白木夏子「こうあるべきから自由になると、サステナブルな働き方ができる」

いつも真面目に、頑張り過ぎてしまう私たちだから――。コロナ禍の今こそ見つめ直したい、擦り減らない働き方、生き方を実践するヒントとは?
夢に向かって努力しているはずなのに、いつの間にか社会の「こうあるべき」にとらわれて、自分を擦り減らしている人はいないだろうか?
「13年間会社を続けてこられたのは、『こうあるべき』を捨ててきたから」と語るのは、日本でエシカルの概念をいち早く提唱してきた白木夏子さん。

人や社会、環境に配慮したジュエリーブランド『HASUNA』のCEOとして世界的に知られている社会起業家だ。
2018年には既存のパートナーシップを問い直すプロジェクト『Re.ing』の立ち上げに携わり、多様なパートナーシップの在り方を象徴するパートナーリングを開発した。
その後プロジェクトからは離れたが、クリエーティブスタジオとして再スタートを切った『REING』にも、アドバイザーとして携わっている。
『REING』は性別二元論にとらわれない個のあり方を問い直すことをミッションに、ジェンダーニュートラルなアンダーウェアなどを展開する。
白木さんが手掛けてきた取り組みは全て、「こうあるべき」を疑うことからスタートしているのが特徴だ。間違った常識にとらわれた業界や社会を変えたい。そんなメッセージに多くの人が共感し、社会に大きなうねりをつくり出してきた。
そんな白木さんですら、過去には、経営者や母としての「こうあるべき」に縛られ、自分を擦り減らしていた時期があったという。
では、白木さんはなぜそこから脱することができたのか。つい「あるべき姿」に縛られて頑張り過ぎてしまう私たちは、どうすればサステナブルな働き方、生き方を実現できるのか—―。白木さんの言葉に耳を傾けてみよう。
「常識を疑う」ブランドで、社会が変わるきっかけをつくる
小さい頃の私は、「本当にそうなの?」と、よく首を傾げていました。常識に対して疑問を抱きがちな子どもだったんです。
小学生の時、理科の授業で先生が「魚は卵の状態で子どもを産みます」って言ったんですね。でも私は、家で飼っていたグッピーが稚魚の状態で子どもを産むと知っていたので、「そうじゃないと思います!」と、いきなり主張し出して(笑)。授業参観の日に注目を浴びた記憶があります。
大人になり、27歳の時にジュエリーブランド『HASUNA』を立ち上げました。これは、ジュエリー業界の“常識を疑う”ことから始まった取り組みです。

『HASUNA』のジュエリー
児童労働や強制労働、紛争の悪化、採掘地の環境破壊……。こうした問題は、ジュエリー業界の裏側にずっと存在してきたにも関わらず、長年社会から無視されてきました。それが業界の“常識”だったからです。
でも、そんなのおかしい。本当の常識とは、人や社会、自然環境に配慮してジュエリーを作ることはできるはず。間違っているのは、そうなっていない現実の方です。
「産地が特定できる鉱石を直接仕入れる仕組みをつくれれば、ジュエリー業界をエシカルにできる」
そんな思いから始めた『HASUNA』の取り組みは、ありがたいことに多く方に共感していただき、今年で12年目を迎えます。
カップルでジュエリーをお買い求めになる方も多く、『HASUNA』では年間数百組ものカップルが結婚指輪を購入されます。私たちのコンセプトが受け入れられていることをうれしく思う一方で、私はある違和感を感じていました。

パキスタンの鉱山での一枚
ペアリングを買うお客さまには、ゲイのカップルもいればレズビアンのカップルもいますし、再婚の方や子連れ婚の方もいます。パートナーシップの形は実にさまざまです。
ところが、結婚指輪の広告を見てみると、そこにいるのはなぜか若い男女のカップルばかり。サイズは大小でワンセットですし、注文用紙には初めから「旦那さま」「奥さま」と記入してある。「これっておかしい……」と思うことが、指輪の販売プロセスの中にいくつもあったんです。
どうしてこの業界は、こんなにもステレオタイプに縛られているんだろう?
そう悶々と悩んでいた時に、NEWPEACE代表の高木新平さんと、現在REINGの代表をつとめる大谷明日香さんと一緒に始めたのが、パートナーシップのあり方を問い直すプロジェクト『Re.ing(リング)』でした。

『Re.ingプロジェクト』のパートナージュエリー
多様性の象徴であるレインボーをあしらった指輪、事実婚をテーマにしたリングなど、さまざまなパートナーシップを象徴した指輪を作りました。
『Re.ingプロジェクト』は2019年夏、Creative Studio『REING』として体制やコンセプトなど、新たな事業として刷新し、ジェンダーニュートラルなアンダーウェアの展開をはじめとした、多様な個のあり方を祝福するためのプロダクトやコンテンツ開発を行っています。
このアンダーウェアは、ジェンダーイメージにとらわれることなく、「自分であること」を楽しみたいと願う全ての人のためのプロダクトです。

