17年ぶり新刊発売の『働きマン』に学ぶ「忙しすぎる仕事は辞めるべき?」の罠

「自分らしく働く」のヒントがここに
働く女の悩みは「女子マンガ」に聞け!

「労働×女子」の分野でマンガ研究を行う大学教員・トミヤマユキコさんが、働きながら生きる上での悩みを“女子マンガ“で解決します!

トミヤマユキコさん連載

働く女性たちの悩みに対して、解決の糸口になる「女子マンガ」をトミヤマさんがピックアップしていくこちらの連載。

初回は「仕事は好きだけれど忙しすぎる」というお悩み。将来を考えると転職した方がいいのか、このまま続けた方がいいのか……。

この悩みに対してトミヤマさんが取り上げたのはテレビアニメ化もされた名作『働きマン』。今年、17年ぶりに新刊が発売されたことでも話題だ。

『働きマン』最新巻の書影

Ⓒ安野モヨコ

「バリキャリの仕事人間の話」というイメージを持たれがちだが、実は「仕事を最優先させていいのか分からないという悩みに対して、フラットな視点を与えてくれる」とトミヤマさんは話す。その真意とは?

トミヤマユキコさん

東北芸術工科大学准教授/マンガ研究者/ライター
トミヤマユキコさん

1979年、秋田県生まれ。早稲田大学法学部を卒業後、同大大学院文学研究科に進みマンガ研究で博士(文学)を取得。2019年4月から東北芸術工科大学教員に。ライターとして日本の文学、マンガ、フードカルチャーなどについて書く一方、大学では現代文学・マンガについての講義や創作指導も担当。2021年より手塚治虫文化章賞選考委員。著書に『ネオ日本食』(リトルモア)、『労働系女子マンガ論!』(タバブックス)、『10代の悩みに効くマンガ、あります!』(岩波ジュニア新書)、『文庫版 大学1年生の歩き方』(集英社文庫)、『少女マンガのブサイク女子考』(左右社)、『40歳までにオシャレになりたい!』(扶桑社)、『パンケーキ・ノート』(リトルモア)などがある ■XInstagram

【お悩み】仕事は好きだけど、将来両立できる気がしない

Aさん/30歳/営業職

現在の仕事は、突発的な業務が発生しやすく、多くの時間を割かざるを得ません。

また、量をこなすことが評価されがちな風土もあるため、必然的に労働時間が長くなってしまう状況です。

そのため、平日のプライベートの予定が立てづらく、恋人とのすれ違いも生じています。

仕事自体は好きですが、将来的に両立できるイメージは湧きません。仕事を続けるかどうか選択を迫られた際、何を優先すべきか悩んでいます。

ご相談を拝見したとき、真っ先に思い浮かべたのが、安野モヨコ先生の『働きマン』でした。

『働きマン』1巻の書影

Ⓒ安野モヨコ

2004年から連載され、テレビドラマ化もされた大ヒット作品ですが、08年に休載しているので、もしかしたら読者の皆さんにはなじみがないかもしれませんね。

「少し上の世代のお仕事マンガ」というイメージがある人もいるかもしれませんが、実は時代を問わず、「ワークライフバランス」に悩む女性たちにヒントを与えてくれる作品なんです。

同作の主人公である松方弘子がまさに相談者であるAさんのような働き方をしているんですよ。

松方は大手出版社の週刊誌編集部に所属しているため、スケジュールはなかなか読めないですし、校了間近ともなればズタボロになるまで働くこともあります。

当然、恋人のとのすれ違いもめちゃくちゃ発生しています。そこまでしないと雑誌を出せないのが本作の職場環境なのです。

ちなみに、現実世界においては、働き方改革の影響などもあり、雑誌制作の現場はここまで修羅場じゃないです……と言いたいところですが、知人友人の雑誌編集者が寝ないで働いているのを見かけることもままあります。

いざとなったら、徹夜で脳みそフル回転、みたいなことになるのがこの仕事なのですよね。

『働きマン』で松方が身を粉にして働く様子を描いたページ

Ⓒ安野モヨコ

こんなに大変な仕事であるにもかかわらず、雑誌作りをやめない人たちがいます。松方もそのひとり。やっぱり仕事が好きなのですよね

週刊誌の編集部員として、独占取材を取りつけたり、スクープ記事を書いたりすると、すごくうれしいし、やりがいを感じるのです。

作品を読んでいると、松方にとって仕事は「好きなこと」などという生やさしいものではなく、生きることそのものだと言っていいくらいです。

働くことがそこまで血肉になっている人から仕事を取り上げるのは、シンプルに酷です。

だから松方がプライベートより仕事を優先する姿を見ても、「松方だもんなあ」と思ってしまいます。彼女の場合は、今のところ、それでいいし、それがいいのです。

『働きマン』で松方が恋人との時間よりも仕事の優先度が上がっている姿を描いたページ

Ⓒ安野モヨコ

『働きマン』には、松方とは違い、自分のペースで働く女性も出てくれば、女の幸せと言われているものを追求する女性も出てきます。

彼女たちの働き方を目の当たりにした松方は、仕事に夢中な自分を否定まではしないものの、自分の人生はこのままでいいのかと悩むことはあるんですね。

しかし結局は、とことん働くことを選びます。本作の名台詞に「あたしは仕事したな──って思って死にたい」というのがありますが、松方は結局のところ、そういう自分へと何度でも回帰していくのです。

