25 APR/2022

「うちらに子どもはいらないね」ずっと二人で生きていくと決めた夫婦の“足るを知る”生き方【澤奈緒】

人とは違う、自分もいい。
My Life「私たちの選択」

結婚する? 子どもを持つ? 仕事はどうする? 現代女性の人生は、選択の連続。そこで本特集では、自分らしく生きる女性たちの「選択ヒストリー」と「ワークライフ」を紹介します

世の中には「結婚して、子どもを産み、育てる」女性の話がたくさんある。一方、「結婚して、子どもを作らない」ことを自ら選んだ女性の体験談は少ない。

「私は子どもを持たない選択をしたことを、全く後悔していません」

そう話すのは、「心の解放」をテーマに創作活動をする造形作家の澤奈緒さん。

造形作家 の澤奈緒さん

造形作家 澤 奈緒さん
1977年東京生まれ。武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒。ブラジルで思春期を過ごす。「心の解放」をテーマに、立体やアート仮装、VRなどを制作し、国内外で作品を発表。2014年、IMA展外務大臣賞受賞
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「プレゼンの神様」と呼ばれる澤円さんと30歳で結婚した時から「子どもは持たない」と決めていたという。その決断から現在に至るまでの過程には、どのような思いがあったのだろうか。

結婚した時から「子どもは持たない」と決めていた

結婚をした30歳の時から、「子どもは持たない」と決めていました。というのも、私には母性本能と言われるものがないみたいなんです。

小さい頃からお母さんごっこに興味がなくて、「女の子らしさ」を求められることもしっくりこなかった。

子どものころは男の子と木登りをしてやんちゃに遊ぶような子だったし、大人になってからも自分の中には女性性と男性性が同じぐらいあるような感覚です。

友達からは「いつか母性が出てくるよ」と言われていたし、30代は「子どもはつくらないの?」と聞かれることも多かった。

それで私も、「いつか自然と子どもが欲しいと思う日がくるのかな」くらいに思っていた時期もありました。

結婚当初の頃について語る澤奈緒さん

でも、結局いつまでたっても「子どもが欲しい」と思う日はこなかった。

年齢を重ねるうちに気持ちが変わることもあるのかな……なんて考えていたけれど、今も母性は全くないし、自分のおなかが膨らんで、子どもが出てくるイメージも湧かない。むしろものすごい違和感があります。

また、私も夫もアダルトチルドレン(子どものころの家族関係が原因で、精神的に不安定な状況のまま大人になった人のこと)なこともあって、二人ともハッピーな生活を子どもに提供できる自信がなかった。

だから、結婚をした時に「子どもは欲しくないけど大丈夫?」と聞いた私に対して、「自分も子どもは欲しくないから大丈夫だよ」と彼が言ってくれて、ほっとしたのを覚えています。

結婚後も折に触れて子どもについて話すことはあったけれど、「うちらは子どもがいなくてよかったよね」という文脈がほとんど。

私たちは二人とも感情のコントロールが難しいところがあって、私も彼もキレちゃう時があるんです。子どもがいると、日々何が起こるか分からないじゃないですか。「その環境はうちらには絶対無理だったね」と話しています。

夫の澤円さんと談笑する澤奈緒さん

ベルギーのラグジュアリーブランド『Dries Van Noten』のジャケットと『BARNEYS NEW YORK』のシャツに、高円寺の『むげん堂』で買ったパンツを合わせる夫の澤円さん(写真左)。「最近は『むげん堂』がユニホームです」(円さん)

私は家のことをほったらかしてやりたいことに没頭しちゃうし、彼も仕事が忙しい時は余裕がなくなる。もし子どもがいたら、子どもがけんかの原因になってしまっていただろうなと思います。

だから子どものためにも、「子どもを持たない」という選択をして本当によかった。

また、私たち二人が金銭的な余裕を持って、気ままな生活ができているのも、子どもがいないことが大きい。

今は東京と千葉で二拠点生活をして、それぞれが好きな時に行き来していますが、夫婦二人きりだからこそ、こういう気ままな生き方も実現しやすいのだろうと思います。

血のつながりがあればいいわけじゃない

「子どもがいないと老後が寂しい」という声も耳にしますし、そうなのかなと思ったこともあります。ただ、最近考え方が大きく変わりました。

昨年末に父が亡くなったのですが、その過程で家族といろいろあって。私のメンタルが崩壊してしまい……実家と距離を置くことにしたんです。

子どもを持たない選択について語る澤奈緒さん

でも「本当にこれで良かったのかな」としばらく引っかかってました。いろいろあっても血のつながった家族だし……と。

しかも、全部が全部つらい思い出ばかりではないので、ふと家族と過ごした楽しい瞬間が頭に浮かんで「私の我慢が足りないだけなんじゃないか」と自責の念に駆られたりもする。でも、関わったら自分がまたひどく傷つくのは目に見える。

