「やりたいこと」がない人は雇われない? “すご過ぎるAI”で激変する仕事・採用の未来【石角友愛】

今、人工知能チャットボット『ChatGPT』などの生成AIの進化に伴い、あらゆる企業が業務のあり方を見直しつつある。
AIが絵を描く、音楽をつくる、きれいな文章・資料を作成する……そんな“すご過ぎるAI”のニュースを目にするたびに、「いよいよAIに仕事を奪われるのでは」という不安が頭をよぎる人も多いかもしれない。
シリコンバレーでAIベンチャーを経営する石角友愛(いしずみ ともえ)さんは、「ここから先1年で、日本企業の人材採用や業務効率化のあり方も様変わりする」と話す。
AIをはじめ、テクノロジーの急速な進化は今後も避けられない。そんな中、働く女性のキャリアにはどんな変化があるのだろうか。
これからの時代に仕事を続けていく上で欠かせないスキルと合わせて聞いた。
『ChatGPT』がけん引、AIの民主化が本格的に進んだ
ーー『ChatGPT』をはじめ「生成AI」という言葉をよく耳にするようになりました。そもそも、生成AIとは、一体どんなものなのでしょうか?
生成AIとは、人間が文章で出した指示に基づいて、文章や画像、動画、プログラミングのコードなどを短時間で自動的に生成するAIです。
文字起こしした原稿を要約したり、商品のコピーを考えたり、講演のアウトラインを作成したり、ビジネス戦略の壁打ち相手になったり……。ありとあらゆる使い方をすることができます。
『ChatGPT』はLLM(ラージランゲージモデル)と呼ばれる大規模言語モデルを発展させたもので、LLMにインターネット上の膨大な情報を学習させることにより、ユーザーの質問に対する回答を導き出す仕組みになっています。
『ChatGPT』に指示を出す際は、「あなたはプロの編集者です」「あなたはプロのカウンセラーです」などと、役割を設定するとこちらの期待する方向性で回答を得ることができると言われており、こうした点も面白いですね。

ーー生成AIに関するニュースが連日メディアで取り上げられていますが、この1年でここまで注目されるようになった背景には何があるのでしょうか?
今年、『ChatGPT』が一般社会に広く浸透したことによるインパクトはかなり大きかったですね。これまでのAIブームとの大きな違いは、AIが本当の意味で民主化したところにあると思っています。
では、なぜ『ChatGPT』がここまで一気に世の中に浸透したかというと、このサービスがチャット形式であったことが大きいのではないでしょうか。
誰もが簡単にログインして試せる「使い勝手のいい仕様」だったからこそ、これほど圧倒的なスピードで多くの人に受け入れられたのだと思います。
また、使い勝手だけではなく、技術面にもここまで一気に普及した要因があります。『ChatGPT』は、『Alexa』や『Siri』などの音声入力型のAIとは、根本的に異なる性質を持っているものです。
例えば、私たちは今まで、音声入力型のAIと話すときに「AIに話し掛けている」ことを強く意識していたのではないでしょうか。
ところが『ChatGPT』はこれまでの会話の文脈を覚えていてくれるので、コミュニケーションコストが最小限で済みます。
つまり、『ChatGPT』が従来の対話型AIの問題点を解決するサービスであったことも、普及を後押しした一因であったと考えられます。
生成AIの活用は「全業界」で進んでいく
ーー『ChatGPT』をチャットツールのようにとらえている人もいるかもしれませんが、他にはどんなことができるのでしょうか?
一般に公開されている『ChatGPT』のAPI(※)を使えばさまざまな形式のデータを扱えます。
例えば、私は今までポッドキャストで発信した内容をブログで読める形式にするためにライターさんに文章としてまとめてもらっていたのですが、『ChatGPT』のAPIを使うことで、音声から一発で要約テキストを作れるようになりました。
同様に、最近では動画や音声の編集の際にも『ChatGPT』を活用することがあります。このようにマルチモーダル(複数の形式や種類のデータを扱う)な使い方ができるのも、『ChatGPT』の非常に画期的な点ですね。

今まではプロに依頼しなければいけなかったような仕事を簡単かつ低コストでできるようになるわけですから、「『ChatGPT』にできることは、何でもやらせて業務を効率化する」方にシフトする企業は多いと思います。
また、これまではAI活用をうまくできている企業がDXに精力的に取り組むIT企業などに限られていましたが、今後は生成AIの導入が「全ての業界」の「全ての仕事」で進んでいく。それくらい、大きな変化の時がきていると言っていいでしょう。
先日、東京大学が、生成AIに関する声明の中で「人類はこの数カ月で(後戻りできない)ルビコン川を渡ってしまったかもしれない」と述べていましたが、まさにその通り。

