22 MAR/2022

【週末北欧部 chika】「好きを仕事に」だけじゃダメだった。脱サラしてフィンランドで寿司職人になる理由

週末北欧部 chika

好きを仕事に。

最近よく目にするフレーズだけど、ただ「好き」な気持ちだけでは足りなくて、好きなことで生きていくには、それを仕事にするだけの個の力がいる。

「北欧好きをこじらせてしまった会社員」を自称するchikaさんは、かつて「フィンランドが好き」という気持ちだけで北欧系の音楽会社に就職し、大きな挫折を味わった。

一度は北欧とは全く関係のない仕事に転職したものの、今は再び寿司職人として、憧れのフィンランドに渡ろうとしている。

紆余曲折を経て、chikaさんはどうやって「好きを仕事に」できたのだろう。

「ここに住みたい」と思ったのはフィンランドだけだった

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https://twitter.com/cicasca/status/1476026269745958912?s=20&t=RBR7VTKL6DMJVIwY2SQutw

私とフィンランドの最初の出会いは、8歳のクリスマスシーズンでした。

英会話スクールでフィンランドのサンタクロース村に手紙を書くイベントがあって、「いつもプレゼントをありがとうございます。いつか会いに行きます」と書いたんです。

私の誕生日がクリスマスということもあり、その時のことは今でもずっと心に残っています。

実際に初めてフィンランドを訪れたのは、大学3回生のクリスマスシーズン。

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当時は今ほど北欧はメジャーな場所ではなく、かろうじてムーミンを知っているくらいの知識しかありませんでした。

でも、フィンランドに降り立って、フィンランド人と出会った時、不思議と空気感がぴったりと肌に合った感じがあって。

学生時代はバックパックを背負っていろいろな国を旅しましたが、初めて「ここに住みたい」と思ったんです。それは自分にとって、とても大きな衝撃でした。

なんだか、自然との距離感と、人との距離感がとても心地良かったんですよね。

ヘルシンキは首都でありながら、森や湖がシームレスに存在していて。便利さと自然が共存している街は、田舎育ちの私にとって理想的な環境でした。

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また、人々の距離感は尊重と無関心の間にあるというか。「私はこれが好き。あなたはそれが好き。それでいいよね」と、みんなが自分らしさを大事にして、自立している。そこから生まれる距離感が、なんだかうれしかったんです。

例えば、ある男子大学生と出会って「一緒に遊びに行こうよ」という話になった時。彼から最初に提案されたのが「森にピクニックに行こう」だったんです。その人が好きなことに普通に誘えるんだって、めちゃくちゃびっくりしました。

私だったら相手の好みに合わせたり、流行りを考えたりしただろうなと思ったし、同時に「これまで周りを優先して、本当に自分が好きなものを大事にしてこなかったかも」とも思って。その男子大学生の提案が、なんだか響いたんですよね。

こうして一人旅で1カ月間滞在したフィンランドに、気付けばすっかり惚れ込んでしまいました。

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北欧に携わりたいだけで、入社後にやりたいことは何もなかった

帰国後、就職への考え方もまるっきり変わりました。

「とにかく北欧系の企業に就職しよう」と方向性を大きくシフトし、「大好きなフィンランドに関わりたい」という発想で、業種問わず片っ端から北欧系企業の選考を受けました。

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その中でご縁があったのが、北欧の音楽系企業。念願かなったわけですが、入社後は大きな挫折感を味わうことになります。

今でも覚えているのは、1年目の終わりに、あるイベント企画を任された時のこと。どのアーティストを呼んで、どの地域を周るのか、全部自分で決められるチャンスだったのに、「何がしたい?」と言われた時、私にはやりたいことが何もなかったんです。

その時に、ただ北欧系企業に入社することがゴールになっていた事実を突きつけられました。「せっかく好きなものに関われたのに、やりたいことがない自分はなんてだめなんだ」と、本当にショックで……。

結果的にその会社は入社2年目になくなってしまい、「会社のために何もできなかった」という罪悪感を抱えながら転職活動をすることになりました。

そこで出会ったのが、最近まで勤めていた人材系企業です。

その会社に入る時の面接で、「あなたは好きなことに携わりたかっただけで、そこでやりたいことはなかったんでしょう。だから今も何がしたいか分からないのでは?」と言われて。

