「今回こそ、助けたかった」コロナ被害の生産者支援で話題の『食べチョク』、秋元里奈の揺るぎない信念
いま、農家・漁師の産直ネット通販『食べチョク』が、新型コロナによる被害を受けた生産者を応援する特設ページを開設している。

飲食店やホテルからの仕入れ減やイベント中止で、肉や野菜、魚介類などの食材の販路に困っている農家、漁師の商品が特設ページに並んでいる
消費者はコロナの影響で売り場を失った食材をネットで購入でき、送料など500円相当を『食べチョク』が負担する。「生産者の支援とはいえ、こんなにおいしいものを食べられるなんて」と、SNSでも話題だ。
この『食べチョク』を運営するのは、アグリテック企業のビビッドガーデン。同社の代表を務める秋元里奈さんは、なぜ生産者支援を素早く実行することができたのか?

株式会社ビビッドガーデン
代表取締役社長
秋元里奈さん
慶應義塾大学理工学部を卒業後、株式会社ディー・エヌ・エーへ入社。webサービスのディレクター、営業チームリーダー、新規事業の立ち上げを経験した後、スマートフォンアプリの宣伝プロデューサーに就任。2016年11月にvivid gardenを創業。実家は相模原の農家 『食べチョク』
8000個の牡蠣が完売に。「今こそ事業の存在意義が生かされる時」
「きっかけは、生産者さんからのSOSでした」
コロナショックで被害を受けた生産者の支援を始めたきっかけを、秋元さんはこう語る。
特設ページを開設したのは、全国で臨時休校が始まった3月2日。徐々に飲食店の営業自粛が広がり、給食事業者や飲食店に食材を卸していた生産者にも影響が出始めたタイミングだった。

「リモートワークへの移行に伴い、自炊する人が増え始めたので、『いま消費者と生産者をつなぐことができれば、困っている生産者さんを支援できる』と思いスタートしました」
その成果は、生産者の売り上げに貢献する形ですぐに表れた。
イベントの中止で余ってしまった8000個の牡蠣が完売。飲食店や百貨店への既存の販路が消滅する中、『食べチョク』で大量の注文を受け、「一気に職場に活気が戻りました!」と報告してくれる生産者も現れた。
一方で、消費者側にもポジティブな変化が生まれていることを、秋元さんは感じていた。
「スーパーから食品がなくなったり、レジに長時間並ぶのを避けたいといった状況になったことで、スーパーの先の生産者にも消費者の意識が及ぶようになったと感じています。ネットで食材を買うのが初めてというユーザーも増えていて、『こんなに美味しい食材が取り寄せられるなんて知らなかった』という声も届いています」
『食べチョク』のサービスは、生産者がいなければ成り立たない。長期化する事態に危機感を募らせる反面、コロナショックは『食べチョク』という事業の価値を再認識する機会にもなったという。
「今は、私たちのプラットフォームの存在意義がある意味生かされるタイミングです。こだわりを持って食品生産にあたっている人たちが正当に評価される社会をつくるため、生産者さんたちのためにできることは全部やっていきたい。そう思っています」
世の中が大きく変わるタイミングでは、柔軟性が明暗を分ける
生産者支援の特設ページは、まだ東京都の外出自粛要請も始まる前の、かなり早い時期に開設された。混沌とした状況の中で、秋元さんがいち早く生産者の支援に動き出せたのはなぜなのか。

「世の中全体が大きく変わるときに大切なのは、いかに状況を早く察知してアクションを取れるかだと思います。柔軟性を持ち、日々変わる出来事に対応していけるかどうかで明暗が分かれます」
柔軟性の大切さを強調する秋元さんには、台風の被害を受けた農家を助けられなかった苦い過去がある。
「私たちと契約している生産者さんは全国にいるので、日本のどこかで自然災害が起きる度に、誰かしらが被害を受けるんです。
今までは、『食べチョク』のシステムが追い付いていなかったために、即座に支援に動くことができませんでした。それがずっと、悔しい思いとして自分の中にあったんです。
特に昨年の大型台風が直撃した時には、『次こそはすぐに動けるようにしておきたい』と強く思いました」

