なぜ「女性へのハラスメント」は日本からなくならないのか―村木厚子さんが語る“ごく普通の人”が社会を変えるためのヒント
相次ぐセクシャルハラスメントのニュースに、東京医科大の入試問題。この1年は、男女雇用機会均等法が施行されて30余年が過ぎたにもかかわらず、いまだに日本の社会に女性差別が根強く残っていることが露見された1年だった。なぜ日本の社会は変わらないのか。その問題の根底にあるものを知りたくて、お話を聞いたのが、村木厚子さんだ。
村木さんは2015年に厚生労働事務次官を退官し、その後も苦しむ若い女性たちの支援を目的とした「若草プロジェクト」を発足するなど、社会問題にまっすぐ向き合い続けている。そして、自身も2009年の郵便不正事件で検察による冤罪に巻き込まれ、不当な理不尽に苦しめられた張本人だ。当時の経験を経て感じた日本社会・組織の問題点とは? そして、根深い女性差別に私たちはどう向き合っていけばいいのか? 村木さんは、ゆっくりと、とても穏やかな口調で語り始めた。
日本の組織は、チャンピオンに有利なルールでできている
このところのニュースを見ていると、まだまだ世の中にはひどい女性差別がたくさん残っていて。つくづく日本は、社会の変化がゆっくりとしか進まない国なのだなと痛感させられます。
どうして日本社会は変化のスピードが遅いのか。その理由は、日本の組織が、外との交流が少なく、極めて同質性の高い組織だからと考えています。
例えば、新卒採用。大企業も官庁もほぼ同レベルの大学から採用します。そして、一度入った人はそこから出ることは少なく、同じ環境の中で育っていく。すごく流動性が低いんですね。そうすると何が起きるかと言うと、組織の中で一定の序列と秩序が生まれる。そして、その“ローカルルール”にどっぷり浸かってしまった人は、たとえ組織内で不正や違法性を見つけても、「それは違うんじゃない?」と声に出しにくくなる。結果、組織が間違った方向に向かっていたとしても、誰も舵を切り直すことができなくなるんです。
これだけ女性活躍と国家を挙げて謳っているのに、男性と女性がフラットに働ける環境がなかなか整わないのも、日本の組織が変化の起こりにくい構造になっているから。何だかんだ言いながらも終身雇用が根強く残る日本では、活発な血の入れ替えが起こりにくい。そのため、組織の決定権を握っているのは、古い考えの人たち。つまり、チャンピオンに有利なルールで組織は成り立っているんです。
彼らは男性中心の社会で生きてきて、妻は専業主婦、自分は仕事に全精力を傾けられる環境下で仕事をしてきたタイプが多い。だから、男性が家事をしなければいけないという状況をうまく想像できない。そういう人たちをベースにしているから、女性たちが声を上げても、ピンとこないんです。
決して悪意があるわけではなかったりするんですよ。むしろ昨今の風潮を受けて、もっと女性が働きやすいようにって配慮をしようとはしたりする。でも、必ずしも女性たちのニーズに合っていなかったりする。例えば、仕事をしたい女性たちは何も甘やかされたいわけじゃない。二軍に行きたいわけじゃなく、変わらず一軍で働き続けたいと願っているだけ。でも、彼らにはそれが分からない。そうした無意識の差別というものが、多くの女性たちを苦しめているのです。
だから、こうした差別をなくすためには、地道だけれども、分かってもらうことがまず大切。そのためには、女性側からちゃんと言わなければ。言っても聞いてくれないなんて諦めてしまっていたら、同質性の高い日本の組織はいつまで経っても前進しない。
いいですか。大事なのは、敵対構造をつくることではありません。理解してもらうことです。私たちは、今どういう状況なのか。何に困っていて、何を求めているのか。それを、女性たちがきちんとプレゼンテーションすることが大事なんです。
ハラスメントは個人間の問題ではなく、会社の職場環境を害する問題行為
セクシャルハラスメントをはじめとしたさまざまなハラスメントについても、もし苦しめられている人がいるなら、恐れずNOと声をあげてほしい。ただ、こうした問題は個人の尊厳に関わるものですし、それこそ社内の力関係だったりとか、いろんなものが複雑に絡み合って、簡単に声を上げろと言っても、なかなか言い出せないですよね。
ですが、決してうやむやにしてはダメ。うやむやにすると、相手が勘違いするだけです。世の中の上司には、本気で自分がモテるんだと思って、部下を食事に誘ったりする人もいます。うやむやにすると、いざ声を上げたときに、「そっちも好意を持っていたから食事に付き合ったんだろう」と簡単に事実を歪められてしまう。そこで傷付けられるのは、あなたの心です。だから決して嫌だという気持ちに蓋をしないで。
では、声を上げにくい日本の組織で、どうやってこうしたハラスメントについてNOを突きつければいいのか。私は、考え方を切り替えてみるといいと思います。声を上げにくい女性の多くが、こうしたハラスメントを自分と上司との個人の問題として捉えがちなんですね。
