14 OCT/2021

女子アナ30歳限界説に葛藤した20代。「長く働くを叶える起業」を選んだ元局アナの“考えるより動く”精神【樋田かおり】

これから進む道、20代でどう決める?
「私の未来」の見つけ方

生き方も、働き方も、多様な選択肢が広がる時代。何でも自由に選べるって素敵だけど、自分らしい選択はどうすればできるもの? 働く女性たちが「私らしい未来」を見つけるまでのストーリーをお届けします

「30代になったら、アナウンサーとしての居場所がなくなる。そう感じることは多くありました」

そう話すのは、青森放送のアナウンサーから独立後、トークナビを起業した樋田かおりさん。

トークナビ樋田かおり

現在は企業向けの研修講師や広報活動を、伝え方のプロである女性アナウンサーが担うサービスを提供中だ。

樋田さんは「このままアナウンサーとして仕事を続けられるんだろうか」と悩んだ20代を経て、女性アナウンサーのセカンドキャリアをつくろうとしている。

彼女が「私らしい未来」をつかむまでのストーリーを紹介しよう。

大好きなアナウンサーの仕事。成長と評価のギャップに悩んだ20代

私がアナウンサーになったのは、高校時代に入っていた放送部で、甲子園のウグイス嬢をやったことがきっかけでした。「4番ピッチャー、〇〇くん」と場内に流れる、あのアナウンスです。

人前に出るのは得意じゃなかったけれど、名前を呼ぶたった一言で会場の雰囲気が変わることに感動して。声には人を元気にする力があると実感したことが、私の原点です。

その思いは、テレビとラジオを兼営する青森放送に就職し、アナウンサーになってからも変わりません。

特にラジオでは、電波に乗った声を通じて、県内の人とつながる経験をしました。

トークナビ樋田かおり

リスナーの方から毎日届くお手紙には、「声を聞いて元気が出た」「疲れていたけど、面白い情報が届いて気持ちが楽になった」など、感謝の気持ちがいっぱい書かれていて。

ラジオの向こう側にいる方と仲良くなれたような感覚がありましたね。

テレビは、身振り手振りを含めた全身の表現で、最新情報を伝える刺激的な仕事です。ストップウォッチを片手に、「5秒余ったらどのようなコメントを言うか」と、常に秒単位で話すことを考える生活。

今でも秒針を気にしてしまうのは、もう職業病ですね(笑)

トークナビ樋田かおり

どちらも仕事は充実していて、アナウンサーの仕事は大好きでした。でも、入社して数年が経つ頃には、「いつまで続けられるんだろう」と考えるようにもなって。

ほとんどの職業は、長く仕事を続けたら経験が増えて、その分いろいろな仕事に対応できるようになりますよね。

ところが女性アナウンサーの場合、番組によっては熟練されたスキルより「フレッシュさ」を求められることもあって。若くて経験の浅い新人の需要の方が高いこともあるんです。

もちろん技術力の高さが求められる現場もありますが、アナウンサーとしての成長が必ずしも評価されないことに、ギャップを感じるようになりました。

周りを見渡しても、正社員として会社に残り、ベテランとして活躍しているアナウンサーはごくわずか。他の部署に異動し、アナウンサーの仕事から離れる方もいます。

フリーアナウンサーになっても、オーディションに受からなければ仕事はありませんから、選ばれし者しか仕事を続けられないことに変わりはない。

アナウンサーとして働き続ける道は思った以上に狭く、「自分がアナウンサーを続けていける確率は低いんじゃないか」と、20代はずっとモヤモヤしていました。

「ひとまず会社があれば何か始まるかも」

トークナビ樋田かおり

結局、私は28歳で独立し、東京に出てきてフリーアナウンサーになりました。

「フリーになるなら20代のうちに東京行かないと難しい」といった情報に流された面もありますが、30歳までに自分の道を固めたい考えもあって。

母が専業主婦だったこともあり、そもそも女性が長く働くイメージが20代の頃は持てませんでしたし、30歳までに何かしらの実績がないと、30代は仕事がなくなってしまうという、ひどい思い込みがありましたね。

実はこの時点で、起業という選択肢は頭の片隅にありました。

小さい頃から「決まったことをするのは作業で、自分からつくり出すのが仕事だ」と父から言われていたので、自分で何かをつくり出したい気持ちはずっとあったんです。

自分自身の課題観から、女性アナウンサーのセカンドキャリアをつくりたい思いがあったので、「話す」をテーマに何かできないか、ぼんやりと考えていました。

事業の中身は全然固まっていなかったけれど、フリーになった当初の仕事はレギュラー番組1本だけ。時間が有り余っていたので、とりあえず会社をつくろうと動き始めました。

トークナビ樋田かおり

ネットで調べ、会計士さんに「会社をつくりたいです」と電話をして。同時期にクラウドファンディング運営企業の方とお話する機会があり、クラウドファンディングに挑戦して会社の設立資金を集め、無事トークナビが誕生します。

ひとまず会社があれば何か始まるんじゃない?」と、完全に形から入りました。今思うとぞっとします(笑)

でも、行動しないと何も変わりませんから、それでよかったんでしょうね。何も分からないながらも、すっかりその気になって社長の名刺を作り、経営者の方を中心にとにかく人に会いました。

