「“早く産め”の脅しに騙されないで」宋美玄先生が解説、アラサーを惑わす妊活情報のウソ・ホント

「“早く産め”の脅しに騙されないで」宋美玄先生が解説、アラサーを惑わす妊活情報のウソ・ホント

キャリアと出産、いつどちらを取る?
私らしい“産みどき”

自分のキャリアは大切にしたい、でもいつかは子どもも欲しい。出産のタイムリミットとキャリア形成の狭間で、いつ、何を選べば後悔しないのか。自分らしい仕事人生を送るための“産みどき”のヒントを、さまざまな角度から考えていきます。

30代が近づいてくると、意識の隅にちらつき始める「妊娠」という二文字。「35歳の壁」「妊娠のタイムリミット」「キャリアか、出産か」——。SNSで、家族や友人との会話で、なんとなく急かされていると感じる女性も多いだろう。

「仕事がようやくおもしろくなってきたのに、もう妊娠を考えなければならないの?」キャリア形成期の女性の頭を悩ませる、この「産みドキ」問題。

産婦人科医の宋美玄先生は、最新のデータと自身の経験をもとに、「うその情報に踊らされて決断を焦らないで」と警鐘を鳴らす。タイムリミットに焦って「妊娠」を急げば、「自分らしい人生」を失う可能性すらあると。

医師であると同時に2児の母でもある宋先生が語る、知っておくべき妊娠についての医学的知識と、自分軸で生きるためのマインドセットとは。

宋美玄(そん・みひょん)先生

宋美玄(そん・みひょん)先生

産婦人科医。丸の内の森レディースクリニック院長。2001年に医師免許を取得し、周産期医療、女性医療に従事するかたわら、テレビ、インターネット、雑誌、書籍で情報発信を行う。産婦人科医の視点から社会問題の解決、ヘルスリテラシーの向上を目的とし活動中。女性の健康と自己決定を支援するヘルスケアメディア『crumii』編集長。 XInstagram

アラサー女性を焦らせる「35歳の壁」の正体

編集部

今では妊娠に関する情報を、インターネットなどから簡単に得られるようになりました。先生のクリニックにも、ある程度妊娠・出産に関する医学的な知識を得てから来る方が多いのでしょうか?

宋先生

はい。しかし、それが問題なんですよ。最近は、30歳前後の女性でも、早く妊活を始めなきゃと焦っている方がとても多いんです。ネット上には高齢出産に関するネガティブな情報ばかりがあふれているので、まだ産む環境が整っていない若い方まで焦ってしまいます。

キャリア構築もパートナー選びも、焦ったところで、状況が好転することはありません。もちろん40歳前後の方は急いだ方がいいけれど、アラサー世代はSNSなどの情報に振り回されず、「今は仕事に集中したい」と思うのならもう少しキャリアを築いてからでもいいと思うんです。

編集部

ただ、「35歳の壁」という言葉があるように、女性には数字としてのデッドラインが見えてしまうんですよね。

宋先生

「35歳の壁」は、「子どもが欲しいなら、35歳までに妊活を始めましょう」という目安にすぎません。言葉が独り歩きして、35歳過ぎたらもう妊娠できないと思っている人がとても多いんです。

さらに言えば、男性側まで同じように思っているので、女性は35歳を超えると婚活がとても不利になるんですよ。その歳を超えたら急に子どもを産めなくなるわけでもないのに。

編集部

宋先生が以前Xにポストされていた内容にも、とても驚きました。「38歳から妊活した場合、不妊治療なしで7割、体外受精を含めると約8割が授かることができる」と……。

宋先生

あくまで統計上の話ではありますが、データを見ると、35歳までに妊活を始めれば、8割、9割は授かります。だから、頑張れば9割授かることができる年齢までに、子どもを産むか産まないかを決めればいいんですよ。

編集部

なるほど。30代後半になると、妊娠自体がかなり難しくなるのかと思っていました。

宋先生

確かに37歳くらいから、女性の妊孕性はガクッと下がり始めます。しかし40歳から妊活を始めても、体外受精まで含めれば約7割は妊娠できるというデータもあるんですよ。

もちろん、妊娠に保証はないので、環境が整っていて、本人たちに子どもを持つ意思があるのなら、早く始めることに越したことはないです。二人、三人と子どもがほしいなら、必然的に一人目は前倒しする必要がありますしね。

