日本の男女不平等はなぜ続く?『性差(ジェンダー)の日本史』展の企画者がひも解く“女の生きづらさ”の正体



横山百合子

153カ国中、121位。これは、2019年に世界経済フォーラムによって公表された「ジェンダー・ギャップ指数(※)」における、日本の順位だ。日本に根付くジェンダーギャップは、先進国の中でも深刻な問題として捉えられている。

実際、ふとした瞬間「男だから」「女だから」という考えにとらわれてしまう人も少なくないだろう。意識の奥底に染みついている、このやっかいなジェンダー観は、いったいどこからきたのだろうか。

そのヒントを与えてくれるような展示が、国立歴史民俗博物館で開催されている。日本の歴史をジェンダーの側面から分析した企画展示『性差(ジェンダー)の日本史』だ。

無意識の呪縛から自由になるために、私たちは歴史から何を学べるのか。自分らしく生きるにはどうすればいいのか。この企画展の代表であり、ジェンダー史の研究者である横山百合子さんに聞いた。

※出典:Global Gender Gap Report 2020

性を商品として扱い続けた日本。その歴史が現代にも影響している

――横山さんが『性差(ジェンダー)の日本史』というテーマで企画展を実施することにした経緯について教えてください。

もともと私は日本近世史、特に江戸から東京への変遷を研究していたのですが、当時の女性に関する史料がほとんどなかったのです。かろうじてあったのが、江戸時代の新吉原の史料でした。

これを読み込んでみると、遊廓というものが当時の日本社会に深く組み込まれ、影響を与えている。社会の成り立ちを考える上で、ジェンダーの問題は切っても切れないのではないかと感じました。

性差の日本史

国立歴史民俗博物館 『性差(ジェンダー)の日本史』 より

そこで2016~18年にかけて、「日本列島社会の歴史とジェンダー」という共同研究を立ち上げました。

これまで国立歴史民俗博物館ではジェンダーを切り口にした本格的な歴史研究は行われていなかったので、研究を経て明らかになった新たな発見について知っていただくべく、今回の企画展での発表に至ったわけです。

――発見とは、たとえばどのような内容でしょうか。

江戸というのは、とても人工的な都市なんです。幕府は参勤交代で全国の大名を都市に集めており、19世紀に入る頃には「世界一の大都市」と言われるほど人口が密集していました。

にもかかわらず、男女比を見ると2対1で圧倒的に男性が多い状況だったのです。

この巨大な都市をコントロールするために、幕府は町ごとにさまざまな役割と特権を持たせていました。その中で、幕府が公に売買春の独占的営業の特権を与えた町こそが新吉原です。

これを基礎にして、遊女屋、高級な寺社や公家、豪農までが遊女の性から上がる収益を吸い上げる仕組みを作り上げていきました。

性差の日本史

国立歴史民俗博物館 『性差(ジェンダー)の日本史』 より

売買春はヨーロッパでも古くから行われていましたが、同時に「売春は罪」というキリスト教的思想も浸透していました。

一方、日本では性の売買が公的な制度として認められていたので、近代に至るまで、買春に対して後ろ暗いものを感じることはなかったのです。

その結果、売買春は、ものすごく広く社会に浸透していきました。

日本で売春防止法が施行されたのは、1956年(昭和31年)。つまり戦後まで、公認で売買春が行われていたということです。

性を商品として扱い続けてきたこと、女性たちを売春に追い込んで蔑視する一方、買春に対するハードルは低かったこと。これらは、現代の日本に生じている性をめぐる問題に少なからず影響しているように思います。

進化は、すべての人に平等にもたらされるわけではない

――国際的にみても、日本のジェンダーギャップの大きさは深刻な問題です。今なおその状況が続いている要因はどこにあるのでしょうか?

男女を制度的に区分する歴史的要因の一つに、戸籍という仕組みの存在が考えられます。

伊藤沙莉

正倉院文書 大宝2年御野国加毛郡半布里戸籍(複製)702(大宝2)年 国立歴史民俗博物館蔵(原品 正倉院宝物)

もとを辿れば、古代の律令制度の下、徴税や徴兵のために戸籍を作成し、「戸」のなかで「売(め)」、つまり女であるという記号をつけて男女を分けて記載したのが始まりです。

やがて上流階級に「家」という単位ができて、男系で継承されるようになっていきます。さまざまな社会の仕組みが「戸」単位で考えられ、その代表者である戸主は男性でした。

江戸時代の家系図などでは、男性の名だけが代々書かれ、女性の場合は個人名もなく、ただ「女子」と書かれているものもよく見かけます。

これを見ても、家を継ぐ男性が優先されているのがわかりますよね。そのような意識は、現在でも残っているのではないでしょうか。

横山百合子

――展示では、社会や文化の進歩のために新しい制度や仕組みができていく一方で、その反動を受けた女性たちが社会から排除されてしまうこともあるとされていますが、何だか矛盾を感じます。

そうですね。ですが、歴史が示しているのは、歴史の進化は全ての人に平等に起こるわけではない、ということ。

フランス革命では、歴史上初めて「人権」という考え方が生まれましたが、当初はその対象は中産階級の男性だけでした。女性の人権や奴隷とされた人びとの人権が認められるようになるのは、ずっと後のことです。

歴史の進歩や技術の革新が、男女分け隔てなく恩恵をもたらす方向にいかずに、ジェンダーの格差を広げてしまうことはよくあります。

たとえば、展示では「コンピューターとジェンダー」について取り上げました。戦前から、計算は女性の仕事で、気象予報のための数値計算や郵便貯金の計算なども女性が担っていました。

