5年で500万円以上…お金も時間も費やした「不妊治療をやめる決断」で得たもの【漫画家 海原こうめ】

人とは違う、自分もいい。
My Life「私たちの選択」

結婚する? 子どもを持つ? 仕事はどうする? 現代女性の人生は、選択の連続。そこで本特集では、自分らしく生きる女性たちの「選択ヒストリー」と「ワークライフ」を紹介します

不妊治療にまつわる体験を赤裸々につづった人気ブログ「妊活は忍活?! アラフォー不妊治療体験記」をもとに、『私が不妊治療をやめたわけ』(イースト・プレス)を出版した漫画家・海原こうめさん。

海原こうめ

漫画家。ブログ「妊活は忍活?! アラフォー不妊治療体験記」で自身の不妊治療体験を描いた漫画を発表し、人気を博す ■Instagram ■X

36歳で「なし崩し的に」始まった不妊治療は5年間におよび、その間にはキャリアチェンジや夫婦の葛藤など、さまざまな壁を乗り越えてきたという。

ただ、海原さんは不妊治療で期待する結果を得られなかった。そして、不妊治療をやめる決断をした。

「希望通りではない人生」を彼女はどのように受け入れ、生きることにしたのだろうか。

不妊治療をやめたからこそ感じること、得られたものについて聞いた。

病を機に不妊治療を開始。「そのうち授かる」と思っていた

すべての始まりは、35歳で受けた人間ドックでした。

私が結婚したのは33歳の時。夫婦そろってなかなかの激務だったこともあり、妊活は「いつかしなきゃ」のまま、あっという間に2年がたってしまいました。

そんなある日、人間ドックの担当医師から、子宮にチョコレート嚢胞があることを告げられたんです。それまで病気一つしたことのなかった私にとっては、とてもショックな知らせでした。

医師からチョコレートのう胞と子宮筋腫つの手術を提案される海原こうめさんの漫画

(C)海原こうめ/イースト・プレス

治療の選択肢は二つ。生理を止めてホルモン治療をするか、手術で嚢胞と筋腫を取るかです。

子どもを望んでいないのであれば、ホルモン治療の方が気軽。でも、もうすぐ36歳だし……。

迷っていると、先生から「こういう手術をした後は、妊娠しやすくなりますよ」とダメ押しの一言。これはもう、そういうタイミングなのかなと思い、開腹手術を決めました。

妊活を始めたのは、その直後から。なし崩し的に始まった妊活でしたが、当時はまったく深刻なこととは捉えておらず、「生理も順調にきているし、排卵もあるし、そのうち授かるだろう」くらいに思っていました。

ところが実際に始めてみると、タイミング法では授からず、人工授精でもうまくいかず……。7回目の人工授精を終えた段階で、「これでダメなら、高度不妊治療(体外受精、顕微授精)へとステップアップしよう」と決めました。

その時ちょうど、38歳の誕生日を迎えたころのことでした。

医師から体外受精を提案される海原こうめさんの漫画

(C)海原こうめ/イースト・プレス

こうして踏み切った高度不妊治療は、心理的にも、経済的にもハードルが高かったです。

体外受精は、1回あたり約30万円。顕微授精の場合は約40万円。これ以外にもこまごまとした費用がかかり、受精卵を移植しても必ず妊娠するとも限りません。

不妊治療を始めた当時は「40歳になったら」「費用が200万円を超えたら」やめようと決めていたのですが、いつの間にかそれもうやむやになり。

結局、41歳まで治療を続けましたし、高度不妊治療に切り替えてからの時期だけでも、合計460万円ほどかかりました。

妊娠に向けて体質改善のために通った鍼灸院の費用なども含めれば、ゆうに500万円は超えていたと思います。

体外受精に対する金銭的な不安を抱える海原こうめさん夫婦の漫画

(C)海原こうめ/イースト・プレス

当然、負担はお金だけではありません。肉体的な苦痛や夫婦間の温度差、時間のやりくりなどもつらかった。

特に折り合いをつけづらかったのが時間でした。排卵周期にあわせて病院に通うのもそうですし、一度病院に行くと待ち時間含めて数時間滞在しなければいけないことも。すると、仕事と両立させるのがだんだん厳しくなってきました。

忙しくなるとどうしても仕事優先になり、治療も中途半端になってしまう気がして。

結局、夫が転勤になったのを機に、在宅でできる仕事をするようになりました。とにかく貯蓄が減っていく時期だったので、細々とでも仕事を続けられてよかったです。

それに、仕事は精神的な支えにもなりました。

不妊治療中って、どうしても頭の中が治療のことでいっぱいになってしまうんです。もしも仕事をせず、治療にだけ専念していたら……それなのに、思うような結果が得られない日が続いていたら。

きっと、潰れてしまっていたんじゃないかなと思います。

不妊治療について悩む海原こうめさんの漫画

(C)海原こうめ/イースト・プレス

何度も心が折れそうに。つらい時期を支えたのは「描くこと」だった

こうして治療中のことを振り返ってみると、当時の自分は「子どもを授かりたい」という希望に執着していたように思います。

「子どもが欲しい」って、本来ならとてもポジティブな願いのはずですよね。それなのに、願っても、願っても、手が届かない。そんな経験を繰り返すうちに、「執着」としか呼べない心境になっていく。

