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SEP/2019

【『蜜蜂と遠雷』原作者・恩田 陸さん】合理性のない無駄な行動が、人と社会を進化させる

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構想から12年、取材11年、執筆7年。これは恩田陸さんの小説『蜜蜂と遠雷』が完成するまでに掛かった歳月だ。

『蜜蜂と遠雷』は、国際ピアノコンクールを舞台に、コンクールに挑むピアニストたちの葛藤や成長を描いた作品。ピアニストによってピアノの音色が様変わりする様子が圧倒的な筆致で描写されている。2017年には直木賞と、『夜のピクニック』に続き、2度目の本屋大賞を受賞。直木賞と本屋大賞のダブル受賞も、2度の本屋大賞受賞も、史上初の快挙だ。

クラシック音楽に詳しくない人でも演奏の違いを楽しめるのは、文章で表現される小説だからこそ。ゆえに同作は、「映像化は不可能」と言われていた。

そんな『蜜蜂と遠雷』が豪華キャスト、スタッフ陣により映画化され、10月4日に公開される。

女優・松岡茉優さんを主演に迎え、物語のキーとなる楽曲を日本を代表する作曲家・藤倉大さんが、ピアノ演奏を日本最高峰のピアニストである河村尚子さん、福間洸太朗さん、金子三勇士さん、藤田真央さんが務めた。

今回、映画化にあたって原作者の恩田陸さんをインタビュー。「AIが仕事を奪う」なんて言われる今、“人間らしさ”の重要性は増している。本作のテーマである音楽も、小説も、作品を生み出す人の視点や感性が大切な要素。恩田さんが考える、「人間らしい働き方」とは−−。

恩田陸
小説家
恩田 陸さん

1964年、宮城県生まれ。早稲田大学卒。92年、『六番目の小夜子』でデビュー。2005年、『夜のピクニック』で吉川英治文学新人賞と本屋大賞を、07年『中庭の出来事』で山本周五郎賞を、17年『蜜蜂と遠雷』で直木三十五賞と二度目の本屋大賞を受賞。直木賞と本屋大賞のダブル受賞も、2度の本屋大賞も史上初。『蜜蜂と遠雷』は19年10月、女優・松岡茉優さんを主演に迎え、実写映画化もされた。ホラー、SF、ミステリーなど、さまざまなタイプの小説で才能を発揮している

「映像にできない小説」を目指した作品
映画化は「きっとポシャるだろう」と思っていた

『蜜蜂と遠雷』は、小説でなければできないことをやろうと思って書いた作品です。構想から12年、取材に11年、執筆に7年もの時間が掛かりましたが、これだけの長さがあったから書けたと思っています。

特にピアノ演奏の描写ができたのは、3年に1度開催される浜松国際ピアノコンクールに3回も行ったからこそ。長い時間を掛けてさまざまなコンテスタントの演奏を聴くことで、だんだんと私も音楽を理解することができました。もしこれが2回だったら、きっと書けなかったと思います。

それだけ苦労して書いたこの作品は、言い換えれば「映像にできない小説」を目指したもの。だから、映画化のお話をいただいた時は「きっとポシャるだろうな」と思ってたんです(笑)

恩田陸

本当に撮るとは思っていなかったので、最初の感想は単純に「よくやったなぁ」でした。あれだけの長編をよく2時間でまとめたな、と。主人公の栄伝亜夜と風間塵が連弾するシーンと、コンテスタントの4人が浜辺でうだうだしているシーンは特に印象的で、好きですね。

矛盾こそが人間らしさ。AIも非合理に帰っていくのでは?

AI時代は人間らしさが大事だと言われますけど、私は「合理的ではないこと」が人間らしさだと思っています。感情だったり、無駄の多さだったり、人間の行動は必ずしも合理性に基づいているわけではありません。生きていく上で必要のないお酒を人は喜んで飲むわけで、そういう矛盾こそが人間らしさなんじゃないかと思うんです。

AIはアウトプットに至るまでの過程がブラックボックスになってしまって、説明できないことを問題視されていますけど、人間の決断も理由を説明できないことは多々ありますよね。

すでに囲碁や将棋の世界では人間よりもAIの方が強くなっていますけど、AIといえど、時に全く理にかなっていない手を打つそうなんです。そんな話を聞いていると、AIも結局は非合理に帰っていくような気がします。

