出産のダメージは車にひかれるのと同レベル? 産後ケアで変わる「出産後の常識」【小雪×斎藤睦美×稲冨幹也×宗田 聡】
「統計開始以降初の出生数80万人割れ」
2023年2月28日、衝撃的なニュースが報じられた。国の推計より11年も早く到達したというこの数字に、不安を感じた人は少なくないだろう。
そんな中、岸田内閣が異次元の少子化対策として掲げた軸の一つが、産後ケアの拡充だ。
産後ケアとは、心身ともに不安定になりやすい出産後の女性を健康や子育ての観点から支援すること。
「出産自体の安全性はどんどん向上していますが、日本における産後のサポート体制はまだまだ脆弱です」と産後ケアホテル『マームガーデン葉山』を運営する株式会社マムズCEOの斎藤睦美さんは語る。
韓国や中国、台湾などの国と比較しても、日本では産後ケアの重要性の認識が浸透しておらず、「家族や専門家の援助がないままに出産直後から育児を頑張ってしまい、心身の健康を損なってしまう女性も多い」と斎藤さんは指摘する。
そこでこの記事では、2023年4月14日に行われたトークイベント「小雪と考える これからの産後ケア」(主催、エムスタイルジャパン株式会社、株式会社マムズ)から、日本の産後ケアの現状や、働く女性たちが出産後も心も体もヘルシーに過ごすためのヒントをお届けしよう。
小雪さんが第二子出産で感じた、日本と韓国の産後ケア格差
司会:まずは、小雪さんに「産後ケア施設との出会い」を伺ってみたいと思います。韓国で第二子を出産されたそうですが、そのきっかけは?
小雪:とあるドキュメンタリー撮影の仕事で、韓国の産後ケア施設を取材したことがきっかけでした。
韓国では、女性が出産した後は、産科から産後ケア施設に移るのが一般的。出産で傷付いた体をしっかり休めながら、プロの手を借りて子育てを始められると知り、「韓国の産後ケアはこんなに手厚いのか」と驚きました。
小雪:また、すでに第一子の出産を経験していた当時の私は、日本の産後ケアとの差を強く感じたのを覚えています。
その後、ドキュメンタリーのロケが終了し日本に帰国する直前に妊娠検査をしたところ、第二子がおなかの中にいることが分かりました。
このタイミングでの妊娠は「何かの運命だ」と直感的に思い、韓国で出産して自分も産後ケア施設を利用してみることにしたんです。
司会:海外で出産するのは勇気がいりませんでしたか?
小雪:そうですね。でも、取材を通して「いつか日本でも韓国のような産後ケアの文化が普及してほしい」と感じていたので、まずは自分で体験してみようと思えました。
また、私の韓国での出産体験記が、日本の未来のお母さんたちに知恵や勇気を与えることができるならばうれしいなと。
斎藤:実は、私が産後ケア施設に興味を持ったのは、まさに「小雪さんが韓国で出産し、産後ケア施設を利用した」というニュースを目にしたことがきっかけです。
その後、私の姉が出産を経験したのですが、その時に私自身も人生で初めて産後ケア施設を訪れたことが転機になり、産後ケアホテル『マームガーデン葉山』の立ち上げへとつながっています。
司会:出産後にお姉さんの様子を見たことが、実際に行動を起こすきっかけになったんですね。
斎藤:ええ。姉の産後の姿を見た時に、改めて「産後の女性ってこんなにもダメージを受けるのか」と衝撃を受けました。
実は、私の姉も小雪さんが韓国で出産されたニュースを見たことをきっかけに産後ケア施設を利用することにしたのですが、本人も「産後はこんなにつらいものだったんだ……」と痛感したそうです。
姉のように産後ケアを必要としている人はもっと日本中にいるはずなので、それであれば、私が何とかできないかと自分ごととして考える大きなきっかけになりました。
小雪:産後ケアは、すべてのお母さんのスタート地点にあるべきものですよね。『マームガーデン葉山』は、その歩みの先陣を切る存在だと思います。
「出産はできて当たり前」のことではない。母体が受けるダメージは車にひかれるレベル
司会:皆さんは、日本の産後ケアの現状についてどのように感じていますか?