業種や職種を問わずあらゆる領域で生成AIの導入は進みますので、私たちは自分の仕事が生成AIによってどのように変わるかを知り、波に乗り遅れないようにしなくてはなりません。
ーーこれまでは「人間の仕事」だと言われていたような、クリエーティブな仕事や課題解決を行う仕事まで、生成AIはカバーできるようになっている印象です。そんな中、なくなる可能性の高い仕事はあるのでしょうか?
生成AIができることとして、絵を描いたり、音楽を作ったり、テキストを作成したり、ビジネス課題解決のための妙案を出したり、人間がやってきたことを代替できる部分は多いと思います。
とはいえ、編集職自体がなくなるとか、何かの仕事が丸ごとなくなるかというと、そんな単純な話ではありません。
確かに、ある職業の作業フローを細分化したときに、その中の大部分が自動化できるようになるなど、『ChatGPT』に置き換わる流れは今後どんどん加速するでしょう。
しかし、全ての業務が『ChatGPT』に代替されるかと言うと、今のところはそうではないと思います。なぜなら、AIには「意思」がないからです。
例えば、「〇〇という目的を果たすために、こういう記事を作りたいな」と考えるのは、やっぱり人間です。
今のAIにできるのは、人間が思い描いた「こういう記事を作りたいな」という願いに沿って、「じゃあ、こういう文章はいかがですか?」といくつかのパターンを導きだすこと。
あくまで、クリエーティブやビジネスの出発点にある「こうしたい」という意思は、人間に求められる部分です。

人間にとって「主体性」が最も大切な時代へ
ーー働く人たち一人一人の「意思」がよりいっそう大事になるということですね。
そうですね。「こうしたい」「こんなものをつくりたい」という主体的な発想があって初めてAIを「使いこなせる側」に立てるようになるとも思います。
やりたいことが出発点としてあって、そのためにAIを活用する。それができるようになれば、AIに仕事を奪われる……なんていうことを恐れる必要はありません。
むしろ、仕事の中でできることが増えてワクワクする機会も増えていくはずですよ。
ーー人間がやるべき仕事が「出発点づくり」のようなより本質的なものになっていく中で、採用のあり方も変わってきますよね。
ええ、まず書類でその人のことを判断する難易度はぐっと高まりますね。
例えば、『ChatGPT』があれば、それなりの文章はみんなが書けるようになるし、無難なエントリーシートも作れてしまいます。そうなると、文章の時点では大体の人が平均化されてしまう。
主体的に働ける人なのかどうか確認するために、面接の場などで個別の体験を深掘りして聞いたり、ある物事に対してどういう考え方をする人なのか意見を聞いて確かめたり、「あなただからこそできること」が何なのかを問われるシーンが増えていくのではないでしょうか。
ーー主体性の他にも、これからの人材採用で重視されるようになる能力はありますか?
大きく分けて二点あると思います。
一つ目は、「どれだけ生産性高く働けるか」が、今まで以上に重要な採用の価値基準になるはずです。
これからは『ChatGPT』をはじめAIを使って業務をすることが当たり前の時代になりますから、その前提のもと、どれだけ効率的に業務をこなせるかを見る選考スタイルが出てくるかもしれません。

また、『ChatGPT』を使ったことがある人ならイメージできると思うのですが、AIが出す情報の中には、間違った情報も含まれています。
つまり、人間には「情報を目利きする」力がよりいっそう必要になる。テクノロジーに頼りきるのではなく、AIが出したもっともらしい回答が本当に合っているのかどうかを検証する教養や高い専門性がよりいっそう重要になるでしょう。
ーー学ぶことをおろそかにしていいというわけではないんですね。
むしろ、学び続けていかないと、新しい技術を「使いこなす側」にはまわれないと思いますし、自分なりの意見を持つためにも、学習・体験の数を増やしていくしかありません。
「あなたはどうしたいの?」「あなたはどう思うの?」と聞かれたときに、『ChatGPT』が導きだすような平均的な回答しかできないのであれば、「……それは『ChatGPTでいいよ』」と言われる時代がすでに来ています。
また、自分らしい唯一無二の意見は、「経験」の中からしか生まれません。
例えば、『ChatGPT』に「アフリカ旅行に行ったら何が経験できるか」と聞けば、当たり障りのない回答が得られるでしょう。
でも、あなたの友人がアフリカに旅行に行って、「アフリカはどうだった?」と聞いたら……出会った人のこと、実際に経験して楽しかったことや困ったことなど、もっと詳細で色濃い情報が返ってくると思いませんか?
そして、どちらが人の興味を引き、心を打つ情報なのかは、明白ですよね。その「差」がビジネスの場でも求められるようになるんです。
一朝一夕で身に付くものではありませんが、人よりもたくさんの経験を積んで、自分なりの感想を持つ訓練をしてみる。それだけで、これからのAI時代をサバイブしていくのに必要なスキルが磨かれていくと思いますよ。

パロアルトインサイトCEO・AIビジネスデザイナー
石角友愛(いしずみ・ともえ)さん
2010年にハーバードビジネススクールでMBAを取得したのち、シリコンバレーのグーグル本社で多数のAI関連プロジェクトをシニアストラテジストとしてリード。その後HRテック・流通系AIベンチャーを経てパロアルトインサイトをシリコンバレーで起業。データサイエンティストのネットワークを構築し、日本企業に対して最新のAI・DX戦略提案からAI開発・導入まで一貫したAI・DX支援を提供。AI人材育成のためのコンテンツ開発なども手掛け、順天堂大学大学院医学研究科データサイエンス学科客員教授(AI企業戦略)および東京大学工学部アドバイザリー・ボードをはじめとして、京都府アート&テクノロジー・ヴィレッジ事業クリエイターを務めるなど幅広く活動している。著書に『いまこそ知りたいDX戦略』『いまこそ知りたいAIビジネス』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『経験ゼロから始めるAI時代の新キャリアデザイン』(KADOKAWA)、『才能の見つけ方 天才の育て方』(文藝春秋)など多数 (パロアルトインサイトHP)
取材・文/一本麻衣