【蜷川実花インタビュー】「こんなの写真じゃない」批判にさらされても“自分らしさ全開の表現”を貫き続けられた理由
今をときめく彼・彼女たちの仕事は、 なぜこんなにも私たちの胸を打つんだろう――。この連載では、各界のプロとして活躍する著名人にフォーカス。 多くの人の心を掴み、時代を動かす“一流の仕事”は、どんなこだわりによって生まれているのかに迫ります
挑み続ける人は、美しい。新しいチャレンジに、外野の喧噪にひるむことなく、自分を信じて突き進む。蜷川実花さんの話を聞いていたら、背筋を伸ばして生きる女性の美しさを改めて再発見した想いだった。
写真家、そして映画監督の蜷川実花さん。その独特の色彩美と幻想的な世界観で多くの人を魅了し、2000年、“写真界の芥川賞”と名高い木村伊兵衛写真賞を受賞。そして、2007年、映画『さくらん』で監督デビュー。12年、映画『ヘルタースケルター』で再びメガホンを取り、7月5日(金)公開の映画『Diner ダイナー』で3度目の監督業に挑戦。
だが、前2作と大きく異なるのは、『さくらん』は安野モヨコさん、『ヘルタースケルター』は岡崎京子さんと、それぞれ稀代の女性漫画家の作品を原作としたガールズムービーであったのに対し、今作は殺し屋たちが次々と登場するアクションムービー。おおよそ実花さんの得意ジャンルのようには見えない。
コンフォートゾーンから外れることで成長できるのは、分かる。でも、自分の得意ジャンルではないところで勝負をするのは勇気がいるし、とても難しい。どうすれば実花さんのように、たくましく挑み続けることができるのだろうか。
初めて挑戦したアクション映画作品
自分の得意技を、余すところなく盛り込んだ
「映画を撮り始めて、これで3本目。そろそろやったことのないこと、難しいことに挑戦できる時期なんじゃないかと思っていたんです。自分の得意ジャンルではないものに取り組むことで、何か面白い発見だったり、化学反応が起きるのではないかと考えました」
まるで新しい遊びを思いついたような無邪気さで、初のアクション映画づくりに挑んだ胸の内を教えてくれた実花さん。
命がクズのように扱われる殺し屋専用のダイナー。そこで繰り広げられる殺し合いのゲーム。アウトラインだけ見たら、どんなに残酷でバイオレンスなストーリーなんだろうと思わず目を瞑りたくなるが、実花さんがスクリーンの中につくり出した世界はカラフルで、ファンタジックで、毒々しいのに、うっとりするくらい美しい。
私たちをとらえて離さない実花さんの世界観が、まるで損なわれることなく、そこにあった。
「アクション映画は自分の得意ジャンルじゃなかったからこそ、自分の武器は全部詰め込もうと思いました。ビジュアルも音楽もアクセル踏みっぱなし。私の持てる得意技を余すところなく盛り込んで勝負しました。その分、ビジュアル的にはとても快楽的な作品に仕上がっていると思います」
手持ちのカードをどれだけ切れるかが、アウェーで戦う醍醐味
長く仕事をしていると、未経験の領域で戦わないといけない時が必ずやってくる。そんなとき、つい「新しいスキルを身に付けなければ」と慌ててしまうけれど、その逆の方法もある。得意じゃない領域だからこそ、自分の得意技で勝負する。それが、実花さん流の“アウェーでの戦い方”だ。
「自分がチャレンジしたことのないジャンルだからこそ、今までやってきたことが生きたと感じることがいっぱいありました。例えば、キャストの皆さんは映画でご一緒するのは初めての方がほとんどですが、スチールで撮らせていただいたことはある方ばかり。すでに信頼関係を結べていたので、新しい領域でのお仕事にも有利だったと思います。つまり、これまで写真家として積み上げてきた経験が、武器になったんです」
私たちが自分のホームを抜け出すのにためらうのは、右も左も分らない場所で丸腰で戦わされるのが怖いから。でも、環境が変わったからといって、決して自分の経験がゼロにリセットされるわけではない。手持ちのカードをどれだけ切れるか。そこに、アウェーで戦う面白さがある。
それが最も分かりやすく象徴されているのが、本作のアクションシーンだ。血しぶきの代わりに使われたのは、薔薇の花びら。激しい銃撃戦の中、降りそそぐのは、桜吹雪。
普段の写真でも花をモチーフに使うことの多い実花さんにしか撮れない極彩色のアクションが完成した。
「桜と薔薇のアイデアは脚本を書いている段階から、『これは絶対に使おう』と決めていました。現実的に考えてしまうと、何でこんなところで花びらが降るの? っていう話ですけど、それが私らしさだし、やって良かったと思っています。無理にリアリティーを追求せず、私の世界を貫いたからこそ撮れたシーンですね」
“人と違う”に世間は厳しい。でも、批判する人が全てじゃない。
