“縦社会・男性優位”のお笑い界で、なぜ「22歳の若い女性」が一大ムーブメントを起こせたのか?【お笑い界の母・K-PRO 児島気奈】

撮影/永峰拓也
かつては「関西中心」が色濃かったお笑いの世界。しかし近年では「東京のお笑いライブ」から人気芸人たちが次々生まれ、お笑い界を席巻している。
ブームの仕掛け人は、年間1000本以上の多様なお笑いライブを企画する制作会社「K-PRO(ケープロ)」代表の児島気奈さん。芸人たちからは「お笑い界の母」と慕われ、20年の長きに渡り東京のお笑いシーンを盛り上げ続けている。
2004年に、22歳という若さでK-PROを立ち上げた児島さん。縦社会、男性優位の文化が根強かったという当時のお笑い業界で、なぜ「若手」の「女性」が結果を残すことができたのだろうか?

株式会社K-PRO 代表
児島気奈さん
1982年東京都生まれ。2004年にK−PROを旗揚げし、現在は年間1,000本以上のイベントを企画・主催。21年には劇場〈西新宿ナルゲキ〉をオープンし、近年は所属芸人の育成も行っている。著者に『笑って稼ぐ仕事術 お笑いライブ制作K-PROの流儀』(文藝春秋)。 X
「バイト代はほとんどライブ運営費に消えた」裏方の下積み時代
そもそも児島さんはなぜ、お笑いライブの制作会社を始めようと思ったのでしょうか?
もともとお笑いは大好きで、高校3年生のときにお笑いライブのボランティアスタッフに参加したことをきっかけに「まだTVには出ていないけれど、舞台で活躍してる面白い芸人さんたち」に魅力を感じるようになりました。
そして仲間内でお笑いライブを企画するようになって、成り行きで私が代表として動くように。もっとお笑いライブを盛り上げていきたいという思いから、K-PROを旗揚げしたんです。
その情熱は、趣味では終わらなかったのですね。
とはいえ当初はビジネスとしては考えていなかったんですよ。
もうけは度外視でした。私自身も、朝5時からアルバイトに行って、夕方はお笑いライブ、その後は打ち上げ…という生活をずっと送っていて、バイト代はほとんどライブの運営費に消えていたんです。
若手芸人の苦労話はよく耳にしますが、裏方にも下積みが……!

ライブの企画からMCまでマルチに務める児島さん
当時はお笑い好きのスタッフで赤字を補填するような体制でした。
企業から「ライブに出ている若手芸人を紹介してほしい」など声がかかるようになったのは、設立して4年後くらいのことです。
そこからやっと会社として利益が生まれてきた?
まだまだもうけているというほどではなくて、実際に利益を考えるようになったのは2011年頃からです。
震災直後の「お笑いは不謹慎だ」という空気を変えるために、ライブの企画を充実させて、チケット代を上げてもお客さんに来てもらえるような工夫をしました。
そこから芸人さんたちが『K-PROのライブはちゃんとしている』と事務所サイドに伝えてくれて、徐々に信頼を得られるようになってきたんです。
「どうせイケメンばっかり集めるんでしょ?」女性だから言われた言葉の数々
近年はTV番組の「アメトーーク!」(テレビ朝日)で『K-PRO芸人』が特集されるなど、K-PROはお笑いライブブームをけん引する存在となりました。
それでも設立当初から順風満帆というわけではなかったのですね。
立ち上げ当時は「お笑いライブは、芸人が売れる前に出る場所」といったイメージを持たれていたんですよ。
TVに出ないとプロではない、ライブはあくまで練習の場で、「毎日ライブに出ているのは、売れてない芸人の証拠」だと。
当時は若い女性である私がライブの価値を伝えなければならないわけですから、どうやって芸人さんたちのモチベーションを上げられるかは悩みましたね。

当時22歳の児島さんが、お笑い業界の意識を変えるのは難しそうですよね。
苦労と感じていたわけではありませんが、当時のお笑い業界は縦社会であり、男性優位の世界であるというのは、事実としてありました。
それでは「若い女性」が一番立場が弱い……。
実際に「若い女性はすぐ辞める」とはずっと言われてました。「どうせお笑い芸人のファンなんでしょ」「彼氏ができたら辞めるだろう」と。
他のライブ主催者からは「女性は見る目がない」「どうせイケメンばっかり集めるんだろう」とか、皆さんが想像するようなことは一通り言われてきましたね。
悔しすぎる……! そんな声には、どう対処してきたのでしょうか?
お笑いの世界で、スタッフさんや芸人さんから信頼を得るには「笑わせる」のが一番だと思っていたので、自分も芸人になったつもりで振る舞っていました。「私はもう死ぬまでお笑いやりますんで~!」みたいに、おどけてみるとか。
あとは、いかに芸人さんから「使えるスタッフ」だと思われるかは常に意識していました。
使えるスタッフ?
ずっとパンツスタイルで黒い服を着て、アクセサリーはしない、メイクもほとんどしない。見た目は常に、本気の仕事モードでした。
それから「一番のパシリになってやろう」と思って、汚いものの片づけなど、普通なら嫌がる仕事を率先してやっていました。そこを見てくれてる人は絶対いるだろうと信じていましたから。
一番のパシリ……!

