01 FEB/2022

100万超え高額プログラムに受講希望者殺到のワケ 「自分らしく生きる女性増やしたい」Ms.Engineer代表・やまざきひとみの原動力

連載:「私の未来」の見つけ方

生き方も、働き方も、多様な選択肢が広がる時代。何でも自由に選べるって素敵だけど、自分らしい選択はどうすればできるもの? 働く女性たちが「私らしい未来」を見つけるまでのストーリーをお届けします

「日本最難関カリキュラムで、世界に通用するエンジニアに」

そんなキャッチコピーを掲げ、最短6カ月で未経験からエンジニアを育成するのが、オンラインプログラミングブートキャンプ『Ms.Engineer』だ。

Ms Engineer

100万円を超える高額なプログラムにも関わらず、サービスを開始した2021年11月以来、受講希望者は後を絶たない。

その背景にあるのは「女性の人生を変え、慣習や固定概念を崩す」という、単なるプログラミング教育に止まらない思いへの共感だ。

Ms.Engineer代表のやまざきひとみさんが目指しているのは、「女性が人生のオーナーシップを持てる未来」。そんな彼女の思いに耳を傾けてみよう。

やまざきひとみ
【Profile】
Ms.Engineer代表 やまざきひとみさん
1984年生まれ。2007年にサイバーエージェント入社。『アメーバピグ』立ち上げプロデューサー、大人女性向けキュレーションメディア『by.S』編集長などを担当し、2015年に独立。16年にHINT inc(現在は株式会社アタラシイヒ)を設立し、代表取締役に就任。女性向けメディア『C CHANNEL』編集長を経て、21年4月よりMs.Engineer代表を務める

「自分に何かできないか」コロナ禍で露呈した日本の女性が置かれている現状

私が「IT業界のジェンダーギャップ解消」というテーマで『Ms.Engineer』を立ち上げたのは、コロナ禍で日本の女性の就業環境の悪さが表面化したことがきっかけでした。

「男性よりも女性の方が失業率が高い」といった胸の痛いニュースが増え、東京オリンピック・パラリンピック関連の失言や不適切な演出案から「ジェンダーギャップ」という言葉が一気に市民権を得たのは記憶に新しいですよね。

世界的に見ても、日本のジェンダーギャップや女性の就業環境は大きな問題をはらんでいる。その事実がたくさんの人に広まったように感じています。

やまざきひとみ

私はもともと女性向けのメディア運営に携わることが多く、「若い女性が元気な国は経済成長する」という思いがずっとあって。

例えば安心して子どもが産めるなど、若い女性が自分の将来にポジティブなイメージを持てる国にしたいと思い、これまで仕事をしてきました。

だからこそ、コロナ禍で露呈した現状に対して、私も何かできないかと思ったんです。

その中で「IT業界のジェンダーギャップ解消」に至ったのは、自然とご縁が重なっていった感じだったんですよ。

まずはパートナーの存在。営業職からエンジニアになったのですが、転身後2〜3年で収入レベルが様変わりしました。働き方もコロナ禍でフルリモートになり、しかもパフォーマンスが上がっているように見えて。

収入に困らず、世の中に仕事がいっぱいあり、フルリモートでもパフォーマンスを発揮できる。「この働き方って、女の人にこそ向いてない?」と思ったことが、サービス立ち上げの原点です。

そこでいろいろな人に「女性エンジニアを増やしたいと思っている」と相談していく中で、Ms.Engineer共同創業者の神谷優ちゃんと出会いました。

彼女は女子中高生のエンジニア教育を手掛けるWaffleという団体でメンターをやっていて、Waffleの方とのご縁をつないでくれたんです。

それまで相談した人からは「未経験女性がゼロから学んでエンジニアになれるほど甘くはない」と言われることも多かったのですが、Waffleの皆さんは「社会人女性向けのエンジニア教育をぜひやってください」と味方をしてくださった。