厳しい言葉でしたが、まさに図星でした。

同時に、「もし当社で3年間本気で頑張ったら、できることが増えて、選択肢も増える。やりたいことも見つかるだろうし、それを選べる人にもなれる」とも言われました。

これからは好きなことにただ携わるのではなく、好きなことを守る力を付けたい。その日の帰り道にそう考え、北欧とは全く関係のないその会社で働くことを選びました。

次なる夢「フィンランドで寿司職人」にたどり着くまで

2社目の会社では10年働きましたが、当初は3年間の契約社員として入社をしています。「3年後に何をするのか」を考えざるを得ない特殊な状況にあったことは、私にとってとても良いことでした。

「北欧カフェをやりたい」という発想から週末にカフェ修行をしたり、北欧に関するウェブショップやブログ運営をしたり。そうやっていろいろ試す中で辿り着いたのが、「フィンランドで寿司職人になる」という次の夢です。

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というのも、カフェ修行中、飲食業の大変さを痛感して。「どうせ苦労するなら、本当にやりたいことで苦労した方がいい。それなら、フィンランドでお店をやろう」という発想の大転換があったんです。

現地でお店を開く方法を調べるうちに、日本人であることを生かせて、フィンランドで求人も多い寿司職人に興味を持ちました。

会社員を続けながら、週末は寿司学校に通った1年半は、本当に楽しかったですね。お寿司はもちろん、30歳を超えてから新人になること自体が楽しくて。

ある程度仕事ができるようになると成長の角度はどんどん滑らかになるけれど、全く別の世界に飛び込んだら、急にできないことがたくさんできた。「私の伸びしろはまだまだあるんだ」って素直に信じられたし、自分を誇らしく思えました。

また、お寿司学校には定年後のセカンドキャリアを考えてお寿司の勉強をしているシニア層の方もたくさんいて。年齢は関係ないと知り、新人になることへの恐怖感がなくなったのは、私の人生の大きな財産だなと思います。

今は寿司学校を卒業して、会社も退職して、毎日お寿司屋さんで働いています。めっちゃ楽しいけど、めっちゃ大変です。筋肉痛にもなりました(笑)

実は、ついにフィンランドで働くお寿司屋さんも決まって、4月からは現地で仕事をします。

「フィンランド人がオーナーを務めるお店で働きたい」という希望がかなったので、現地ならではのお寿司と出会えることにワクワクしています。日本の飲食の働き方とは違うと思うので、それを体感できるのも楽しみですね。

……と言いつつ、正直にいうと、今は不安が9割です。

でも、これまでも挑戦する時は、「準備はとことんネガティブに、やり始めたらポジティブに」の精神でやってきました。

今はやれることをできる限りやって、現地に行ってからは学びながら走ればいい。思い切り不安を感じながら、そう思って準備を進めています。

大好きな北欧がトラウマになったことも

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ヘルシンキ大聖堂

「好きなことに携わりたい」という1社目から、「好きなものを守る力を付けたい」と選んだ2社目を経て、今の私は「好きなことを力にしたい」という軸で寿司職人になろうとしています。

中身はずいぶん変わりましたが、「好きなこと」がキャリア選択の中心にあるのは変わりません。

ただ、実は大好きな北欧と距離を置いていた時期もあるんです。

それは1社目を辞めた時。「好き」を仕事にすれば幸せになれると思っていたのに、好きなだけでは頑張りきれないと分かって、落ち込んでしまったんです。

同時に、「もしかして私は北欧のことがそれほど好きじゃなかったのかも」というショックもありました。

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だから2社目に入ってからも2年間ぐらいは、北欧に関することを見聞きするのも怖くて。トラウマになってしまっていました。

でも、「3年間の契約期間終了後に何をするか」を考えた時、私の頭に浮かぶのは北欧のことばかりだったんです。

振り返ると、大好きなものと距離を置いたことで、自分の気持ちを再確認できたのでしょうね。

人間関係や恋愛と一緒で、夢への思いが執着や束縛になってしまうと、苦しくなるなと思います。「まだ実現できていないのか」ってへこむこともあるから、夢を持ち続けるのは時々しんどい。

だからこそ、やりたい気持ちや好きな思いを大切にするために、適度な距離感が必要なのだと今は思います。

「ありのままが価値になる場所」は絶対にある

週末北欧部 chika

「個の力をつけたい」と思って転職をして、そこで学んだのは「自分らしさが力になる」ことでした。

これからの人生を模索する中で、「世界中のどこに行っても、何歳になっても、自分らしさを生かして、誰かに喜んでもらえる仕事をしたい」という軸も分かりました。

それが実現できていたら、暮らす場所はフィンランドでなくてもいい。そう思えるくらい、私にとって大切な選択の軸です。

その上で、私がこれからの人生で一番大事にしたい考え方は、「ありのままを価値あるものに」ということ。

ありのままが価値になる場所を選べたら、それはすごく素敵なことです。うれしいし、楽に生きられるし、自分に自信も持てる。

そして、「ありのままが価値になる場所」は絶対にあるんですよ。人材系企業にいた10年間でいろいろな人の選択を見てきたからこそ、そう強く思います。

ただ、「ありのままの自分」を知るのはとても難しいことです。私も20代前半は自分らしさを見失っていたし、自分に自信が全くなくて。「あの人と比べて自分は……」と落ち込むこともたくさんありました。