K-PRO所属芸人たちと児島さん。「全身黒」のファッションは今やトレードマークだ
それに加えて、舞台の袖で笑って「面白かった」と声をかけるなど、ライブに出てくれる芸人さんたちとコミュニケーションを取っていきました。
今ではそれらを後輩のスタッフがマネして受け継いでくれていて、少しずつ裏方の空気感も変わってきたように感じます。
そうやって「誰よりも気が利くスタッフ」「出ていて心地よいライブ」をとことん提供することで、芸人さんたちの信頼を得られるようにしていきました。
「女だから」と、なめられないための戦い方も変わってきた

芸人さんのネタ見せの様子
芸人の楽屋にお菓子やお弁当などのケータリングを出し始めたのも、K-PROが業界初だと聞きました。
徹底して「芸人ファースト」を貫いてきて、芸人さんたちからの風当たりが変わった瞬間はありましたか?
私が作業をしているかたわらで、漫才師の磁石さんが二人で稽古をしていたんです。
その時に「ちょっとこっち来て」と呼ばれて、「漫才に違和感があったら教えてほしい」と意見を求められました。
私がちゃんと芸人さんのネタを見ていることに、気付いてくれているんだなとうれしく思いましたね。
そうやって徐々に「若い女の子」ではなく個人としての信頼を積み重ねていったのですね。
あとはこの数年で、お笑い業界自体も女性への見方が変わってきたように思います。それまで女性の笑いは「女を捨てる」ことが、男性からなめられないための戦い方でした。
でもある時から「女だからこそ笑っちゃう」ようなスタイルの方たちが増えてきたんですよ。
例えば青木さやかさんや、柳原可奈子さんなど、女性ならではの視点で笑いをとっていてかっこいいですよね。
女性芸人さんたちも、男性社会的なお笑い業界を切り開いてきた存在なんですね。
私はどちらかといえば、男社会に染まろうとしていた部分がありましたが、彼女たちを見た時にはっとして。
細かいところに気を利かせたり、ピリピリしたときに場を和ませたり、私の強みを生かせるのであれば、無理して男性のように振る舞わなくてもいいんだと強く思えるようになりました。

2021年にK-PROの新たな拠点としてオープンした西新宿ナルゲキ
「若手だからこそ」できることはたくさんある
今では児島さんのことを「東京お笑いライブシーンの母」「お笑い界の母」と呼ぶ人も増え、多くの芸人さんから慕われています。この“K-PROブーム”はなぜ生まれたと思いますか?
私自身が何か一発大逆転したという感覚はなくて、K-PROに長く出てくれていた仲間たちが、TVやM-1グランプリなどの賞レースで活躍するようになってくれたからです。
M-1チャンピオンになったウエストランドもそうですし、アルコ&ピース、三四郎、モグライダー、ランジャタイなどもそう。磁石、三拍子、流れ星がK-PROライブの楽屋のノリをTVでやって、「舞台でやってきたことは、TVでもウケる」を証明してくれたのも大きかったと思います。
それを後輩の若手芸人たちが見て、モチベーション高く舞台に上がってくれるようになりました。

大好評の児島さんセレクションライブ「K-PROこじま寄席」。共にお笑いライブシーンを支えたメンバーたちも登場する
「仲間」といえる芸人たちの活躍が後押ししてくれたんですね。すてきです。
そして彼らが「K-PROのライブって居心地がいいし、スタッフさんたちもすごく気が利くんだよ」と広めてくれたのも、私の中では一番の自信になっています。
彼らのがんばりをそばでずっと見ていましたが、彼らもK-PROを見てくれていたんだなと。
まさに児島さんが若手時代に考えていた「自分のがんばりを見てくれる人は必ずいる」につながりますね。
そうですね。そう考えると、かつて先輩たちから散々聞いていた「若いうちは苦労しろ」って、本当だったんだなって思いますよ。
少し古い考えかもしれないですけど、若いからこそがんばりを評価してもらえることもありますし。
若いからこそ評価してもらえること?
例えば私は昔、「細かいところに気配りができます」と自分が得意なことをアピールしていたんですよ。
今思うと、若くして気配りできる人ってあんまりいないからこそ印象に残って顔を覚えてもらえましたし、アドバイスも頂けていました。
あとは若いからこそ、「怖いおじさん」のような人の話を聞けたのはよかったなと思っていて。
怖いおじさん、ですか!?
厳しいイメージがある方たちって、自分のことだけではなく、業界の未来を心配してくれる人が多いんですよ。だからこそ「次の世代は任せたよ」と、若い人に向けて話をしてくれます。私もいろいろなことを教わりましたしね。
だから今の若い方たちも、年上の厳しい人にガンガン話しかけるといいと思いますよ。怖いおじさんたち、実はとってもかっこいいですから(笑)
若手のことを考えて、厳しくも愛を持って話をしてくれるということですね。
私も今は次世代につなげる立場になってきているので、私自身も若い方に何でも教えたいという気持ちでいます。そうすることでお笑い界はもっと盛り上がると思いますし。
今後は私自身も若手に負けじとどんどん挑戦を続けて、お笑い界に明るいニュースをつくっていきたいですね。

芸人たちのマネジメントも始めたK-PRO。写真はK-PRO所属芸人のコンビ「めしあがれ」。まんたナイスミドル(右)、ゴゾンジ岩谷(左)
取材・文/於ありさ 編集/大室倫子(編集部) 画像/本人提供