パリコレを経験した社長が“障がい者モデル”を育成して気付いた「見えない壁」の打ち破り方

ダイバーシティの概念が浸透して久しい昨今、ファッションの世界にも多様性が広がっている。すでに海外では障がいの有無や性別、性的志向、人種など、さまざまな違いに左右されない「インクルーシブ・モデル」が登場しているのだ。

日本でも、障がいを持ったモデルたちを起用する動きは広まっている。

「彼ら・彼女らを『障がい者だから』という理由で起用していては、真の多様性にはつながらない」

そう話すのは、かつてファッションモデルとして活躍し、パリコレの舞台に立った経験を持つ髙木真理子さんだ。

株式会社グローバル・モデル・ソサイエティー 代表取締役 髙木真理子さん

株式会社グローバル・モデル・ソサイエティー 代表取締役 髙木真理子さん

福岡県出身。20歳のとき、ファッションモデルとして『COMME des GARCON』のコレクションでデビュー。三宅一生氏に招聘されパリコレにも参加。日本をはじめアジア、ヨーロッパで一流デザイナーのコレクションに出演し、モデルとしてのキャリアを確立する。出産後に、ウォーキング指導を本格的にスタート。約30年間で延べ10万人以上を指導してきた。2022年、障がい者モデルの発掘・育成を手掛ける株式会社グローバル・モデル・ソサイエティー(GMS)を設立

彼女が運営するモデル事務所『グローバル・モデル・ソサイエティー(GMS)』は、障がいを持つ人が所属するモデルエージェンシー。

しかしGMSでは、障がいを“売り”にはしない。あくまでも「一人のプロモデル」として世に送り出す。

その理由を聞くと、未だ社会に根深く残る偏見や先入観など「見えない壁」を打ち破るためのヒントが見えてきた。

偶然引き受けた障がい者向けレッスンがきっかけに

事務所立ち上げのきっかけについて話す高木さん

髙木さんがモデルとしてのキャリアを歩み始めたのは1980年代のこと。『COMME des GARCON』のコレクションでデビューし、23歳の時には世界的有名デザイナーである三宅一生氏に招聘され、パリコレの舞台にも立った。

そんな彼女に転機が訪れたのは30代に入った頃。出産のため一時期、仕事を休んでいるときに、ウォーキング講師の依頼が来たのだ。

髙木さん

以前からモデルの仕事の合間にウォーキングの指導はしていたので、これを機に本格的にやってみようと思いました。10年もすると月に400人以上のレッスンをするまでになり、ある日知り合いから『知的障がい者の団体でウォーキングを教えてほしい』と声が掛かったんです。

障がいを持つ人に指導するのは、初めての経験。障がい者の生徒の中には、話を聞いてくれなかったり、話しかけるだけで目をそらして俯いてしまったりする子もいたという。

髙木さん

それでもレッスンを続けていくと、徐々に自信が沸いて、堂々と歩けるようになる子も出てくるんですよ。このレッスンをきっかけに他の保護者の方からも受講希望の声が増え、障がい者向けのウォーキングレッスンで数クラスを持つまでに拡大しました。

レッスンが増えていくと、髙木さん自身も手応えを感じるようになった。中には、プロのモデルとしてやっていけると思える子が、少なからずいたからだ。

髙木さん

レッスン後に顔つきが変わって、一般的なプロのモデルたちと遜色ないウォーキングができる子もいました。そのとき、この子たちを『障がい者だから』ではなく、プロとして自立した、しっかりと稼げるモデルとして世に送り出したいと思うようになったのです。

事務所立ち上げの理由を語る高木さん
髙木さん

これまで健常者も含めてたくさんの子を教えてきたけれど、レッスンを受け持っているだけでは、卒業後の成長も分かりません。それも寂しいですから、自分で事務所を立ち上げて彼ら・彼女らを育成して売り出したいと考えるようになりました。

そんな時に、「プロフェッショナルな障がい者モデル事務所」の構想に共感してくれたのが、ホテル向けのハウスキーピング事業などを手掛ける株式会社グローバルゲイツの代表、梅村真行さんだ。

「キレイを創る会社」という同社の理念にも合致していたことから、グループ会社としてグローバル・モデル・ソサイエティーが設立された。

髙木さん

モデルには、ファッションを通じて人の心を動かすための芸術性、アートの要素が求められます。障がい者のモデルであってもそれは変わりません。

そして、彼ら・彼女らにそれができることも分かった。ですから、事務所を立ち上げることへの不安は全くありませんでした。

障がいを理由に、指導の手を緩めることはない

最近では、障がいを持つ人がメディアや広告に登場することも増えてきたが、あくまでも「障がい者」役を期待されることがまだまだ多い。

しかし髙木さんは、「健常者と同じ土俵でモデルとして勝負できる」と感じている。

髙木さん

分かりやすい障がい者役ではなく、何人かモデルが並んでいる中で、『この人、障がい者だったんだ』と後で気付くくらいが私の理想です。

日本の企業は障がい者モデルを起用するのをまだまだ怖がっている節があり、『撮影がスムーズにいかないのでは』とか『コンセプトを理解できないのでは』なんて心配されることもありますが、そんなモデルを私たちが送り出すわけがありません。

