「直感を信じる」大手コンサルのキャリアを捨て、編み物ブランドを立ち上げた女性の“好きを仕事にする”生き方
コロナ禍、誰もが予想もしなかったかたちで世界の「普通」が一変。仕事も、生活も、このままでいいのだろうか? と改めて振り返った人は多いはずだ。
そこで今回は、自分の心の声に向き合い、直感を信じて「好き」を仕事にすることを選んだ女性のキャリアを紹介したい。
編み物の体験をミレニアル世代へ届ける、スペイン発の編み物キットブランド『we are knitters(以下WAK)』を経営するPepita Marin(ペピータ・マリン)さんだ。

就職難とされていた時代に、競争率の高い大手コンサルティングファームへ就職した彼女は、その安定を手放し、23歳で起業の道を選んだ。将来への約束も保証もない中で信じたことは、「私がやることはこれだ」という自らの直感のみ。
なぜペピータさんは、思い切ってキャリアチェンジをする決断ができたのか。チャレンジすることの素晴らしさと、アクションを起こすヒントを聞いた。
「これは絶対くる!」新卒1年で安定を捨てて選んだ起業への道
スペイン、マドリードのビジネススクールで経営管理の学位を取得した後、PwC Auditing Spainで会計監査人として働き始めました。
大手コンサル企業での仕事は、ファッションや編み物とはもちろん無縁。マーケティングを手掛けることもありませんでした。でも PwC Auditing Spainはさまざまなことを学べたし、「WAK」の共同経営者であるAlberto(アルベルト)と出会ったのもこの会社でした。

当時はスペインの金融状況が最悪で、周りはみんな就職難で困っていました。そんな中で、安定した大手企業に就職ができたのは、とてもラッキーなことだったと思います。
でも、日々仕事をする中で、会計監査人は「私の仕事ではない」と感じていて、このままここでキャリアを積んでいくイメージは持てませんでした。
いつかは起業するかもしれない。でもそれは、自分がもっと賢くなって、人としても成熟して、もっと年齢を重ねてから、と当時の私は思っていました。
ちょうど今後のキャリアに悩んでいた時、旅行でニューヨークへ行きました。地下鉄に乗っていたら、目の前で若い女の子が編み物をし始めたんです。編み物といえば、おばあちゃんがするイメージだったので、とても驚きました。
おしゃれで、かっこいいニューヨーカーが、地下鉄で編み物をしている。その様子を見て、「私も編み物をしてみたい」と思い、その足でニューヨークの手芸屋さんへ行きました。
ニューヨークの手芸屋さんにある毛糸はとてもカラフルで、見ているだけでわくわくしました。それと同時に、「編み物のトレンドがきている」と感じました。

実際に編み物をしてみると、私自身とてもリラックスできました。
私が働いていた当時の話ですが、コンサルタントの仕事は激務で、毎日朝8時から深夜まで働いていましたし、常に緊張していてストレスの度合いも高かった。でも、きれいな色の毛糸を眺めながら、無心になって手を動かしていると、ヨガの後のようなすっきりとした余韻が残りました。
「編み物はヨーロッパでも流行りそう」そんな確信にも似た思いがふつふつと湧き上がってきました。「それなら私がやりたい」この想いが私の転機となりました。
リスクをとって「好きなこと」をするなら、後悔しないように全力で取り組みたい
2011年当時、若い人の雇用率は45%と低く、兄弟や両親からは「こんな時代になぜ、あえて起業の道を選ぶのか」と問われました。安定した職業を捨てて、先の見えない道をなぜ選ぶのか、と。
確かに、これは大きなリスクかもしれません。でもまだ22歳だった私にとって、本当の「キャリア」はスタートしていませんでしたし、このビジネスがうまくいけば最高、でも失敗しても大きな学びになると思いました。
そして何より、私の直感が「これをスタートするべきだ」と言っていました。

リスクヘッジのために本業を続けながら「WAK」を起業することも考えましたが、最終的に、会社を辞めて起業に専念することにしました。その理由は、万が一このビジネスが失敗したときに、アイデアが良くなかったのか、それとも時間を十分に費やせず全力で取り組めなかったのか、原因が分からなくなると思ったから。
私にとっては、この創業準備の時期を全力で取り組むことが大切でした。チャレンジの期限は2年間と決め、その間は無給になることも覚悟し、実家に帰りました。
起業の一番の難しさは、そのビジネスが軌道に乗るまでの間、生活ができる環境があるか否かだと思います。そういう意味では、実家に戻れたことはとても恵まれていました。
うまくいけば最高、そうじゃなくてもまた会社員として復帰するか、違う仕事を探せばいいだけ。そう腹を括ってしまうと、不安も減りました。
でも、この編み物ビジネスのアイデアには、200%の自信があったんです。「絶対このビジネスは成功する」と自分の直感を信じていました。
会社の立ち上げ期は本当にクレイジーで、朝から晩まで働いて、カスタマーサービスの準備、営業電話、人材集め、材料の供給者探し、マーケティング施策、そして自分たちでも編み物を編んでと……、本当にいろいろなことを全部自分たちで行いました。
でも、心は疲れなかった。肉体的にはへとへとでしたけどね(笑)