『REING』のアンダーウェア
こうしたプロジェクトで大切にしているのは、単に商品を売るだけではなく、社会にメッセージを伝え変革を促すこと。「常識を疑う」ことから始まった私たちの取り組みで、世の中が変わるきっかけをつくりたいと考えています。

『REING』のアンダーウェア
経営者として、母として。「こうあるべき」に縛られないために
『HASUNA』が大切にしているテーマの一つ、「サステナブル」は、近年環境だけでなく、経営についても重視されるようになっています。
私の会社はまだ12年目なので、果たして「サステナブルな会社」を標榜していいものか迷うところではありますが(笑)、少なくともここまで会社を続けてこられたのは、いろいろな場面で「こうあるべき」を捨ててきたからかな、と思います。
会社を立ち上げたばかりの頃、私はまだ、「経営者とはかくあるべし」という固定観念にとらわれていました。根っから「常識を疑う」思考回路を持っている私ですら、です。

『HASUNA』のジュエリー
昭和の時代に日本をつくり上げてきた著名な経営者の本を紐解いてみると、そこに記されていたのは、「苦労した者だけが生き残れる」「死に物狂いでやるべし」といった、根性論や武勇伝ばかり。
もちろん、時代的な背景があっての思想ですから、それ自体を否定するつもりはありません。でも私は正直、「こんな風に働くために経営者になったんじゃない」と思ってしまって。
それでも、事業を始めた以上は「経営者とはかくあるべし」を守らなければならないのだろうか……? と、葛藤していました。
しかも当時は、女性経営者のロールモデルが非常に少なかったんです。私は仕事だけでなく、将来は子育てもしながら、プライベートとのバランスを取れた経営をしていきたかったのですが、イメージに合う方はなかなか見当たりませんでした。
起業して3年が経った頃、経営者として息苦しさを感じていた私に雲が晴れるような言葉をくれたのは、『HASUNA』創業期からのサポーターである、谷家衛さんと藤野英人さんでした。
お二人は私にこんな話をしてくれました。「いま生き残っているのは、経営者が自分自身の個性を大切にしてきた会社ばかり。これからは経営者の“個”がよりいっそう大事な時代になる」と。

それを聞いて、ふっと気持ちが軽くなったんです。「私は私でいい」。そう思えたことは、経営者として歩んでいく力を与えてくれました。
ところが子どもが生まれると、私は再び、「こうあるべき」にとらわれてしまいました。
「母であるからには、子育てに全力を注がねばならない」という固定概念に縛られていったのです。仕事が忙しく、子育てになかなか時間を割くことができない自分に、罪悪感もいだきました。
そこで私は、子どもが4歳になった時、子どもを連れて世界旅行に出掛けました。子どもと一緒に広い世界を見たくなったんです。シンガポール、香港、インドネシア、ドイツ、オランダ……。仕入れや商談がてら、いろいろな国を訪れました。
そこでいろいろな国のママ経営者と知り合い、大きな衝撃を受けました。
彼女たちがいい意味で、子育てを「頑張っていない」ことに。何の悪びれもなく、ナニーやお手伝いさんなど人の力を借りて、効率よく子育てをしている。しかも、そうして育てられた子どもたちは、とても自由でのびのびと、健全に成長しているように見えました。
子育てって、頑張らなくてもいいんだ。人の力をもっと借りてよかったんだ。罪悪感を抱く必要なんて、全くなかったんだ——。
いろいろな人の話を聞き、世界を知ったことによって、私は再び「こうあるべき」から自由になれたんです。自分が常識だと信じていたことが、実は常識ではなかった。そのことに人生の節々で気付けたからこそ、ここまで経営を続けてこられたのだと思います。
自分を幸せにできるのは、自分自身。心の声に耳を傾けて
経営者に限らず、私たちが幸せに働き続けるためには、自分と向き合うことが何より大切です。
日本の女性は、自ら型にはまりにいってしまう方が多いのではないでしょうか。「女の子だからきちんとしなさい」とか、「良い大学に行って大企業に入るのが一番良い」とか。
小さい頃から親に繰り返し言われたことを無意識に守ろうとして、自分の本心とはかけ離れた行動を取ってしまうんです。
そうならないためには、自分が親や学校、社会によって“洗脳”されていることを、まずは自覚する。そして、「こうあるべき」を全部取り払ったときに見えてくる、自分が本当に気持ちいと感じること。
心の底からじわーっと満たされることを見つけて、大事にしてください。
人に「こうしなさい」と言われたことを素直にやるだけでは、幸せにはなるのは難しいと思います。自分を幸せにできるのは、自分自身だけ。だからこそ、自分の心の声を聞いてあげてほしいのです。
では一体、どうすれば心の声が聞こえるようになるのか?
私がお勧めするのは、何かを選択するたびに、「本当にこれで自分が幸せになれるか」を自分の心に問うことです。

