎年新しい表現でステージパフォーマンスを更新し続ける幸子さん。

その尽きることのない挑戦心の源泉は、意外なほどシンプル。「面白そう!」と感じる、その衝動を何よりも大切にしているという。

幸子さん

「長いものには巻かれろ」って言葉があるけれど、私は「若いものに巻かれろ!」って思います。

若い子たちが面白がっていることに、私たち世代が「歳は関係ないよ」って言わないとね。面白いことっていうのは、いくつになっても面白いんですから。

当日歌唱した楽曲『ぼくとわたしとニコニコ動画』の歌詞を引用し、「とにかく好きなもんは好きなもんだぜ!」と笑う幸子さん。純粋な「好き」「面白い」という気持ちに、今なお常にアンテナを張っているという。

幸子さん

みんなが好きなもの、楽しんでやっていることを、どんなものか見てみよう、みんなの意見も聞いてみたいって思うんですよ。

もちろん、言われたからといって必ずやらなきゃいけない理由はないですよ。でも、「面白いらしいから、やってみよう」って気持ちを大切にしたいんですよね。

ボカロ曲への挑戦も、VTuberとのコラボも、最初は「どんなものかしら?」という好奇心から始まった。そして周囲が「面白い!」と言うならば、まずは自分自身が楽しんでやってみよう、と飛び込んできたと語る。

その姿勢は、ときに周囲を驚かせるような「とんでもない」企画にもつながった。中でも一番驚いたのは、『ニコニコ超会議2015』で行われたプロレスラーのボブ・サップさんとのプロレス対決

幸子さん

なんで私がプロレス!?って、ニコニコさんからお話をもらった当初は正直、少し引きました(笑)。それでも、周りが面白いって言うなら、楽しんでやってみようかなって。

小林幸子さん

©ニコニコ超会議2015

イベントでは、幸子さんが扇子で起こした風でサップさんが倒れるというストーリーで、見事(?)勝利を収め、会場を大いに沸かせた。

幸子さん

知らない人が見たら「小林幸子、プロレスやるようになったの?」って思いますよね。そんなバカなって(笑)。でも、面白がって挑戦してみるんですよ。そうやって断らないでやっちゃうのが、私の強みかもしれないですね。

アウェーとも思える場所に飛び込むときも、「その場を楽しもう」という気持ちが勝るという幸子さん。

幸子さん

人に楽しんでもらうには、まず自分が楽しまないと。人ってすぐ見抜くから。ネット民の皆さんなら特にね。だから、まず自分が楽しむ。結果、気が付いたら私が一番楽しんでるかもしれません(笑)

それに「慣れ」って怖いんですよ。歌もステージも、慣れちゃって、真剣にやっていないとお客さんにも伝わってしまいますから。“真剣に楽しむ”のが大切ですね。

小林幸子さん

「高い場所で歌うの怖くないんですか…?」という質問には、「全然。高いところが好きで、スカイダイビングもジェットコースターも大好きなの!」と幸子さん。©ニコニコ超会議2025

挑戦できるのは、揺るがない「型」があるから

次々と新しいことに挑戦する幸子さんだが、そこには揺るぎない信念がある。それは、自身の「型」を大切にすることだ。

幸子さん

確固たる「元の場所」を持っているから、いろんなことができるんだと思います。私の基本は演歌。歌手として生きてきたこの世界が、自分のホームなんです。ここがあるから、ラスボスにもなれるし、ギャルにもなれるし、今回みたいに“ネ申”にもなれる(笑)

小林幸子さん

昨年の『ニコニコ超会議2024』ではギャル界のラスボス「さちぴ★」として降臨(©ニコニコ超会議2024)

デビュー60周年を迎え、その原点である演歌を歌い続けていることが、幸子さんの挑戦を支える土台となっている。

幸子さん

出身は演歌ですけど、ジャンルは『小林幸子』だと思っています。その中で演歌も歌える小林幸子、という感じでしょうか。

この「型」の大切さは、恩人である故・二代目市川猿翁さんから教わったことだという。特に猿翁さんから教わった「型破り」と「型なし」の違いについての言葉が、幸子さんの中に深く刻まれているそうだ。