同時期に、日本最難関のシリコンバレー式プログラミングブートキャンプ『コードクリサリス』にヒアリング目的でアポイントを取ったら、「提携しましょう」と言ってもらえて。

そういったご縁が一気につながって、半年後にはサービスをスタートすることができました。

リリース後も想定以上の反響があり、前回のプログラムは20名の定員に対して22名でスタート。募集をしていない今も問い合わせは毎日のように来ていて、キャンセル待ちの状態です。

リモートワーク、収入アップ…エンジニアへの転向で人生が変わる

『Ms.Engineer』の受講生は、20〜50代までバラバラです。

9割がIT業界もプログラミングも未経験で、営業職に小学校の先生、マネジャー、編集者など、業界も業種もさまざま。また、お子さんがいらっしゃる方も3〜4割いますね。

皆さんキャリアに不安を感じていて、現状を変えたいと強く意識されています。特にコロナ禍でリモートワークが普及し、それによって理想の働き方ができる可能性を感じている方が多い印象です。

通勤に使っている2時間があれば、家事や育児に余裕が生まれ、学び直しや副業など、できることの幅が大きく変わる。

そういう意味で、私はフルリモートが女性のこれからを変えると思っています。だから当スクールもフルリモートで行う方針です。

なお、うちのプログラムはめちゃくちゃきついんですよ。私は5週間の初心者向けの基礎講座を受けましたが、難しくて2回泣きました(笑)

やまざきひとみ

その後のブートキャンプ形式のプログラムはさらに難関で、プレローンチした際のゼロ期生は、4キロ痩せて帰ってきたほどです。

それだけハードなプログラムを乗り越えた先に私たちが提供できるものは、「高い確率で人生を変えられる」こと。

事実として、カリキュラムを提供してくれている『コードクリサリス』卒業者の転職後の年収額は、平均100万円上がっています。今の日本でエンジニアに転向すれば、ほとんどの人がキャリアアップできるんです。

高額なプログラムにも関わらず女性たちが関心を寄せてくださっている背景には、そうした修了後の希望があるのだと思います。

自分が取り組みたい課題をようやく見つけた

やまざきひとみ

私はこれまでに20個ぐらい新規事業を立ち上げてきましたが、今回のMs.Engineerはなんだか全然感覚が違うんです。

私が働き始めた10数年前は成長を前提に物が溢れ、まだまだ資本主義的な側面が強い時代でした。

そこから時代は進み、今は持続可能な社会を目指そうとしています。そして、SDGsの重要なテーマの一つがジェンダーギャップの解消です。

そういう社会の変化と、自分の能力や過去の経験がピタッとはまったんですよね。自分が向き合いたい社会問題を解決する事業を「見つけた」という感じ。

事業のつくり方も、今までは「自分がやらなきゃ」と地道に積み重ねてきましたが、今回はご縁が引き寄せられて今の形になっています。私の力だけではない、特別な引力が働いている感覚があって。

でもそれは、私がすごいからではないんですよ。

やまざきひとみ

もちろん私のことを以前から知っていて信頼してくださっている方もいますけど、「ジェンダーギャップを解消したい」という、同じ課題を持っている人が日本にたくさんいるからこそ。

Ms.Engineerの事業だったから、たくさんの人が手放しに応援してくれているのだと思います。

やってみて思うんですけど、社会課題を解決する事業はクセになるんですよ。この先もそういう事業しかやりたくないと思ってしまうほど、大きなやりがいがある。

そのやりがいの根本には、多くの方の共感があります。

生徒さんも自分が学びたいだけではなく、Ms.Engineerに共感して、「つくってくれてありがとうございます」「協力できることがあれば何でもします」と声を掛けてくださる方もいて。