また、当時私たちが特に最重視していたのは、良質な毛糸の製造先を探すことでした。
WAKでは「編み物キット」という商品ではなく、編む過程の体験を届けたいと思っていたので、編んでいて楽しい色や大きさ、毛糸の触り心地の良さをとても大切にしたかったのです。
そこで、アルパカで有名な南米のペルーを訪れ、100%天然素材という毛糸の品質の良さだけではなく、毛糸づくりに誇りを持っている農家さんを探しました。また、キットの編み針に使われる木材も認証森林のものを使用することで、サステナブルであることにもこだわりました。
そうしてやっと形になった「編み物キット」でしたが、最初は1日に1キット売れるかどうかという程度。それも家族や友だちが買ってくれていました。
販売先はオンラインに特化して、SNSも活用していましたが、ビジネスがどれだけ進んでいるのか、未来はどうなっているのか、といったこの努力の行き着くところが見えず、思考錯誤を続ける日々でした。
ただ、すべての仕事を自分たちでやったことはお客さまへの理解を深めることにつながったので、この時期の苦労が今の成功を導いてくれたと思っています。
また、ビジネスとは関係なく大変だったこととしては、周りからの圧力がありました。会社を辞めてビジネスを立ち上げた時、すごく奇妙なことなのですが、「失敗しろ」と周囲が願っているような、そんな圧を感じたんです。
確かに起業の成功率はとても低かった。でも、家族も友達でさえも、誰も私の成功を信じていなかった。この社会的圧力に負けないように気持ちをキープするのは、かなり難しかったですね。でも、私たちは踏ん張った。そして、直感どおり、トレンドは後からちゃんとやって来ました。
この体験から、自分自身を信じ続けていたらきっと大丈夫、絶対に好きなことは実現できる、と私は思っています。それに、もしこのビジネスが失敗していたとしても、自分が挑戦したことに誇りを持てたはずです。
仕事だけをしている生活を一変させてくれた、子どもの存在
過去のキャリアを振り返ったときに、ちょっとした反省点もあります。それはワークライフバランスについて何も考えていなかったことでした。
起業してからの私は、毎日夜遅くまで働いて、運動もろくにせず、WAKを軌道に乗せることに夢中でした。そんな中、27歳の時に子どもができたんです。
これまで多くの時間をWAKに費やしてきたので、子どもが生まれたらどうやって両立していけばいいのかと不安になりました。でも実際に息子が生まれたら、子どもとの時間を優先するようになって自然とバランスが取れるようになっていった。
それでも2、3年前までは、育児と仕事の両方を頑張り過ぎていて、結果的に燃え尽き症候群のようになってしまって……気付くのが遅かったなと痛感しました。皆さんには、ぜひ気を付けてもらいたいです(笑)

育児って、経営よりストレスを感じることも多いんですよね。だから余計にバランスを考えるようになりましたし、オーガナイズもできるようになりました。
最近は息子が6歳になり、お世話の面でも多少楽になってきたので、息子やビジネスのためだけではなく、友人と旅行にいったり、自分の時間を大切にするように心掛けています。そのおかげて、やっと全てがうまく回るようになりました。
それから子どもが生まれたことで、私自身の物の見方も大きく変わりました。これまでは、何か問題が起きたとき、すごく個人的に捉えて、とても不安で心配し過ぎていました。でも子どもが生まれてからは「世界の終わりじゃないんだから」と考えることができるようになった。落ち着いて物事に対面できるようになったのです。
届けたいのは、編み物をするという「マインドフルネスな体験」
今年は世界中をコロナが襲って、街がロックダウンになったり自宅勤務などでストレスや不安を抱える人も多かったと思います。そんな中で、編み物をすることが精神的な安定につながった、リラックスできた、という感謝の言葉がインスタグラムやメッセンジャーなどに、本当にたくさん届きました。
実際、編み物はマインドフルネスにも通じています。何かに集中して手を動かしたり、何も考えずに「今、ここ」だけに集中して心を置くことが、編み物だと自然にできるんです。もちろん、編み物じゃなくてもいい。手先、指先を使って何かをすることが重要で、例えば刺繍でもいいし、料理だっていい。手先を動かして何かをすることは、メディテーションとされていて、「編み物は21世紀のヨガ」とも言われています。
編み物を体験すると分かるのですが、簡単なものを一つ黙々と編んでいるだけで、達成感や満足感、自己肯定感が得られます。そういった時間を10分でも20分でもいいから持つだけで、十分なリラックス効果が得られるんです。

今年は特に、自分の力ではどうしようもできない不測の事態だったので、みんなが苦しんでいます。私が起業した時も、状況は異なりますが、不況や就職難で社会環境は最悪でした。
でもこういうピンチのときには、必ず新しいチャンスが転がっていたり、これまで諦めていた方向へ再出発する機会があるものだと思っています。若いときは、失敗もたくさんできるし、失うキャリアもそこまで大きくなく、いろいろと試行錯誤ができる時期です。
起業したいという想いや何かやりたいアイデアがすでにあるのに、アクションを起こすかどうかを延々と悩むことは誰にでもできること。それよりも、チャンスを掴み取ろうと何かしらのアクションを起こしてみてほしいと願っています。
取材/藤田 郁 文/佐々木 久枝