宗田:日本人には、「出産はできて当たり前」のことだと思っている人が非常に多い印象ですね。
たしかに、日本の医療は海外と比較しても高水準で、出産時にお母さんが亡くなる確率はアメリカよりも低い。ただ、お母さんの体が出産後に受けるダメージは、車にひかれて交通事故にあうのと同じくらいのものです。
斎藤:私も同様の課題意識を持っています。出産すること自体の安全性は、医療技術の進歩とともにどんどん向上していますが、産後のサポートはまだまだ脆弱です。「産後ケアが必要だ」という認識さえも、まだまだ浸透していない。
中国・韓国・台湾など古くから産後ケア文化の浸透している国に視察に行った際も、その差を目の当たりにしましたね。
稲冨:宗田先生に教えてもらうまで、出産後のお母さんの体がそんなにもダメージを負うものとは知りませんでした。
僕自身も3児の父ですが、17年前に第一子が生まれた時、子どものケアばかり気を使っていたことを今となっては後悔しています。
宗田:産後にケアするべきなのは、お母さんの身体的なダメージだけではありません。
一概には言えませんが、「産後うつ」も産後の1カ月間をどう過ごすかで防げる場合があります。体と心の両方をケアして回復させていくことが、将来の子どもとの関係性にも深く影響するんです。
小雪:第一子出産の時を振り返ると、孤独感や不安感がすごく強かった。妊娠中から出産後まで、「こんなことが起きるなんて誰も教えてくれなかった」と言いたくなるようなことばかり起きる。
ホルモンバランスが乱れて眠れなくなってしまったり、赤ちゃんが泣いただけで母乳が出たり、自分の体が自分の体じゃないようで毎日不安でした。
現在の日本では核家族化も進んでいますから、自分の親の力も借りられず、気軽に先人の知恵に頼ることのできない環境に置かれている人は少なくないはずですよね。
斎藤:まさにその通りですね。誰にも頼れない、相談できない状況で、不安を抱えているお母さんが多いのは間違いありません。
以前、「1人目を出産した後、産後うつになりかけてしまった」とおっしゃっていた方に、第二子出産後に『マームガーデン葉山』を使っていただいたことがあったのですが、産後の体の回復も心の調子も全く違ったようで「こんな産後を過ごせるなら、もう一人産みたいと思える」と言って帰っていかれました。
多くの女性が口には出していないけれど、彼女のように産後のつらい経験がトラウマになっていて、「第二子、第三子なんて考えられない」と思う人もきっと多いはずです。
稲冨:そのような女性の声なき声を、男性側も理解しないといけないですね。
自分の経験を反面教師にして、「赤ちゃんだけでなく、お母さんのケアも大事にしてほしい」と来月から育休に入る男性社員には伝えました。
まずは、社内外でこうした産後ケアの重要性に関する知識を広めることからスタートしようと思います。
小雪:いまの社会では、仕事、出産、子育て、そのすべてを両立することが女性には求められていますよね。
女性活躍の推進が叫ばれる分、産後の十分な休養は軽視されがちですが、母体の10年後の健康につながる重要なものです。
小雪:お母さん自身だけでなく、子どもや他の家族の未来にも影響し得ると認識し、出産後は最低2週間程度は「育児を頑張る」のではなく、体と心の回復のために「ゆっくりする」べきだと思いますね。
「産後ケア」をもっと当たり前に。一人一人ができることからアクションを起こす
司会:ビジネスや医療を通して産後ケアに携わる皆さんが、今後実現したい未来を教えてください。
斎藤:産後ケアが当たり前の世の中になるように尽力していきたいですね。そのためには、人の目を気にせずに妊娠や出産の「楽しさ」だけでなく「つらさ」も共有できる環境が重要です。
宗田:私は20年以上前から産後ケアに携わってきましたが、認知拡大の道のりは長く険しいものでした。ここ数年で急速に産後ケア施設などが拡充されつつあるのを肌で感じ、とてもうれしいです。
また、認知が拡大し始めたいまだからこそ、誤情報やビジネスライクなサービスではなく、背景や中身を重視したサービスが広まってほしいと願っています。
稲冨:以前は「今よりもっと子育てしやすく、お母さんを労わる日本社会に変わればいいな」と漠然と考えていましたが、そのためには第三者として傍観するのではなく、一人一人がアクションを起こす必要があると気付きましたね。
僕自身も、できることを続けていきたいです。
小雪:私も、自分自身が子育てをするようになってから、子どもが成長して大人になった将来の世界が、どうあってほしいかを考えるようになりました。
より良い未来を生きてもらえるように、できることからアクションを起こしていけたらと思いますね。
斎藤:産後ケアの必要性を、女性から訴えるばかりではなく、男性側からも肯定してもらえる世の中になればうれしいですね。
例えば、お父さん側から産後ケアサービスの利用を提案してもらえたら、お母さんにとっては一生記憶に残るプレゼントになりますから。
小雪:今日のイベントが、これから子どもを持とうと考えている女性たちの笑顔を少しでも増やすきっかけになればうれしいですね。
取材・文/井上茉優 編集/栗原千明(編集部)