19歳で上京してから、俳優歴は26年。名バイプレーヤーとして、ドラマや映画に引っ張りだこの俳優・江口のりこさん。

日本アカデミー賞 優秀助演女優賞をはじめ、数々の受賞歴を誇る彼女だが、意外にも本人は「26年たっても成長実感はない」と語る。

芝居を始めた頃と、仕事に対して感じる難しさは変わらないです。むしろ、どんどん難しくなっていっています。

「できるようになった」という感覚は全くないです。

仕事をしていると、「早く成長しなきゃ」と焦ってしまうこともあるだろう。

江口さんが成長実感を得られなくても、焦ることなく20年以上にわたり目の前の仕事と向き合い続けてこられたのはなぜなのか。

その理由を紐解くと、長く働き続けるために必要なマインドセットが見えてきた。

声優初挑戦での気付き「仕事の根幹は同じ」

2025年12月5日に公開された映画『ズートピア２』で、声優に初挑戦した江口さん。

念願の声優デビューだったのかと思いきや、意外にもこれまで声優にチャレンジしてみたいと考えたことはなかったという。

俳優と声優は別世界だと思っていましたから。ただ、昨年舞台で声優の入野自由さんと2度目の共演する機会があって。

同じ舞台に立った子が入野さんの大ファンで、すごく興奮していたんですよ。

私はアニメーションに疎かったので、「彼はどんな仕事をしているのだろう」と思って、彼の出演作である『聲の形』を観てみたんです。そしたらそれがすごく面白かったんです。

彼に「面白かった」と伝えると、「アニメーションっていうのは面白いんですよ。江口さん、もっと観てください」って言われて。

それをきっかけに何本か作品を貸してもらい、アニメーションに興味を持ちました。

そんなふうに、ちょうどアニメーションに興味を持ち始めたタイミングで、今回『ズートピア２』のオーディションにお声がけをいただいたこともあり、「チャレンジしてみようかな」と思いました。

見事オーディションに合格した江口さん。面白さを見いだし始めたアニメーションの現場に立てたのはうれしい反面、最初は戸惑いの連続だったと話す。

台本に書かれている専門用語の意味も分からないし、何を準備したらいいのかも分からなくて。

監督からの指示通りにやってみるのですが、全然うまくいかないし、もう無我夢中でした（笑）。

転機になったのは、江口さんが演じたキャラクター『ニブルズ』が、後ろにいるウサギのジュディとキツネのニックに説明しながら歩くシーンを録っていた時。

どうしても私は目の前のモニターに向かってセリフを言ってしまっていたのですが、「ちがう。後ろにいるふたりに向かってセリフを言わなきゃ」と気付きました。つまり、声を出すことに一生懸命になりすぎて、芝居することを忘れていたんです。

俳優と声優は別物。そう思っていた江口さんだが、仕事の根っこはつながっていることに気付いたことで、肩の力を抜いて収録に向き合えるようになった。

大胆に、時にはやけくそにやらせてくれた監督のおかげで、初めての声優の仕事は楽しく取り組むことができました。

本作で江口さんが演じた『ニブルズ』は、ズートピアの陰謀論を語るポッドキャスト配信者のビーバー。行動力とエネルギーに満ち溢れたキャラクターだ。

ニブルズは、人のうわさ話に敏感で、元気で行動力のあるキャラクターです。

一見強引にも見えるのですが、主人公のジュディとニックに寄り添ってふたりにアドバイスをしてみたり、優しい部分もある。

少しおせっかいを焼いてしまうようなところは、私と似ているのかもしれません。

「できない」から仕事は面白いし、続けられる

ニブルズの行動力やエネルギーは、高校に進学せず、役者を目指して19歳で上京した江口さん自身ともどこか重なる。

地元がすごく退屈だったんです。そんな中で映画を観ると、「役者っていろいろなことができるんだろうな」って楽しそうに見えて。

まずは「地元を出る」ことをゴールに、高校には進学せず、アルバイトでお金を貯めることに全力を注いだ。

現在も所属する『劇団東京乾電池』のオーディションに合格したことをきっかけに、19歳で上京。2000年に劇団に入団し、着実に経験を積み上げていった江口さんが、世間から広く知られるようになったのが、2020年放送の大ヒットドラマ『半沢直樹』だ。