なぜなら、GMSでは知的障がいがあろうと身体が不自由だろうと、しっかりプロとして育ててから仕事に送り出しているから

高木さん モデル写真を横に

それゆえに、レッスンは厳しい。体幹が弱かったり集中力が続かなかったりするモデル相手でも、ウォーキングは、本番と同様のスピードで真っすぐ歩くことを教え込む。そこについてこれなければ仕事にならないからだ。

また、指導はコミュニケーション面にも及ぶ。身体的な機能の問題で、言葉が円滑に出なかったとしても、相手の目を見て話せるように訓練し、ジェスチャーや筆談を駆使して、伝えようとする姿勢を引き出すのだ。

髙木さん

私自身もモデル時代パリに行って、当時は英語もフランス語も分からなかったけれど、何とかなったんですよね。コミュニケーションは伝えたい気持ちが最も大事で、それは障がいがあっても同じ。少なくとも『障がいを理由にできない』という姿勢では、プロ失格だと考えています

髙木さんが障がいを理由にモデルを特別視することはない。障がいに関する勉強をしたわけでもなければ、分からないこともまだまだたくさんあるが、そこに臆することはない。

髙木さん

障がいの有無に限らず、人って遠慮されると悲しいじゃないですが。『この人はこういうことができないんだろうな』と勝手に推測して、過度な配慮をされることは、彼ら・彼女ら自身も求めていません

モデルのAyane Iwashitaとのツーショット

この日打ち合わせのために会社に訪れていたモデルのAyane Iwashitaと。彼女も知的障がいを持つモデルだが、カメラを向けるとプロフェッショナルとして表情が変わるという

だから髙木さんは、車椅子ユーザーには「どうして車椅子になったの」と素直に聞くし、目の不自由な人には「今日、どうやってここまで来たの」と興味津々で尋ねる。そこに遠慮がないのは、モデルたちの可能性を信じている証拠でもある。

髙木さん

私は、モデルに対してだめなところはだめだとはっきり伝えています。彼ら・彼女らがプロとして成長できると確信しているから、障がいを理由に指導の手を緩めることは絶対にしません。ただしそれは、大きな愛情を持っていることが大前提。だからモデルたちもついてきてくれているのかな、と思います。

自信が「見えない壁」を打ち破る

事務所に所属していても、モデルは基本的に個人事業主だ。

自分という商品を自分で売り込み、事務所はそれをサポートする役割を担う。モデルにとって名刺代わりとなる、宣材写真やプロフィールを載せたコンポジットカードも自分で作る。

障がい者モデルであっても、それは変わらない。

髙木さん

面接に来る人の中には、『自分の障がいを分かってもらいたい、これを機会に自分の良さを見つけてもらいたい』という人も時々います。でも、自分の魅力は自分で見つけるもの。だって、商品を売り込むときは、自分で魅力をアピールしますよね。この商品のどこがいいのか分からないから教えてください、なんて言わないはずです。

自分は好きというマインドを持つことを訴える高木さん

障がいの有無に関わらず、自分に自信を持って堂々と前に出ていける人は強い、と髙木さんは続ける。「私なんて」と遠慮しているようでは、とてもプロとして通用しない世界なのだ

髙木さん

自分が一番すてき!というマインドがあれば、見た目も変わるし中身もどんどん成長していきます。それは障がい者モデルも、一般の人もそう変わりはないはず。

そのためにはやはり、自分の魅力を誰かに見つけてもらおうとせずに、自ら魅力をつくる姿勢が大切なのだと髙木さん。

髙木さん

毎日鏡を見ながら自分の良いところを探してもいいし、自分の良いところを紙に書き出してもいい。自分が好きだと言い張れるものを探したり、できることをどんどん増やしていったりと、やれることはたくさんあります。

そうやって自分の魅力に自信が持てるようになると、表情や仕事に対する姿勢ががらりと変わる。そんな人たちを、私は何人も見てきました。

自分の魅力は、見た目のことだけではない。コミュニケーション力や粘り強さなど、自分の内面に自信を持つことで仕事への姿勢が変われば、周りからの見られ方も変わっていくだろう。それは、周囲からの偏見や先入観などの「見えない壁」を打ち破る原動力やきっかけにつながるはずだ。

高木さん、モデルのAyane Iwashitaとツーショット

実はもう一つ、髙木さんには目標がある。それは、「見えない壁」の一つである、年齢への挑戦。

今も事務所運営のかたわら、高齢者を対象としたウォーキングレッスンを始めており、高齢者モデルが出演するファッションショーの企画も考えているという。

髙木さん

誰もが『壁』を打ち破って活躍できる世の中にしたいと考えています。私も、80歳になったらモデルに現役復帰して、ヒールを履いてさっそうとラインウェイを歩くつもりなんですよ。その姿が『生きたサンプル』になるといいなと思っています。

自分の魅力を見つけ、胸を張って堂々と歩く。その姿勢は、障がい者モデルに限らず、万人に共通する「見えない壁」への突破口になるはずだ。

取材・文/瀬戸友子 撮影/赤松洋太 編集/大室倫子(編集部)