俳優・松坂桃李を導いた“忘れられない出会い”――「人生を懸けたい仕事」を見つけるまで

人生を懸けたいと思える仕事を見つけるのは難しい。
例えば、医師や看護師といった人の命を預かる仕事、あるいは俳優や映画監督といったクリエーティブな仕事に就いている人は、きっと小さい頃からその職業に憧れて、夢を叶えた特別な人だと羨ましく思うこともある。
だけど、仕事とはそんなに簡単なものではない。映画『いのちの停車場』は在宅医療の現場に携わる医師や看護師、そして残された時間を精一杯に生きる患者と家族たちの姿を描いたヒューマンストーリー。
本作に登場する医療従事者は、日々葛藤に揺れ惑いながら、それでも必死に自分にできることを探し続けている。

その中で、松坂桃李さんが演じているのが、「まほろば診療所」の運転手・野呂聖二だ。
医師免許を取得できないまま医大を卒業し、病院スタッフとして働いていた野呂は、尊敬する咲和子(吉永小百合)を追って、金沢にある「まほろば診療所」の一員に。そこから始まる野呂の成長が、本作の感動をより深いものにしている。
松坂さんも、かつては野呂のような青年だった。何も分からずに飛び込んだ芸能界。「ずっと俳優を続けたい」というはっきりした思いも当初はなかった。
そんな松坂さんを前へ前へと導いてくれたのが、さまざまな“出会い”だ。
役への説得力を生んだ、監督お手製のプロフィール資料

咲和子先生からもらった恩を返したいという思いで、その背中を追い掛けていくことから、野呂の物語は始まります。
最初は咲和子先生の背中を見ていた目が、次第に咲和子先生を通じて在宅医療の現場へと向けられていく。
そして、恩返しをしたいという気持ちが、自分も医師として患者と向き合っていきたいという決意に変わっていく。
そのグラデーションを丁寧に紡ぎ上げたいと思いながら、野呂を演じました。
そう野呂として生きた日々を振り返る松坂さん。
『いのちの停車場』にはさまざまな患者たちが登場する。とりわけ心に残る出会いの一つが、末期の膵臓がんを患う元高級官僚・宮嶋一義(柳葉敏郎)だ。
仕事に生き、社会的な成功をおさめた宮嶋。一点の悔いもないような人生でたった一つの心残りが、長年会えていない息子だった。そんな宮嶋と野呂の関わりが、観客の瞼を熱くする。

宮嶋さんのことを思うあまり、野呂は“あること”をするんですけど、そのシーンは、とにかく柳葉さんからいただいたものが大きかったです。
僕が手を握った時、柳葉さんの方から急に握る力を弱くしたり、だんだん力強く握ったりという、台詞じゃないところでのやりとりをされて。
そこから、いろいろなプレゼントをもらえた気がしたんですよね。
芝居って、一人じゃできないことがたくさんある。
人と一緒にやることによって、想定外のものが生まれていくのが、芝居の面白さ。
あのシーンも柳葉さんのおかげで、自分が想像した以上の感情が湧き上がったところがあったと思います。
与えられた材料を起点に、自分の中でイマジネーションを膨らませて、綿密に準備をする。そんな細やかさがいい仕事を生むのは、どんな仕事も同じ。
松坂さんの演じた野呂の表情に心を掴まれるのも、映画の中では描かれていない部分までしっかりと作り込みがなされているからだ。

撮影に入る前に、監督がそれぞれの登場人物のプロフィール資料を用意してくださったんですね。
そこに、野呂には医師のお兄さんがいて、医師家系に生まれた野呂は、優秀な医師であるお父さんに距離を感じているというような、物語の中では描かれていない設定が細かく書かれていたんです。
野呂はきっと実の父親との不器用な関係を、宮嶋さん父子に重ねていたんじゃないかなと。
父親に対する複雑な想いが、宮嶋さんへの『ありがとう』という言葉に変わっていった気がします。
そんなふうに役の背景をすっと落とし込めたのも、監督のプロフィール資料があったからこそ。
おかげで、一つ一つ納得しながら役に向き合うことができました。
人との出会いを重ねて芽生えた「この仕事を続けたい」という気持ち
半人前だった野呂は、出会いを経て、医療従事者としての使命に目覚めていく。松坂さんもまた出会いによって成長を重ねてきた。
2009年、『侍戦隊シンケンジャー』で俳優デビュー。しかし、当時はまだ俳優業に対し、「ずっと続けていきたい」という意識はなかったそう。

お芝居に興味を持ち始めたきっかけは、2011年に公開された『僕たちは世界を変えることができない。』という映画でした。
カンボジアに学校を建てる話で、僕にとって初めての海外体験でした。『侍戦隊シンケンジャー』以外で初めての映画でもありました。
新鮮なことだらけで、夢の中にいるみたいな感じだったんですよね。
特に胸が沸き立ったのが、独特の撮影スタイルだ。
カンボジアの学校や病院をまわるシーンがあるんですけど、自然なリアクションを撮りたいということで、決まった台詞がほとんどなくて。
ツアーガイドのブティーさんに連れられて歩く僕たちを5D(一眼レフ)がただ追うだけ。まだその頃は経験がほとんどなかったので、「こんな撮影の仕方があるんだ」という衝撃でいっぱいで。
そこから映画やお芝居にちょっとずつ興味を持つようになりました。
人との出会いという意味で忘れられないのが、初主演映画『ツナグ』で共演した樹木希林さんだ。