そうやってぐるぐると苦しんでいたら、彼が「自分を一番大事にした方がいいんじゃない?」と言ってくれて気持ちがすっと楽になった。だから自分を守るためにも、実家と離れた方がいいと決断できました。

あとは、彼の家族の存在もとても大きかったんです。彼の家族とは以前からとても関係が良く、それも実家とは離れてもいいと思えた大きな要因でした。実家より彼の家族の方が心の距離は近くて、今もいろいろな面で助けてもらっています。

だから、血のつながりがあればいいわけではないんだなと。

同時に、もし私に子どもがいたら、同じことになっていたかもしれないとも思いました。血のつながりがある親子でも、許し合えないことはありますから。

そして、いさぎよく自分の実家から離れられたのも、私に子どもがいなかったことが影響しているような気もします。

結婚という縛りがあったから、今の彼との関係性がある

自身の結婚観について語る澤奈緒さん

実家とのつらい出来事も彼が全面的に味方になってくれたおかげで乗り越えられたので、最近は「この人と結婚して本当によかった」と改めてしみじみ感じています。

ただ結婚してから、うまくいかないことももちろんありました。

それでも別れずに約15年間一緒にいられているのは、彼が「離婚したくない」と言ってくれたからでしょうね。彼の周囲には離婚した人がいなかったから、「離婚は簡単にしないもの」という感覚がある。

一方、私の身近には離婚したカップルが少なくなく、結婚が長く続くイメージがあまりなかったんです。だから何かうまくいかないことが起こると「離婚したらいいか」ってすぐに思っちゃう。それを彼が毎回止めてくれました。

お互いが100%満足することはないからこそ、衝動的で我慢強くない私には結婚という縛りが必要だったと思います。

また結婚前は自尊心が極端に低かったので、人と意見の相違があっても怖くて自分の気持ちが言えず、関係性を絶って逃げるということを繰り返していました。

でも、結婚するとそう簡単に逃げるわけにはいかない。どうやって彼との関係性を構築していくか、30代はアダルトチルドレンについて勉強したり心療内科に通ったりマインドフルネスをやったり、徹底的に自分と向き合いながら生き方を模索してきました。

夫の澤円さんとの関係について語る澤奈緒さん

今のガチっと噛み合った彼との関係性は、結婚という土台があってできたものだと思います。もし同居や事実婚だったとしたら、別れていたかもしれないですね。

あとは、彼と一緒にいてラクなことも大きいです。

私は人にすごく気を使ってしまうんですけど、彼には出会った頃から気を使わなかった。「これなら一緒にいても大丈夫かも」と最初から思えたんです。

実は、彼との結婚は勢いで。

当時、私はお金がない生活をしながら個展の準備をしていて、切羽詰まっていたんですよね。「結婚したらお金はサポートしてあげるよ」と言われて、出会って1カ月ぐらいで結婚しちゃいました(笑)

恋愛にのめり込み過ぎてうまくいかないことが続いていたから、「もう恋愛は当分いいや」と肩の力を抜いた時に出会ったのがよかったんでしょうね。

夫の澤円さんと談笑する澤奈緒さん

「自分は年上で、その分人を見る目はあるから大丈夫。もう結婚しちゃおう」とスポーツバーでプロポーズされたそう

子どもを持たないことは自然な選択だった

ここ2~3年は、自分の生きにくさを二人がそれぞれ自覚したことで、関係性もより良好になった気がします。

私は4年ほど前にADHDの診断を受けました。「発達障害の妻なんかいらない」と言われたらどうしようと、彼に報告する前には結構落ち込んだんですよ。

それなのに「ずるい! ボクも受けに行く!」となぜか彼からうらやましがられた。結果、私より重度なADHDという診断を受けて、喜んで帰ってきました(笑)

子どもを持たない選択について語る澤奈緒さん

そうやって二人そろって発達障害であることを自覚し、「世の中にうまくはまらないのはADHDのせい。自分は悪くなかったんだ」と理解することが私たちには大切だったのでしょうね。

