「本番が一番うまく弾ける」ショパン国際ピアノコンクール入賞・小林愛実の“本番力”の鍛え方

一流の仕事人には、譲れないこだわりがある!
プロフェッショナルのTheory

この連載では、各界のプロとして活躍する著名人にフォーカス。 多くの人の心を掴み、時代を動かす“一流の仕事”は、どんなこだわりによって生まれているのかに迫ります

音楽コンクール最高峰の一つで、一流ピアニストの登竜門と知られるショパン国際ピアノコンクール。2021年、そのコンクールで4位入賞を果たしたのが、現在26歳の小林愛実さん。日本人の入賞は実に16年ぶりだ。

小林愛美

ピアニスト
小林 愛実さん

1995年山口県宇部市生まれ。3歳からピアノを始め7歳でオーケストラと共演、9歳で国際デビューを果たす。2013年よりフィラデルフィアのカーティス音楽院に留学。15年、20歳の時に第17回ショパン国際ピアノコンクールに出場し、ファイナリストに。21年、第18回ショパン国際ピアノコンクールで第4位入賞

3歳でピアノを始め、オーケストラとの初共演は7歳の時。9歳で国際デビューすると、14歳にはサントリーホールでリサイタルを開催し、CDデビューも果たした。

幼少期から「天才少女」と呼ばれ、国内外で幅広く演奏活動を行ってきた小林さん。彼女を突き動かすものは一体何か。華麗なる音楽人生を送ってきた彼女の音楽家として見せるこだわり、ポリシーに迫る。

音楽家としてスタート地点に立てた

5年に1度、世界中の音楽ファンが注目するピアノの祭典、ショパン国際コンクール。2021年は日本から14名のピアニストが出場した。

2014年に行われた前回の同コンクールで日本人唯一のファイナリストとなった小林さんにとっては、今回が2度目の出場。当初は「あまり乗り気ではなかった」という。

小林さん

前回のファイナリストだから、今回は入賞を狙っているんだろうって周りから見られるじゃないですか。

それが嫌だったんですけど、信頼する周りの人たちの後押しもあって『頑張れるかも』『どこまでできるかな』と思えるようになりました。

オーケストラとの共演となるファイナルの舞台に立ったときは、万感の思いがこみ上げた。

小林さん

ファイナルの舞台は無の境地でした。

ここまで来たんだから自分が解釈したショパンを、自分の理想の音楽を、最後までやり切ろうという思いで、本番は無心でピアノを弾いていました。

同コンクールに出場すると決めてから、長い時間をかけショパンと真摯に向き合ってきた。偉大な作曲家の表現を追求するのは決して楽しいことばかりではなかったが、自身の成長につながる、かけがえのない財産になった。

小林愛美
小林さん

精神的にも体力的にもとてもハードな環境の中、集中を持続させ、自分の感情をコントロールし続けなければならない。
でも、人間ってそういう極地に立たされると、一気に成長できるんです。

これまでになく耳が良くなった感覚がありましたし、舞台の上でピアノを弾きながら、本当に集中できているのを感じました。

今回の4位入賞は純粋にうれしい反面、「もうちょっと行けたかな」という悔しい思いもある。ただ、すべては未来につながっていくという確信も得られた。

小林さん

これから音楽家としてやっていくスタート地点に立つことができたのが今回のショパンコンクール。この経験をまた新たな一歩にできたらいいなと思っています。

「演奏が好き」から「音楽を理解して弾くのが好き」へ

3歳からピアノを続けてきた小林さんを突き動かすものは、シンプルに「ピアノが楽しい」という気持ちだ。

小林さん

ピアノが好きじゃなくなったらやめると思いますけど、飽き性の私が23年も続けてますからね。

他に続けられていることって、コーヒーを毎日いれることくらいしかないです(笑)

小林愛美

だからこそ、理想とするのは今も昔も「音楽を続けること」。ピアノを弾き続ければそれで十分だと目を輝かせる。

小林さん

これから何が起きるか分からないけれど、私の人生においては『音楽家であり続けること』が大事なのかなって。

時には音楽に集中することから外れてしまいそうになる場面もあると思うけれど、それでも自分の中心に音楽があるようにコントロールしていきたいし、それが大事だと考えています。