本作で江口さんは、国土交通大臣の白井亜希子を演じ、注目を集めた。

この時すでに役者歴は20年。一つの仕事をここまで突きつめてこられた理由を尋ねると、江口さんは迷いなくこう答えた。

この仕事が難しくて、謎だからだと思います。

今も毎回毎回、何かしら難しいなと思いながら仕事をしています。「今日の芝居はあれでよかったのかな」なんて毎日のように考えてしまいます。

年月をへて、経験を積み重ねたからといって、何かを獲得できるわけじゃないんですよ。「できた」という感覚がないからこそ面白いし、続けられるのかなと思います。

成長実感がモチベーションになる人は多い。でも江口さんは、常に目の前の仕事に何かしらの「できない」感覚を持ち続け、“伸びしろ”そのものが前に進む力になっているのだろう。

自分の成長スピードに焦りを感じたり、「もっと向いてる仕事があるのかもしれない」と迷ったりする人は、視点を少し変えてみてもいいのかもしれない。

「まだたくさん得るものがある」と捉えると、目の前の景色が少し違って見えてくることもある。

よく、「下積み時代は……」という言葉が使われますけれど、何をもって下積みって言うんでしょうね。

その仕事で食べられるようになったら下積み終了かというと、そんなこともないと思うんです。

この難しい仕事に挑戦し続けている限りはずっと下積みなんだと思います。

19歳で上京した頃と、芝居に向かう感覚は何ら変わらない。そう語る江口さんだが、「仕事」というものに対する捉え方には変化があったと話す。

昔は、目の前の芝居と向き合うことにいっぱいいっぱいで、自分勝手にやっていたところもありました。でも今は自分のやっている仕事に、たくさんの人が関わっているのだということを意識するようになり、責任感が芽生えたように思います。

例えば地方に移動して芝居するときに、スタッフの方がいい席を取ってくれたりする。その裏には、着いた先で良いパフォーマンスをしてもらうために「少しでも休んでくださいね」という想いがある。

そういうものを感じ取って、「きっちり仕事しなきゃな」と思えるのは、少し大人になったのかもしれません。

自分では「できていない」と感じていても、思い悩みながら目の前の仕事に向き合う中で、着実に人は変わっていく。そしてその変化が、ある日ふっと実を結ぶ瞬間がやってくる。

江口のりこさんのストーリーは、働く女性たちにそんな希望をそっと手渡してくれる。

難しさの中に身を置き続けることを面白がり、今日も前に進む彼女の働き方は、長く走り続けるためのヒントに満ちていた。

取材・文／光谷麻里（編集部）　撮影／笹井タカマサ

作品情報

映画『ズートピア２』大ヒット上映中

“もふもふなのに深いメッセージ”で社会現象を巻き起こしたディズニー映画『ズートピア』の最新作。動物たちが人間のように暮らす夢の都市“ズートピア”。頑張り屋なウサギの警察官・ジュディと、皮肉屋だけど根はやさしいキツネのニックは、憧れの捜査官バディとして事件に挑んでいた。ある日、ズートピアにいないはずのヘビのゲイリーが現れたことで、その誕生の裏に隠された驚くべき秘密が明らかに。なぜ、この街には哺乳類しかいないのか？ヘビたちが姿を消した理由とは？ズートピア最大の謎を前に、正反対なジュディとニックの絆が試される―。

原題：Zootopia2 /全米公開：2025年11月26日/配給：ウォルト・ディズニー・ジャパン
監督：ジャレド・ブッシュ(「ズートピア」、「モアナと伝説の海２」)、バイロン・ハワード(「ズートピア」、「塔の上のラプンツェル」)
オリジナル・サウンドトラック: ウォルト・ディズニー・レコード

日本版声優：
上戸彩、森川智之、下野紘、江口のりこ、山田涼介、梅沢富美男、三宅健太、Dream Ami、髙嶋政宏、水樹奈々、柄本明、高橋茂雄（サバンナ）、熊元プロレス（紅しょうが）、高木渉、山路和弘、ジャンボたかお（レインボー）

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