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特に、飽き性で一つのことを長く続けられないことがコンプレックスだったんです。でも、「あなたの良さは瞬発力と行動力だよ」と上司が言ってくれて。その時に初めて、強みと弱みは表裏一体だと気付きました。

それからは、長距離走は苦手だけど、その代わり短距離走をたくさんやるっていう自分らしい歩み方を知ることができた。それは大きなターニングポイントでした。

私の得意で誰かの不得意を補えるし、私の不得意は他の誰かの得意で補ってもらえる。だからみんなで働くのは面白いと思えるようになって、私はすごく楽になりましたね。

でも厄介なことに、「自分らしさ」は自分にとって当たり前だから気づけない。だから「自分らしさ」を知るには、他者比較をするしかないのだと思います。

「自分と誰か」「今の会社と違う会社」「日本と海外」など、異なる何かを通して、自分を知る。そういうプロセスが必要な気がします。

挑戦も失敗も等身大の自分で受け止めて、楽しめる人生を送りたい

ついに4月からフィンランドに行きますが、私には珍しく、具体的な目標はあえて掲げていません。唯一あるのは「3年間頑張ろう」という目標だけ。

夢のゴールが山頂だとすると、そこに登らなければ見えない景色が絶対にあるはず。だから3年後から先は、その時に決めたらいい。今の私では想像もできないような目標が見つかるんじゃないかって、自分でも楽しみです。

あまりうまく言葉にできないですけど、私がフィンランドにこんなにも惹かれるのは、「自分らしさを生かす」ことに全て集約されるような気がします。

フィンランドは他国から長く占領された歴史があり、独立時に「自分たちの価値は人だ」と決め、みんなが自分の強みを発揮できることが国にとってベストだと考えてきたのだそうです。

だから「ありのままを価値あるものに」という考え方が国の根底にある。そんな価値観に私は惹かれているのだと理解できたのは、1社目の失敗で大きなショックを受けた後のことでした。

失敗はショックが大きい分、深く考える最高のタイミング。あの失敗がなかったら絶対に今はないので、失敗って大事だなと改めて思います。

だからこれからも、挑戦も失敗もまるっと等身大の自分で受け止めて、楽しめる人生を送れたらいいですね。

等身大でできることが、そのまま誰かの価値になる。それは、友達や同僚、家族と接する中でいつも思うことなんです。

自分にとって当たり前のことでも、それは他の誰かにとってはすごく素敵で、価値ある経験や考え方かもしれません。

私はそう信じているから、ありのままの人や文化の「素敵だな」を見つけていきたい。そして、それを価値あるものとして感じ取れる自分でありたいなと思います。

週末北欧部 chika

週末北欧部 chikaさん
北欧好きをこじらせてしまった会社員。フィンランドが好き過ぎて12年以上通い続け、ディープな楽しみ方を味わいつくした自他ともに認めるフィンランドオタク。移住のために、会社員生活のかたわら寿司職人の修業を始める。モットーは「とりあえずやってみる」。そんなこじらせライフをSNSアカウント「週末北欧部」にて発信中 Twitter:@cicasca Instagram:@cicasca

作品情報

週末北欧部 chika

『北欧こじらせ日記』著者:週末北欧部 chika(世界文化社)
「北欧好き」をこじらせた会社員が、寄り道だらけの人生で見つけた、自分だけの夢の道。それはまさかの…フィンランドで、寿司職人になること!? 移住のために、会社員生活のかたわら寿司職人の修業を開始。モットーは「とりあえずやってみる」。そんな「好き」から始まった、夢を全力で追いかけるこじらせライフをSNS(Twitter&Instagram)で発信したところ大人気に。 chikaさんをそこまで虜にする「フィンランド」の魅力とは? フィンランドとの出会いから、人の優しさ、家族、文化などのエピソードをふんだんに盛り込んだ、待望のオールカラー全編書き下ろしコミックエッセイが誕生!

取材・文・構成/天野夏海 企画・編集/栗原千明(編集部)