生産者さんのために、自分は何もできなかったーー。
自分たちの力不足を嫌という程突きつけられても、秋元さんは現実から目を逸らさなかった。やるべきことを見極め、着々と事業を成長させてきたことが、コロナ禍で素早く適切な支援を実現することにつながった。
そんな秋元さんは今年、29歳になった。「世の中がこんなに大きく変わるのは、社会人になってから始めての経験です」と言うが、いざという時に生産者を助けたいと思う気持ちは、秋元さんが学生の頃からずっと存在していたものだ。
「東日本大震災が起きた時、自分はまだ学生でしたが、何もできなかった後ろめたさがあるんです。
農業の世界に入ってみると、未だに震災のダメージってすごく残っていて。それを知る度に、何も知らずにただテレビを見ていたあの時にも、この人たちのために貢献できたことがあったんじゃないかと感じますし、今もそう思っています」
偶発的な出来事が、キャリアを思わぬ方向に導く
コロナショックによって働き方が変わり、「自分が本当にやりたい仕事は何なのか」「何のために働いているのか」を改めて考えた人は多いはずだ。
働く目的を見失いかけている人に、秋元さんは「意識的に人との出会いをつくってみては」と助言する。

「今は外出ができないので、友人以外の人と出会う機会も減り、偶発的な出来事が起こりにくい状況です。
自分のやりたいことは、いろんな価値観に触れながら見つけていくものだと思うので、普段以上に出会いを呼び込む積極性が求められるのかなと。家にいても、オンラインコミュニティーに参加したりはできそうですよね」
秋元さん自身も、ビビッドガーデンを立ち上げたのは、社外のコミュニティーに参加したことがきっかけだった。
新卒入社したDeNAで、レガシー産業のIT化を手掛けたことでビジネスの目線を養い、そのタイミングで農業関係者に“たまたま出会った”ことが、今の事業につながったという。
「最初は土日だけとか、趣味の範囲で生産者支援をやるつもりでした。当時はそれがビジネスになるとは全然思ってなかったんです」
ところが農家の課題を少しずつ知るうちに、「自分にできることがあるんじゃないか」と考えるようになり、気付けばその思いは、食品生産にあたる全ての人たちに貢献したいという使命感へと育っていった。

『食べチョク』では、生産者が、個人や飲食店に“直接”商品を販売できるプラットフォームを提供
世間の注目を集めるスタートアップ経営者となった今、意識してキャリアの棚卸しをすることはなくなったと、秋元さんは振り返る。
「自分自身がどうなりたいか、と考えることは今はないですね。『この業界に貢献するために、自分はどうなるべきなんだろう?』という考え方に変わりました。
DeNAにいた頃は、自分のやりたいことと仕事の方向性が合っているか、頻繁に確認していましたが、今は事業がそのまま自分のやりたいことなので、キャリアに悩むことはないです」
「今やれることをやるしかない」昨年の台風被害から学んだこと
農家で生まれ育ち、農業界の発展に心血を注ぐ秋元さん。その信念に突き動かされてやったことでも、最近反省したことがあったという。
「去年の台風の時に、居ても立っても居られなくて、夜行バスで泥の撤去作業を手伝いに行ったんです。それも、会社の資金調達でめちゃくちゃ忙しい時に。その時に、『多少は役に立ったけど、貢献できた量が少ないな』と思ってすごい落ち込みました」
「でも、後悔はしていない」と、秋元さんは続ける。

「小さなアクションでも、実際にやってみなければ、自分の小ささを実感することはできませんでした。悔しさなど負の感情からも学び、常に変化していくことが大事だと考えています。
だから、この状況の中で働く目的が分からなくなってしまった人は、とにかく目先のやれることをやってみるのはどうでしょうか? 自分のやるべきことを知る一歩になると思います」
何度つまづいても、秋元さんの信念は揺るがない。彼女を突き動かす原動力は、生産者に対する使命感だ。
「創業から時間が経つとともに、生産者さんに対する責任感が大きくなりました。『食べチョク』は今、約1300人の生産者さんと契約していて、中には『売り上げの半分以上が食べチョク』という生産者さんもいます。そんな状況で、私が折れるわけにはいきません。
プレッシャーは大きいですが、あえて感じないようにしています。自分が目指す世界を実現するためには、立ち止まってはいられませんから」
多くの人が世の中の変化に戸惑う中、秋元さんの思いは行き先を見失うどころか、多くの人を助けながら、まっすぐに目的地に向かっていた。
取材・文/一本麻衣 インタビュー撮影/赤松洋太
※本記事の取材は今年4月にオンラインで実施、写真は2019年2月に撮影したものを使用しています
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