でも最近は、若い女性を焦らせるような情報ばかり出ていて、それで本当に諦めてしまう人も多いことは知っておいてほしいですね。

カップルが家族を築き始める女性の年齢と、体外受精の有無にかかわらず、一児の家族を実現する確率との関係

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編集部

でも中には「高齢出産だと障がいがある子が産まれやすいから、やめた方がいいのでは?」というコメントもありました。

宋先生

全ての障がいが年齢とともに増えるわけではありませんが、ダウン症などの染色体異常の可能性は、20代だと0.1%なのに対して、40代では1%に増加します。

ただこれらは出生前検査もできる病気ですし、年齢の高い人だけ自己責任だと責められるのもおかしな話。最初から妊娠を諦めるには「情報が脅しすぎ」の面は否めません。

「いつ産むか」よりも「誰と産むか」。人生は産んでからの方が長い

「いつ産むか」よりも「誰と産むか」。人生は産んでからの方が長い
編集部

30代前半といえば、女性のキャリアにとっても重要な時期ですよね。

責任のある仕事を任されたり、管理職のお声がかかったり。そういうときに、どうキャリアとの折り合いをつけたらいいと思いますか?

宋先生

職種にもよりますが、キャリアって自転車みたいなものだと思うんです。一度乗れるようになったらある程度ブランクがあってもまた乗れるけれど、乗れるようになっていないうちにブランクがあると、結局ゼロからのやり直しになるでしょう?

編集部

なるほど……。

宋先生

せっかく今仕事が面白くなってきているのなら、過度に焦って先に出産を選ぶのは、必ずしも賢明とはいえません。

今は不妊治療をしながらキャリアを継続できる制度が整っている会社も増えているし、若い男性の育児参加に対する意識もだいぶ変わってきています。

ですから、環境が整ってから考えてもいいと思うんです。「妊活も育児も女性にすべてお任せ」という考え方の男性も少ないので、私の世代よりはキャリアを継続しやすいんじゃないかな。

編集部

宋先生は、30代後半で二人のお子さんを出産されていますよね。何を基準に妊活の時期を決断されたのですか?

宋先生

私の場合一浪して医学部に入っているので、卒業して働き始めたのが25歳でした。そこから前期研修2年、後期研修2年を経て、専門医になったときが30歳。

そのあと留学をしているんですが、妊活に入る年齢を考えて、3年の予定を1年に短縮して34歳で帰国したんです。そして、35歳と39歳で出産をしました。

編集部

医師という職業柄、一人前になるまでにかなりの修業期間が必要なので、女性としては余計にキャリア形成と妊娠時期の間で迷ってしまいそうだと思っていました。

宋先生

私もよく女子医学生に「いつ産むのがいいのでしょうか?」と質問を受けるんです。私はいつも、「いつ産むかよりも、誰と子どもをつくるのかの方が大きいよ」って答えています。

編集部

誰と産むか……。

宋先生

妊娠のデッドラインを気にするあまり、「全部任せるから頑張って」みたいな態度のパートナーを選べば、たとえベストなタイミングで産んだとしても、女性はつらいだけ。

それに、子どもがいなければ絶対に幸せになれないわけでもないじゃないですか。その分自分の時間やリソースを好きに使えるので、充実した人生を送れる人もいるんですよ。

子どもは無理してつくるものじゃない。「迷うなら産むべきだ」っていうのも違うと思いますね。

編集部

それはその通りですね…! 先生ご自身のケースでは、34歳で妊活を始め、30代後半で二人出産。キャリアと妊娠のベストなタイミングだったと思いますか?

宋先生

出産のタイミングとしてはベストだったでしょうね。二人欲しくて、二人授かることができたので。でも、子どもって産んだら終わりじゃなくて、産んでからの方が長いんですよ。私はもうすぐ50歳になりますが、自分の更年期と子どもの反抗期が重なって、もう大変で大変で……。

うちの子どもたちは普通より手がかかる方だと思うのですが、これに耐えられているのって、私が35歳まで本当に好きなことをしてきたからだと思っているんです。

仕事して、旅行にも行って、友だちとも遊んで。思う存分いろんなことをして、精神的にも大人になり、忍耐力もついてから子育てに突入したからこそ、まだ我慢できているんだと思います。

編集部

妊娠することばかりに気を取られていましたが、確かに子どもを産んでからの人生を考えることの方が大事ですよね。

宋先生

そうなんです。いろんなものを我慢して最優先で子どもを産んだのに、身動きが取れなくなってしまうのはつらいことですよね。

どんな子どもが生まれるかなんて、誰にも分からないんですよ。その議論をせずに他人に「早く産め」っていうのは、「40代でも授かるよ」って言うのと同じくらい、無責任だと思います。