Twitterでもリツイートやいいねをしてくれる人が予想以上にいて、皆さんの温かさに何度も泣きそうになりました。

仕事を選ばず、全力で働いた20代が「私らしい生き方」を支えている

やまざきひとみ

コロナ禍で新規事業を始めたことを驚かれることがありますが、私は新しいことをやっている方が幸せなんです。

思い返せば学生時代からそういうタイプで、毎日同じことができなくて。今でもルーティンワークが苦手で、「毎朝サプリを飲む」みたいな小さなことすらできません。

その代わり、一生懸命仕事をやっているうちに、いつの間にか次のことを始めているというか。自分にしかできないことをやろうという気持ちは強いのかもしれません。

というのも、私は人生のオーナーシップを自分の手に持っていたいんです。

そのためには常に自分が先頭に立って、挑戦する必要がある。そうしないと誰かの人生を生きることになりかねないので、致し方なく新しいことをやっているところはありますね。

そういう意味では、今の私は自分らしく生きられているなと思います。それができているのは、20代の時に全力で仕事をしたからでしょうね。

精一杯やればどのくらいまでできて、どこからが無理なのか。自分の限界を知ったことは大きいです。

同時に、20代のうちに仕事での自分の役割を決めすぎなかったことがよかったと思っています。

「この分野でやりたい」みたいなものがあまりなかったので、人が足りなかったり自分が必要とされたりする場所で、20代は仕事を選ばずに働いてきました。

結果的に裁量権が大きい仕事ができたし、幅広い業務を経験できました。事業責任者、プロデュース、広報、人事など、一通りやったことで、事業のスモールスタートは自分一人でできる。

『Ms.Engineer』もまさにそうですが、自分がやりたいことを形にできる確率が高まったように思います。

人間にとって大切なのは、年齢よりも鮮度。フレッシュさ保つ挑戦を

やまざきひとみ

今、私が『Ms.Engineer』で目指していることは大きく二つあります。

一つは、女性の人生を変えること。もう一つは、市場価値が高いエンジニアを輩出し、日本のIT分野の経済成長に寄与できる人材を輩出すること。

私はできるだけ多くの女性に、人生のオーナーシップを持ってほしいんです。

自分が売り手側に立てば、自分の権限が増えます。経済的に自由になる確率も上がり、職業の不安も軽減される。

私はシングルマザーですけど、経済的に自立していたから今のような人生が選び取れているとも思います。

子どもの人生は大切だけれど、自分の人生も同じく大切なもの。100%思うようにはできなくても、自分で選んで、つかみ取ることが大切なのかなと思います。

そして、20代でも30代でも、これから経済的自立を目指し、人生のオーナーシップを持つことはできるんですよ。

生まれや学歴によって格差が固定化され、その壁を打ち破れない国が多い中、実は日本には格差の壁をすり抜ける方法がたくさんあるんですよ。

その強力な方法の一つが、エンジニアになること。

やまざきひとみ

エンジニアは実力主義なので、年齢は関係ありません。何歳からでも目指せることを知ってほしいです。

時々、20代の女性が「私はもうおばさんだから〜」と自虐的に言うことがあると思うんですが、そういう発言を聞くともやっとしますね。

だって、人間にとって大事なのは年齢ではなく、鮮度だから。何歳になっても新しいことにチャレンジして、フレッシュさを保つことが大事だと思っています。

そもそも70代、80代まで働かなければいけない今のような時代に、20〜30代でキャリアを決めてしまうなんて、やってられないですよ。

年齢をはじめ、仕事をする上で本質的には関係がない要素はどんどんなくして、本人の実力を見る社会になっていくべきです。

Ms.Engineerは、それを率先する場所でありたいと思っています。

生徒さんにはロールモデルを探すのではなく、自身がロールモデルになってほしいですし、その姿を見た女性が「私も人生を変えられるかも」と思ってもらえたら本当にうれしい。

そうやって女性エンジニアを増やすことで、いろいろな慣習や固定概念を崩していく。「IT業界のジェンダーギャップ解消」というテーマをベースに、Ms.Engineerでそんな未来を実現したいですね。

取材・文・構成/天野夏海 撮影/野村雄治 編集/栗原千明(編集部)