『働きマン』で松方が名台詞を残したページ

Ⓒ安野モヨコ

どんなに迷っても結局「行き着く自分」が誰にでもある

Aさんに『働きマン』を処方するのは、松方のように仕事に生きろ!と言うためではありません。

そうではなくて、松方がどんなに悩んだり迷ったりしても「結局ここに落ち着く」という場所があるように、Aさんにもそれがあるはずで、それがどこなのかを、確認してもらいたいのです。

結局のところ「こういう自分が好きだなあ」とか「こういう自分に落ち着いてしまうなあ」というもの(納得感と言い換えてもいいです)が、きっとあるはず。

そしてそれが、もしいまの職場以外でも手に入りそうなのであれば、ワークライフバランスを変えられるかもしれません。

居場所は変わっても、同じ納得感が得られるのであれば、それは「アリ」ですよね。

『働きマン』の中では、松方が頼りにしているマッサージ店のお姉さんが、回転率を重視するお店に転職したものの、一人一人の身体の凝りにじっくり向き合えない働き方に疑問を感じ、再び転職をするというエピソードが出てきます。

『働きマン』でマッサージ店のセラピストがキャリアに悩むページ

Ⓒ安野モヨコ

つまり彼女の場合、居場所が変わったら、これまでのような納得感を得られなくなってしまったのです。もうけることだけを考えたら、回転率のいい店で働いた方がいいんでしょうけど、そういうことじゃなかった、というわけですね。

まさに、「結局落ち着く場所」に舞い戻ってきたエピソードですよね。

一方で、「どうしても今の場所じゃないとこの納得感は得られないのだ」ということであれば、働きながら自分なりの正解を模索していくより他ありません。

そのためには、パートナーの理解を得ることも必要になってくるでしょう。すんなり理解を得られればラッキーですが、そうもいかないのが現実ですよね。

『働きマン』では、松方と恋人が多忙によるすれ違いを理由に破局していますが、これは圧倒的なコミュニケーション不足が原因です。

『働きマン』で松方が恋人と破局したページ

Ⓒ安野モヨコ

忙しすぎて、疲れすぎて、建設的な話し合いができなくなってしまうと、交際継続はかなり難しくなってきますので、こまめにコミュニケーションを取るようにしたいところ。

いっそのこと同棲してしまうのも、顔を合わせる機会が増えるという意味ではアリかもしれません。こういうことは、自分の意見を押し付けるだけでもダメだし、相手に合わせるだけでもダメ。めんどくさくても徹底的に話し合うしかありません。

でも、そのことによってふたりの人生設計がクリアになり絆が深まるなら、むだな努力ではないですよね。

「~すべき」と考え始めたら要注意

ここでAさんのお悩みをもう一度見返してみると、Aさんは仕事を「つらい」「嫌だ」とはひと言も言っていません。Aさんはむしろ「仕事自体は好き」なのですよね

世の中には仕事を好きになれず「生活のため」と割り切っている人も少なくありません。そう考えると、仕事を好きでいられることは、とても幸せなことなんじゃないかと思います。

お悩み相談でわたしがいつも気にしているのは「~するべき」という言葉遣いです。

悩んでいるとき、人は「~したい」のモードで思考することが難しくなります。そして「~するべき」が存在感を増してくる。実際にAさんも「何を優先すべきか悩んでいます」と書いています。

しかし、長い人生をサバイブしていくのに必要なのは「~したい」というポジティブな感情だろうと思うのです。

「〜するべき」で物事を考え、常識の範疇に収まっていれば安心はできるかもしれませんが、「〜すべき」のチェックリストを全てクリアできても、「〜したい」が疎かになれば、心は次第にしぼんでいきます。

ですので、できるだけ「〜したい」を増やして、「〜すべき」があまり幅を利かせないようにしたらいいんじゃないかと思うのです。

『働きマン』には「〜したい」と「〜すべき」の間で悩む人々のエピソードがいくつも出てきます。

『働きマン』で「~したい」と「~すべき」の狭間で悩む人を描いたページ

Ⓒ安野モヨコ

彼らがすんなり正解を導き出せるかと言ったら、決してそんなことはありません。泥臭く、汗まみれになりながら、自分だけの答えを探しているひとばかりです。

Aさんにはぜひ同志を探すような気持ちで『働きマン』を読んでいただきたいです。

折しも、17年ぶりに最新5巻が出たところ。読むなら今がちょうどいいタイミングですよ。

『働きマン』最新巻情報

働きマン 最新巻書影

Ⓒ安野モヨコ

『働きマン』(講談社 コミックプラス) 2024年6月27日 5巻発売

未単行本化だった話をまとめてついに発売!週刊「JIDAI」の編集者・松方弘子と彼女のまわりで働く様々な人たちの視線を通して、「働くとは何か」に悩みながらそれぞれの人生に向き合っていく姿を描く、安野モヨコの意欲作。

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