「卵があるから大丈夫」?卵子凍結の落とし穴

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編集部

でも、いつかは子どもが欲しいと思いながら、仕事を優先して先延ばしにしてしまう人も少なくないですよね。

宋先生

確かに、1年、2年と先延ばしにして、40代になってから「やっぱり欲しい!」と相談に来る方も多いですね。30歳前後で「子どもはいらないかな」と思っていても、妊娠のリミットが迫ってくると気持ちが変わることも大いにあり得ます。

40歳前後になると妊娠率が落ちる一方で、流産率は上がります。35歳なら2割だったのが、40歳になると4割程度までアップする。そもそも不妊治療自体、体に負担がかかるので、若くて体力のあるうちの方がいいんです。

過度に急かされるべきではないけれど、妊活も不妊治療も、早いに越したことはないと思います。

編集部

女性はどうしても、キャリアの形成期と妊娠の適齢期が重なってしまいがちで、最近では、卵子凍結を検討している女性も増えているかと思います。

2025年からは東京都で卵子凍結に対する助成金制度も始まり、認知度も上がってきていますが、先生は卵子凍結についてどのようにお考えでしょうか。

宋先生

個人の選択肢としてはアリだと思います。実際に私の友人も、卵子凍結があったから子どもを授かることができた人もいます。

しかし、東京都がそれに対して補助金を出すというのは、正直コスパが悪すぎるかなと思っています。

編集部

卵子凍結は、成功率が低いということですか?

宋先生

いえ、そういう意味ではなくて、卵子凍結って大半の人は、採卵していても使わずに終わるんですよ。

たとえば、30歳前後で採卵しても、35歳で結婚して自然妊娠する方もいれば、パートナーができなかったので使う必要がなかった方もいます。パートナーができて環境が整って、子どもをつくりたいけれど今の年齢じゃ難しい、採卵しておいてよかった!っていうシチュエーションって、結構レアケースだと思うんですよね。

それに、30代で凍結した卵を40代になって使ってみたら染色体異常だった、ということも結構あるんです。そうなると、40歳を過ぎてから不妊治療をスタートすることになります。

編集部

卵子凍結さえしておけば、30代は妊娠の心配をせずに仕事に没頭できるわけでもないんですね…。

宋先生

そうですね。卵があるから大丈夫って思ってしまうのは、リスクがあると思います。

情報に踊らされず、自分軸で人生を選ぶ

情報に踊らされず、自分軸で人生を選ぶ
編集部

卵子凍結のこともそうですが、たくさんの情報の中から正しいものを見つけるのはとても難しいですよね。誰かにとっては真実でも、自分には当てはまらないかもしれません。

こういった情報に振り回されないようにするためには、どういうアクションを取っていったらいいのでしょうか。

宋先生

まずはSNSで調べないこと。妊娠出産情報に限らず、間違っている情報が多すぎます。個人の体験談ってとてもエモーショナルなので、つい心が引っ張られてしまうんですよね。だから、まずはSNS上の誰かの話をうのみにせず、情報源を確かめること

あと、ブライダルチェックは絶対しておいた方がいいでしょう。しかし、それで何も異常がなかったから私は大丈夫なんだと思うのは誤解です。かかりつけの産婦人科医を持って、できるなら3カ月に一度、少なくとも一年に一度は定期健診に行っておきましょう。

編集部

35歳なら8割以上妊娠できるとか、卵子凍結しても使わない方が多いとか、今日は初めて聞く話ばかりでした。

宋先生

最近は出産を急かす情報ばかりが先行していますよね。「早く産め」のプロパガンダが強すぎて、女性を必要以上に焦らせています

私の世代では、卵子が老化する事実を知らないまま高齢不妊で苦しむ方が多かったから、反動で若い世代が「早く産む」方へ扇動されているのかもしれません。

編集部

早く産んだ方がいい、は先輩世代の後悔からくるアドバイスだったんですね……。

宋先生

でも、妊娠を必要以上に焦って、子どもを産む年齢を基準にパートナー選びをするなんて、ナンセンスですよね。焦って選んだパートナーが、不妊治療にも子育てにも参加する気がなければ、人生は一気につらくなります。

宋先生

女性は子どもを産むために生きているわけではないので、出産だけを最優先にする必要はありません。キャリアアップを目指したり、プライベートで旅行へ行ったり。

妊活を始めるまでの時間をどう使うか、人生の優先順位は自分軸で考えるべきでしょう。人は、一種類の人生しか生きられないのですから

取材・文/宮﨑まきこ