最初は人からの紹介で、そこからまた紹介してもらって。

テレビ局では情報を取るために、リポーターや記者と当たり前のように現地へ赴いていたので、人と会うのは私にとって自然なこと。

ネットで調べても分からないことはどんどん聞いて、話をする中で解決策が出ることもたくさんありました。人と会うことが大きなエネルギーになりましたね。

月収は6万円。それでも、精神的には局アナ時代の方がつらかった

当時、フリーアナウンサーとしての月収は6万円。最初は個人向けの話し方教室をやってみたけれど、受講生はたったの3人で、完全に赤字でした。

そこから対象を法人に切り替えましたが、営業は未経験です。

やってみよう精神でたくさんの方と会ってニーズをヒアリングし、商品をつくり、提案して……というサイクルを何カ月も続けたけれど、全然形にならなくて。貯金を切り崩しながら、苦しい生活を送っていました。

それでも、局アナ時代の方が精神的にはずっとつらかったんです。

恵まれた環境にいたけれど、枠の中でしか動けない分、思うようにできないもどかしさがありました。たとえうまくいかなかったとしても、自分で自由に動けるようになって、楽になったなと思います。

それに私には、「アナウンサーのキャリアをどうにかしたい」という強い思いがありました。起業した当初はお客さま視点というより、アナウンサーのためのホームをつくりたい気持ちが強かったんです。

そんな思いに共感してくれた人が口コミで集まり、今では約30名の女性アナウンサーと事業を進めています。

トークナビ樋田かおり

トークナビのメンバーと。会社設立5周年を祝って

アナウンサーからキャリアについて相談を受けることも多く、一般社団法人 日本アナウンサーキャリア協会も設立しました。話し方研修の講師になるための検定や広報スペシャリスト検定など、まず学んで、実務ができる状態をつくろうとしています。

これは独立してアナウンサー以外の人と接する機会が増える中で気付いたことですが、アナウンサーの強みは「伝える」ことにとどまりません。

書いたり現場の段取りを組んだり、まとめる力がありますし、局アナをやっていた方は特に、感情のコントロールがものすごく上手です。

大勢がいる場面で感情を一定に保って、つらいことがあっても顔には出さない。それはメディアを通じて大勢に伝える仕事をしてきた、アナウンサーならではの強みです。

そして、「自分がきちんと伝えなければ」という使命感を持っています。準備を整え、得た情報を的確に、音声表現で伝える。伝えることに人生をかけているのが、アナウンサーなのだと思います。

「自分らしさ」をつくる三つのもの

トークナビ樋田かおり

起業してからの方が、確実に自分らしく働けているなと思います。振り返ると、局アナ時代は「アナウンサーらしくいなければ」と、自ら思い描いたアナウンサー像に縛られていましたね。

「自分らしさ」をつくるのは、私は仲間の存在だと思います。相手がいなければ、自分らしさは出ないもの。

どうしてここまで女性アナウンサーのキャリアに向き合うのか、自分でも不思議ですけど、同じ悩みを抱える仲間の存在が大きな力になっているのは間違いありません。

当社にはいろいろな事務所に所属するアナウンサーから情報が集まってくるのですが、「フリーになったけれど、仕事がない」という声がとにかく多くて。「この状況をなんとかしなくては」という思いはどんどん強くなります。

一人で事業を始めた頃と比べると、仲間が増えるにつれて考え方はどんどん変わってきました。

山登りのように、動き続ける中でちょっとずつ高いところに上がっていき、視座が上がる。会社らしい発想になって、見える世界が広くなっているのを実感しています。

あとは、選択できる自由があることも大きいです。自分の能力が生かせる仕事を選ぶことで、無理なく働ける。

そういう意味では、まだ視野が狭い20代で、先のキャリアを見据えた決断を迫られてしまうことにも、アナウンサーのキャリアの課題を感じています。

そして、健康に動けることが第一です。疲れると思考がマイナスになるし、やりたいこともできなくなってしまいますから。勢いがある経営者を見ていると、やっぱり基礎体力があるのを感じます。

何より、仕事のせいで倒れてしまっては、働いている理由も分からなくなってしまいますよね。プライベートを含め、バランスが取れた状態でなければ、自分らしくいられないとも思います。

私が自分らしい働き方にたどり着けたのは、悩みや課題を放っておかなかったのがよかったのかな。

そのままにしておくと気持ちが悪いので、つらくてもじっくり向き合って、毎日少しずつ解決していく。コツコツ継続するのは、昔から得意な方なんです。

その根幹には、やはりアナウンサーという職業を続けたい気持ちがあったのでしょうね。だから大変なことがあっても、好きなことを続けるための環境づくりに向き合えたのだと思います。

トークナビ樋田かおり

企業で講演を行なう樋田さん

今はアナウンサーの仕事は月に数本程度で、経営が中心です。それでも、アナウンサーとしてつちかってきた経験が事業の土台にあるし、自分の中ではこれまでの全てがつながっている感覚があります。

会社設立時につくったトークナビのロゴに込めたのは、「さまざまな個性を持つアナウンサーが、その個性や強みを最大限に生かして、世の中のために生かす」という思い。その思いは、今も全く変わっていません。

長く働くのは大変だなぁと改めて感じますし、そう簡単にはいかない。でも、仲間がいれば助け合いながら、長くやっていけるはず。アナウンサーが「自分らしく働く」を実現できる会社として、これからも業界全体に貢献していきたいです。

【プロフィール】
株式会社トークナビ 代表取締役 /アナウンサー 
一般社団法人 日本アナウンサーキャリア協会 代表理事
樋田かおりさん

2008年 日本テレビ系列 青森放送にアナウンサーとして入社。 報道番組のお天気キャスターやニュースキャスター、7時間生放送のラジオパーソナリティーなど テレビ・ラジオの放送現場を経験。 28歳で独立し1年後、株式会社トークナビを設立。 話すことの大切さを広めるためアナウンサー講師を全国に育成し、研修事業を展開する。 身体全体を使ったユニークなトレーニング方法が話題を集めている

取材・文・構成/天野夏海