幸子さん

猿翁さんに、「型破りというと、誰もやったことがない破天荒なものを考えてしまうかもしれませんが、それは違います」と言われたんです。

何でもかんでも破天荒にやるのは“型なし”。歌舞伎と同じで、型があってこそ新しいことができる。それが本当の“型破り”なんですよ」と。

猿翁さんには「幸子さん、そこを忘れないで生きてくださいね」と言われました。これは私にとって、とても大事な言葉です。

一つの道の基本を「型」として徹底的に熟達させてきたからこそ、新しいことに挑戦できる。

幸子さん

特に、演歌は私にとっての「型」そのもの。もちろん、そのための練習も発声も常に続けていますよ。

昨日はホテルに泊まっていたから、部屋で声出しの練習をしていました。隣の部屋の方にはご迷惑かもしれないので、「すみません…」と思いながら枕に向かって歌っていました(笑)

目の前の仕事が未来をつくる

小林幸子さん

©ニコニコ超会議2025

長いキャリアを持つ幸子さんの「型破り」な挑戦に対して、周囲からは懐疑的な声が上がることもあった。

しかし、彼女はそうした声に惑わされることなく、自身の信念を貫いてきた。

幸子さん

この歳で「よくこんなことをやりますね」なんて言われることもありますよ。ネットの世界に入っていった時も、「アンダーグラウンドな世界に行った」みたいに言われたしね。

でも、その時は「あなたたちの方が、時代遅れになっちゃうよ」って思っていました 。

何年やってきたとか、昔どんな賞をもらったとか、そんなの関係ないですからね。だって私たちは、今の時代の空気を吸って生きてるんですから。

なので私は、いつでも窓を開けて新しい空気を取り入れるようにしているんです。そして面白いと思うことがあったら、とりあえずやってみる。ダメだったらやめればいいんだからね 。

小林幸子さん

©ニコニコ超会議2025

周囲の声に惑わされず、新しい挑戦を楽しむ幸子さん。そのブレない姿勢の根底には、常に「目の前のこと」に全力を注ぐという覚悟がある。

幸子さん

目の前の仕事を頑張らなかったら、その先の目標には到達できないですよね。遠くばかり見ていると、足元が見えなくなって踏み外しちゃう。

だから、まず目の前のことを一生懸命やる。そうすれば、必ず誰かが次に手を差し伸べてくれますから。

目の前の仕事に集中することの大切さを語る一方で、誰もが抱えるであろう「仕事が嫌になる」「辞めたくなる」といったネガティブな感情も、人間だから当たり前だと受け止めている。

幸子さん

仕事にネガティブな感情を持つのは、人間なら当たり前のこと。みんなそう思う時はありますから、自分はダメなんじゃないかって思う必要はないんです。

だって、人生って必ずしもうまくいくことばかりじゃないでしょう? むしろ、うまくいかないことの方が多いかもしれない。

でも、だからこそ、たまにうまくいったときの喜びは格別です。「やった! うれしい!」って、心が躍るような瞬間を大切にしてほしいですね。

歌手生活60年。今なお変化の風を楽しみ続ける幸子さん。その根底にあるのは、揺るぎない「型」と、何よりも「自分が楽しむ」というシンプルな姿勢だった。

彼女の生き方は、時代の変化の波を乗りこなし、自分らしく働いていくためのヒントに満ちていた。

小林幸子さん

小林幸子さん

1953年新潟県生まれ。64年、10歳で『ウソツキ鴎』でデビュー。79年『おもいで酒』が大ヒットし、日本レコード大賞最優秀歌唱賞を受賞、NHK紅白歌合戦に初出場。以降、紅白歌合戦には34回出場。近年はニコニコ動画ユーザーから「ラスボス」の愛称で親しまれ、『ニコニコ超会議』への出演やボーカロイド曲のカバーなど、ネットカルチャーとの融合にも積極的に取り組む。2024年に歌手生活60周年を迎えた。XYouTubeTikTokInstagram

取材・文/大室倫子(編集部)