『HASUNA』のジュエリー
今日はどんなアクセサリーをつけようか。ランチはAとBどちらのセットにしようか。どんなに小さなことでも構いません。
左脳で判断するのはなく自分の心が温かく感じる方で判断すると、正しさも誤りもいっそう実感できるので、次はもっと自分に合った選択ができるようになります。
すぐにできるようになるのは難しいかもしれませんが、焦る必要はありません。 実は私も、ちゃんとできるようになったのは、40歳を目前にした最近なんです。たくさんの失敗を重ねて、ようやく良い選択ができるようになってきました。
自分自身をカタチづくるのは、日々の一つ一つの選択です。ぜひ心の声に耳を傾けてみてください。
20代の「がむしゃら」が、30代のサステナブルな働き方をつくる
また、「サステナブル」であることは、経営だけでなく、個人の働き方についても重要視されるようになっていますね。
最近は、働き過ぎたり頑張り過ぎるのは悪いことという雰囲気もありますが、私は頑張るべきときには頑張っておいた方が、あとでサステナブルな働き方をするのに役立つのではないかと思います。
特に、20代のうちはがむしゃらにトライする姿勢は大切です。壁にぶつかるたびに「どうすればもっと成果が出るんだろう?」「どうすればもっと効率よくできるんだろう?」と考える。それを20代の頃に一生懸命やった人とそうでない人では、30代以降の働き方に大きな差が出ます。
20代の頃の私は、働き詰めの日々を過ごしていました。金融業界で働いていた時は、終電で帰宅できれば早い方。毎日夜中にタクシーで帰り、シャワーを浴びて30分仮眠して出勤するという生活で、ものすごく無理をしていました。

起業してからも2~3年は全く休みませんでした。その結果、倒れて1カ月ぐらい動けなくなってしまい、「休むのも仕事の内なんだ」と学びました。
間違っても、こんな働き方をしようと勧めるわけではありません。でも、一心不乱に何かに取り組むという経験は、20代でしかできないかもしれない。30代になると体力的にもきつくなってくるし、力の抜きどころを覚えてしまうので。
心の声に耳を傾けるのも大切ですが、同じくらい、一度は仕事に熱中する経験も大切。
がむしゃらになって働けるのは、20代の特権です。成長しつつ、自分の限界も知ることができる。失敗経験を積んだっていいんです。そこから自分にとって何が「ちょうどいい」のか見えてきます。
20代はトライアンドエラーの期間。じたばたしながらでいいので、ぜひ自分と向き合ってみてください。
【プロフィール】
白木夏子さん
ジュエリーブランド『HASUNA』Founder & CEO、ブランドプロデューサー・ディレクター。武蔵野大学アントレプレナーシップ研究所 客員研究員。英ロンドン大学卒業後、国際機関、投資ファンドを経て2009年に株式会社HASUNAを設立。ジュエリーブランド『HASUNA』では、ペルー、パキスタン、ルワンダほか世界約10カ国の宝石鉱山労働者や職人とともにジュエリーを制作し、 エシカル(=道徳的、倫理的)なものづくりを実践。“未来へと受け継がれるジュエリーブランド”として、日本におけるエシカル消費文化の普及に努める。2018年には“パートナーシップのあり方を問い直す”をコンセプトに掲げたプロジェクト『Re.ing』(リング)をクリエイターの高木新平さんとともに立ち上げ、LGBTを含む多様な家族観・パートナーシップの社会意識変革を行う。その他にも、“心まで豊かにする買い物”をコンセプトにしたセレクトショップ『PIMLICO』 (ピムリコ)のディレクション、各種企業のブランドディレクションに携わる。2019年からは東海地区の女性起業家育成プログラム「NAGOYA WOMEN STARTUP LAB」(名古屋女性スタートアップ研究会)にディレクターとして参画。女性の働き方や起業、ブランディング、サスティナビリティ、ウェルビーイング、SDGs等をテーマに国内外で講演活動も行っている
【HASUNA】https://hasuna.com
【BLOG】https://note.mu/natsukoshiraki
【COLUMN】「地球、旅、ジュエリー」 ※NATURE&SCIENCE内での不定期連載
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取材・文/一本麻衣 企画・編集/栗原千明(編集部)