初めての主演映画ということもあって、ものすごく緊張していたんですよ。
そしたら、希林さんが「そんなもんね、適当でいいのよ」と。その一言で、肩の力が抜けました。
他にもいろいろな監督や共演者の方との出会いがありますけど、どの方も素敵な方ばかりです。
そういう出会いの積み重ねの中で、この仕事をちゃんと続けていきたいと思えるようになった。
自発的に思ったというよりも、周りの皆さんがそう思わせてくれたという方が大きいかもしれません。
二人の名優の演技を間近で見て、「背筋が伸びた」

「まほろば診療所」の院長役を演じる西田敏行さんとは、映画『マエストロ!』以来の共演。こんなふうに昔一緒に仕事をした人と、また一緒に仕事ができるのも、一つの道を続けていくことの醍醐味だ。
久々の共演に成長したところを見せられたという実感はありますかと尋ねると、松坂さんは「恐れ多いですよ」と照れ臭そうに口元に手を当てた。
やっぱり再会って緊張しますよね。
年月が経っていれば経っているほど、この先輩は当時こう思ってくれていたけど、今の自分のことをどう思っているんだろうと勝手に考えちゃうところがあって、どんどん萎縮しちゃうんですよ。
ですが、今回は西田さんの方から「『新聞記者』良かったよ」と声を掛けてくださって。
お会いしていないこの数年の間に、僕の見えないところで僕のことを見ていてくれたことがすごくうれしかったです。
西田さんはもちろん、主演の吉永小百合さんも、50年以上のキャリアを誇りながら、今も第一線で活躍する日本随一の名優だ。その姿を間近で見られたことも、松坂さんにとっては新たな成長への発奮材料となったようだ。
側で見ていて、何て言うんだろう、背筋が伸びるような思いがしました。
今、世の中はすごく厳しい状況になっています。その中で吉永さんや西田さんのような大先輩が、それでも作品に参加するということは、若輩者ながら勝手に紐解いていくと、きっと今の世の中に対して問い掛けたいことだったり、感じてほしいことが明確にあったりするからだと思ったんですね。
先輩方がそんなふうに思いを懸けている作品に参加できることに、喜びと責任感が一層強くなりました。
自分が動けなくなる日が来ても、作品づくりに関わりたい
最初は「ずっと俳優を続けたい」という意志はなかった。では今は、「生涯役者」という覚悟はあるのだろうか。
最後にそう尋ねると、普段と変わらない柔らかな笑みで「どうでしょう?」とはぐらかしつつ、確かな思いを語ってくれた。

自分の体がどうなるかも分からないので先のことは分からないですが、でもこの仕事に携わってはいたいと思います。
もしかしたら自分の手足が動かなくなって、役者として参加できなくなることもあるかもしれない。
でも、そうしたらまだ声が残っているので、ナレーションの仕事だけをするかもしれないですし。
そこは本当にまだ自分でも分からないですけど、役者の仕事をやらせてもらえるならやりたいし、仮にそうじゃなくても、何か違った形で作品づくりに関わりを持っていたいですね。

人生を懸けたいと思える仕事を見つけるのは難しい。でも、松坂さんの話を聞いていたら、最初からそう思えることなんてないのかもしれないと思った。
自分に何ができるのかも、何が向いているのかも分からない。それでもまずは目の前のことに全力を尽くす。
そうやっていくつもの出会いと経験を積み重ねていくうちに、いつかふっと思うのかもしれない。この仕事をこれからもずっと続けていきたいと。
<プロフィール>
松坂桃李(まつざか・とおり)
1988年10月17日生まれ。神奈川県出身。2009年、『侍戦隊シンケンジャー』で俳優デビュー。『孤狼の血』で第42回日本アカデミー賞 最優秀助演男優賞を受賞。『新聞記者』で第43回日本アカデミー賞 最優秀主演男優賞を受賞。近年の主な出演作に映画『あの頃。』、放送中のドラマ『今ここにある危機とぼくの好感度について』(N H K)、『あのときキスしておけば』(EX)などがある。「孤狼の血L E V E L2」(8月20日公開)、「空白」が公開待機中
作品情報
『いのちの停車場』5月21日(金)全国公開

吉永小百合
松坂桃李 広瀬すず
南野陽子 柳葉敏郎 小池栄子 みなみらんぼう 泉谷しげる
石田ゆり子 田中泯 西田敏行
監督:成島出 脚本:平松恵美子 原作:南杏子「いのちの停車場」(幻冬舎)
©2021「いのちの停車場」製作委員会
映画公式HP https://teisha-ba.jp/
取材・文/横川良明 撮影/洞澤 佐智子(CROSSOVER)
『私と仕事のいい関係』の過去記事一覧はこちら
>> http://woman-type.jp/wt/feature/category/work/10thanv/をクリック