そして、「社会でうまくやっていこうとするのはやめよう」と思えました。

彼はメディアにもよく出ていますし、社交的に見えますが、実はそうじゃなかったらしいんですよ。彼自身、それを自覚して以来、仕事以外ではすっかり引きこもりです。

長年勤めていた会社を辞めて独立してからは、自分が好きな仕事しかしなくなって、毎日が本当にラクで楽しいみたい。

私も前回取材してもらった時は、女性のグローバルリーダーシップを育てる合宿に参加した直後で、「自分の思いを実現するために、あれもこれもやらないと」と気負っていたなと思います。

でも今は、私がやりたいことをやりたい時に、ゆるゆるやればいい。そんな気持ちです。

そうやって世の中の型にしっくりはまることができなかった二人が、手を取り合って生きていこうとしているのが、今の私たちなのだと思います。

子ども時代を失ったまま大人になった二人が、いろいろなものを脱ぎ去って、見栄を全部取っ払って、ようやく子ども時代をやり直せている感じ。「二人で引きこもって生きていこう」と、開き直っています。

そうなれたのも、やっぱり子どもがいないからという部分は大きいですね。もしも子どもがいたら、私たちは嫌でも大人にならなきゃいけない。その責任がなかったのが、私たちにとってはよかったんです。

子どもを持たない選択について語る澤奈緒さん

だから、私は子どもを持たない選択をしたことを全く後悔していません。「60歳くらいになって後悔するかもよ」と言われることもあるけれど、多分それもないと思う。

特に40歳半ばになって、妊娠・出産が非現実的になったことで、私はすごくラクになりました。可能性があるうちは「産んだ方がいいのかな」と考えることもあったけど、今はそれもなくなった。

年齢を重ねる中で、徐々に女性としての役割も期待されなくなって、自然体でいられるようにもなりましたね。

もしも子ども時代を健全に過ごせていたら、「さあ自分たちの子どもを迎えよう」と思えたのかもしれないですけど、私たち二人はそこが欠落していた。だから、子どもを持たない選択は本当に自然なことだったんです。

「子どもがいない=悲しいこと」ではない

メディアで見る子どもがいない夫婦の話は、「子どもが欲しかったけどできなかった」という切り口が多いと感じています。とてもつらい思いをされたのだと思いますし、その気持ちは尊重すべきものです。

ただ、「子どもがいない=悲しいこと」という世の中の空気に、私は違和感もあって。

子どもを持たない夫婦に対する世間の目について話す澤奈緒さん

これまでお話しした通り、私たち二人にとっては子どもがいない人生が最善だった。だから、そこに悲壮感は全くありません。

数年前、俳優の山口智子さんが「子どもはいらない」と話した時に一部でバッシングをされていたような記憶があるのですが、なんだか「子どもを持たない」という選択をした人を責めるような風潮を感じていて。

私自身もおおっぴらには言いにくい感じは正直ありますが、子どもが欲しいと思わず夫婦二人で楽しく生きている人間がここにいる。そんなことを伝えられたらいいなと思っています。

もちろん結婚生活がずっと続くかは分からないし、どちらかが突然亡くなることもあるかもしれない。でも、少なくとも今は二人で生きるのがベストだし、自分たちの最後のケアができるだけのお金を確保して、備えられれば十分かな。

実はそう思えるようになったのは、後悔なくあの世へ旅立った父の姿を目の当たりにしたことも影響しています。

病院からホスピスに転院する際、「何かやっておきたいことや行っておきたいところはありますか?」とソーシャルワーカーさんが聞いてくださったんですが、父は「何もありません。満足ですよ」と答えたそうです。

その言葉は、半分は真実で、もう半分は「そう思うことにした」ということではないかと思います。きっとやりたいことはまだまだあっただろうけど、父は良い意味で諦めて、「現状に満足する」というスイッチを入れられたのだと思います。

そして、それはとても潔くて幸せなことではなかろうかと。

自身の父について話す澤奈緒さん

実は最近ずっと「後悔を残したまま死ぬ」ということに恐怖を感じていたのですが、私も父みたいに人生を締めくくれたらすてきだなと。それは「足るを知る」とか、自分がすでに持っているものに目を向けるとか、そういうことなのかな。

そう考えるようになって人生観が変わり、またさらにいろいろなことがラクになりました。

私たち夫婦は目標がない二人で、世の中のレールにうまく乗れないからこそ、「行き当たりばったりが自然だよね」と話していて。

私にとって彼は、むき出しの自分たちで生きようとする仲間みたいな感じ。そのままで、目の前のことを楽しんでいければいい。

そして自分の創作活動を通じて、「みんなもそのままでいいじゃん」というメッセージを伝えられたらいいなと思います。

笑顔でインタビューに答える澤奈緒さん

取材・文・構成/天野夏海  撮影/赤松洋太 企画・編集/栗原千明(編集部)