だが、すべてが順風満帆に見える小林さんにも苦悩の時間はあった。

国内外で演奏活動を行っていた18歳の時、自分の音楽が何なのか、自分がどう生きたいのかが分からなくなり、初めて壁にぶつかった。

小林さん

それまでは無敵だと思っていたんですよ。だからあの時は本当につらくて、3年間ぐらい悩みました。

怖くてピアノを弾くことすらできなくなってしまって。私の人生で一番の挫折だったと思います。

小林愛美

本当に自分はピアノが好きなのかと自問自答し、一時はピアノをやめようとまで思い詰めた。踏みとどまったのは、「いつでもピアノをやめていい」という両親の一言だった。

小林さん

その言葉で、スッと楽になったんです。

ピアノを続けるかは分からないけど、どうせなら挑戦してみようと思って出場したのが前回のショパンコンクール。

そこで私はやっぱりピアノやコンサートが好きなんだと気付けました。

それ以降、ピアノは自分自身が好きで、自分のために弾いているものになった。「今はもうピアノが苦になることはない」と清々しい。

小林さん

昔はピアノを演奏すること自体が楽しくて、ただピアノを弾いていました。でも今は音楽を理解して弾けるようになったんです。

音楽の深さを知って、それを追求するのが楽しくなりました。

「音楽にはその人の人生が現れる」と小林さん。これから先、自分にどんな人生が待ち受けているのか、今は楽しみで仕方がない。

小林さん

年齢を重ねる中で経験を積んで、たくさんの人と出会って、さまざまな感情を知ったことで表現の幅は広がったと思います。

この先、例えば結婚や出産をしたら人生の価値観はきっと変わる。そういった出来事が音楽にどう影響してくるのか知りたいんです。

ピアノ以外の本番は「全然うまくいかないんです」

小林さんは「常に最高の演奏をすることは不可能」と言い切る。それでもプロとしてベストを尽くし、最高のパフォーマンスを発揮するため、日頃から行っていることは実にシンプルだ。

小林さん

結局、できることは練習しかないんですよね。練習は好きじゃないですけど、練習しないと舞台で楽しさを味わうことができないから、やるしかない。

同時に、「プロとして本番に強いことが大切」だという。

では、本番はどうしたら強くなれるのか。そう尋ねると、「私、本番が一番うまく弾けるんですよ」と笑った。

小林愛美
小林さん

舞台の上では客観的になることが大事なんじゃないかな。

主観的になってはだめで、主観と客観の双方のバランスが取れると、本番でうまく演奏できる気がします。

ただし、これはピアノ限定の話。意外にも小林さんは「ピアノ以外の本番はまるでだめ」なのだとか。

小林さん

学生時代、音楽の授業で歌やリコーダーの試験があったけど、全然うまくできなかったんです。それは多分、自信がないから。

でもピアノはたくさん練習しているから、絶対にうまく演奏できるって思えるんです。

だからこそピアノの前に座ると、不思議とパワーがみなぎる。日々の練習と「絶対に本番の方がうまく弾ける」という思い込みが、さらに自信を深めることにつながっている。

そして、その思い込みをさらに補強するのが演奏前のルーティンだ。

お気に入りのネックレスを付け、ハンカチを持ち、舞台に上がる少し前にチョコレートを数粒食べて、必ず人にポンと背中をたたいてもらう。

「私は神頼みでピアノを弾いているんです」と冗談交じりに教えてくれたが、彼女が何よりも大切にしているのは、自分自身を信じてあげることに他ならない。

小林さん

私の一番の味方は自分だから、『私ならできる』って自分くらいは信じてあげないと。自信を持つには思い込みが本当に大事だなと思います。

日々を積み重ねた先に「理想の舞台」はやってくる

成熟した音色で世界中の音楽ファンを魅了し続ける小林さん。日本が誇る若き逸材は今、プロの演奏家としてどうあるべきだと考えているのか。

小林愛美
小林さん

プロだからといって有名である必要はないし、お金を稼ぐ能力が必要なわけでもない。

私が理想とするのは、自分が表現したい音楽を追求し続けることであって、それに対してどこまで真摯に向き合えるか。

どれだけ自分の音楽に自信と責任、プライドを持てるか、なんじゃないかな。

その理想を求めて、小林さんは今日もまたピアノに向かう。

小林さん

一つ一つ、全ての音に意味を込めて最後まで大切に弾くことや、作曲家や作品と真摯に向き合い、リスペクトを持って演奏すること。

それはこれからも変わらずにやり続けていきたいと思っています。

18歳の頃からアメリカを拠点に活動していた小林さんは、さらに研鑽を積むため、今年からフランスに拠点を移す。環境はもちろん、学校や師事する先生も変わり、新たな日々が待ち構えている。

小林さん

たとえ環境が変わっても私がやることは同じで、ピアノの練習を日々コツコツと積み重ねること。

そうやっていれば、自分が弾きたい場所での演奏会や共演したい演奏家の方々とご一緒できる機会も訪れるはず。

人生は長いから焦らずに、これからも自分らしい音楽、自分にしかできない演奏を追求していきたいですね。

 

小林愛美

取材・文/モリエミサキ 撮影/赤松洋太 編集/天野夏海