でも、それは違う。ハラスメントは、個人の人間関係の問題ではなく、会社の問題です。会社は、一人一人が力を発揮しやすい環境をつくることを前提としています。あらゆるハラスメントは当事者だけでなく、その周囲も含めた職場環境を害する行為。ハラスメントによって環境を害されることで、その職場の人たち全員のパフォーマンスが低下する。これは、会社にとって重大な損失です。当然、会社は損害を防ぐためにも、早急に環境を改善しなくてはならない。そのきっかけとなるのが、あなたの発信なんです。
個人の問題として捉えてしまうと、相手との関係を考えて、あれこれ余計な感情を抱え込んでしまうものですが、会社が損している状況を正すんだと考えたら、特に罪悪感を持つこともなくなるでしょう。組織に身を置く人間の一人として、会社のために声を上げる。そうした客観的な視点を持てば、不要な後ろめたさに苛まされることはないんじゃないでしょうか。
声を上げるときに大切なのは、なるべく一人でやらないこと。一人で声を上げると、同質性の高い組織は、「一人だけうるさい奴がいる」とつまはじきにするかもしれません。同質性の高い組織に対抗するには、こちらもネットワークを組むこと。同じ不満や悩みを持つ人、理解のありそうな人に早く伝えて、会社全体の問題として議論する必要があるのだと分からせたいですよね。あとは、大きい会社であれば必ず相談窓口があるので、こうしたしかるべきルートをしっかり活用しましょう。
世の中を変えるのは特別な人の“I do”ではなく、ごく普通の人たちの“We do”
セクシャルハラスメントに対して声を上げるという意味では、「#me too」運動を思い出す人も多いかもしれません。でも、私から見ると「#me too」ってごく普通の人がやるには勇気がいることだと思うんです。それこそあんなふうに声を上げられるのは、影響力のある特別な人だけと思う人もいるかもしれません。
実際、これまでの運動の多くは、強い意志を持った“I do”によって切り拓かれてきたと言っても過言ではありません。でも、なかなか変われない日本の変化のスピードを上げるのは、たった一人の“I do”ではない。そんなふうに強く前には出ていけないけど、同じ共感を持つたくさんの人たちを巻き込んだ“We do”なんじゃないかと思うんです。
そう感じたのは、今年の夏に訪れた甑島(こしきしま)で見聞きしたことがあるからです。甑島とは、薩摩川内市にある島なんですけど、この薩摩川内市というのが男女共同参画事業について非常に熱心に取り組み、成果を出しているところなんですね。
そこで合言葉にしているのが、“We do”というフレーズ。例えば、こんなことがありました。ある30歳ぐらいの美容師の女性が3人目の子どもを宿したそうなんです。そして出産後はまたすぐ働くことを希望していた。でも、人口5000人、高齢化率50%の甑島にはそもそも乳児保育も学童保育もなかったそうです。これじゃ働きたくても働けない。
そこで彼女がとった行動は、声を上げることでした。学童保育がなくて困ってる。そんな美容師の発信を聞きつけ、誰からともなく彼女に力を貸すように。どこの窓口に相談に行けばいいのか。活用できそうな役所の制度があるか、担当者はだれかなど、地域の高齢者の方たちが教えてくれました。同じ悩みを抱える女性たちを集め、チームを作った。そして彼女たちは本島にある役所まで赴き、担当者に現場の実態を見てもらうよう約束。後日、甑島を訪ねた担当者は現地の様子を視察した上で、子育て支援は急務であると判断。高齢化率50%の甑島に、学童保育など子育てを支援するセンターが開設されたそうです。
私たちはこの事例からいろんなことを学べると思いませんか? 声を上げること。仲間を集めること。先輩のアドバイスを聞くこと。良い担当者とめぐり会い、現場を見た上で理解を深めてもらうこと。そして何より「絶対成功する」と信じて行動すること。
差別をなくす力を持っているのは、決して選ばれた特別な人だけじゃない。ごく普通に生きている、一人一人の声が世の中を変えるんです。たった一人の声だけでは小さいかもしれない。でも、そんな声がいくつも集まっていけば、社会を動かす“We do”になる。だから、どうせ言ったって仕方ない。何をしたって世の中は変わらないなんて諦めないで。あなたの小さな声は、きっとどこかの誰かに届くはずです。
取材・文/横川良明 撮影/赤松洋太
【書籍情報】
『日本型組織の病を考える』(村木厚子著/角川新書)
公文書改竄、セクハラ、日大アメフト事件……繰り返す不祥事の本質は何か。なぜ日本型組織では、同じような不祥事が繰り返されるのか?
2009年に自身も「郵便不正事件」で検察による冤罪に巻き込まれた村木氏が、この病理に対して初めて口を開いた。