そもそも蜷川実花という存在そのものが、凝り固まった固定観念に対する破壊者のようなところがある。実花さんの撮るスチールもムービーも他の誰のものともまったく似ていない。写真を見ただけで、これは実花さんの作品だと分かるオリジナリティーがある。けれど、誰もやっていないことをやっている人に対して、時に世間は厳しい。
「これまで『あんなの写真じゃない』って散々言われてきました。私からするとカメラで撮ってるんだから、写真以外の何物でもないんですけどね」
サバサバとした表情で笑い飛ばし、実花さんはかつて経験したこんな話を教えてくれた。
「以前、ある個展を開催した時に、『こんなピントの合っていない写真だったら俺の方が上手く撮れる』とか、『いつも同じような写真を撮っている』とか、そういった感想が複数寄せられたことがありました。個展自体は大盛況でたくさんの方にお越しいただけたのですが、批評家の方にはウケが悪かったんです」
そう噛みしめてから、実花さんは続ける。
「ただ、表現を仕事にしている限り、批判はずっとあるもの。ひどいことを言われて傷付くことも稀にありますが、それでも心折れずにいられるのは、『実花さんの作品が好き』と言って一緒に歩んできてくれるファンの方がいるからです。応援してくれる人たちに支えられて、私は自分の信じる表現を曲げずにここまで来られたし、写真を撮り続けることができているんだと思います」
実花さんの言葉には、迷いがない。剛速球のストレートのように、聞く人の心のミットにバシッと乾いた音を立てる。
「人が何かを批判するときって、自分が持っている常識やルールから逸脱するものを見たときだと思うんですね。『写真家はもっとこうあるべきだ』とか『プロならこういうものを撮るべきだ』とか、要は価値観の押し付けです。
私はそういうものから一番遠いところにいるから、批判されやすいところもあるのかもしれません。でも、『こうあるべき』という凝り固まった考え方から離れたところにいる私が撮る写真だからこそ、普段写真なんて全然興味のない人の心にも何かを届けられるのかもしれない。
映画だって同じです。『あんなの映画じゃない』って言われたこともあるけれど、普段映画館に行かないような人たちが観に来てくれるような映画をつくったとも言えると思います。
全ての人に受け入れてもらえる表現なんてないんだから、批判の声があってもそれが全てではありません。このことは、私の経験から皆さんにお伝えしておきたいことですね」
ファッションはありたい自分を表現する手段
人の目を気にするより自分のこだわりを込めて
アーティストやクリエイターではなくとも、働く女性たちの周りには「女はこうあるべき」とか、「若いんだからこうすべき」とか、誰が決めたかもよく分らない「べき」が溢れかえっている。
それらが無意味なものだと頭では分かっていても、実花さんのようにすべてを振り払って生きるのは難しいかもしれない。だけど、もう少しだけ胸を張って自分らしく生きるには、何から始めればいいのだろうか。
「何かを大きく変えようとしなくてもいいと思うんです。小さなことから、自分のやりたいことをやっていければ。例えば、『私には派手過ぎるかな』と思って一度は諦めた髪色に思いきってしてみるとか。『今の私には似合わないかな』と思ってクローゼットに戻した派手なワンピースをやっぱり着てみるとか。要は、人の目を気にして何かを諦めるのはやめましょう、ということです」
そうきっぱりと宣言した実花さんがその日着ていたのは、ピンクの柄セットアップ。足元には白いハイヒール。それはとても可愛くて、実花さんらしかった。
「服ってすごく大事ですよ。ファッションは『ありたい自分』を人に伝える表現ですから、適当にしていいものではないと私自身は思っているんです。だから、着たい服を着るのが一番です。
『他人がどう思うか』が自分の生き方を決める軸になってしまっているなら、一度その思考を断ち切る努力をしてみるべき。そうすることで、一歩前に進めると思うんです。それから、実際に自分の殻を破って行動を起こしてみると、『案外平気だった』と気付けると思いますよ」
明日は何を着て行こう。どんなメイクをしよう。普段は選ばないような、明るい色をファッションに取り入れてみるのも楽しい。髪の毛もばっさり切って、明るく染めてみようか。ネイルにお茶目な絵を描いてみようか。
自分の意思で、変化していく「私」の姿を想像をしたら、今よりも少しだけ自由になれた気がした。
取材・文/横川良明 撮影/洞澤佐智子(CROSSOVER)企画・編集/栗原千明(編集部)
公開日:2019年7月5日(金)全国ロードショー
原作:平山夢明『ダイナー』(ポプラ社「ポプラ文庫」)
監督:蜷川実花
出演:藤原竜也、玉城ティナ 窪田正孝、本郷奏多 / 武田真治、斎藤工、佐藤江梨子、金子ノブアキ 小栗旬/ 土屋アンナ / 真矢ミキ / 奥田瑛二
©2019 「Diner ダイナー」製作委員会
公式サイト
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