恩田陸

一方で仕事の場で求められるのは生産性や合理性ですから、「人間らしい仕事」は矛盾しているように聞こえるかもしれません。

ただ、いかに無駄をやるかが、最終的には何かの役に立つことにつながるのだと思うんです。一見役に立ちそうなことはすぐ役に立たなくなりますから、むしろ教養などの直接的な実利につながらないものの方が、人と社会を進化させるのではないでしょうか。実際、即戦力の人材を育てるために大学の人文社会系学部のあり方を見直そうと国が動いた時、反対したのは経団連だったんですよ。

感性を磨くために必要なのは「量」と「興味」

そういった教養や、AI時代に重要性を増すと言われている感性みたいなものを磨くには、ある程度量をこなすことが必要です。人間は自分の知識と経験の範囲内でしかものを見たり聞いたりできませんし、何事もやっていくうちに何となく分かってくる面はあるもの。私が『蜜蜂と遠雷』が書けたのも、量によるところが大きいと思っています。

そして、好きなことや興味を重視するのも大切なことです。私がこの作品を7年にもわたって書いてこられたのは、好きなことについて書いていたから

これまでさまざまなジャンルの作品を書いてきましたが、軸としているのは「縮小再生産は避ける」ということ。これまでにやったことがないものを書いていきたいと思っているので、毎回が試行錯誤ですし、楽なことではありません。だからこそ、興味を持てることが重要なのです。

恩田陸

例えば最近書いた小説のネタになったのは、ある雑誌の記事でした。「視覚障害がある祖父のために視覚を補助するソフトを孫が作った」というとても短い記事でしたが、視覚を補う装置なのに、「歯に装着して舌で操作をする」と書いてあったのが気になって。そんなちょっとした興味が広がっていって、一つの作品が生まれています。

すぐに役に立つかは分からなくても、興味を持ったことを試したり深掘りしたりすることが、後に何らかの形で実を結ぶことはあるものです。

第一、これだけ世の中の移り変わりが早い中で、もはやマーケティングは意味を成さないと思うんですよ。だったら自分が良いなと思ったことに取り組んで、ダメならダメで仕方がないと思える方がいい。社会で良しとされているからという理由で頑張ったことが、実を結ぶ前に廃れてしまったら後悔しかないですから。

ただ、今はあまりにも情報や選択肢が多いですよね。溢れる情報にいっぱいいっぱいになって、自分の興味や好きなものが分からなくなってしまっている人も少なくないと思います。

そういう時は、逆に情報を遮断してみるのも一つの手。何のインプットもないですから、合理性という視点で考えれば無意味なことかもしれない。でも、その無駄が何かのヒントをもたらすことはあるはずです。物事の真実は、案外「意味がない」と思われているところにあるような気がしています。

取材・文・構成/天野夏海 撮影/洞澤 佐智子(CROSSOVER)

作品紹介

蜜蜂と遠雷
史上初の直木賞&本屋大賞W受賞を果たした傑作小説「蜜蜂と遠雷」が遂に実写映画化。手掛けるのは『愚行録』で長編監督デビューを果たした新鋭・石川慶。そして、キャスト陣は豪華な“競演”が実現!

亜夜役には、今最も輝く女優の一人となった松岡茉優。明石役には映画、ドラマ、舞台で目覚ましい活躍を続ける松坂桃李。マサル役には『レディ・プレイヤー1』に出演し、スピルバーグ本人からその演技力を絶賛された期待の若手・森崎ウィン。そして謎の少年・塵を演じるのは、100人を超えるオーディションで「塵そのものだ」と監督を唸らせた新星・鈴鹿央士が大抜擢された。

さらに、楽曲を実際に奏でるピアニストには、河村尚子、福間洸太朗、金子三勇士、藤田真央という世界で活躍する日本最高峰のピアニストたちが集結。そして、物語のキーとなるオリジナル楽曲「春と修羅」を作曲するのは、日本を代表する作曲家であり、ロンドンを拠点に国際舞台で活躍している藤倉大。彼の手により生み出された「春と修羅」によって、4人の運命が動いていくことになる。

©2019映画「蜜蜂と遠雷」製作委員会

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