頭では「もうダメかも」と分かっているのに、「もしかしたら」という希望が捨てられないんです。

世の中には「不妊治療をやめた途端、自然に授かりました」なんてミラクルなエピソードもあります。でも、おそらく私にミラクルは起こらない。

それはなんとなく分かっているのだけど、なかなか割り切れず、ズルズルと治療を続けているような……。

40代になってからは、引き落とされる高額な治療費を前に、「もう、ここまでやったからいいよね」という諦めどころを探していたような感じでした。

完全に前向きでもなければ、諦めることもできない。どっちつかずの状態が続いていて、つらかったです。

不妊治療の判定日を迎える海原こうめさんの漫画

(C)海原こうめ/イースト・プレス

そんな私の救いになったのが、漫画を描くということでした。

私には「ブログ」という場所がある。ポジティブな気持ちも、ネガティブな気持ちも、漫画にして発信することで一区切りつけられる面があったのです。

ただ、ブログタイトルに「アラフォー」と明記していたからか、ときには心ないコメントが寄せられることもありました。「40代なんだから無理で当然」「どうせ見込みのない治療なんだから」とかなんとか……。

こういうコメントを見たら当然いやな気持ちにはなるけれど、それ以上に、自分と同じように悩んでいる読者の方から「描いてくれてありがとう」「救われた」と言っていただけるとうれしくて。

何度も何度も心が折れそうになったけれど、かろうじて健康な気持ちを保っていられたのは、漫画を描き続けていたおかげだったかもしれません。 

不妊治療をやめた自分だからこそ、描けるものがある

そして、最後の顕微授精。結果を聞いた時、不思議と「もういいや」という気持ちが湧いてきました。

腑に落ちたというのか、納得したというのか……。子どもを持つことを完全に諦めたわけではなかったのですが、少なくとも当時は「不妊治療はもういい」と思えるようになったんです。

自身にとって最後の不妊治療の判定日を迎えた海原こうめさんの漫画

(C)海原こうめ/イースト・プレス

どっちつかずな状況にケリがついたことで、スッキリとした気持ちになったことを覚えています。

ただ、そうなると考えなければいけないのが、これからのこと。

これからの20年は、子育てに取り組むつもりで生きてきました。それをいったん諦めた今、私には何が残るんだろう? ぽっかり空いた時間に、何をすればいいんだろうって。

そんな手持ち無沙汰な私を救ってくれたのも、やっぱり漫画を描くことでした。

不本意な形で時間が空いてしまったけれど、こうなったらもう、漫画を描くこと、つまり仕事にエネルギーを注げばいいじゃんと。

ネットには不妊治療に「成功した」話があふれる中で、「やめた」私だからこそ描ける話があるんじゃない? なんて、ポジティブに捉えられるようにもなりました。

そうこうしているうちに書籍化の話をいただいて、それに関する作業をしていたら、あっという間に時が過ぎていきました。

本当に、あらゆる場面で「描くこと」に救われてきた人生だったなと思います。

「失ったもの」ではなく「得たもの」に目を向けて行動し続ける

不妊治療をやめたことで、得たものはたくさんあります。

例えば、多様な人生を認められる視点。

これまでの私にはどこか、結婚や出産に関する固定概念があったように思います。適齢期に結婚して、子どもを授かって、子育てに携わることこそが幸せ、みたいな。

それが普通だと思っていたし、もしかしたら無意識のうちに他人にもその普通を求めていたかもしれません。

でも、今では「いろいろな人生があっていいんだ」と心から思うし、出産こそが幸せだなんて思わない。こうした視点を得られたのは、不妊治療に全力投球し、「やめる」決断を経たからだと思っています。

不妊治療を終えた後の海原こうめさん夫婦の漫画

(C)海原こうめ/イースト・プレス

人間って、どうしても得られなかったものに目を向けがちですよね。だけど、手放すことで新しい何かを得られることって、あると思うんです。

私の場合は、その最たるものが仕事であり、漫画でした。

不妊治療をやめて時間が空いたから、次は漫画に全力投球してみようって。ヘタかもしれないけど、誰に迷惑をかけるわけでもない。お金もかからないし、やってみればいいじゃん。それで本とか出せたら最高じゃんって。

そう考えたら、ぽっかり空いた時間が、ワクワクする時間に変わったんですよ。

長い人生、うまくいくことばかりではありません。ときには「もうダメだ」と絶望するかもしれない。でも、そんなときだからこそ、失ったものではなく、得たものにも目を向けてほしいんです。

不妊治療に限って言えば、私は「失敗」しました。お金も時間もかけたのに、望む結果を得られなかった。そのせいで、何度も立ち止まってはうじうじ悩んだりもしました。

でも、立ち直ったり悩んだりしながら時を過ごしているうちに、だんだんと悩む時間が少なくなっていった。そこで行動を起こせたことで、「本を出す」という目標がかなったんです。

だから皆さんも、思い通りにいかないことがあってもきっと大丈夫です。どんな体験も、きっと何か新しいものをもたらしてくれます。

……なんて、こう言い切れる「強さ」こそが、不妊治療を通して得たものかもしれませんね。

書籍紹介

『私が不妊治療をやめたわけ』(海原こうめ著/イーストプレス)の表紙
『私が不妊治療をやめたわけ』(海原こうめ著/イーストプレス)
30代前半に結婚したこうめは36歳で不妊治療をスタート。タイミング法や精液検査で夫・リロさんに協力を要請するのもひと苦労……。時に怒り、時に涙し真剣に治療に向き合う姿を笑いに変えて軽快に描いた5年間の記録。そして夫婦が出した結論は―。人気ブログ「妊活は忍活?!アラフォー不妊治療体験記」を書籍化

取材・文/夏野かおる 企画・編集/栗原千明(編集部)