戦後、コンピューターが登場し、1969年に情報処理技術者という資格試験が誕生した時も、男女を問わず試験を受けることができたのです。

でも、24時間動く電子計算機にあわせて働かなくてはいけないという環境と、「女性には家庭の責任があるよね」という規範が合わさって、プログラマやシステムエンジニアなどの専門職は男性の仕事、女性は単純作業のキーパンチャーへ、というジェンダーの流れができていく。

長時間労働が基本となってしまう男性も辛いですが、女性は能力を発揮することができず、賃金も男性に比べて低くなってしまうのです。

性差の日本史

国立歴史民俗博物館 『性差(ジェンダー)の日本史』 より

景気が大きく落ち込んだとき、女性がより大きなしわ寄せ受け、非正規雇用などの低賃金で限定的な就労へと誘導されていくことだってあります。

でも、そういうときに歴史を振り返ってみると、実はずっとその状態が続くわけではないことが分かるかと思います。

今ある常識に関しても、過去を振り返ってみればまったく異なる常識があった時代もある。例えば、現在、親の介護は女性の役目のように思われていますが、江戸時代には男性が担う義務でした。

「忠孝」、つまり君主に対する忠義と親に対する孝行は、武士の責任とされていたので、介護休暇を取って親の面倒を見るのは男性だったのです。

もどかしく長い道のりに感じられるかもしれませんが、確実に変化は起こります。実際、今、「当たり前」とされていることは、昔から続いているわけではありません。

30数年前、私が地方公務員試験を受けた時は、チェックのスカートに赤いブラウス、グレーのジャケットでした。でも、結果は合格。その頃は、試験する側も受ける私も、それが変だと思う規範がなかったんですね。

今では考えられないかもしれませんが、これからまた、就職活動はみんな黒のタイトスカートにパンプスで、という規範を変えることもできるのではないでしょうか。

大きな変化でなくていい。小さな実行を積み重ねて

――ジェンダーギャップを解消していくために、私たちにできることはあるのでしょうか?

やはり一歩を踏み出し続けることが大切だと思います。一人一人が声を挙げ、小さなことでも行動を起こすことが、着実に社会を変えていくのです。

明治になって、江戸時代の身分の制約がなくなって近代化が進んでいっても、政治という点で見れば、大日本帝国憲法のもとで、女性が排除されていきます。

展示にもありますが、女性の参政権などは、最初、法律の解説文のなかで「外国人と女性には公民権なし」と軽く流されて決まったんですよ。でも、たくさんの人々の力で、変えることができた。

横山百合子

小さな動きという点でいうなら、例えば、女性がもっと社会で活躍するためには、男性の育児参加が必要不可欠ですよね。

中小企業であっても、男性の育休取得の良いモデルケースが出れば、メディアなどに取り上げられるかもしれない。それがまた別の会社に伝わって、広まって、少しずつ社会全体に浸透していく。

そういった積み重ねも、制度を作ることとならんで、大切だと思います。

今、ジェンダーギャップの解消に対する取り組みが活発化したり、Black Lives MatterやLGBTQIAの運動など、マイノリティーに置かれている人々が差別撤廃を訴える声が高まってきているのも、歴史の変化をつくり出す動きなのではないでしょうか。

――「歴史」と聞くと、年表にあるような大事件を思い浮かべがちですが、その裏にもたくさんの名もなき人々の思いや行動があって、当時の社会を形成しているんですね。

その通りです。江戸時代の史料に記載のあった5人の遊女のうち、3人が日記を書いていたんですよ。

内容はそれぞれですが、ひどい待遇や暴力、厳しい競争にさらされて、腹を割って話せる人も少ない毎日で、鬱屈した気持ちを吐き出す手段だったのでしょう。なんだか、今でいうSNSと同じように思えますよね。

環境はまったく違うけれど、今の私たちと変わらない、一生懸命生きた女性たちだったのではないでしょうか。

性差の日本史

国立歴史民俗博物館 『性差(ジェンダー)の日本史』 より

「おかしい」と思うことがあるなら、しっかりと声を挙げてほしい。一人で行動を起こすのが難しければ、周りに頼ったり、仲間を見つけたり、弱音を吐いたっていいんです。

今の社会にある制度やルールも、遠慮しないで積極的に活用してください。そうした行動の積み重ねが、時に法律や制度を変え、社会を動かしていくトリガーになるはずです。


<プロフィール>
国立歴史民俗博物館 研究部 教授
横山 百合子さん

2020年開催の『性差(ジェンダー)の日本史』展の企画代表を務める。専門分野は、日本近世史、ジェンダー史。近世身分研究・都市社会史研究を踏まえつつ、近世の女性の実態とジェンダー、および近代移行期におけるその変容を明らかにしたいと考えている。近年は、特に遊廓の実証的研究に関心を持っている。著書に岩波新書『江戸東京の明治維新』(岩波書店、2018年)、『明治維新と近世身分制の解体』(山川出版社、2005年)、編著に明治維新史学会編『講座明治維新9 明治維新と女性』(有志舎、2015年)など

企画展示『性差(ジェンダー)の日本史』

性差の日本史

国立歴史民俗博物館 『性差(ジェンダー)の日本史』 より

開催期間:2020年10月6日(火)~12月6日(日)
※土・日・祝日、終了前1週間はwebからのオンライン入場日時事前予約を導入しています
会場:国立歴史民俗博物館 企画展示室A・B
料金:一般:1000円 / 大学生:500円
開館時間:9時30分~16時30分(入館は16時00分まで)
休館日:毎週月曜日(休日にあたる場合は開館し、翌日休館)
主催:大学共同利用機関法人人間文化研究機構 国立歴史民俗博物館

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取材・文/瀬戸友子 撮影/吉山泰義